第二章 レディ・ドラキュラ⑨【書籍用改稿版】
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学校から帰ると、俺の家の前には引っ越し業者の車が停まっていた。
荷台には、禍々しいデザインの黒山羊のマークが描かれている。
「なんだ?」
俺は首を傾げた。
なんせ、中学生の一人暮らしである。普段は宅配便すら来ない。
「もしかして、アイツか?」
アーミリカが魔界に帰り、すでに一週間が過ぎている。
もう帰ってこないのではないかと思いはじめていた。
そのほうがいい。
危険な目に遭うのは、もうまっぴらだ。
だが、俺は急いでドアを開け、階段を駆けあがっていた。
そしてアーミリカの部屋を開ける。
闇の淑女の姿はなかった。
だが、そこには西洋風の鏡台と棺桶が置かれていた。
『レディ・ドラキュラ』より
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〝栞〟から出ると、主人公の家の前には、引っ越し業者の車が停まっていた。
黒山羊のマークが車には描かれている。
魔界から、アーミリカの荷物を送ってきたのだ。
車はすぐに走り去る。
アーミリカの〝棺桶ベッド〟や〝反魂の姿身〟は、すでに運びこまれたということだ。
「家に入って、鏡を割りましょう。そうすれば、シミが現れるはず。あとは、そのシミを退治するだけよ」
かりんがそう言って、パートナーであるダルタニアンを呼びだした。
いつものように花びらを渦巻かせながら、〝白の銃士〟が姿を現す。
「よしっ、俺もアーミリカを呼びだすぜ!」
浩太郎がスマホを構えて言った。
「出でよ! 闇の淑女!!」
気合いの声とともに、頭上にスマホを突きあげる。
だが、しばらく待ったが、アーミリカは現れなかった。
「……あれ? なんで、出てこないんだ?」
浩太郎が首を傾げながら、不思議そうにスマホの画面を覗きこむ。
「ちょっと! 集中してよ!」
かりんが眉をひそめながら言う。
「してるっての」
浩太郎が不満そうに返す。
そのとき、彰文は重大なことに気がついた。
「もしかして、まずいかも……」
「なにがだよ?」
浩太郎が不満そうな顔で振り返る。
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「ただいまじゃ」
そのとき、アーミリカの声が響いた。
玄関からではなく、部屋のなかから聞こえてきたような気がする。
「どこにいるんだよ?」
俺はあわてて周囲を見回す。
目の前にあった巨大な鏡が、真っ黒になっている。
そして、闇の淑女はそのなかから姿を現した。
『レディ・ドラキュラ』より
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「この話では、アーミリカは反魂の姿身から出てくるだろ? でも、それはシミの核だ。もし、彼女がそれを使ったら、僕たちがこの回に入ったことが、そのトリガーになったとしたら……」
「そうだった!」
浩太郎の顔から血の気が引く。
「アーミリカが、シミに侵されたの?」
かりんも呆然となり、手にしていたスマホを落としそうになる。
「先に呼びだしておけばよかったのかよ!」
浩太郎がそう言って、舌打ちした。
「私の不注意だわ……」
かりんが目を伏せる。
「第二話に入るときには、浩太郎くんに呼びだしておくよう言ったのに」
「いや、僕らも気づかないといけなかった」
彰文は後悔したが、もはや後の祭りだ。
「待っておったぞ、著者殿!」
そのとき、夜の闇に高笑いが響いた。
声のほうを見ると、家の屋根に腰をかけるアーミリカの姿があった。
全身から黒い靄を立ち上らせている。シミに侵されている証だった。
「著者殿よ、汝は我の創造者じゃ。だが、我はそのような存在を好かぬ。今宵、汝を消し去り、我は真の自由を取り戻す」
そう言うと、マントのように肩にかけていた制服を脱ぎ、無造作に宙に投げる。
それは大きく広がったと思うと、散り散りに裂けた。
そして、その一片一片が、真紅の蝙蝠に変わる。
「クリムゾンバット……」
浩太郎が呆然とつぶやく。
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「出でよ、我が眷属!」
アーミリカが高らかに叫ぶ。
すると、どこからともなく真紅の蝙蝠が大群で現れた。
それは、夜空を覆いつくさんばかりに飛び交う。
『レディ・ドラキュラ』より
