星に願いを

「唐の言い伝えで一年に一度だけ会うことが許された夫婦の話があるそうじゃ」


 唐突に兄上が変なことを言いだした。まあ、いつもの事ではある。そう考えて秀隆は軽く流すことにした。


「ああ、七夕ですね。そういえばそろそろですか」

「ほう、由来を知っておるのか?」

「聞きかじった程度ですが」


 そうして簡単に由来というか、織姫と彦星の物語を語って聞かせる。

 当然というか、兄上は憤然としていた。仕事を怠けてその罰として引き裂かれたという話は自業自得であると考えるだろうからな。


「ふむ、けしからんとは思うが、罰は受けておるか」

「まあ、そうですね。兄上も義姉上と年に一度しか会えないとなると……」

 そう言いかけたところで口をつぐんだ。見るからに顔色が悪くなっていったのである。

 叡山の包囲戦で義姉上に会えないとの理由で講和を急がせたくらいだしな(裏話


「まあ、あれです。たまにしか会えないと思うからこそ燃え上がるものもあるでしょうよ」

「ふむ。わからんでもないな」

「なれば、七夕の節句を祝う祭りはいかがですか?」

「ほう?」

「短冊に願い事を記し笹に結わえ付けます。年に一度の逢瀬に気をよくした彦星と織姫がその願いをかなえてくれるやもしれぬ、といった風情で」

「むう、儂にはそうは思えぬのだが。というか、久々に会った妻を目の前にしているのだぞ? ほかのものを見る余裕などあるのか?」

「いや、これはしてやられましたな。確かにおっしゃる通りにござる」

「だが、祭りそのものは悪くない。七夕の日に合わせて祭りを開くよう秀一に伝えよ」


 側近の長谷川秀一にそのことを伝えると、小姓衆を集めて即座に段取りを整える。旋風と呼ばれる信長の思い付きや気まぐれに長年対応しているだけのことはあった。


 安土の町民に触れが出され、笹や短冊用の色紙が買い集められた。予算は信長個人の財布から出ている。たまにはパーッとやることで景気を上げねばならんと、秀隆に長年の洗脳によって思い込まされていたのである。


「秀隆よ、提灯や燈篭の予算まで出ているのはどういうことじゃ?」

「安土城下に天の川を映しだすとはなんと素敵なと義姉上が申されておりましt」

「行け、パーッといけ!」


 そして当日、日暮れから城下の町並みには明かりがともされ、城にも篝火から軒下につるされた燈篭が絢爛な天守を夜空に映し出す。


「殿、なんときらびやかな光景でしょう。まさに天下人の祭りにございますな」

「そうであろう。うわっははははははは」


 義姉上に褒められて兄上の機嫌は有頂天を突破した。

 後ろで信忠がかかった費用を見てため息を吐いている。まあ、あれだ。短冊は美濃紙を買い付けておるし、信忠自身の懐には税が入るはずだ。織田家の財政と言ってもこの程度では小動もしない。もっとでかくなれよ。

「余計なお世話です……」

 うん、すまん。


「あなた様。まさに天下泰平ですね」

「うむ、苦労した甲斐があったというものじゃ」


 そうして面倒ごとは兄上や家臣に押し付け、俺自身も妻たちと祭りを楽しむ。

 この平和がずっと続くとは思えない。続くのであれば鎌倉幕府や足利幕府は滅んでいないし、そもそも天皇親政が続いているはずだ。

 長い戦乱のほんのひと時の合間。泡沫の夢。そんな儚い時間だからこそ大事なのだろうか。

 そんな時代が少しでも長く続くように、ガラではないが夜空を見上げ星に願いを捧げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る