マラッカの戦い

 マラッカに香辛料を買い付けに来た船からの情報が入った。ジパングの王がマラッカに来るという。それもわずかな兵のみを率いて。そしてブルネイやルソンの代官も集まるということだ。

「これは好機なのではないか?」

「ジパングの王を捕らえて火刑に処すのじゃ!」

「いやそれよりも香料諸島の権益を取り戻すんだ!」

「だが今のままでも利益は出ているぞ?」

「前よりは少ない!」

「だが質がそろっている。樽の中身もまちまちじゃない。商売としては非常にまっとうな相手だ」

「貴様異教徒におもねるか!」

「そうは言っていない。だが俺は商人だ。まっとうな商売をする相手をだまし討ちにはしない!」

「ここで功績を上げれば、ポルトガルが再び独立できるかもしれない!」

「待て、それはスペイン王室に対する反乱とみなすぞ!」

「知らないととでも思っているのか? フェリペ二世は崩御していると」

「ぐぬ…」

 侃々諤々である。そして総督が決断を下した。

「アチェに艦隊を進める。陸上兵力も連れて行くぞ」

「素晴らしい、総督の決断を神は嘉したもう!」

「総督、あのジパングには魔王がいます。魔王と戦ってはなりません!」

「ポルトガル復興は我が悲願なのだ。アジアの富を王家にもたらせばスペインからの独立が叶う」

「それは交易でも可能なはずです。ここは焦ってはいけません!」

「すまんな。君たち武装商船艦隊はインド東岸で待機を。万が一我らが敗れたときは…」

「神の加護があります。わたしも旗艦に乗って勝利を祈らせていただく!」

 こうしてマラッカ攻撃の艦隊が編成された。アチェに寄港し、編制を確認する。この時点で相手に気取られているの煽り込み済みで、艦隊はまっすぐにマラッカを目指し、陸戦隊の半数はここから南下し、マラッカ対岸の城砦を落とす。要するに最初にマラッカが落ちたときの戦術を再現するわけである。これがインド方面艦隊の悪夢の始まりであった。


 大谷吉継率いる部隊は陸戦隊を何度も襲撃した。ひと当てしては退き、昼夜を分かたず攻撃を加えた。進軍中に狙撃などで敵兵の神経を削り、落とし穴などの罠も仕掛けられている。

 いきなり多くの兵が討たれるわけではない。一度の襲撃で戦死者は出ても数名。負傷者の方が多い。これはゲリラ戦の常とう手段で、負傷者が増えれば行軍の足手まといになる。負傷者を見捨てれば兵の指揮は維持できないし、兵数を減らすということは指揮官にとってのある種のタブーである。こうしてずるずると損害を増やしていくのだった。


 一方艦隊は、沿岸からの砲撃に苦戦していた。だが西岸の砲は陸戦隊が潰してくれるはずと信じて戦い続けるが、一向に止む気配がない。海峡の中では大型の帆船は逆に身動きが取れず、日本艦隊の切り込みを受けて次々と拿捕されてゆく。

 不利と判断して総督が撤退を指示したが時すでに遅く、アチェの港は制圧されていた。そもそも緩衝地帯としてどちらにも属さない港として存在していたが、ゴア総督の侵攻によって前線を押し上げられてしまった格好だ。

 広い海域に出れば西洋の船は速い。何とか追撃を振り切ってセイロン島、コロンボの港に逃げ込むことに成功したのだった。

 しかしながら陸戦隊を回収できず、艦隊も半数近くが未帰還である。ゴアの兵力の半数以上を失うという大敗北であった。

 後日の交渉によって捕虜の返還は何とかできた。だが、関税の引き上げや、マラッカ海峡通行税の引き上げなど、欧州側に取っては非常に屈辱的な内容となっており、彼らは後日の復仇を誓うのだった。


「やや画竜点睛を欠きましたな」

「まあ、仕方あるまい。航海術は奴らの方が上じゃ」

「まあ、それゆえに海峡に引っ張り込んだのですが」

「しかしあれじゃ。あの大谷平馬という若者の采配は見事じゃった」

「たしかに。不正規戦のさわりは教えましたが、まさかあそこまで徹底的にやるとは」

 ゴアの陸戦兵は、兵力の1割を失っていたが、精根尽き果て捕虜となっていた。行軍中の間断ない奇襲によって精神をやってしまった兵が相次ぎ、夜中に叫び出す者もいた。

「あれは…もう兵としては無理じゃなあ」

「まあ、自業自得です」

「しかし秀隆よ。おぬしの黒さは健在じゃな」

「兄上こそ。そういえば今回は自重していただき、恐悦至極」

「まあ、宗茂に簀巻きにされていたからな」

「ああ、義姉上の命ですから仕方ありませんね」

「まて、宗茂の主家は織田じゃぞ? 百歩譲って信忠の命ならばわかるが、なぜ帰蝶が!?」

「義姉上だからです」

「だから…?」

「織田家で一番怖い人を怒らせたいですか?」

「ぐぬ!?」

「そういうことです」

 そうしいぇ秀隆は肩をすくめ、やれやれとつぶやいた。これでしばらくは防備を整える時間を作ることができた。そしてこの策を巡らせた石田三成の妻にある意味恐れを感じたのである。

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