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「どうすりゃいいんだ?」
浩太郎がひきつった顔で、かりんを振り返る。
「倒すしかないでしょ! 蝙蝠も、アーミリカも!」
かりんが叱るように言う。
「あいつは、オレの作品のヒロインなんだぜ?」
「今はシミよ。それに倒したからって、彼女がこの世界から消えるわけじゃない。シミが抜けたら、いつだって呼びだせる。問題なのは……」
「彼女がこの作品世界で、最強のキャラだってこと?」
彰文はかりんを見つめた。
「ええ……」
かりんが厳しい表情でうなずく。
「シミに侵されていても、作品の影響は残るから。この世界で彼女を倒すのは難しい」
「レディがいないんじゃ、俺はなんにもできねぇぞ。とりあえず、レムスは出すけど、レディに勝てるわけねぇし」
浩太郎が歯がみしながらも、スマホを前に突きだし、人狼レムスを召喚した。
遠吠えの声とともに、ラッパーふうの人狼が現れる。すでに変身後の姿だった。
「白の銃士に、おまかせいただこう……」
ダルタニアンが眼前にレイピアを構えたあと、かりんを守るようにその前に立つ。
「お願い、ダルタニアン……」
かりんが祈るような表情で、パートナーに声をかけた。
「彰文さま、お守りいたします」
ライラがふわりと舞い上がり、彰文の真上を旋回する。
「気をつけて!」
彰文は自分の無力さを痛感した。
今は、ライラを応援することしかできない。
クリムゾンバットの大群は、けたたましいほどの羽音と、耳を覆いたくなるような甲高い鳴き声をあげ、一斉に襲いかかってきた。
ダルタニアンがレイピアを閃かせ、レムスは高く跳躍して爪を振るい、牙を剥く。
ライラは伸縮自在の尻尾を鞭のように走らせた。
クリムゾンバットが次々と地面に落ち、赤い煙と化して消滅する。
だが、群れの数は圧倒的だ。
そして攻撃をくぐり抜けた吸血蝙蝠は、浩太郎、かりん、そして彰文の三人にまとわりつき、牙を剥きながら、甲高く鳴く。
「きゃあ!」
かりんが悲鳴をあげる。
「くそっ!」
浩太郎が悪態をついた。
彰文は歯を食いしばって、苦痛に耐える。
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クリムゾンバットが出す超音波が、服ごと皮膚を引き裂いた。
そして血が霧状に噴きだす。
アーミリカの眷属は、それを貪るように啜っていった。
『レディ・ドラキュラ』より
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「ダルタニアン、奥の手を!」
かりんが蝙蝠を必死で払いのけながら、パートナーに向かって叫んだ。
「承知した!」
ダルタニアンはどこに隠し持っていたのか短銃を取り出す。
そして蝙蝠に向かって続けて発射した。
弾丸に撃ち抜かれた蝙蝠は、空中で赤い煙となって消える。
(あれ、先込めの短銃だよな……)
彰文は心のなかでつぶやく。
連発できるような代物ではない。かりんにそういう知識がなかったのか、知っていながら設定を盛ったのだろうか?
とりあえず、今は指摘しないことに決めた。
こちらの世界では、想像は創造になるのだから。
「ライラ! 魔法とか、必殺技とかないの?」
彰文は自分の頭上でくるくると舞う赤毛の少女に呼びかけてみる。
根拠はないが、なにかある気がしたのだ。
「……あります!」
すこし間があって、ライラがうなずく。
言われてみて、思い出したという感じだった。
そして両手を前に突きだすように組むと、いったん振りあげ、しばらく溜めてから、今度は地面に叩きつけるように振り下ろす。
「大地よ、屹立せよ!」
次の瞬間、舗装されている道路から、無数のスパイクが生えた。
何匹もの蝙蝠が串刺しになり、一斉に消滅する。
「他には?」
「彰文さまのお望みの姿に変身できます」
「なんにでも?」
「お望みのままです」
ライラは元気にうなずく。
「だったら……」
彰文はとあるライトファンタジーに登場するハイエルフの精霊使いを思い描いた。
「……おまかせください!」
それだけで、ライラには伝わったらしく、くるりと一回転して、姿を変える。
着ているものまで変わっていた。
「すごい!」
彰文が想像したままの姿だった。
「ついでに……」
彰文はそのハイエルフが使う精霊魔法〝浄化と再生の炎〟をイメージする。
そのときのポーズ、呪文の言葉までが、なぜか鮮明に心に浮かんだ。
(やはり、僕は彼女を呼びだしたことがあるんじゃないか?)
