内閣総理大臣 喜多川信隆 疑惑
「なんということじゃ……」
喜多川信隆は開票速報を見て頭を抱えていた。
ここしばらくのごたごたでマスコミの報道が過熱していたこともあり、東京都議選の行方がかなり混沌としていた。
発端は総理の友人を名乗る男が総理からの利益供与を受けたと言い出したことにある。問題はいろいろとあるが、その男はたしかに学生時代の同期であった。そして、総理自身ほどではないがエリートコースを歩み、それなりの社会的地位を築き上げていたのである。
そしてそこで勘違いをやらかした。自分を特別なエリートと思い込み、まあ、いろいろとやらかしたのである。部下に対するセクハラ、パワハラ。ほか取引先に総理の同窓生で親しい友人だと名乗り、いざとなれば後ろ盾になってもらえると、一言でいえば法螺を吹きまくったのである。
そして結局のところだが嘘は破たんする。そして自らの破滅を回避しようとしたのか、冒頭の発言につながるのである。ある種の自爆テロと言えた。
まあ、あれだ。マスコミの論調は一言である。曰く、火の無いところに煙は立たない。
疑惑とやらを声高に言い放つがそれの証明は総理自身に丸投げである。総理がその男の名前を聞かされた時のセリフは一言である。
「だれじゃ?」
そんな状態であるから、卒業生名簿を見て名前は把握した。そのうえで学生時代からを含めて一切の交流がないと反論するが、悪魔の証明であり、それこそ証明のしようがない。
そこに付け込んで、疑惑や、利益供与があったものとしてマスコミは発言する。要するにあったともなかったとも言えないという状況を、限りなく黒に近いグレーとして印象操作したのである。
「もう、どうしろと……?」
珍しくうんざりした表情でデスクに突っ伏す兄を見て秀隆は苦笑を浮かべた。
「人の噂も七十五日……では済みませんなあ」
「うむ、というかじゃ、まともな法治国家だと疑惑を言い出した側に証明責任があるんだがの?」
「まあ、正しいです。まともに反論のしようがないのをいいことに好き放題言われてますな」
「まあ、都議選はぼろ負けじゃ。あとはあの中池がどう出るかじゃなあ」
「実行能力はさておき、政治屋としてのセンスは確かですよ。利害調整とかね」
「ただまあ、大局眼はないな。あの烏合の衆以下の野党からも受け入れとるしな」
「数は力なのでしょうよ」
「だがなあ、烏合の衆というか、無能な味方は敵以上に厄介じゃ。それを思い知ることになるか、それともうまくやるのか……な?」
「まあ都民第一の会が最大派閥になっちゃいそうですからね。徳川知事もやりづらいでしょう」
「まあ、あの狸親父ならうまくやりそうでもある」
「お手並み拝見ですな」
「しかしあれじゃな。速報番組を見ておったが、政治家というのは選良たるべきだよな?」
「まあ、そうですね」
「なんか、まともに漢字も読めないようなのが出馬しているようなんじゃがな?」
「まあ、立候補までは自由ですよ。選ばれるかは別問題でしょう」
「都民第一から出馬しておるようなんだがな。夕刊をタ〇リと読み間違えたエピソードを自分のHPに出すとかこいつはあほなのか?」
「アホですね」
「だよなあ。こういうのが当選したらだな、儂この国のかじ取りする自信がなくなるわ」
「同感です」
その候補は落選したニュースを見てひそかに胸をなでおろした。さて、国会の質疑の時間だ。
「利益供与があったのか、正直に話していただきたい!」
「無い。そもそもそ奴の名前すら覚えていなかったのだぞ?」
「嘘を吐くな!」
「では、儂が嘘をついているという証明をしていただきたい。そうだな、その利益供与とやらの内容はなんじゃ?」
「総理から便宜を図ってもらったと聞いている」
「その便宜とやらの具体的な内容は?」
「それは実際に行ったあなたの方が詳しいでしょう?」
「仮に儂がそれを証言したとして、その内容が正しいとどうやって証明する?」
「それはあなたが正直に話せば済むことだ」
「話がループしておるな。儂が言いたいのは、裏付けも取らずに話をしているのではないかということだ。本人以外の証言や証拠はないのか?」
「それは今調査中だ」
「そうか。では敢えて言おうか。法治国家において、疑惑を提起した側に証明責任が発生することは知っておるか?」
「何が言いたい?」
「儂にある種の疑惑がある。そしてそれが疑惑ではなく、事実だとするには、それを言い出した側が明確な証拠を示す必要があるということだ。いっそ証人喚問でもするか?」
「それはできない。証拠を抹消される可能性がある」
「ずいぶんとすごいことを言うな。証拠を抹消ということは、儂がその男を暗殺するとでも言いたいのか?」
「否定はできない」
「ふざけるな!」
「ひぃ!?」
「貴様らの申しようには何一つ筋が通っておらぬ。ただ言いたい放題放言しておるだけではないか! そもそもここは国会である。国の法を定める場である。そこで法を無視し、自分に都合のいいように原理原則を捻じ曲げる発言が飛び出すことに疑問はないのか!」
久しぶりに出た総理の大喝にヤジ一つ飛ばない。
「前にも言ったと思うが、国会議員、すなわち代議士とは国民の信託を受け、その権限を代行する身である。それをいたずらに弄び、権力の壟断をし、さらには法治国家の礎を危うくする発言をするか。あきれ果てるわ!
そもそも、国民の信託を受ける身で漢字もまともに読めないとかどうなんだ? 人間故失敗もある。各々身に覚えがあるだろう。その失敗を糧にして成長を遂げたと言いたいならわかるが、それを面白おかしくネタにする。そんなのが信託を受けたとかなるならばこの国の恥だ。選ぶ方にも責任があることを自覚していただきたいものである。と話が横にそれたな」
「っく、覚えていろ、いつか総理の座から引きずりおろしてやる!」
「いいだろう、いつでも来るがいい。して、聞きたいのだがな。儂を総理の座から降ろす以上、儂よりふさわしい人物に心当たりがあるのだろう。お主がそう思うのは自由だし、それについては良い。
だが、儂が嫌いとか気に食わないとかの理由でそういう発言をしているのであれば、ただの公私混同だ。そこははっきりさせておきたいものだな。
また儂の政策や仕事ぶりに不満があるならば、それはいつでも聞こう。だが、より良い案も出していただきたい。儂より優れた政策を出せる者がいるのであれば、よりよくこの国のかじ取りができる者がいればいつでもこの座は明け渡す」
「言ったな!」
「言ったぞ。自分の発言に責任がとれる大人なのでな。有言実行がわしのモットーだ」
なんか疑惑を追及していた野党議員の顔が赤黒くなっている。そろそろ阿波でも吹くんじゃないかと思っていたら兄上がやらかした。
「おい、大丈夫か? 顔色がゆでたカニのようだぞ? 泡噴くなよ?」
「むがああああああああああああああああああ!」
頭の血管切れたかなあ。まあ、知ったことではないか。
まあ、死なれてもあれなので、内線電話を取り、医務室に連絡するのだった。
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