内閣総理大臣喜多川信隆ー災害対策と危機管理

 日本列島を襲った台風の爪痕はいまだ残されていた。水害が各地を襲い、そこに地震が追い打ちをかける。水を吸った地盤は液状化し、土砂崩れに住宅地が飲み込まれた。

 畑が陥没し堤防は崩れ落ちた。溢れた水は田畑のみならず住宅地を覆いつくす。関東地方は平野部が広く、ひとたび大水が出れば広範囲が水害に晒される危険があった。

 利根川の氾濫は広範囲に及び大きな被害が予想されたのである。


 信隆は首都機能が一極集中している現状を危惧していた。現在は首都は東京である。経済も政治もすべてここに権限が集約されている。そして、万が一ではあるが一たびテロ、もしくは災害が起きたとき、国の機能が丸ごとマヒするリスクが高いとみていた。

 そこに今回の災害である。東京には被害は及ばなかったが、近郊の地震で交通が混乱した。また東京都の住宅状況ではすべての住民の分を賄うことは不可能である。よって、近郊からの身用の寄っては出稼ぎともいえる形で、電車に1時間以上揺られて出勤する者も多い。いわゆるドーナツ化現象である。

 今回の災害は不幸にもそこを直撃した。電車などの停止によって帰宅困難者が溢れかえることになったのである。

 首都機能については東京都知事、徳川信家に丸投げした。鉄道については各管理会社を総動員させ、点検を急がせる。それにより、早期の運行再開を実現した手腕は見事と言ってよいものであろう。

 水害や土砂崩れの現場には躊躇なく国軍を投入した。すべての命を救うことなどできはしない。だが一人でも多くの命を救うのだ! と総理は檄を飛ばした。その激に応じ素晴らしい速度で動員、展開を完了した国軍は、堤防に応急処置を施し、土砂崩れの現場では命を顧みず働いた。と言うか、動員令から3日で関東全域に展開したその練度、士気の高さに近隣諸国は日本の底力を思い知ったのである。

 余談として、炊き出しや仮設住宅の設営を行う軍に対し、左巻きの運動家が抗議を行っていた。軍から施しを受けるような奴は人殺しの仲間だとビラをまいたのである。身一つで避難して、温かい汁ものを口にする被災者の手から器を叩き落とし、人殺しが作った食べ物を食べるなと言い放った。

 当然というか、彼らは被災者に取り囲まれる。無言の圧力に致命的な一言を残し、逃げるように立ち去った。


 1週間ほどで災害の対策はひと段落した。内閣の権限で用意できる資金を投入し、被災者対策を行った。復興支援として、一時金の支給、住宅再建にかかる費用の一部負担、保険会社への資金貸し付けによる保険金の支払期間の短縮。現状打てる手を打ち、現場が落ち着いた時点で自ら現地入りし、被災者から直接問題に聞き取りを行った。

 信隆の的確な指示により、被災者の大多数は内閣を支持したのである。


 今回の災害で、内閣は大きな改革案を提出した。道州制と、副首都の制定である。また、経済の新拠点の立ち上げも提案された。

 具体的には、北海道と沿海州。東北地方。関東地方。東海地方。北信越地方。近畿地方。四国。中国。九州(沖縄を含む)。以上9つのブロックに分割し、統轄する行政府を置く。各行政府は首都機能を代行できる規模とする。各地方に州都を置き現在の首都たる東京が機能停止しても国としての機能が停止しないよう、場合によっては各州都の独立した判断で行動できるようにするものとした。

 日本国政府>州知事>県知事>市町村長といった階層で自治体を再構成する。ただし、県知事と州知事の兼任は不可とした。

 州知事には軍の出動に関する権限も付与される。今回のような災害の発生時には独自の判断で出動を命じることができる。また、他国と国境を接する地域では防衛出動に関する即応の権限が認められる。

 経済ブロックとしては、東日本、中日本、西日本の3つとし、本社と同等の支社を置くことで、災害などがあったときに会社としての意思決定が遅延しないようにするよう求めるものだ。


「以上をもって、行政府の再編を行う法案を提出いたします!」

「反対!」

「馬鹿の一つ覚えでそれしか言えぬのか? では対案を出してもらいたい」

「馬鹿とはなんだ!」

「わかった、そこは撤回しよう。で、対案は出せぬのか? 腹案自体は何時でも閲覧できるようにしておったし、非公開にしておらんかったぞ?」

「我々はそんなに暇ではない!」

「暇ではないのはいいんだが、じゃあなにか良い法案があるのかね?」

「そもそも、先ほどの災害の際に、軽々しく軍を動かすとは何事か? 周辺諸国が脅威に感じたらどうするのだ?」

「自国で災害が起きて首都圏近郊で被害が出ている状態で他国に侵攻できるのか、それはすごいな」

「そのように疑われたらどうするつもりだ!?」

「知らんがな。そんな妄想に付き合っているような時間はない」

「周辺諸国から抗議が出ているがそれについては?」

「具体的な国名を出していただきたい。少なくとも外務省からはそのような報告を受けていない」

「私の私的ルートから入ってきたものだ」

「では、そのルートで返答していただきたい。寝言は寝てから言うように、以上だ」

「ふざけるな!」

「ふざけているのはどっちだ? 儂は一刻を争う状況と判断したから即時出動を命じた。それともお主の考えはこうか? 周辺諸国からの批判を避けるためなら自国民を見捨てても構わんと?」