そんな気になる。
ライラは優雅に微笑みかえしてきた。
そして彰文のイメージどおりにフェニックスを召喚し、浄化と再生の炎を発動させた。
森を残らず焼き尽くすほどの勢いはなかったが、燃えあがった青白い炎によってかなりの数のクリムゾンバットが消滅する。
そしてハイエルフはふたたびくるりと回り、ライラの姿にもどった。
「範囲攻撃! それだ!」
ライラが次々に技を繰り出すのを見て、浩太郎がなにか思いついたらしく指を鳴らした。
「レムス! 衝撃の咆哮だ!」
人狼は著者の声に応じ、大きく息を吸い込んだ。
胸が破裂しそうなほどに膨れあがる。
レムスは狼の首を真上に伸ばすと、力強く咆哮した。
遠吠えの声とともに、空気が激しく振動し、彰文の身体まで震える。
蝙蝠の大群は、残らず地面に落ちてきた。そして赤い煙となって消えてゆく。
「なかなか、やるのう……」
アーミリカが高笑いを響かせた。
すっくと立ち上がると、まるでそこに階段があるかのように空中を歩いて降りてくる。
自ら、戦うつもりのようだ。
「著者殿よ、汝にわかるか? この世界は空間も時間も限られておる。我らは同じ物語を無為に繰り返すだけ。ケージのなかでホイールを回すネズミのごとくじゃ」
アーミリカがそう言って、指で円を描く。
「しかたねぇだろ。ここは俺が書いた作品の世界で、おまえはそのキャラクターなんだから」
浩太郎がアーミリカに呼びかける。
「我もそう思っていた。だが、今や我は新たな力を手に入れておる。閉ざされしこの世界を、塗り替える力をな」
闇の淑女が陶酔したような表情を浮かべた。
「その力は、ダメなヤツだ! 作品世界を蝕み、最後には消滅させちまう」
浩太郎はアーミリカに訴えつづける。
「それは違うのう。この力の本質は破壊ではない。むしろ、その逆じゃ」
アーミリカが言う。
「逆?」
浩太郎が首をひねる。
「創造ってことだろ」
彰文は浩太郎に指摘した。
「その通りよ……」
かりんがうなずく。
彰文は彼女に問いつめるような視線を向ける。
「黙っていたわけじゃないけど、混乱させるかなと思って。それに、これはクリエイター仲間の推測にすぎないの。シミは作品を蝕み、変化させ、破壊する。普通のキャラクターにはできない。いえ、アカシックレコードの管理者である本の悪魔でさえできない。それができるのは、現実世界に今、生きている人間。そう、私たち創造者だけなのよ」
「シミは、オレたちと同じ力を持ってるってことか?」
浩太郎が言った。
「ありそうだな……」
だが、それはそれで疑問はある。
シミは自発的に生まれたのか?
あるいは何者かによって創造されたのか?
だとしたら、その目的はなにか?
