武術大会ーその1-
山城国、山崎の荘。
先日の試し合戦で踏み荒らされ、老朽化していたとはいえ、建物が打ち壊された状態となっていた。ちょっとテンションが上がりすぎた羽柴勢がやらかしており、軍監の黒田官兵衛が方々に頭を下げて回っていた。そしていい機会なのでと誰かが言いだし、幕府と羽柴、明智両家が資金を出して、山崎周辺の大規模な開発を行った。
具体的には街道を大きく拡張し、湿地帯を埋め立てた。木津川、桂川、宇治川などの河川には橋を渡し、主要街道として恒久的な備えとした。秀隆が持ち込んだ南蛮漆喰コンクリートを使用し、大軍が一斉にわたっても耐えうる耐久性を持たせたのである。
宇治川と桂川が合流する中州を開き、大規模な練兵場を作った。これは各地に設けられた武道館と同様の設備である。また戦場となっていた河原周辺も整地して公園とされた。この公園は河原とみなされ、身分に関係なく、だれでも利用できるものとされ、後奈良天皇の名で保証されたのだった。
京郊外に娯楽施設ができたことにより、人々の往来は増えた。この場所では天皇の名において身分の上下はなくなる。ある意味先進的な場であった。
「皆の者、盛り上がっておるかああああああああああ!!」
公園の中央に設けられた舞台で信長が声を張り上げる。
「「「「うおおおおおおおおおおお!!」」」」
観衆が信長の声に呼応して歓声を上げる。
「これより天下一の武者を決める大会を執り行う!」
「「「「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」
大会は様々な種目で争われることとなった。早駆け。流鏑馬。鉄砲。弓術。刀術。槍術。相撲。ほか小隊を率いて戦う模擬戦。行軍訓練。など多岐にわたる。
信長は鉄砲と相撲、槍術に参加していた。秀隆は刀術と弓術である。相撲とは別枠で、白打部門があるが、これは参加者少数のため、演武のみとなっていた。
畿内周辺からやってきた観衆は大いに盛り上がっていた。平和になり旅行などを楽しむ者も出ている。幕府の政策としての楽市楽座は人とモノの流通を最大化することに意味がある。こうした催しで人を集め、それによって人の流動性を生む。また街道の安全にも気を配っており、盗賊の類は問答無用で斬首さらし首であった。ただし自首した場合は罪一等を減じる布告を出されている。これはほかの盗賊の捕縛に協力するなどが条件となっていた。
演舞場では東北の雄、最上義光による大岩の持ち上げが行われていた。見事頭上に掲げられた岩は兵10名が持ってきたものである。また、兵を叱咤する際に振りかざす指揮棒は並の太刀2本分の重さがあり、それを縦横に振るって麾下の兵を指揮する姿は観衆を大いに沸き立たせた。
「皆の者、鮭を食えば強くなる! 最上産の鮭は最高にうまいぞ!」
義光の煽りにさらに観衆が湧き上がる。そこに塩鮭を焼く香りが立ち込める。
「あちらにて最上産の塩鮭を焼いておる屋台がある。さあ皆の衆、早い者勝ちじゃ!」
義光の呼びかけにその近辺にいた観衆が殺到した。警備兵によって彼らは素早く列に分けられ、最後尾の者には看板を持たせる。そして後に人が来ると看板を受け渡す光景が見受けられた。我勝ちに人を押しのけるのではなく、秩序立って動くあたり、実に訓練された観衆であった。
そして鮭の売り上げはどのように領内に統治するか考えているあたり、彼は根っからの名君であった。
「手加減せぬぞ」
「存分に」
第二演武場では前田利益と森長可が槍をもって向き合っていた。力任せに見えて実は技巧の限りを尽くした攻防が繰り広げられる。
突き、払いは槍術の基本である。その基本を奥義にまで昇華した戦いは見る者を魅了した。眼にもとまらぬ連続突きを躱し、自分の槍を搦めて跳ね上げる。柄のしなりを利用した打撃を弾き返し、立てた槍をそのまま頭上からの振り下ろしに変える。
「こら慶次郎、そんな若造に負けたら許さんぞ!」
