伊達の若殿と試し合戦
上杉不識庵謙信は、上杉の家督を喜平次景勝に譲ることを宣言し、自らは安土に居を置いた。隠居の身として信長の直臣として働くことを宣言したのである。彼は軍学の講義をたびたび行い、後進の育成に努めた、とされる…が実情は五郎秀信にべったりくっついていた。
「この天才は儂にいる高みをさらに超えてゆく。稀有なる才なり」
絶賛というのも憚られるほど激賞し、自らの知識と経験を湯水のようにつぎ込んだ。信長に土下座せんばかりの勢いで頼み込み、自らの猶子としたことも謙信の本気をうかがわせる。
「殿、儂は上杉の家督を譲りましたので、長尾姓に復します。長尾不識庵信虎という名乗りはいかがでしょうか?」
「って謙信ちゃうんかい!?」
「還俗しました。殿の偏諱をいただき、信虎と」
「そうか、まあよかろう」
「では秀信を連れて西国に向かいますぞ!」
「おい、どういうことか?」
「戦場に出ねばいくさは理解できませぬ。とりあえず毛利ずれを料理してまいりますわ!」
「なれば羽衣石に行け。西国最強と言われる吉川元春が相手ならば不足あるまい」
「ほほう、腕が鳴りますな! 秀信の才を開かせるに格好の餌食にござる!」
「あー、一応言うておく。武運長久を祈る」
「はは、ありがたきお言葉! 必ずや毛利を打ち砕いてまいりましょうぞ!」
「お、おう。頼むぞ」
喜び勇んで出立の用意をする謙信改め信虎の勢いに信長自身が冷や汗をかいていた。彼にとっては珍しいことながら敵将に同情したという。
「たのもー!」
「なんじゃ貴様らは? ここは子供の来るところではない。帰れ!」
「ああ、申し訳ない。拙者は伊達家中、片倉小十郎と申す。こちらは我が主君たる伊達藤次郎様じゃ」
「なるほど、なれば上役に話を通すのでちとお待ちいただけますかな?」
たまたま通りかかった秀隆がこの主従を見つけ、面白そうだからと信長との謁見を許可する。自分の報告にかこつけて信長の前に引っ張り込んだのだった。
「兄上、報告が」
「うむ、奥州からの客人じゃな」
「はい。なかなかに面白き奴らにてござる」
「伊達藤次郎政宗と申します!」
「拙者は伊達成実にござる」
「片倉小十郎と申します」
「うむ、よき面構えじゃ。して昨日はともにおった夜叉九郎はいかがした?」
信長のさらっとした問いかけに3人は驚きを何とか飲み込んだ。
「は、あの気持ちの良い若武者と友の契りを交わしております。今朝国元へと旅立ちました」
「そうか、儂も会ってみたかったがの。まあ、またの機会もあろうか」
「はい!」
「して、儂に何用かな?」
「はい、儂は大殿にお仕えしたく!」
「なぬっ!?」
「小十郎、大殿に失礼であろうが!」
「は、申し訳ありませぬ」(このあほ若は何を言い出すのか!?)