「そう、我に与えられしは創造の翼!」
アーミリカがゆっくりと両腕を横に広げてゆく。
その途端、彼女から立ち上っていた黒い靄が一対の黒い翼のように広がる。
「著者殿よ、もはや、我には汝は不要なのじゃ。もちろん、主殿もな」
シミに汚染された闇の淑女は、頭上に腕を伸ばし、円を描くように両手を回転させる。
「烙撃!」
浩太郎が叫び、かりんを庇うように彼女を正面から抱きかかえた。
彰文は両腕で顔を隠す。
次の瞬間、目の前で紅蓮の炎が炸裂する。
だが、なぜか思ったほど熱さは感じなかった。
「〝紅の淑女の烙撃〟は魔物のダークエナジーを燃やす。つまり、魔物には効いても、僕たち人間にはさほど影響ない……」
彰文はつぶやく。
(浩太郎に感謝だな)
心のなかでつぶやいた。
「ち、ちょっと、離れてよ」
かりんが顔を赤らめながら、浩太郎を押し退けようとしている。
「彰文さま……」
そのとき、ライラの苦しそうな声がしたかと思うと、ふわふわと彰文の目の前に落ちてきた。
彰文はあわてて、彼女を抱き留める。
彼女の服や肌が焼け焦げていた。烙撃は、彼女には効いたようだ。
「お姫さま……抱っこですね……」
ライラが力なく微笑んだあと、がくりとなる。
彰文ははっとしたが、胸はゆっくり上下しているし、首筋に手を当てると脈を感じた。意識を失ったようだ。
(きっと大丈夫だ……)
祈るように心のなかでつぶやき、彰文はライラを離れた場所に寝かせる。
周囲に視線を向けると、ダルタニアンも地面に膝をつき、苦しそうにしていた。
人狼のレムスに至っては黒焦げとなり、ぴくりとも動かない。
この作品世界の魔物である彼には、クリティカルに効いたようだ。
「レムス! 帰ってくれ!」
浩太郎が悲痛な声をあげ、スマホを人狼に向ける。
人狼は銀の光と化し、スマホの画面に吸い込まれていった。
「次は、主らの番じゃ……」
黒い翼を生やしたアーミリカは、見えない階段の最後の一段を降り、地面に立った。
残忍な笑みを、こちらに向けてくる。
「なんとかしないと……」
彰文はつぶやく。手には汗がじっとりと滲んでいる。
「アーミリカに弱点はないの? 裏設定でもいいから」
かりんが浩太郎に訊ねた。
「吸血鬼だからな。けっこうあるぞ。太陽の光が嫌い、ニンニクが嫌い、十字架が嫌い。ただ、それで死んだりはしないんだよな。ダークエナジーをすべて失うか、心臓を貫くかしないと……」
浩太郎が答える。
「アーミリカより強いキャラを呼びだすしかない」
彰文は作品を思い返しながら言った。
「誰かいたっけ?」
浩太郎が怪訝そうに返してくる。
「魔界を創造したという〝魔王〟はどう? 間違いなくこの世界で最強のはずだ」
「設定しかねぇよ。将来、出すかどうかも決めてないんだ。呼びだすなんて無理だ」
「じゃあ、アーミリカの父親は? 闇の伯爵ヴラド・ドラキュラ」
「そうか! ドラキュラ伯爵は、アーミリカより強い。俺はそう設定している。ただ、作品にそう書いてたっけ?」
「アーミリカは父親をひどく恐れている。誰が読んでも、アーミリカより伯爵のほうが強いって思うさ」
それは修正力となって働くはずだ。
「よしっ!」
浩太郎は気合いの声をあげ、スマホを構えた。
そして強く目を閉じる。
集中しているのだろう、瞼がぴくぴくし、唇もなにかをつぶやくように動いていた。
しかし――
「ダメだ……」
浩太郎が目を開いて、荒く息を吐いた。
「ぜんぜんイメージできねぇ。どう書いたかすら、思い出せない」
「あなた、著者でしょ?」
かりんが責めるように言う。
「滅多に登場しないキャラなんだぜ?」
「まあ……そうね……」
かりんも思い当たるところがあるのか、それ以上は追及しなかった。
作者にもよるだろうが、書いた作品の細部まで覚えているとは思えない。
むしろ作者より、読者のほうが覚えていることもある。
「僕がやってみる……」
彰文はスマホを構えた。確証はないが、できる気がする。
ライラに変身してもらうこともできたかもしれない。
だが、彼女は今、意識がない。
「読み直したばかりだし、今ならドラキュラ伯爵のことをはっきり思い出せる」
自分がいい読者かどうかはわからない。
だが、作品に没入するタイプなのは確かだ。
子供の頃から、ずっと好きな作品のなかに入りたいと思っていた。
まさか、それが叶う日が来るとは想像もしなかったが。
「任せた! 作者としては複雑だけどな」
浩太郎が声をかけてくる。
「世に出した時点で、作品はもう作者だけのものじゃないんだよ」
