地盤固め

 清州城には槌音が高らかに響いていた。織田弾正忠家の本城としてふさわしくするべく、増改築が繰り返されていたのである。

「兄上、商人よりの借財を生かす手として、まずは城の増改築をおやりなさい。また税としての労役ではなく、日銭を払います。また作業現場に商人を呼び込むのです」

「ふむ、銭の流れを生むべきと申すか?」

「おっしゃる通り。織田弾正忠家の財力を内外に示し、城下の経済発展を図ります。那古野との街道を整備して、同時に熱田との連絡を密にしましょう」

「伊勢湾の交易の上りは当家の屋台骨ゆえな」

「左様にございます」

 秀隆の提案は即座に実施され、のちに使った以上の銭が税として還元された。そこで得られた資金を使って領内の開発と、豪族への調略を行う。秀隆はまず長良川沿いの川並衆に手を伸ばした。秀隆の提案に従って商売をしたところ見事に当たり信用を得たことが大きい。小六は苛烈な性格の信長を警戒していたが、秀隆の配下として働くことを承諾した。

 その際に川並衆とのつなぎに小六の配下の小者を付けてくれた。藤吉郎という少年だった。


【木下藤吉郎 のちの豊臣秀吉。戦国一の出世頭。農民、小者から織田家の将領に出世し、国持大名となる。のちに中国侵攻の先陣を賜り、毛利と戦う。本能寺の変の後、織田家を事実上乗っ取り天下人となる。】

 やっぱりそうか。割り普請のエピソードとかあるし、こいつは早めに働かせて兄上の役に立たせようか。そう考えて秀隆は藤吉郎を呼び出した。


「おお藤吉郎、ちょっと仕事を頼まれてくれんかね?」

「はい、御舎弟様。どのようなお仕事をすればよいので?」

「うむ、清州のお城だが、北東の城壁で繕い工事が進んでおらぬ。何か良い知恵はないかね?」

「そんなお役目はわしには重すぎます。なにとぞご容赦を」

「まあ、そういわずに。なれば1日現場を見てきてくれ。そして何か気づいたことがあったら報告してくれればよい」

「わかりました。それでよかったら…」

 こうして藤吉郎は現場に向かい、忍足に混じって1日働き、問題点を洗い出して見せた。

「藤吉郎、現場はどうだったかね?」

「そうですね…現場の奉行が怒鳴り散らしているようですからそれをやめさせます。そして、働く人夫をねぎらい、区分けして競わせます。仕事が丁寧で早く仕上げたものに褒美を出すと。そうすれば休む暇も惜しんで働くでしょう程に」

「うん、いい考えだ。で、ここに兄上の書きつけがある。私を工事の責任者とするってな。で、今の知恵を使って、工事の陣頭指揮を執ってもらいたい。どうだね、出世の足掛かりになると思うがな」

「御舎弟様、お人が悪い。儂が断れないようにしてからお仕事を振りなさる」

「はっはっは、だがね、藤吉郎の腕を見込んでのことだよ。この仕事をうまくこなせれば兄上から褒美を分捕る準備はできてるよ」

「そうまで言われてはお断りできませんな。この藤吉郎、命がけでやらせてもらいます!」


 ある日信長は10ほどの近習を率いて清州より北へ遠乗りに出かけた。犬山に寄って日暮れに帰るとの報を受けている。

 秀隆と藤吉郎はその日をめがけて修復作業を突貫で進めた。出がけに信長は現場に現れ、朝早くからご苦労と声をかけている。これにより人夫の士気は上がっていた。藤吉郎は人夫頭に割り当てを決めた後は彼らのやり方に口出しをせず、彼らが望む用意を整えてやった。荷物を運び、炊き出しを行い、一人一人に声をかけて回る。何か事があったとき、この壁が民を守るのじゃと。お殿様を守ることはこの地の安寧につながる。おぬしらの仕事の後ろにか弱い女子供がいると。そして秀隆が銭箱を積み上げ彼らの欲を煽るべく見せつけた。

 工事はほぼ同時に完了した。約束より多めの銭を渡し、篝火を焚かせて修復された城壁を浮かび上がらせて宴会を始めた。

 ほどなくして信長一行が帰ってくる。宴会の光景を見て、仕事を怠けるかと血相を変えて近寄ってくる。そして工事の終わった城壁を見て大笑いを始めた。


「おぬしが藤吉郎か。喜六郎より聞いておる。このたびの働き見事であった!」

「はは、ありがたき幸せにござります!」

「兄上、約束の褒美をお願いします」

「うむ、藤吉郎を士分に取り立てる!それと姓を名乗ることを許す」

「ははっ!」

「兄上、藤吉郎の実家には立派な大木が生えているそうです」

「そうか、ならば木下と名乗れ。お前はただいまから木下藤吉郎じゃ!」

「はは、木下藤吉郎、今後もお殿様のために働かせていただきます!」

 人夫たちには祝い酒を振るまい解散させた。

 この工事は藤吉郎の割普請として、後世に語り継がれることとなる。


「喜六郎よ、派手に褒美をばらまいたな」

「何、工事が一月かかったとお考え下さい。毎日日銭を払うよりもよほど安くついております」

「なるほど、道理じゃ!」

「それよりも、あの藤吉郎、素晴らしい才をもっております。手柄を立てさせる機会を与えてくだされ」

「よかろう。今回の実績は見事じゃ」

「して、北はいかがでしたか?」

「うむ、義龍めの手がかなり入っておる。犬山はまだ話の余地はあるが…」

「伊勢守はいかがですか?」

「もはや話の余地はない。信勝のところにも話は行っているようでな」

「兄上の勢力は南の今川、北に斎藤、東に信勝兄。四面楚歌ですな」

「のんきに言うでない。して、お前ならどうする?」

「犬山殿と手を結び伊勢守家に取って代わるようそそのかしましょう」

「要するに、うち(弾正忠家)と犬山で南北支配の2家にしようということか」

「そうです。その間に末森と片を付けましょうか」

「そうだな。お前が説得したら聞きそうか?」

「柴田を引き抜ければなんとか。しかし林兄弟が信勝殿に甘言を吹き込んでおります。平手の家が衰退した結果当家の筆頭家老を気取っているようですからな」

「美作の武辺はなかなかのものだが、あ奴と柴田で1500は集められよう」

「荒子の前田を引き抜きましょう。犬殿の伝手が生きませぬか」

「ふむ、五郎左と合わせて説得させるか。荒子衆500はかなりの戦力だな」

「そうです。まずは調略で味方を増やし、地盤を固めるのです」


 その晩、信長と秀隆の密談は深夜に及んだ。

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