「そういうことは言っていない! 消防や警察もいたのになぜ真っ先に軍を動かしたのかが疑問なだけだ」

「それこそアホか? 装備が違う。その程度の事も知らずに軍を批判していたか?」

「ではその装備を警察や消防に使わせればいい」

「そうか、ではお主は訓練もしていないような重機やヘリを今すぐ使いこなせると言いたいのだな?」

「なぜそうなる。話のすり替えはやめていただきたい」

「すり替えているのはどっちかね? そもそも最初の話は内閣が出した法案の話だ。それを災害出動についての話にすり替えたのは貴様だ」

「それでも軍は出すべきではなかった!」

「それは主義主張の相違と言うものだ。儂は出すべきと思った。何か問題でも?」

「もっと慎重に判断をすべきだった」

「後出しで言いたい放題言うのはいいが、72時間の壁を知っているか?」

「災害救助の生存率のことか?」

「そうだ、おっしゃる通り。一分一秒を争う場面であった。拙速以外に選択肢がない状況だったともいえる。悠長に議論している間に救える命が消えてゆく。そういう状況だ」

「だが……」

「だから先ほど聞いた。お主の主義主張は人命を超えるほどの名分があるのか? 周辺諸国の懸念とやらも具体的にどこの国とか出てこない。そんなあやふやな物言いでどうやって国民に説明する?

 後出しの批判は結構。その時点で見落としていた可能性を検証するのは必要なことだ。次に生かせる話である。だが、その批判も明確に問題提起するのではなく、あやふやな他国の批判とやらが根拠、そもそも根拠と言えぬような内容で、国民の命を見捨てろと言う。

 儂が思うのは、国会で意見が対立するのはむしろ自然と思う。人は3人いれば派閥ができる故な。だが、根本には国民の幸福があってこそじゃ。自分の主義主張を通すために国民を踏みつけにするかのような言いようは到底認められぬ!」

「国民の代弁者を騙るか!」

「そうだな。支持率を鑑みれば少なくとも多数決でこちらに指示があると分かる程度にはそうであろうよ。むしろ支持率100%の方が不自然と思うがな」

「軍を操って何をするつもりだ!」

「国家と国民を守る。それ以外に何をしろと言うのだ?」

「侵略者はいつも耳触りのいいことを言うのだ!」

「そうか。ならば儂が侵略者と言う証拠を出してもらおうか。侵略者じゃない証拠を出すのと同じだが、これは悪魔の証明にほかならぬがな」

「ふざけるな!」

「このような場でふざけられるほどわしは面の皮が厚くないがの? というか反論すらまともにできずどんどん話をすり替える。うさん臭さしかないぞ?」

「いつ話をすり替えた?」

「では、まず内閣が出した法案について、反対ならば対案を出していただこう。

 次に、軍を動かしたことについて、懸念を示している周辺諸国とやらの国名を明確に出していただこう。

 さらに軍を用いることについての主義主張の相違についてはさておき、人命最優先で動いたことについての批判の真意じゃな。

 あとは儂が侵略者というレッテル張りについての根拠も出してもらおうか。如何?」

「……」

「だんまりか。そういえば、災害派遣の現場で軍の職務を妨害した連中がおってな。被災者に取り囲まれた時に愉快な妄言を吐いたらしいぞ?」

「それはどのような?」

「ふむ、大丈夫か? 顔色が悪いぞ?

 そうそう、こう言っていたそうじゃ。我々のバックには元辻議員がついていると」

「証拠はあるのか?」

「あるぞ? たまたま録音していた方がいての。通報と同時に提供していただいた。無論デジタルデータゆえに裁判の証拠にはなりえぬがな。ただ、ネットにアップされて騒ぎになっているそうじゃのう?」

「な、なんだと!?」

「いい加減に新聞とかテレビ以外に情報を入手するルートを開拓せぬと、世間に取り残されており事を自覚せよ……ってなんで儂が政敵に忠告しておるのじゃ、まったく……ぶつぶつぶつ」


 後には真っ白に燃え尽きる野党陣営と、視線が可視化できたならばハリネズミになっているであろう元辻議員が狸寝入りを決め込んでいた。その姿はばっちりと国会中継で放映され、野党支持率がさらに下がったとのことである。


 あ、ちなみに、法案はきっちり通過した。野党サイドからも賛成票が入り、その票を投じた議員は離党届を提出したそうである。

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