いざ乾坤一擲

 意識が浮上する。なんというかゆっくりと目覚める感覚。そして目が開いた。

「知らない天井だ」

「秀隆、目覚めたか!」

「え…兄上?」

「お前どんな夢を見ていたんだ。まるで時代劇だぞ?」

「いや…戦国時代で、織田信長の弟になってたんだ」

「なんだ、覚えていたか」

 そう言って笑みを見せた兄の顔は、まるっきりどっかの戦国の魔王だった。

「んなああああああああああああああああ!?」

「静かにいたせ。説明はこれからじゃ」


 俺は学校で頭に野球部のボールを受け、すっ転んでさらに頭を打っていたらしい。それで1週間昏睡状態になっていた。さらに転び方が悪かったようで、左肩も骨折していた。それは戦国時代に矢傷を受けた場所に近かった。

 兄上、喜多川信隆は、俺が意識不明になったとき、既視感に襲われた。一晩眠って一生分くらいの長さの夢を見て、自分が信長の記憶を持っていることを自覚したという。そして目の前で眠る弟が、信長の前に現れた未来から来たという弟の中身であることを理解した。


「…というわけじゃ」

「結局、どうするおつもりで?」

「うん、まあ信長が目指すは今世でも同じじゃ」

「天下を取ると?」

「うむ、内閣総理大臣という職に就くのが目標じゃの」

「なるほど、では…?」

「また我ら二人が天下を制するのじゃ!」

「あーはいはい、わかりましたよー」

「なんじゃ、覇気のない」

「政治家になるにはいろいろと大変なんですよ?」

「ああ、それは問題ない。まず今の総理大臣の名前を言うてみろ」

「え…?」

 差し出された新聞を読む。総理が外遊で、米国大統領と対面で握手をしている写真である。というかその顔にはすごく見覚えがあった。

「喜多川…信秀?」

「われらが親父殿じゃ」

「んだとおおおおおおおおおおおおおおお!?」

「そもそもじゃ、喜多川の家は織田の直系の一つでな。ほれ、これを見てみよ」

 差し出されたタブレットには自分がよく利用していたWeb百科事典が表示されていた。曰く…


 織田氏。越前織田の荘を発祥とする一族。織田剣神社の神主の家系。斯波氏に付き従い一族の一部が尾張に土着、斯波家の重臣となる。のちに守護代として、伊勢守家と大和守家に分かれる。大和守家の家老織田弾正忠家が津島を支配して勢力を伸ばし、そのあとで信秀は主家をしのぐ勢いを得た。今川家、斎藤家との抗争を行うも勝敗はつかず、信長の代には一族は分裂状態となる。

 信長の有力な味方として、叔父の信光と、信光死後には弟の秀隆があげられる。特に秀隆は優秀な手腕を発揮し、一族の取りまとめと内政にその才を振るった。織田弾正忠家を真っ二つに割ることとなった稲生の戦いは信長の采配で勝利を得たが、その策を授けたのは秀隆と言われる。その後、信勝を信長の指揮下に入れることに成功し、織田伊勢守家の撃破に成功。ほぼ同時に犬山信清と盟約を結ぶ。

 桶狭間合戦において今川義元を討ち取り、尾張統一を果たし、美濃を攻めとった。のち上洛を果たし天下布武を宣言する。その後も統一事業を進め、見事統一に成功する。その後は海外勢力の攻勢をはねのけ、薩摩沖でイスパニアの大艦隊を破る。このころには次代の信忠に政権は移譲されており、信忠は征夷大将軍に任命された。

 その後も国内の混乱はあったが、信忠を筆頭に、秀隆の嫡子信秀が尽力して国内に静謐をもたらした。外地へ進出し、琉球征伐、台湾の冊封、南海進出、蝦夷地進出、沿海州進出など、拡大事業に乗り出す。そのころには若き人材が育ち、大谷吉継は現地の民より正室を迎え、民族統合の先駆けとなった。

 このころ信長死去するも国内はまとまっており混乱はなかった。織田の創成期を支えた重臣らが次々と亡くなるが次世代がしっかり育っており、これも混乱には至らず。人材育成を早い段階で推し進めた秀隆の功績とされる。

 信忠次代の信隆の代には今のオーストラリアに進出。アボリジニと盟を結び、冊封下に置く。その後50年かけてニュージーランドまでの開拓に成功した。

 このころ、後金が明の北部を制圧し、清の建国を宣言していた。ヌルハチの後を継いだホンタイジは日本に正式な使者を出し、対等の同盟を結ぶ。ヌルハチと信長の間には交流があったとされる。李氏朝鮮経由で日本の思想が浸透してゆき、大和魂は至上の道徳とされた。

 その後幕府は大過なく日本と周辺国を治めていたが、18世紀に入り外部との抗争が再び始まった。100年前に次郎衛門と呼ばれる海賊の末裔が太平洋を渡りアメリカ大陸にたどり着いていた。彼は現地住民と交流し、指導者的立場を得た。彼の名をもじって指導者としてジェロニモと呼ばれるようになったという説もある。