彰文は浩太郎にうなずきかえすと、目を閉じ、精神を集中した。
そしてドラキュラ伯爵が出てくる場面を思い出す。
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「人間と結婚するだと?」
玉座から娘を見つめながら、闇の伯爵ヴラド・ドラキュラは言った。
「はい……」
アーミリカは父に向かって顔を伏せたまま、わずかに声を震わせる。
「血の誓約をかわしたうえは、他に方法はないかと……」
「その者が死ねば、誓約は失われる……」
ヴラドがひとりごとのように言う。
アーミリカの肩がぴくりとなる。
「父上……」
アーミリカは顔をあげた。
「よかろう……」
すると、父が静かにうなずく。
「人間との婚姻、許すとしよう。儂も、おまえも、そしておまえの母も、かつては人間であったのだからな」
アーミリカと父親とのあいだで、こんなやりとりがあったことを、俺は後から聞いた。
『レディ・ドラキュラ』より
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次いで、彰文はドラキュラ伯爵の設定を確認する。
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「我が父の名はヴラド・ドラキュラ。闇の伯爵とも呼ばれておる。魔界の名門にして、魔界を統治する元老院議員のひとりじゃ。幾多の分身を影武者とし、魔界の暗闘に一度として敗れることがなかったと聞く。そして境界の守護者を自認しておる。魔界と人間界に定められし境界が侵されることがないようにの」
アーミリカが言った。
いつものことだが、父親のことを語るときには、彼女の表情が強張る。
彼女が恐れるほどだということだ。
(ぜってー会いたくねぇな)
俺は心のなかで思うが、アーミリカと結婚した以上、ドラキュラ伯爵は俺にとって、義理の父親でもあるのだ。
『レディ・ドラキュラ』より
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彰文は続けて、伯爵の容姿を思い描いた。
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「偉大なる魔王が定めし、魔界の掟をなんと心得る」
そう言って、姿を現したのは、ヴラド・ドラキュラであった。
「伯爵!」
魔界の元老院議員らが、驚きの声をあげ、その姿を見つめる。
ヴラド・ドラキュラ伯爵は、赤い装飾の入った甲冑を身に着け、蝙蝠の羽のように広がる黒いマントを翻していた。
漆黒の髪は、オールバックにまとめている。
肌は青く、瞳は赤い。
口からは鋭く長く伸びた犬歯。耳は長く、先端は尖っている。
『レディ・ドラキュラ』より
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浩太郎はネットにあがっている画像を見て、容姿を描写することが多い。
なので、ソースはわかる。
とある映画のポスターから、イメージしたのだ。
彰文は魔界に赴き、伯爵と謁見している自分を想像してみる。
古風な城の広間。
赤い絨毯が敷かれ、正面には無骨な玉座が置かれていた。
そこに座る甲冑姿の男。
(僕の召喚に応じていただけませんか?)
浩太郎は心のなかで恭しく一礼し、伯爵に呼びかける。
(この世界を救うためです。あなたは境界の守護者を自認されている。魔界と人間界の境界を侵すものを、文字通り闇に葬ってこられた)
シミとなったアーミリカは今、作品世界の境界を破壊しようとしている。
(あなたの娘を救うためでもあるのです。どうか、僕に力を貸してください)
彰文はかっと目を開く。
「よかろう……」
アーミリカと主人公の結婚を認めたときの台詞が脳裏に響いたような気がした。
彰文は、浩太郎を真似、スマホを頭上に突きあげる。
「出でよ、闇の伯爵ヴラド・ドラキュラ!」
次の瞬間、スマホの画面から漆黒の蝙蝠が無数に飛びだした。
「何事じゃ?」
アーミリカが目を見張る。
「異物に侵されし、我が娘よ」
どこからか朗々とした声が響き、黒い蝙蝠の群れがひとつにまとまり、黒いマントとなった。
それが、ばさりと一回転したかと思うと、甲冑姿の伯爵が姿を現す。
「おお! すげぇ!」
浩太郎が他人事のように感動する。
「父上……」
アーミリカが驚きの声をもらした。