「成実。お主も頼むのじゃ!」
「はは、儂は多少武勇に覚えがござるというか、それしかできませぬ。藤次郎殿のもとで武勇を生かしたく」
「ほう。面白き奴らじゃ」
「兄上。これ下手するとえらいことになりませぬか?」
「何、気にするな」
「そもそも今の伊達では大殿の軍には勝てませぬ。であるならば、この国の豊かさの一端でも身に付け、奥州を豊かにしたいのです!」
「戦乱の最も大きな原因はなんじゃと思うか?」
「貧しさ故」
「なれば、そうじゃの。お主らの力を見せてもらおう。500の兵を預ける故、10日で掌握せよ。そして我が家臣と試し合戦をしてもらう。その結果いかんでどうか?」
「はは! 機会を与えていただきありがたき幸せ!」
「では、しばらくは秀隆の屋敷にて逗留せよ。秀隆はこやつらの世話役を命ずる」
「はっ!」
「うむ、下がってよい」
「「「はは!」」」
伊達の一行は信長の前を辞去した。
「秀隆よ。お前必死に笑いをこらえていただろうが?」
「馬揃えで遠隔地の子弟を呼び込んだ狙いが最高の形で飛び込んでまいりましたからな」
「であるか。当家の力を見た者がなびくことを期待しておったということじゃな?」
「左様。あの政宗という小僧は将来化けますぞ」
「であるか。場合によっては娘の一人をくれてやってもよい」
「…勝手にうちのを出さないでくださいよ?」
「くくく、どうであろうなあ…?」
「んだとこら! うちの娘はな、父上と結婚するーって言ってくれたんだよ!」
「ああん? そんなもんいい男を見つければ父親なんぞ過去のものよ!」
「お前んとこのとうちの娘を一緒にするんじゃねえ!」
「あ、貴様、儂をお前呼ばわりしたな? しやがったな?」
「言ったが何だコラ!?」
信長が無言で秀隆の肩を突き飛ばす。秀隆は信長に左フックを入れる。そしてお互いの鼻先がくっつくほどの位置関係でにらみ合う。
「「やんのかコラ!!」」
昔からちょくちょくあった兄弟喧嘩が始まる。小姓や近習はいつものことと、生暖かく見守っていた。どうせ半刻もすればボコボコの顔を見あって大笑いするはずだからと。そして今回も同じ結果となったのだった。
信長は辛辣であった。出発しようとしている秀信を呼び止め、奥州の小童に現実を見せてやれと命じた。信虎を副将として500の兵を預けて試し合戦をさせるためである。
政宗は初めに兵たちと酒盛りをした。そして一人一人に声をかけてゆく。自らの思うところを正直に告げていった。この豊かな国を作った織田様を尊敬している。そして国元を同じような豊かな国としたい。よって織田様の家臣になりたいのだと。
兵たちも信長を慕っている。生活を豊かにし、装備を改善し、手柄を立てた者には余さず褒美をくれる。兵たちにも気さくに声をかけてくれ、討ち死にした兵がいると悲しげな表情を見せ、悼んでくれる。彼は常々兵たちに向けて言っていた。
「儂はな、日ノ本のすべての民を幸せにしたいのじゃ。だがな、自分さえ良ければいいというケチな奴らがそれを邪魔する。だからお主らの力を借り、そういうケチな奴らを倒すのじゃ。お主らに死ねと命ずる日も来るかもしれぬ。だが、無駄な命など一つもないことを肝に銘じておる。それゆえに、お主らは儂を信じて戦い抜いてほしい!」
政宗はその話を聞いていた。そして騙し騙される戦国の世であるが、赤心を語ることよりも信頼を得る方法はない。その信念のもとに語ったのだ。
3日後。伊達の軍法に従って動く精鋭500の姿があった。成実は兵たちとともに槍を振るい。一番強い兵と戦って勝利し信を得た。小十郎は伝令兵と語り合い、彼らの働きが勝敗を分けると熱く語った。なんだかんだ言っても結局彼も伊達の一員である。この様子を見ていた秀隆の中では伊達イコール熱血馬鹿と変換されていたのだった。
さらに二日後。伊達主従のもとに一人の若者が合流していた。彼の名は戸沢盛安。政宗は彼に騎兵全てを預け、さらに軍の進退の練度を上げてゆく。
大将の政宗を中心に、小十郎が指揮を補佐し、成実が前線を支える。そして盛安は切り札となって敵陣を突き崩す。500の兵は一丸となって訓練に明け暮れた。
そして10日後。信長の馬廻達。そして見物の重臣たちが見守る中、安土城の南の原野で両軍合わせて1000が向かい合っていた。
相手の名を聞いてもひるむことなく、伊達勢500は泰然としている。将兵の間にしっかりとした信頼がないとこうは行かない。信長は政宗に将としての器を見だす。
そして、信長の号令が下された。
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