秀隆の反乱

「やってられっかボケエエエエエエエエエエエェェェェェ!!」

 今日も今日とて信長からの無茶ぶりに秀隆が切れていた。

「もうやってられん! 辞めてやる、辞めてやるぞ! どっかの提督張りにだ!」

「殿、お気を確かに!?」

「もうあのうつけの無茶ぶりには耐えられません、むりむりむりむりかたつむりー!」

「殿がご乱心じゃ! ものども出会え!?」

 秀隆を取り押さえようとしてくる兵たちを的確な拳打で沈めてゆく。ある者は顎を撃ち抜かれ、ある者はみぞおちを打たれる。当たるを幸いに蹴散らす秀隆だったが、そこを通りがかったあさひに締め上げられ失神するのであった。

「奥方様が当家で最強であったか……」


 目を覚ました秀隆は一計を案じた。そして彼とつながりの強い秀吉、光秀に密書を送る。織田家の大騒動の開幕であった。


 その日、信長は京に滞在していた。宿所はいつも通りの本能寺である。そして払暁、本能寺は軍勢に取り巻かれていた。

「殿、御謀反にござる!」

「なんだと?! 何奴じゃ!」

「桔梗の御紋と、瓢箪の馬印が上がってござる!」

「光秀と秀吉だと!?」

「さらに……」

「何を口ごもっておる。言え!」

「秀隆様が……」

「…………うーん」

「殿、お気を確かに!?」

「はっ!? 夢か!?」

「夢にございませぬ!!」

「おぬしも悪よのう、儂をこれほど驚かすとは……はっはっはっは……うーん」

「とのおおおおおおおおおおおおおお!?」


 信長が正気を取り戻すのにそれから四半時の時間が必要だった。

「奴らは攻めかかってきておらぬのか?」

「はい、包囲するだけでして……」

「なれば儂が櫓に上ろうか」

「危険です! 明智十兵衛は音に聞こえた鉄砲の名手ですぞ!?」

「ふん、そんなことをすれば奴らの武名に傷がつくだけだわ。かまわぬ、梯子を持て!」

「は……はは!」


 信長が櫓に姿を現すと、包囲する軍勢からどよめきが漏れた。正装に身を包んではいるが、太刀を刷いただけの姿であり、甲冑などの武装は一切身にまとっていない。その豪胆さに驚きが漏れたのだ。

「貴様らいかなる所業にてか?」

 大音声で呼びかける姿に軍勢がひるむ。そこに攻城梯子の上から秀隆が同じ高さで応じた。

「われわれはー、このブラックな扱いに異議を申し立てるものなりー!」

「……ぶらっく?」

「しまった、通じないか。我々は今の待遇に不満を持っている! もっと休みをよこせー!」

「「「やすみをよこせー!!!」」」

 秀隆の声に合わせて兵たちが応じ、大声で唱和する。

「ふざけておるのか?」

 怒気のこもった声で応じるが秀隆は怯む気配すらない。

「悪ふざけでもしないとやってられっか! てめえ、俺がどんだけ家に帰ってないと思ってんだ! 娘にお帰りなさいじゃなくて、いらっしゃませとか言われた俺の気持ちがわかるか!」

「そんなことでこれだけの騒ぎを起こしたのか! この痴れ者が!!」

「そんなことだと!? 妻子を大事にしろって言ったのはどの口だこの野郎!」

「確かに言ったが、それとこれとは話が別じゃろうが!」

「よしわかった。じゃあ蝦夷地を一人で回ってきやがれ。そうだな、半年くらい」

「なんだと!? 帰蝶はつれて行っていいのか?」

「いいわけねーだろがこの戯けが!」

「なんだと! 儂に死ねというのか!」

「てめーがそれを言うなああああああああああああああああああ!!!」

「「そうだそうだ!!」

「儂も息子に顔を覚えてもらえてないんじゃ!」

「尋子おおおおおおおおおおおおおおおお!」

「ねねえええええええええええええええええええええええ!」

 どさくさに紛れて本能寺で愛を叫ぶ奴らもいた。さすがにまずいと気づいた信長が渋面を作る。

「というわけで、休暇を要求する!」

「断ったら?」

「……ウフフフフフフフ」

 秀隆の全く笑っていない笑顔にさしもの信長も怖気を覚える。これ死ぬ、死んじゃう!?

「ダーーーーイ!」

 パパパパパパパパパパパパパパーーーーーん!

 銃声がとどろき渡る。さすがの信長もしゃがんで櫓の板塀の裏に身を隠す。だが着弾の衝撃は来ない。

「くくく、今のは空砲だ。だがさしものクソ兄貴も死ぬのは怖いか、そうか怖いかあああああ、ケケケケケケケケケケケケ!」

「うむ、落ち着こうか。話せばわかる!」

「問答無用!」

 秀隆が再び采を振るおうとしたとき、唐突に梯子が根元から折れた。ぽきっと。

 へし折った下手人は秀隆の妻、桔梗であった。すんごい目つきで夫を睨み付け、問い詰める。

「殿、いったいこれは何の騒ぎですか?」

「うむ、桔梗よ。そなたはいつ見ても美しいな」

「ちゃんと話をしましょうね?」

 桔梗のたおやかな指が秀隆のこめかみに食い込む。その細身の姿からはあり得ないほどの力で秀隆が締めあげられている。

「うん、桔梗、愛している。だからこの手を放そうか」

「まだ私の質問に答えていただいておりませんよ?」

「そうだな。この前一番下の娘にいらっしゃいませと言われたことがな」

「あの子はまだ2歳ですよ? そういう言い間違えもあるでしょうに。それにですね、あの後貴方が部屋にこもったのを見てあの子は落ち込んでしまって……」

「なんだと!? それはいかん。俺は尾張に戻る!」

「それはよいのです。この騒ぎの始末をどうなさるおつもりで?」

「さあ? ついカッとなってやってしまった。いまはこうかいしているおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!??」

「うふふふふ」

 悶絶する秀隆をみて天を仰ぐ秀吉と光秀。彼らの背後にはその妻たちがいたことにも気づかず。

「ぎょえええええええええええええええええええええ!」

「うぎゃああああああああああああああああああああああ!」

 二人の断末魔は京の空に響き渡った。

 一方寺内では、帰蝶が信長を櫓の上で公開処刑に処していた。百回愛していると叫ばせたのである。最初は渋っていた信長もだんだん照れが抜け、最後にはノリノリであったという。

「帰蝶、好きじゃあああああああああああああああああああああ!!!」

「あーもう、好きにしなさいこのうつけ者!!」


 ところで、この騒動の後、信長は任務を果たした者には休暇を与えるようになった。仕事が一部の者に偏重していた状況を改めたという。新たに仕事に就いた者からも優秀な人材が輩出され、家臣を使いつぶすかのような働かせぶりは以後なくなった。結果として仕事がより円滑になったのはある種の皮肉とでもいうべきだろうか。

 ちなみに彼らの妻が京にいたのは、信長から慰安旅行の招待を受けたためであったとかなんとか。

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