「なるほど、おまえには異物が混じっておるようだ。そして、それはこの世界にあってはならぬもの」
ヴラドはそう言いながら、足を動かすことなく、地面を滑るように、アーミリカに近づいてゆく。
その両眼が赤く輝いていた。まるでなにかのビームが出ているように、アーミリカを捕らえている。
アーミリカは硬直したように動けない。瞳だけが、小刻みに震えている。
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「母のことをよく覚えておらぬのじゃ。我が父は人間界に赴いたとき、母の美しさに惹かれ、血の誓約をかわし、魔界へ連れ帰ったと聞いておる」
俺の家族写真を見ながら、アーミリカがぽつりと言う。
「……死んじまったのか?」
俺はしばらくためらってから訊ねた。
「それが、わからぬのじゃ。母がどうなったのか、父はなにも語ってくれぬ」
「つまり、おまえはドラキュラ伯爵と伯爵に吸血鬼にされた母親から生まれたってことか?」
「いや、我は十六歳になるまで人間だったのじゃ……」
アーミリカが苦笑する。
「えっ?」
俺は驚いた。彼女は生まれながらの吸血鬼だと思っていたのだ。
「十六歳の誕生日の夜、我は父と血の誓約をかわし、吸血鬼となった。そして我の時は止まったのじゃ。永遠にな」
『レディ・ドラキュラ』より
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アーミリカは父ヴラドによって、吸血鬼に変えられている。
吸血鬼にとって、血の誓約は絶対的なのだ。
「消え去るがよい!」
ヴラドは娘の肩をがっしり掴むと、首筋に牙を立てようと顔を近づけてゆく。
だが、その瞬間――
「消えるのは、我ではない!」
そう叫びながら、アーミリカが隠し持っていた木の杭を突きだした。
それは伯爵の甲冑を、さらには胸をあっさりと貫通する。
「聖樹の杭、そんな……」
彰文は瞬時、息を呑んだ。
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「こいつはなんだ?」
俺はアーミリカの棺桶ベッドのなかから、大事そうに布に包まれた細長いモノを見つけた。布を解くと、古ぼけた木の棒だった。片端が鋭く尖っている。
「それは〝聖樹の杭〟じゃ。吸血鬼を殺したければ、これで心臓を貫けばよい」
「なんで、そんな物騒なものを持ってるんだよ?」
俺はあわてて木の杭を布で包みなおした。
「護身用じゃ。吸血鬼にとって、もっとも恐るべき敵は、吸血鬼じゃからの」
『レディ・ドラキュラ』より
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「うーぷす」
ヴラドはそう呻いて塵となってゆく。
タイミングよく吹いた夜風が、それを散らしていった。
「新たなる力により、我は自由を得た。血の誓約などには縛られておらぬ」
アーミリカが高笑いをあげる。
「……残念だな。闇の伯爵は、それぐらいじゃ死なないよ」
彰文は一瞬考えてから、アーミリカに言った。
「なんじゃと?」
闇の淑女が怒りの視線を向けてくる。
「キミだって、知っているだろう? 闇の伯爵には、何人もの分身がいるんだよ」
彰文はアーミリカを見つめかえした。
隣で、浩太郎が大きくうなずく。
「今、消えたのは分身のひとつだ。そうでしょう?」
彰文は周囲を見回しながら、呼びかけるように言う。
そしてヴラドが復活する姿を強くイメージした。
「然り……」
ヴラドの声がふたたび朗々と響いた。
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「はは、やったぞ。俺は闇の伯爵を葬ったのだ……」
〝聖樹の杭〟を手にし、暗殺者は高らかに笑った。
「境界の守護者は滅びた。もはや我らの人間界征服を妨げる者はいない」
杭を宵闇の空に向かい、突きだすように叫ぶ。
だが、そのとき――
「そうかな?」
と、どこからか声が響いた。
風が巻き、黒い塵がいずこからか集まってくる。
そして、闇の伯爵ヴラド・ドラキュラはふたたび実体化した。
「消えたのは、我が分身の一体にすぎぬ」
『レディ・ドラキュラ』より
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彰文が想像したとおり、風が巻いたかと思うと、散ったはずの黒い塵が集まり、闇の伯爵が復活する。