 次郎衛門がまとめ上げた西アメリカは蓬莱国を名乗り、決死の航海を経て日本との交流を開始する。その理由は、大陸東部を支配していたイスパニア勢力とぶつかり合うこととなったためである。蓬莱国の武装は銃や火砲を装備したイギリス王国に抗しうるものではなく、徐々にその勢力は削り取られてゆく。オーストラリアから兵を出し、蓬莱国の援軍に駆け付けたのは大谷吉継の子孫である大谷吉信であった。彼は敵兵を狭隘地に誘い込み、一気に包囲殲滅することに成功した。これによってイギリスの大将を討ち取り、講和に成功した。そしてその背後では苛烈な植民地支配に不満が高まり、イギリスよりの独立戦争を始めた一派があった。吉信はこれを支援し、フランスからの援軍とともにイギリス正規軍を撃破し、独立を勝ち取った。蓬莱国は西アメリカ王国として成立し、東アメリカ合衆国と同盟を結んだ。

 西ではポルトガル、スペイン連合艦隊がマラッカを落とすべく進撃していた。南方艦隊を指揮するは藤堂秀虎提督。戦術としては旧来よりのやり方を踏襲したものである。海峡に誘い込み火砲陣地による砲撃で撃破する。だがこのときはスマトラ島の反対側を別動隊が回り込んでおり、背後を衝かれそうになっていた。ジャカルタ総督石田忠成はシレゴンに火砲陣地を構築し、火をつけた船を流してぶつけることで足止めした。これによって挟撃をする時期を致命的に逸したポルトガル艦隊は退却することとなった。

 東西で戦端が開かれたことにより、体制の変革の圧力がかかり始めていた。各地の公方、探題職が半ば独自性を持って動き始めており、指揮系統の統一を図るため、ときの将軍、織田秀孝は天皇家に権力を奉還し、天皇をトップに据えた一元的な権力構造に変革した。織田秀孝はそのまま太政大臣、関白として権力の座にあり、全軍の掌握を行った後、イギリスの議会政治を参考にした共和制への移行を始めた。

 同時進行で冊封国の独立化を進め、日ノ本を盟主とした同盟、共同体構築に変化させてゆく。清も長い平和で体制が老朽化し、北から迫るロシアの脅威が変革を迫っていた。沿海王伊達秀宗と共同で撃退してはいるが、定期的に侵攻してくるコサックに頭を悩ませていたのである。

 事ここに及び、日本を参考に議会を制定し、分裂の兆しを見せ始めていた軍閥をいったん統合する。そのうえで彼らの代表者を中央政治に参画させることによって国を再度まとめることに成功した。皇帝は君臨すれども統治せずとの宣言を出し、日本の天皇制に近い政治体制が作られた。

 こうして混乱の兆しが見えた日本周辺は一度平穏を取り戻した。将軍に大政奉還を進言した織田の一門である尾張国主弾正忠家は、分家し喜多川姓を下賜された。


 ここまで読んで俺は頭を抱えた。なんだこれ? なんか列島だけに収まってないわアメリカ西半分が勢力下にあるとかどうなってるんだこれ?


「まあ、あれだ。お前の知る歴史がどのようなものかは儂は知らぬ。儂がこの時代で見た歴史は今お前が見たものと同じ故な」

「あー、けどまあ、いろいろと不幸はないか。日ノ本が外国に占領された歴史もなくなってるし」

「なればよい。最近は欧州も共同体を作って対抗しようとしてきておる。わが日ノ本もあ奴らに対抗せねばならぬ!」

「あー、わかりましたよ。過去に俺がやらかした責任を取れと?

「なに、そなた一人にとらせはせんよ」

「ところで、ほかにあの時代の記憶を持つ人っているんですかね?」

「今上陛下は…正親町の帝の生まれ変わり…らしいぞ?」

「なんですと?」

「まあ、あのころに比べると国会という議会が権力を握っておる。天皇家は事実上お飾りにすぎぬ。だがなあ、各地に散った日本人が尊王精神を現地に叩きこみまくった結果…」

「あー…理解できた。この地域の最高権力者になってるわけね」

「まあ、彼の帝の気質なれば暗君には程遠い。そこは問題ない」

「あー、たしかに。んで、どっから手を付けますか? 兄上」

「そうじゃの、まずは我が手勢を集めようぞ」

「んー大学で政治サークル作りますかね?」

「任す。わしは神輿故な。いつでも担がれよう」

「はあ…400年たっても何も変わってないなこの人」

「変わってたまるものかよ!」

「兄上は兄上ってことですね。まあ、この時代でもお付き合い願いましょうか」

「是非もない」

「というか、兄上が被選挙権がもらえるまであと4年。しっかり準備をしましょう」

「うむ、桶狭間を思い出すわ!」

「ああ、人事を尽くし天命をつかみ取るんですね、わかります」

「いざ! 勝負をかける! 乾坤一擲じゃ!」

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