閑話 天正2年 正月
天正2年、正月。秀隆の妻、桔梗の祖父を新年の宴に招いた。いろいろと見て回り、信長にいくつか耳打ちをしている。信長が血相を変えて近習に指示を出し、正月早々あわただしい雰囲気であった。
いつものように帰蝶は信長の膝の上である。ほか、秀隆や柴田権六、浅井長政など支配下の重臣や大名が席に着く。当然膝の上には嫁であった。ほかにも新たに席を与えられた将もおり、前年織田に降った姉小路頼綱夫妻がいた。岐阜城の絢爛豪華なつくりにガクブルしている。これで逆らおうなんて考えは起こさないだろ。そして頼綱の妻は桔梗の祖父、もはやバレバレな道三を見て涙ながらにあいさつを交わす。そして、おずおずと夫の膝の上に乗った。なんかいい雰囲気である。まだ嫁取りができていない近習は今年も暗い目線を交わすのであった。
もうひとり、見慣れぬ青年が信長に挨拶に向かう。
「お初にお目にかかります。武田太郎義信と申します」
挨拶の名乗りを聞いて、周囲の家臣は驚愕する。特に娘をとられた信広はつかみかからんほどの勢いである。
「であるか。そなたの父と弟は我が討った。そのことについてどう思う?」
「大殿ご自身が手を下したわけではありませぬし、私を切り捨てた父に思うところはありませぬ。弟は…それも武運ゆえ」
「うむ、左様か。して、お主の望みはなんじゃ?」
「私は秀隆様に救われました。わが体に流れる血が大殿のお役に立てられれば、それは秀隆様への報恩ともなります。信濃攻めの先鋒を望みます」
「ふむ、甲斐一国を与える。今はただの空手形だがな。お主の働き次第で後は如何様にもにもして進ぜようぞ」
「はは、ありがとうございます。義叔父上」
「儂の娘がこいつに…こいつに…」
「信広兄。わしも冬が嫁いでからなあ…後、もうすぐ五徳を三河に出さねばならぬ」
兄弟二人肩を組んで涙を流していた。なぜかもらい泣きする者もおり、また婿を睨む父もいたそうである。とんだとばっちりであった。
「貴様ら、嫁がほしいか??」
「「おおおおおおおおおおおお」」
「衆道はもうこりごりか!!」
「おおー!」
一言めはかなりの反響があったが、二言目は南下隣近所に目線をやって返事をためらう者も見受けられる。
「ならば力を示せ! 妻子を養うに足る力をだ!」
「「おおおおおおおおおおおおおおおおお!」」
「相撲大会を開幕する!!」
「「「おおおおおおおお!!」」」
「なぜ相撲なのか、それは人は裸で生まれるからだ! 故に力を示す時、最も公平なのは裸での力だ! 武具も馬も関係ない。お主ら自身の力を示すのじゃ!」
「「ぬおおおおおおおお」」
「「弾正様ああああああああ、すてきーーーーーー」」
野郎どもの熱い声援が飛ぶ。秀隆曰く、「ついていけねぇ」世界であるが、この時代の風習でもある。あえて口出しはしていなかった。だがまあ、男同士の痴話げんかとかあまり見たいものでもない。小姓の尻を取り合って刃傷沙汰とかもってのほかである。そういえば、信玄公は痴話げんかの仲裁の手紙出してたとか聞くな。なんという生き恥。
そういえば今年は衆道を煽るような台詞がないなと思っていると、帰蝶様から小姓相手にうつつを抜かしていたためお仕置きしたと聞かされた。怖いです。
あ、相撲大会は堀久太郎が勝ったようです。力もさることながら見事な技で相手の後世を捌くさまは名人と呼ばれるにふさわしい立ち回りだった。小姓頭から近習へ昇格を約束され、知行も大幅に増えたとのこと。そして旗本での指揮権ももらえたとか、なんかかこつけて出世したようにも見える。まあ、優秀なのは間違いないし、これはこれでいいのだろう。
今年も兄上は絶好調だ。広間の真ん中で…うーん、身内の濡れ場ってげんなりするよね。うん、まああれです。ぶちゅーっとやっちゃってます。
ンで、桔梗が俺の袖を食いくいっと引っ張ってきます。かわいいなもう。うん、わかってる、わかってるって、だからそっちの物陰へ行こうな。
あー、利家もまた見つめ合ってるよ。権六は…あ、広間をそそくさと後にした。秀吉は…おいおい、着物の袖から手を突っ込んでやがる。あ、寧々さんが切れた。秀吉が顔を押さえて悲鳴を上げている。髭を思いきりむしられたようだ。南無。
「貴様ら、嫁を愛しているか!」
「「当然! 当然! 最高!」」
「なればこれを見よ!」
信長の後ろには墨痕鮮やかに書かれた目録がある。特等知行1万石 1等名物茶器 2等名馬…
「札を配るのじゃ!」
信長の指示で、札を配る近習たち。1から100までの数字が書かれている。
「札の番号を確認せよ。今から我がくじを引く。あたりが出たら褒美がもらえるのじゃ」
家臣たちはポカーンとしている。
「たとえばじゃが、特等:77というように、その番号があたりじゃ。あたりを引いたものにはこの目録の品を褒美としてくれてやる。どうじゃ!」
「「「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおお」」」
過去最高の盛り上がりである。ちなみに、参加賞は饅頭にしておいた。
「では行くぞ、5等からじゃ。当選は10人!」
兄上が番号を読み上げる。ちなみに5等は銭1貫文だ。そこそこの内容である。
「当選者は札をもってこちらへ来るのじゃ!」
兄上手ずから商品を手渡す。あ、感極まって泣いておるな。喜んでもらえて何よりじゃ。
「次は4等じゃ、行くぞ!」
そうしてくじ引きは進んでいく。1等を引き当てた秀吉は、茶器ではなく、銭に変えてもらえぬかと聞いている。家臣に褒美を分かち合いたいのだと。兄上はああいう話に弱いからなあ…あ、茶器と副賞で銭をわたしてるし…あ、寧々さんがすんごい黒い笑顔だ。さすが出世頭だな。ありゃ狙ってたとしか思えぬ。
「では特賞じゃ。ふん!」
兄上が裂帛の気合でくじを引いた。番号は…39番。
「あたりは39番じゃ!」
「うおおおおお!」
歓声を上げ一人の男が立ち上がる。去年最も武名を上げた男と呼んで差し支えない。織田の誇り、佐久間信盛殿であった。
「うむ、信盛よ。今年も貴様の働きに期待している。摂津にて1万石を与える!」
「ありがたき幸せにございま……また最前線ですかあああああああああああああ!」
「そうか、そんなにうれしいか。うむ、これで涙をふくがよい」
兄上から手渡された懐紙を受け取るも、呆然としている信盛。
「本願寺への対応はおぬしが頼りじゃ。よろしく頼むぞ」
信長にこれほど信任されているとはと信盛を見る目に尊敬のまなざしが混じる。だが当人はいろいろとそれどころではない。信盛の受難は今年も続くのであった。
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