第二章 レディ・ドラキュラ⑨


『レディ・ドラキュラ』の第十七話は、魔界に里帰りしたアーミリカが主人公の家にもどってくる話だ。

 家の前には宅配便の車が止まっている。

 黒山羊のマークが車には描かれていた。


「黒山羊宅配便……」


 浩太郎がうめく。

 魔界からの荷物を送ってきた宅配便である。


 車はすぐに走り去った。

 アーミリカの“棺桶ベッド”や“反魂の姿身”は、すでに運びこまれたということである。


「家に入って、鏡を割りましょう。そうすれば、シミが現れるはず。あとは、そのシミを退治するだけよ」


 かりんがそう言って、パートナーであるダルタニアンを呼びだした。

 いつものように花びらを渦巻かせながら、“白の銃士”が姿を現す。


「よしっ、俺もアーミリカを呼びだすぜ!」


 浩太郎がスマホを構えて言った。


「出でよ! 闇の淑女!!」


 気合いの声とともに、頭上にスマホを突きあげる。

 だが、しばらく待ったが、アーミリカは現れなかった。


「……あれ? なんで、出てこないんだ?」


 浩太郎が首を傾げながら、不思議そうにスマホの画面を覗きこむ。


「ちょっと! 集中してよ!」


 かりんが眉をひそめながら言う。


「してたっての」


 浩太郎が不満そうに返す。

 そのとき、彰文は重大なことに気がついた。


「もしかして、まずいかも……」

「なにがだよ?」


 浩太郎が不満そうな顔で振り返る。


「この話では、アーミリカは反魂の姿身から出てくるだろ? 反魂の姿身は彼女が映る唯一の鏡。だけど、今は映らない。そしてそれはシミの核だ。もし、彼女がそれを使ったとしたら……」

