淡路攻略と馬揃え

 天正7年11月

 秀吉は仙石秀久を先鋒に自ら淡路に渡り、岩屋城を攻めた。大阪より池田恒興の長子、元助も援軍に現れる。本来淡路水軍の根拠地であり、毛利の前線基地を兼ねていたが、木津川口の海戦で兵力を著しく落としていた水軍には上陸を阻む戦力はなく、北と東から攻め入られた格好になって次々と防衛線を破られた。最終的に洲本城で安宅清康が降伏し、淡路は秀吉の支配下に入った。長宗我部に押された三好長治もここで織田によしみを通じてくる。岩屋城に仙石秀久を入れ、淡路の統治と四国の情勢を探らせた。

 中国攻めと並行して四国の調略を行う理由は、瀬戸内海の制海権にある。陸上を進んで前線を押し上げても海上から上陸した敵兵に後方を遮断されては危機に陥る。

 今回の淡路攻めで大阪湾から播磨灘の制海権を確保できた。瀬戸内海の大小の島に潜む海賊衆をここに潰していったとして月日がかかりすぎる。そのため、四国の勢力と連合し、陸と海を分けて制圧を試みる。少なくともそう思わせることで、海賊衆をなびかせる効果がある。

 西の戦線は、まずは美作にて、国力のほぼ過半を占める盆地の中央にある津山を確保できた。領域としては東半分に過ぎないが、石高で見ると7割以上を占める。毛利の被官となっている三浦氏と小競り合いを繰り返すが、優勢に推移していた。津山経由で羽衣石に入った尼子勢は八幡城に攻めかかる。伯耆を平定すれば美作は後方を遮断され自落する。そうなれば次に見えるは出雲であり、月山富田城である。尼子勢の気勢は大いに上がるが、毛利最強の吉川元春が立ちふさがっていた。

 備中は高松城を包囲するも地形が敵に回り攻略は進まない。こちらは長期戦を覚悟して、岡山城を兵站基地として整備することを先に行い、岡山城を守る形での出撃となっていた。高松城に対峙する兵も陣屋を築き長滞陣に備える。こちらは官兵衛が総指揮をとり、周囲の地形を見て回っていた。黒鍬衆を従え、精密な測量を行う。築城の名手である官兵衛にはある光景が見えていたのである。


 12月上旬。

 安土城に赴いた秀隆は中国戦線の報告を行う。城に籠って進撃を食い止める策に出ていること。高松城は湿地のど真ん中に建つ城で、普通の攻略では落とせないため、現在官兵衛が策を立てている。美作は伯耆の戦線が進行すれば自落する。

「ふむ、であるか。急を要する状況ではないようだな」

「そうですね」

「なればちと知恵を出してくれぬか? 当家の威を示すに興行をしようと考えておるのだが」

「内容を出せと?」

「ないのか?」

「そうですな。二通り」

「申せ」

「茶碗を持ち込めばだれでも参加できる茶会。ただし今はちと寒すぎます。春先にでもやるのがいいかと」

「次」

「馬揃えなどはどうでしょうか? 美々しく飾り立てた馬廻で洛中を行軍し、主上に閲兵をお願いします。また各国から見物や参列を募るのです。たとえばですが、東北で誼を通じてきている大名を招待してはいかがでしょうか?」

「面白い!」

「伊達の嫡男は器量ありと聞きます。また出羽の戸沢の嫡子も夜叉の異名をとる武者とか。ほか関東より大名子弟を招待して、当家の力を見せつけてはいかがか?」

「うむ、実は馬揃えまでは儂も考えておったのじゃ」

「へー…」

 ジト目で秀隆が信長を問い詰める。

「う、うそちゃうわ!」

「そんなことは一言も申し上げておりませぬが?」

 背後で小姓が吹き出す。あれは蘭丸か。後で掘られるな…

「まあ良い。蘭丸は後でわしの風呂に来るように」

「は、はは!」

「って言われたと帰蝶様にお伝えするように」

「まてえええええええええええええええええい!」

 兄上、目が血走ってますぞ? あと蘭丸。頬を赤らめるんじゃない。

「まあ、それはさておき、秀一! 関東諸氏への招待状を作成せよ。長頼は東北じゃ。三好もとりあえず招いとけ。後長宗我部の嫡男は兄上の偏諱を授けておる。必ず呼べ。総指揮は光秀殿がよいかと。補佐には細川藤孝で、洛中のことは彼に任せましょう。朝廷への根回しもです。というところでいかがか?」

「お、おう。よろしく頼む」

「では、兄上、私は正月の宴の手配をいたしますので…」

「うむ、大儀!」

 そして信長は秀隆と入れ替わりに入ってきた帰蝶に〆られるのであった。


「梵天丸。安土の織田殿から書が参ったぞ」

「どのような用件でありましょうか?」

「うむ。2月に京にて馬揃えの催しをすると。その見物の誘いじゃの」

「行ってもよろしいので?」

「身の安全と路銀は織田殿が保証してくださると」

「なれば是非、都を見てみとうございます」

「なればすぐに支度せよ。今より向かわねば間に合わぬぞ」

「はは、父上、ありがとうございます!」

「小十郎。お主もじゃ。いざというときは息子を頼むぞ」

「はは!」

「ああ、ついでじゃ。叔父上のところの成実もつれてゆけ」

「は、はあ…」

「苦労を掛けるが、伊達の将来にきっと役に立とう。頼むぞ」

「はい!」


 織田のような成り上がり者に頭を下げられるか! といった意見は実は多数派である。とくに中央から離れるほどにその意見は強硬になる。だが織田の分国と国境を接している位置の国人などは、織田領の豊かさに驚く。特に交易などは全く禁じられず、食料の輸出や、産物の買い付けを行って行く。今現在交戦している勢力は毛利氏のみで、食料や塩などの軍事物資の輸出は禁じられているが、それ以外の産物や工芸品の類は普通に売買が許されている。美濃市や尾張瀬戸の焼き物は高値で取引されていた。

 関所も整理され、交通の要所に設けられてはいるが、在地の領主がみだりに税をかけることは禁じられている。だが商業路を保護することで物流が活性化する。そうなれば商売の機会も増え、余剰の物資が流通する。また余剰物資の売却により財を蓄える者も出てくる。蓄えができればそれはすなわち余裕であり、安泰な暮らしを求め、生産力は向上してゆくのだった。

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