鳥取攻め

 羽柴勢は鳥取城を包囲していた。付け城を築き柵と塁を連ねた。堀を構えて城中に一切出入りのできない状態とした。さらに近隣の住民で織田に従わぬものを集めて城中に追い込む。これで城内の食料の減少はさらに早くなったのである。

 城内の将兵は一月と持たずに飢えに苦しみだす。何度か出撃し、包囲を突破しようとするが、そもそも城に向けて砦が築かれている状態なのだから、兵数も劣勢の城方がかなうはずもなく敗北して城に戻ることとなる。三木城の包囲で学んだことが存分に生かされており、三木城以上の規模を誇る鳥取に対してもその経験は生かされていたのである。

「兵糧が底をついて久しい。本家の増援のめども立っておらぬ」

「いかがなさいましょうや?」

「出撃するたびに兵は打ち減らされる。口減らしとするにはさすがに問題があるな」

「城主殿、それはあまりに…」

「これを行っても詮無きが、織田の計略にはまってしまったことが惜しまれるわ」

「むう、それについては申し開きのしようもありませぬ」


 城方は評定しても特にこれと言っていい知恵が出るわけもない。鳥取の西に羽衣石城があるが、鳥取に先立って城主の南条氏が降っている。そしてそのことが鳥取への補給を困難にしている一因である。

 毛利は吉川元春を大将に兵を派遣してきた。だが羽衣石城の後詰めに来た羽柴軍は敢えて決戦を避け、羽衣石城に物資を補給して、城を固めて守り切るよう指示して引き返した。

 河川も封鎖しているが、こちらを突破しようと試みた毛利水軍は河口を封鎖していた織田水軍に敗れた。事ここに及び鳥取城が持ちこたえている間に補給は絶望的になったのである。

 城内も、一斉に打って出て討ち死にするか、開城降伏するかを議論していた。だが結論が1日遅れればその間に餓死する兵が出るありさまである。経家は降伏を決断した。半月分の備蓄しかない状態で2か月半の籠城の末であった。

「主将は我である。我のみを助命するは理あらず。我の首をもってすべての城兵を助命せよ」

 吉川経家は毅然として返答した。秀吉の条件は経家の退去と、豊国を裏切って謀反した森下・中村の二名の処刑である。だが、経家は譲らなかった。秀吉は秀隆に報告、相談の上、全員を助命すると通達する。そして包囲網の兵力をひそかに羽衣石城周辺に伏せた。

 毛利本隊はまだ鳥取の開城を知らない。そして羽衣石城は長引く戦いで士気が低下しており、ここを抜けば織田の包囲網を突破できると信じ込ませた。

 鳥取開城に合わせ、播磨から駆け付けた秀隆率いる尾張衆はまだ毛利本隊に捕捉されていない。完全に伏兵となっている。夜陰に紛れて尾張筒を装備した坂井久蔵率いる鉄砲隊を城に入れた。

 払暁、毛利軍は一気に進軍して城にとりつく。十分に引き付けたころ合いで久蔵は采を振るった。鉄砲隊が一斉に火を噴き、轟音が戦場にとどろく。500の筒先から放たれた銃弾は毛利勢の先鋒を引き裂き、突き崩した。

「かかれええええええええええええい!!!」

 井伊直正の大音声の檄が飛ぶ。尾張衆の精鋭が槍先をそろえて突っ込む。

「織田六郎が家臣、前田利益。一番槍はいただいた!」

「わが名は山中鹿之助也。尼子再興のため貴様らを我が手柄としてくれる!」

 城攻めをしていた毛利軍先鋒は大混乱に陥った。そして頃合いを見計らって信盛が合図を出す。山中から湧き出るように羽柴勢が現れ、毛利勢に押し寄せた。虚を突かれた元春であったが、馬廻を動員し、自ら前線に出て決死の防戦をすることで、何とか崩壊には至らせずに兵を退くことに成功する。

 機先を制され先陣に損害がかなり出たが、それ以上の損耗を押さえて退くあたり戦術指揮官としては父親以上であると言われるのもわかる。だが攻城兵器に大きな損害が出た上に、織田の増援が羽衣石周辺に展開している。鳥取救援は絶望的な状況に陥った。

「なに? 織田から使者が?」

「はい、鳥取の件で話があると」

「わかった、通しなさい」

「お初にお目にかかる。羽柴家臣蜂須賀小六と申す。此度は鳥取城の件で提案をお持ちした」

「聞きましょう」

「まず、鳥取城は先日開城しました。吉川殿を始め城将は全員退去。城兵は各自好き好きに退去としております」

「なんと!?」

「故に、これ以上の合戦は無益と存ずる」

「城将の身柄を保証していただければ、羽衣石を境にわれらは兵を引きましょう」

「それでよろしいでしょう。ひと月の停戦ということでよろしいか?」

「受けましょう」

「ではその旨主に伝えてまいる」


 翌日、羽衣石城のふもとで停戦の誓詞が交わされた。その場で吉川経家をはじめとした城将の身柄が元春に引き渡される。毛利軍はすぐに陣払いをし、引き返していった。


「ふええええええ…やばかった」

「ですのう、わしゃあ生きた心地がしませんでしたぞ」

 鳥取を取り囲む兵力は15000に野戦用兵力として秀隆率いる尾張衆がいた。このときは鳥取の抑えとして5000を残しており、援軍の吉川勢との兵力差はなかったのである。

「包囲中心だから野戦向けの装備がほとんどなかったんだよな。尾張衆がいなかったら包囲突破されてたかもしれん」

「羽衣石攻めが躓いて、さらに野戦で一撃食らってる状態でしたからな。うまく騙されてくれて助かりました」

 結局偽兵を用いて兵力を相手に過大に見せたこと、弾薬を惜しまず鶴瓶撃ちを仕掛けたことで敵は鉄砲の数を誤解した。これによりこちらの戦力を過大に見積もったのである。まあ、今後の戦況を考え敢えて退いた可能性もあるが。

「小早川がいたらと思うとぞっとするわ」

「ですのう…」

 知将と名高い小早川隆景がいたら計略を見抜かれ逆撃を受けた可能性がある。その場合は鳥取城兵を人質にするしかなかった。事実上の敗北である。ひとまず痛み分けのような形の持って行けたのは僥倖である。

「まあ、これで前線は伯耆と備前になった。備中へ攻勢をかけようか。先陣は宇喜多だな」

「まずは羽衣石の修築も行いましょうぞ」

「そこは小一郎に任す。鳥取には宮部を入れよ」

「はっ!」

「美作だがあちらから攻められても面倒だ、尼子衆に援兵を付けて差し向けるか。彼らなら地縁もあるだろ」

「まさに妙案と思います!」

 こうして秀隆と秀吉の密談は深夜まで続いたのだった。

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