賤ケ岳の戦い
「大規模演習を行いましょう」
秀隆の提案は唐突だった。
「なんじゃと?」
「山岳戦と野戦築城の手際の向上です。場所は…そうですな、近江と越前の国境あたりでいかがでしょうか?」
「であるか。して、具体的に言え」
「はっ。1万程度の兵を率いて2陣営に分け、試し合戦の大規模なものを行います」
「続けよ」
「片方は山岳に陣取り、もう片方は平地に陣取ります。敵陣を突破した陣営の勝利とします」
「利は?」
「兵の練度向上と示威」
「誰を使う?」
「柴田と羽柴」
「よかろう」
「はは!」
一月後、柴田は越前側から、羽柴は近江長浜に布陣した。各々1万の手勢を率いる。3日の間に布陣と陣構築を行い、その後合戦を行う。3日間の被害と、落とした城、砦の数で勝敗を決定するが、総大将を討たれるか、陣列を突破された場合は即座に敗北となる。また、砦に旗指物を掲げ、砦の主将が討たれるか、陣地内の旗が奪われると陥落となる。
信長は両軍の動きを地図上に駒を置いて俯瞰できるようにした。両者は織田の最前線を担う先手大将であり、最も大規模な軍を指揮する。いわば信長の代将である。その両者が模擬戦とはいえ対戦するとあって他国の間者も戦況を見守っていた。要するに織田の手の内を探ろうとしているのである。
まずは柴田陣営が動いた。佐久間盛政が兵を率いて砦を攻め、城将を討ち取って占拠した。だが位置関係として突出してしまっており、秀吉は砦を半包囲して攻撃を加え、盛政の手勢に大打撃を与える。この時点で両軍の損害はほぼ同等であった。
柴田の速攻と、羽柴の柔軟な対応は信長を持って頷かせる。秀吉は奪還した砦に多めに兵を入れたが、それにより別方向が手薄となる。柴田はすかさずその地点を攻撃し、徐々に戦線を押し込んでゆく。だが一定のところで砦ではなく、土嚢を使った野戦陣地を使用して攻勢を抑え込む。砦は双方どこに築いたかは物見を利用して確認する。だが、秀吉は本陣の真下に簡易堀と土嚢で野戦陣地を築き、あえて前線を突破させて誘い込み、野戦陣地で動きを止めて一気に包囲殲滅を図った。
「むう、見事なり筑前」
そして戦場に愛の叫びが轟く。
「お・つ・やあああああああああああああああああああ!!!」
柴田軍の将士は権六の咆哮に乗せられ、包囲の不利をものともせずに攻勢を跳ね返してゆく。
「そんなあほな!?」
秀吉の悲鳴が本陣に響く。だがもはやどうしようもない。包囲網を狭め、柴田勢を徐々に削り取ってゆく。形勢と布陣と野戦陣による地の利をもってしてようやく互角である。…と思っていた時間が秀吉にもありました。なんと権六が先陣を切って斬り込み、野戦陣が落ちる。だがそれを逆用し、権六直卒部隊とそれ以外の部隊を旗本を突出させることで分断に成功する。
奪った陣を捨てて権六が兵をまとめて一度退かせようとした。だが予備兵力を使い切っている秀吉に追撃をかける余力はなく、嫌がらせで矢を射こむしかできない。
ここで信長の裁可が入った。引き分けであると。
秀吉の知略と軍の進退を操る采配は西国無双なり。権六の兵を鼓舞し戦わせる武勇は東方不敗なりと激賞される。
両名は信長が機嫌よく褒めたたえ、大いに面目を施した。そして二人がある人物と再び模擬戦を行う。権六は巧妙に配置された野戦陣で兵を分断されていつの間にか討たれていた。弓兵に集中攻撃を受けたのである。
秀吉は敵の交代に合わせて攻勢をかけたが伏兵にあって兵力を分断され、兵の過半を失って敗北した。
「お主らは長所を生かし切れておらぬ。二人の長所と短所を組み合わせればよいのじゃ」
こうして二人にドヤ顔で説教しているのは佐久間信盛であった。
「おぬしらの得意分野ではわしは確実に敗北するが、相手の苦手とする戦術で勝負すればこの通りだ。まあ、実際の戦場で殺し合いになればわからぬがなあ」
柴田と羽柴より先に仕えており、立場的にはこの二人の上役であったのが信盛である。どうやら先輩としての面目は保ったと安堵の息をついたつかの間。信盛の前に二人の男が進み出た。長尾信虎と、五郎信秀である。
秀吉、勝家は戦術指揮官というよりももはや総司令官に近い。信盛も同様である。そして、秀信と信虎は最前線の戦術指揮官で、いわば切り込み隊長である。立場と役割が違うのだ。
そのような前提はさておき、結局信盛はこの二人に大敗し、信長の苦笑いを向けられて泣きたくなった。
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