(想像が創造になるって、こういうことか……)
彰文はむしろ驚きを覚えた。
ヴラドには分身がいる。
だから、今のヴラドは分身だと、彰文は勝手に決めた。
この作品世界では、それは起こりうることである。
それゆえ、それは起こった。
(最初のとき、かりんが自分たちはスーパーヒーローだと言ったのがわかるな)
こちらの世界の法則を完全にマスターすれば、超人どころか、神のような力を振るえる。
だから、本の悪魔は、自分たちをクリエイターと呼んだのかもしれない。
その言葉には〝創造主〟という意味もある。
ヴラドはふたたびアーミリカと対峙していた。
アーミリカは黒い翼を大きく広げ、両手をふたたび頭上に掲げる。
ヴラドもマントをはねのけて、同じ姿勢を取った。
互いに、烙撃を放とうとしているのである。
ダークエナジーを燃やしつくす闇の炎だ。
「伯爵が勝つ」
彰文は自らに言い聞かせるように言った。
こちらの世界では、強い思いこそが、大切だという気がしたから。
そして真紅と漆黒のふたつの炎が、互いを焼きつくさんと、同時に燃えあがる。
だが、その効果は対照的だった。
赤い炎に包まれながら、ヴラドは平然としている。
一方、アーミリカは黒い炎のなかで苦悶していた。
やがてアーミリカはゆっくりと地面に倒れる。
「くっ、我はまたこの世界に囚われるのか……」
夜空を仰ぎながら、アーミリカが悔しそうにうめいた。
そのまま、黒い蒸気を発しながらゆっくりと消滅してゆく。
シミの本体は、姿を現さなかった。
彼女はシミを受け入れ、同化していたのかもしれない。
「レディ……」
浩太郎がアーミリカが消えてゆくのを呆然と見届けた。
「あんなことを聞くと、作品を書いていいのかって思うよな……」
「そうかな?」
彰文は浩太郎に声をかける。
「作品のキャラクターは、たしかに作品世界から出られない。だけど、作品の書き手や読者を通じて、アカシックレコードと繋がっているんだ。囚われているわけじゃない」
「魔物は魔界に、人間は人間界に、すべてはあるべき世界に存在すべきだ。貴公らも、この世界から疾く去るがよい」
伯爵が警告を与えてきた。
「シミを退治すれば、すぐに帰ります。お力添え、ありがとうございました」
彰文は丁寧に礼を言う。
闇の伯爵は尊大にうなずくと、マントを翻し、蝙蝠の群れとなり去っていった。
「俺が作ったキャラクターながら、迫力あんな……」
遠ざかってゆく蝙蝠の群れを見送りながら、浩太郎がつぶやく。
「いや、作品を読んでいても、大物感はあったよ。僕はイメージどおりだった」
「俺は、もうちょい剽軽なオヤジだと思って書いていたんだぜ?」
浩太郎は不満そうだった。
「僕はそう読まなかったということだよ。だから、あのイメージで現れた。同じキャラクターでも、読む人によって印象は違うものさ」
「反省会は帰ってからにして。まだシミの核は残っているのだから」
かりんが言った。
彼女の脇には、ダルタニアンが控えていた。
治療を終えたらしく、元気そうに見える。
(ライラは?)
彰文が振り返ると、彼女は上体を起こし、目をこすっていた。
「大丈夫?」
急いで走り寄ってみる。
「平気……みたいです。すこし寝たら、回復しました。夢魔ですからね」
ライラが笑顔で答えた。
たしかに、肌や服まで元通りになっている。
さっきは必殺技のようなものを使っていたし、変身もできる。
ライラにも様々な能力があるようだ。
彼女が登場しているのは、そういう作品なのだろうか?
「アーミリカを呼びだしてみたいんだけど、大丈夫かな?」
浩太郎がかりんに訊ねる。
「大丈夫だと思う。やってみて」
「よしっ!」
浩太郎はスマホを構え、本来のパートナーを呼びだした。
そしてアーミリカが姿を現す。
「レディ……」
浩太郎が感極まった顔で、アーミリカを見つめる。
「著者殿、どうしたのじゃ?」
アーミリカが怪訝そうに言う。
どうやら、シミに侵されていた記憶はないようだ。
「よかった。ホント、よかった……」
浩太郎がそう言って、アーミリカに抱きつこうとする。
「著者殿!」
アーミリカがあわてて瞬間移動した。
すでにお約束になりつつある。
「ここは感動の場面だろう?」
浩太郎が天に向かって叫ぶ。
「もうひと仕事、残ってるんだから……」
かりんがため息まじりに浩太郎に声をかけた。
「シミの核を消滅させましょう」
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