宇喜多降伏と高松の城
宇喜多氏は従属大名から織田の直臣となった。その報告を上げてきた秀隆を見て信長は複雑な目線を向ける。畿内をはじめとして、梟雄と呼ばれた武将があまたいた。その筆頭格が斎藤山城守道三であろう。だが、いまやひ孫を見て呵々と笑うただの老人である。または松永弾正久秀とか、荒木村重も国人から主君である池田氏を蹴落として国主となった身である。
宇喜多直家は謀将として、そして梟雄として有名であった。そして敵対者を葬るに暗殺、ことに毒殺を多用した。彼の弟である忠家は兄に面会するときに鎖帷子を着こんだというのは有名な話である。
そしてその話を聞いた当人はキョトンとしていたらしい。なんで弟を謀殺する必要があるのかと。ようするに、自分との距離がある線を越えた者は身内として全幅の信頼を置くのであろう。そしてその線の外にいる者は…人間扱いされていないのではないか? と思われる。
さて、信長はこの稀有な才を持った者が自身の弟であることを神仏に感謝したい気分であった。秀隆は人を従わせる才がある。自ら栄達を望まず、財貨も気前よく人に分け与える。金が儲かる話であるとか、知識も分け与える。それによって周りが豊かになることを喜ぶ。才が豊かだがそれを誇らず、常に相手を立てる。そして常に正直であり、腹の探り合いを嫌う。人の欲望に対して忌避することなく真正面に向き合う。要するに偏見がない。これはなかなかに難しい。人の数だけ常識は存在する。これも意外と理解されない。そういった部分で人と衝突せず、ありのままに相手を受け入れる。それこそが秀隆の稀有なる才であった。
前置きが長くなったが、人に従わぬ性質の者を配下として引き連れてくるのだ。宇喜多直家とか信長でも受け入れることは難しい。それをあっさりと安土まで連れてくるあたり、この弟の頭には何が入っているのか見てみたいと信長は嘆息する。
「そなたが直家か。備前一国安堵する。秀隆の組下として励め!」
「はは、ありがたき仕合せにござる!」
「ああ、して兄上。うちの六郎と宇喜多の姫との間で婚姻を結びましたので報告いたします」
「であるか。それは普通、事前に許可を求めるのではないか?」
「へ? 兄上はこんなおいしい話を断るので?」
「話せ」
「宇喜多直家殿の守る備前一国。平定にはどれだけの帰還と費用が掛かりますや? ここでてこずると平定した因幡、伯耆あたりで毛利が蠢動しかねません。備前を取れば、美作、備中に道が開けますし山陰の安定にも寄与します」
「であるか」
「ええ。それにですな、毛利の麾下にあったものを織田に鞍替えしたのです。再度鞍替えして毛利が許すとお思いか? 適当な理由を付けて謀殺して終わりです。なれば直家殿は織田のもとで生き残りをかけて励むしかない。そして娘を質に出した、ともとれる内容です。如何?」
「秀隆よ、お主同じことを直家に伝えただろうが?」
「ええ、事実ですし」
「ははは…」
「あー、それは直家も大変だったのう。ご苦労だった」
「いえ、このような方ですから我が命運を託そうと思ったのです」
「そうか、まあよい。婚姻の義もさし許す。おって引き出物をよこそう」
「おお、ありがとうございます」
「それで、だ。吉法師の元服と武者初めだが、お前烏帽子親をやれ。初陣の場所は任せる。諱は秀信じゃ」
「ちょ、それうちの六郎と紛らわしいです!」
「五郎秀信じゃ、あとは何とかしろ」
「あーもー、承知しました。五郎の手勢はいかほどで?」
「うむ。老臣に森三左衛門、副将に森勝三長可。堀久太郎。兵は800じゃ」
「どんだけ甘やかすんですか」
「お前に言われとうないわ! 3000も連れて行ったじゃろうが!」
「ほとんど佐久間の手勢ですよ? しかも盛政とかは権六のところじゃないですか」
「あれは盛政が権六の甥じゃからのう。仕方ない」
「うーん、まあ、わかりました」
「五郎の嫁取りもお主に任す」
「ちょ、本気ですか?」
「なんだったら島津あたりから引っ張るか?」
「いやいやいや、伝手があれば引っ張りますが…」
「大友あたりがうるさくてな。だがキリシタンかぶれのあ奴に未来はなかろう」
「あー、そういや例の人身売買の件で派手に火薬庫焼き払いましたが…」
「あれはやはりお前だったか…」
「あ…」
「まあいい、どうせバレはせぬ」
「ですね。竜造寺も今は拮抗しておりますが…」
「まあ、毛利と四国が片付いてからじゃ」
「ですな」
あまりの会話の内容に直家は呆然としていた。自身が全戦力を傾けて戦ったいくさは彼らにとっては盤面の一部に過ぎない。日本全土を相手に戦っている彼らと自身との格差に改めて降った判断を正しいと確信していた。
信長へのあいさつを終え、3日で元服式の用意を整え、信長の子、吉法師の元服を終えた。名を授け、そのまま兵を率いさせて備前へ取って返す。
秀吉があらかじめ侵攻を進めており、野戦で清水宗治を撃破とはいかないが、押し返すことに成功しており、敵兵は高松城にて籠城していた。鳥取の攻防は毛利に知れており、最初から物資はしっかりと保管され、兵糧米を勝手に売りさばいたものは死罪との触れも出ている。
高松城は湿地に周囲を囲まれ付け城を築こうにも土台が軟弱すぎて盛り土ができない。堀切を掘ろうにもすぐ水が出て埋まる。そもそも攻め寄せる経路もなく、畔のような一本道を攻め寄せることとなる。
「これは…」
「周囲は湿地か深田でして、とても甲冑を着た武者が往来できる状態ではありませぬ」
「そうだな。逆に畔になっているところを逆茂木で塞いでおこうか。それで敵兵を防げる程度の兵を残して美作に兵を向けよう」
「あちらには宇喜多殿が向かっているのでは?」
「以外に苦戦しているらしい」
「とりあえず、五郎と六郎を連れてゆく。後は任す」
「はっ!」
「ああ、高所に陣を置き、城兵の逆襲を受けぬように、ってこれは釈迦に説法か」
「いえいえ、心遣い有難うございます」
秀隆と秀吉は笑顔を交わしあう。軍議とは思えぬ和んだ雰囲気であった。
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