閑話 南蛮国
グレゴリオ暦1582年
スペイン王国、セビリア。
「イエズス会からの報告書とはこれか?」
「は、ジパングは大量の金銀を算出し、まさに黄金の国であると」
「ふむ。アルカブースを持ち込めば高く売れるとあるな。後は火薬か」
「はい。真珠などの宝飾品も産するようです。ガラスなどかの国にないものは金銀を惜しまぬとか」
「となれば…」
「布教を強化させ、神の名のもとにかの国を献じてもらおうではないか」
「はは!」
「フランシスコ・カブラルに朕よりの書簡を届けよ。またインド経由で艦隊を派遣するのじゃ」
フェリペ二世はスペイン王として広大な領土に君臨した。ハプスブルグ家の血を引き、最も高貴な血筋とされた生まれながらの王である。一昨年にポルトガル王位を得てイベリア半島統一を果たす。同時にポルトガル領であった東南アジアとインドにも拠点を得ており、無敵艦隊は南米から収奪される富により維持されていたのである。このころは日本はほぼ統一されており、逆に現在の政権をつぶせば日本をスペインの植民地とできる程度にしか思われていなかった。
またカブラルの報告書には、日本人は低級な民族で、黒人並みの知能しか持たないなどと彼の主観が多いに入った報告となっていたこともあり、フェリペはそれを信じたのである。
航海術も沿岸のみで、程度は低く、遠洋航海に向かない。砲も射程が短く、アルマダの前には鎧袖一触であろうと書かれている。更なる富を得て、ヨーロッパの覇権を得るべく、フェリペは極彩色の未来に思いをはせていた。
日本にはある意味常識の通じない兄弟がいることを知らずに…
天正12年。明から分捕った火砲の解析を進めていた。これにより、大型船舶に長距離砲の搭載を可能とした。同時に李舜臣より沿岸より遠くに進むための航海術として天測の技術を得る。これによって台湾、琉球からは商船を派遣し、東南アジアの情勢を探り始めた。現地には草と呼ばれる、現地に溶け込んで情報を送り続ける間諜を置き、これまで宣教師経由で語られるだけだった南蛮、すなわちヨーロッパ諸国の情報を探り始めたのである。
大阪、石山屋敷。
「兄上、ちと厄介なことになりそうです」
「なんじゃ?」
「ええい、こたつから出るのです。ちとだらけすぎでしょうに」
「世は平和にしてことも無し。しかも儂は隠居の身じゃ」
「ならばこの話は勘九郎のもとに持ち込みますぞ?」
「待て、それほどの事か?」
「だからそういっておりますに」
「話せ」
往年の日本刀のごとき眼差しが戻る。いまは只のジジ馬鹿であるが、戦国を制した覇王であることは疑いなかった。
「イスパニアが日ノ本の侵略を企てております。フィリピンに潜ませていた間諜より詳細が」
「なんと?!」
「イエズス会のカブラルを覚えておりますか?」
「ああ、あの嫌な目つきの男じゃな」
「あやつがどうもローマ経由でイスパニア王を焚きつけた由。当国の産物と金銀を狙っておるようです」
「兵力は?」
「あるまだと呼ばれる南蛮船の艦隊を派遣してくるようですな。一隻に水兵500ほどが乗るとか」
「それで数は?」
「200ほどであると」
「単純に10万か」
「まあ、海路とはいえそれだけの兵力を送り込むはたやすくありませぬ。それに一斉に上陸もできませぬ」
「ふむ、元寇の再現となるか」
「水際で迎え撃つことになりましょうな」
「一難去ったと思ったら…またか」
「なかなか楽隠居とはいきませぬなあ」
「明に使者を出し、イスパニアの寄港禁止と補給遮断を要請せよ。もともと海禁策を採っておるから建前は問題なかろう。あとは朝鮮頼も援軍を出させよ。水際に引き付けて後方を遮断させるのじゃ」
「兄上、さすがの冴えですな」
「信忠ではまだこうは行かんじゃろ」
「だそうですよ?」
「父上、まだ私はそんな頼りないですか…」
「いや、勘九郎よ、お前を信じておるがゆえに家督を譲ったではないか?」
「ですが今はっきりと…」
「だあああ、もうわかったから、わかったって!?」
「では?」
「うむ。此度の国難、勘九郎殿が総大将じゃ」
「はは! 命に代えても日ノ本を守り抜きますぞ!」
「まて、総大将が命に代えてもと安易に口にしてはいかん」
「は、申し訳ありません。軽率でした」
「まあよい。儂と秀隆はいつでも相談に乗る。思うようにやってみよ」
「はっ!」
こうして信忠を頂点とする防衛機構が発足した。信忠が最初にしたことは、父と叔父を顧問として権限を与え、こき使うことであったという。
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