「わかってますよ叔父上」
利家の叱咤に飄々とした笑みで返す。
だが表情とは裏腹に戦いは激しさを増してゆく。
変幻自在の槍術の攻防は果て無く続くように思われた。利益が足をわずかに滑らせ体勢が崩れる。長可はそこを見逃さず下段の構えから足元を払った。だがそれは誘いであり、滑ったと思われた足はしっかりと地面を踏みしめ、払われた槍先を踏んで動きを止める。
そのまま懐に飛び込んだ利益は、脇差を抜き放って長可の喉元に突き付けた。
「…参った」
「勝ちを急いだな?」
「おっさんつえーわ」
「誰がおっさんだ!」
「そこまで! 前田利益の勝ちである!」
見事な勝負に群衆は大歓声を送っていた。汗だくになっている二人はさわやかな笑みを浮かべ手を振って歓声にこたえていたのだった。
「チェエエエエエエエエエエエイ!」
左肩に剣を担ぐように乗せる独特の構えから、裂帛の気合で振り下ろされる斬り降ろし。
単純な動きであり、真っ向から受け止めたが、木剣を叩きおられそのまま肩口に打撃を受けてしまう。
「それまで! 勝者東郷重位!」
「ふむ、上方の武士はろくなのがおらんとね」
薩摩の郷士東郷重位はため息とともにつぶやいた。
上段からの切り降ろしだけですでに4連勝を飾っている。薩摩隼人の中でも個人武勇では最上級を送り込んでくるあたり、この大会における代理戦争としての意図を読んでいるというべきか。
結局刀術部門では彼がそのまま優勝を飾ったのである。
馬場では今大会でも最も注目を集める場面であった。織田家先代信長が早駆けに出場するのである。選び抜かれた駿馬ではなく、普通の騎兵が乗る馬を引いてきた。ちなみに同じく出場している山内一豊は、俸給をはたいて買った駿馬にまたがっていた。
横一線に騎手が並ぶ。予選第3組は緊張の最中にあった。だが無礼講を宣言されており、相手がだれであっても全力を尽くすことを誓約している。しかしそれでも気になってしまうのがある意味人情であった。
信長は薄笑いを浮かべつつ、今日初めてまたがった馬の首をなでている。
「うむ、そなたは良き馬じゃ。儂がそなたのすべてを絞り出してくれようぞ…くっくっく」
馬が一瞬びくっとなるが信長は気にしたそぶりすらない。
「心配するな。おぬしが最も速く走る手助けをしてやるのじゃ。だが全力を尽くすのじゃぞ」
そういいながらゆったりと馬の首をなでる。すると今までびくついていた馬が落ち着きを取り戻し、やたら堂々とふるまい始めた。
「位置について…はじめ!」
号令とともに空砲が打ち鳴らされる。戦場を疾駆していた馬たちであり、鉄砲の音くらいでは驚かない。
信長が合図とともに馬腹を蹴ると、馬が駆けだす。最初はそろそろと、だが徐々に力強く地面を蹴る。しばらくは先頭よりやや遅れていたが、徐々に加速する姿にどよめきが起こる。馬の走る調子に合わせて体を上下に揺らし、手綱を使って姿勢を御す。すると徐々に走り方が滑らかになり、さらに加速してゆく。そうして重心や、拍子を把握した頃合いで、信長は馬に命じた。「行け!」と。
ただの騎馬のはずが、選び抜かれた駿馬すら凌駕する速度で駆け始める。見事としか言いようのない加速で疾走し、先頭集団をごぼう抜きにしてゆく。
「は…はあ?!」
いきなり後ろから抜かれた一豊は目と口を全開にして驚愕の表情を見せていた。そう、つい先ほどまでは彼が先頭を走っていたのである。
そのまま、信長は人馬一体となって終着点の門をくぐる。場内の歓声はすさまじいことになっていた。ゆったりと速度を落とし、馬の足が止まったことを確認すると、地面に降り立った信長はすぐに馬の汗をぬぐい、声をかける。
「どうじゃ、気持ちよかったであろうが」
笑顔で語りかける信長に馬もうれしげな嘶きで応じていたのだった。
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