天正の馬揃え
天正8年1月。安土城練兵場。
五郎秀信と上杉不識庵は互いに100の兵を率いて向き合っていた。
「試し合戦、はじめ!」
信長の声がかかり、互いの指揮官が兵に命を下す。
上杉勢は横陣を敷き、ジワリと攻め寄せる。先陣を率いるは小島弥太郎であった。
同じく横陣で迎え撃つ秀信。先陣は森長可。鬼小島と鬼武蔵がぶつかり合う。兵たちは槍のたたき合いを始め、森と小島は一騎打ちを始める。歴戦の小島に負けずに繰り出される槍先は鋭く、弥太郎は舌を巻いていた。
「やるな小童。見事な槍よ」
「先達だからえらいってか? だがそんなの関係ねえ!」
「はっはっは、元気がいいな。どれ、ひと当て揉んでやろうか」
「偉そうに上から言うんじゃねえクソジジイが!」
兵の指揮そっちのけでドツキ合いを始める二人。そこに新手が投入される。
先に動いたのは秀信だった。秀信が指し示す一点に堀久太郎が旗本を率いて突破する。
不識庵もやや陣列が乱れている一点を補強すべく兵を動かそうとしていたところに機先を制された。結果として陣は突破され、さらにそこを埋めるべく派遣された部隊も時間差をつけて撃破されてしまった。予備兵力を失った不識庵はここで旗本を投入する。が、久太郎は陣鐘の指示で素早く兵を下げる。そして秀信の本隊ががら空きになった上杉軍本陣を突いた。
「うわっはっはっは、見事なり」
秀信は後にも先にもその一瞬しかない刹那を見切り、敵陣を突破してのけた。そして、それに対応すべく打った手が全て裏目に出る。新年の宴の碁をそのまま再現したような流れだった。
そもそも突撃した久太郎が呆然としている。敵兵の間隙を縫うように突っ込んだが、ほぼ抵抗なしで突破できてしまった。そして後詰めもまさか前衛がすぐに突破されると思わず、混乱してしまった。この時点で上杉勢の半数以上が混乱していたのである。その混乱を収めねば久太郎の兵が上杉の陣を蹂躙する。それゆえ旗本を投入して押し返そうとした。
そこまで読み切って、本隊を迂回させたのである。本隊の旗指物をすべて残して。
「三十六計に曰く金蝉脱殻というやつだな。わしがとっさの判断を誤るとは…」
両手を上げて敗北を認める不識庵の姿に、信長の上機嫌はとどまることを知らなかった。
「この試し合戦を馬揃えの余興として行うのはいかがか? 畿内の諸将にも参加させましょうぞ」
「それは面白いな。織田の精強を見せつける良い機会となろう」
「ではそのように手配いたします」
年末から走り回っている光秀が安土に報告に上がっていた。上杉勢を手玉にとった秀信の評判は諸国を駆け巡ったが、織田の勢力圏から離れるほどホラ話として伝わっていったのはある意味当然ではあった。
2月。諸国からの見物人が集まり、洛中は古き世の繁栄を取り戻したかのようだった。行商人は畿内の産物を露店で売り、自身の国に戻るときの商品を物色する。下京の住人には信長より札が配給されていた。この札を露店や屋台に出すと食事が提供される。
多くの見物人目当てに近隣諸国から産物が集められ、秀隆の指示により屋台が多く設置された。数万の見物人が集ってもその腹を満たしきるだけの食料を調達し、さらにそれを調理して提供できるだけの補給力を他国の間者や見物客に見せつけることとなったのである。
「織田様の天下になって本当に暮らしがよくなった」
畿内の住民はそう噂して信長の治世をたたえるのだった。
「小十郎、あの屋台へ向かうのじゃ!」
「若、そんなに走らずとも屋台は逃げませぬ」
「さっきそれで売り切れになったじゃろうが」
「むう、これはなんじゃ。餅に砕いた豆をまぶしておるのか。ほう、ずんだというのか…うまい!」
成実が餅をほおばる。
「なんじゃこの匂いは…たまらぬ」
正宗が立ち尽くしていた一帯はうなぎの屋台が並んでいた。一直線にすっ飛んでゆく彼を止めることなく小十郎も後に続くのであった。建前を食欲が上回った瞬間である。
「これほどの飯をこんな安く提供できるということは、織田殿の国は本当に豊かということじゃ」
「そうですのう(もぐもぐ)」
「当家もこのような国を作らねばならぬ」
「誠その通り(むしゃむしゃ)」
「貴様らわしの話を聞いとるのか!」
「もちろんにございま…ぐっ!?(のどに詰まった)」
「小十郎、お茶じゃ」
「むぐぐぐぐぐ(ごくごく)…プハー」
「大丈夫か?」
「はい、助かりました」
「というか、この茶もそれなりに費えがかかってると思うが、お替り自由とかどうなっとるんじゃ?」
「それだけこの国が豊かなのでしょうね。ちなみに、宇治から集めさせたそうですよ?」
「ほー。ってお主はどちら様じゃ?」
「ああ、申し遅れました。私は戸沢九郎盛安と申します」
「おお、おぬしが夜叉九郎殿か!」
「いやお恥ずかしい」
「あまり伯父上をいじめてくれるなよ?」
「いえいえ、わたくしごときは…」
のちに奥州に旋風を巻き起こす二人の若者はここで意気投合したのである。
「進め!」
信長の号令に馬揃えの第一陣が動き出す。秀隆を先頭に、信広、信行、信包らの連枝衆150騎が進む。美々しく飾り立てられた出で立ちは織田の財力を内外に示すものであった。
第二陣は信忠を先頭に、信長の子らと同世代の連枝衆が続く。そして重臣らがその配下を率いて続く。騎乗の士のほか、一糸乱れぬ行軍をする足軽らも新たに下賜された具足を纏う。磨き上げられた槍先は日の光を跳ね返し輝く。この日に向けた猛訓練を思い出すと今でも彼らはしゃがみこんで反吐を吐く可能性がある。
光秀はこの催事の総指揮をとっていた。そして順調に式次第が進むのを見てほっと胸をなでおろす。明智勢を率いるは彼の嫡子十五朗光慶で、父のひいき目をのぞいても凛々しき武者ぶりであった。
並び立って細川勢が行軍する。明智と細川は互いに婚姻を結び、関係を強化していた。このことは信長の許可のもと行われており、家臣団の統制に心を砕いていた証左とされる。
皇居付近に設けられた馬場で、正親町天皇が出迎える。主上のご尊顔を拝めると、参加した将士は末代までの誉れと感動を隠さなかった。
「行け!」
信長の号令で一斉に駆け出す騎馬武者たち。100を超える馬蹄の轟きは見る者の心胆を寒からしめ、見物人はどよめきを上げる。
信長も自慢の名馬を駆けさせる。もともと馬術の達人であった彼は、暇があれば遠乗りに出かけていた。余興で甲冑を着せた藁人形を置き、信長の放った投げ槍はそのすべてを見事貫いた。
ここで着せた甲冑は北条、毛利、島津、南部などの織田によしみを結んでいない大名家のものであった。織田の装備はそれらの甲冑を貫く威力があると見せつけたわけである。
わざわざその甲冑が各国から取り寄せたものとは通達はしておらず、信長自身の武勇を披露するという面に加え、各国の間者へのパフォーマンスであった一面もある。当然考えたのは秀隆であったが、信長には、兄上の、ちょっといいとこ見てみたいと。投げ槍の妙手を日ノ本に見せつけてやりなさいと吹き込んだのである。彼の兄はノリノリでその妙技を主上をはじめとした見物人の前で見せつけた。
試し合戦も執り行われたが、織田家の独壇場であった。柴田権六は真っ向から敵兵を粉砕し、丹羽長秀は変幻自在にして硬軟織り交ぜた采を振るう。明智勢の進退は絶妙で、敵は押し込んだと思ったら伏兵の一斉射撃を受け潰走していた。そしてこれは反則だろというか、織田の手勢と数えるのはなしじゃないかと苦情が上がった上杉不識庵の登場である。正親町天皇の興奮は最高潮に達した。
結果優勝は上杉が持っていった。柴田が次席で決勝はこの両者で行われたのである。三位は同率として、明智、丹羽がそのまま賞された。そして間者たちはさらに絶望的な情報を得る。上杉を手玉にとった信長の息子がいるという話だ。
食料、物資は豊かで鉄砲も多く配備されている。民衆は織田の統治をたたえており、謀略の入り込む隙間がない。兵力も多く、精強。特に畿内の諸将は織田の直臣の部隊に手も足も出なかった。
こんなのどうしろというのだ!? というのが間者たちの共通した認識である。そしてそれを本国に伝えても信じてもらえない。そして士気を落とした間者たちに近づくものがあったという…南無。
この行事について、言継日記にて、主上のご機嫌麗しいことひとかたなくと記されている。正親町天皇は織田の武勇に大いに満足され、そして再度の催しを望んだと記録に残っている。
その要望に応え、二月のちに同様の催しを行ったのだった。そしてこの規模の行事を執り行い、お祭り騒ぎをした挙句、大量の食事をふるまい、酒も出し、その状態で大きな騒動も起きていない。
織田家の経済力と軍の強さと、そして何より治安維持能力の高さを見せつけるのであった。
「みたか、儂の腕の冴えを!」
信長は能天気かつ上機嫌であったという。
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