「そうだった!」


 浩太郎の顔から血の気が引く。


「アーミリカが、シミに侵された?」


 かりんも呆然となり、手にしていたスマホを落としそうになる。


「先に呼びだしておけばよかったのかよ!」


 浩太郎がそう言って、舌打ちする。

 迂闊だったと、彰文も後悔を覚えた。


「待っておったぞ、著者殿!」


 そのとき、夜の闇に高笑いが響いた。

 声のほうを見ると、家の屋根に腰をかけるアーミリカの姿がある。

 全身から黒い靄を立ち上らせていた。

 シミに侵されている証である。


「浩太郎よ、汝は我の創造者じゃ。だが、我はそのような存在を認めぬ。今宵、汝を消し去り、我は真の自由を取り戻そう」


 そう言うと、マントのように肩にかけていたコートを脱ぎ、無造作に宙に投げる。

 それは大きく広がったと思うと、散り散りに裂けた。

 そしてその一片一片が、真紅の蝙蝠に変わる。


「クリムゾンバット……」


 浩太郎が呆然とつぶやく。

 アーミリカの眷属たる吸血蝙蝠だった。

 その群れが夜空を覆いつくさんばかりに飛び交う。


「どうすりゃいいんだ?」


 浩太郎がひきつった顔で、かりんを振り返る。


「倒すしかないでしょ! 蝙蝠も、アーミリカも!」


 かりんが叱るように言う。


「あいつは、オレの作品のヒロインなんだぜ?」

「今はシミよ。それに倒したからって、彼女がこの世界から消えるわけじゃない。シミが抜けたら、いつだって呼び出せる。問題なのは……」

「彼女がこの作品世界で、最強のキャラだってこと?」


 彰文はかりんを見つめた。


「ええ……」


 かりんが厳しい表情でうなずく。


「シミに侵されていても、作品の影響は残るから。この世界で彼女を倒すのは難しい」

「レディがいないんじゃ、俺はなんにもできねぇぞ。とりあえず、レムスは出すけど、レディに勝てるわけねぇし」


 浩太郎が歯がみしながらも、スマホを前に突きだし、人狼レムスを召喚した。

 遠吠えの声とともに、ラッパーふうの人狼が現れる。

 すでに変身後の姿だった。


「白の銃士に、おまかせいただこう……」


 ダルタニアンが眼前にレイピアを構えたあと、かりんを守るようにその前に立つ。


「お願い、ダルタニアン……」


 かりんが祈るような表情で、パートナーに声をかけた。


「彰文さまをお守りします」


 ライラがふわりと舞い上がり、彰文の真上を旋回する。


「気をつけて!」


 彰文は自分の無力さを痛感した。

 今は、ライラを応援することしかできない。


 クリムゾンバットの大群は、けたたましいほどの羽音と、耳を覆いたくなるような甲高い鳴き声をあげ、一斉に襲いかかってきた。

 ダルタニアンがレイピアを閃かせ、レムスは高く跳躍して爪と牙を振るう。

 ライラは伸縮自在の尻尾を鞭にように走らせた。

 クリムゾンバットが次々と地面に落ち、赤い煙と化して消滅する。

 だが、群れの数は圧倒的だ。

 そして攻撃をくぐり抜けた吸血蝙蝠は、浩太郎、かりん、そして彰文の三人にまとわりつき、牙を剥きながら、奇怪な声を浴びせてくる。


「きゃあ!」


 かりんが悲鳴をあげる。


「くそっ!」


 浩太郎が悪態をついた。

 彰文は歯を食いしばって、苦痛に耐える。

 噛みつかれたわけではないのに、衣服とともに皮膚が裂け、血が霧状に噴き出した。

 その霧を、真紅の蝙蝠は啜ってゆく。


 クリムゾンバットを使役したアーミリカの“吸血”だった。

 作品のなかでは、小さな町なら、全人口の血を吸い取ることができると設定されている。


「ダルタニアン、銃を使って!」


 かりんが蝙蝠を払いのけながら、パートナーに向かって叫んだ。


「承知した!」


 ダルタニアンはどこに隠し持っていたのか短銃を取り出す。

 そして蝙蝠に向かって続けて発射した。

 弾丸に撃ち抜かれた蝙蝠は、空中で赤い煙となる。


(あれ、先込めの短銃だよな……)


 彰文は心のなかでつぶやいた。

 連発できるようなものではない。

 かりんにそういう知識がなかったのか、知っていながら設定を盛ったのだろうか?

 とりあえず、指摘しないことに決めた。

 こちらの世界では、想像は創造になるのだから。


「ライラ! 魔法とか、必殺技とかないの?」


 彰文は自分の頭上でくるくると舞う赤毛の少女に呼びかけてみる。

 根拠はないが、なにかある気がしたのだ。


「……あります!」


 すこし間があって、ライラがうなずく。

 言われてみて、思い出したという感じだった。


 そして両手を前に突きだすように組むと、いったん振りあげ、しばらく貯めてから、今度は地面に叩きつけるように振り下ろす。


「大地よ、屹立せよ!」


 次の瞬間、舗装されている道路から、無数のスパイクが生えた。

 何羽もの蝙蝠が串刺しになり、一斉に消滅する。


「範囲攻撃! それだ!」


 ライラが技を繰り出すのを見て、浩太郎が指を鳴らした。


「レムス! 衝撃の咆哮だ!」


 人狼はそれに応じ、大きく息を吸い込んだ。

 胸が破裂しそうなほどに膨れあがる。

 そして、レムスは狼の首を真上に伸ばし、力強く咆哮した。

 遠吠えの声とともに、空気が激しく振動し、彰文の身体まで震える。


 蝙蝠の大群は、残らず地面に落ちてきた。

 そして赤い煙となって消えてゆく。


「なかなか、やるのう……」


 アーミリカが高笑いを響かせた。

 すっくと立ち上がると、まるでそこに階段があるかのように、虚空を歩いて降りてくる。

 自ら、戦うつもりのようだ。


「著者殿よ、汝にわかるか? この世界は空間も時間も限られておる。我らは同じ物語を無為に繰り返すだけ。ケージのなかでホイールを回すネズミのごとくじゃ」


 アーミリカがそう言って、指で円を描く


「しかたねぇだろ。ここはオレが書いた作品の世界で、おまえはそのキャラクターなんだから」


 浩太郎がアーミリカに呼びかける。


「我もそう思っていた。だが、今や我は新たな力を手に入れておる。閉ざされしこの世界を、塗り替える力をな」


 闇の淑女が陶酔したような表情を浮かべた。


「その力は、ダメなヤツなんだ! 作品世界を蝕み、最後には消滅させちまう」


 浩太郎はアーミリカに訴えつづける。


「それは違うのう。この力の本質は破壊ではない。むしろ、その逆じゃ」


 アーミリカが言う。


「逆?」


 浩太郎が首をひねる。


「創造ってことだろ」


 彰文は浩太郎に指摘した。


「その通りよ……」


 かりんがうなずく。

 彰文は彼女に問いつめるような視線を向ける。


「黙っていたわけじゃないけど、混乱させるかなと思って。それに、これはクリエイター仲間の推測にすぎないの。シミは作品を蝕み、変化させ、破壊する。普通のキャラクターにはできない。いえ、アカシックレコードの管理者である本の悪魔でさえできない。それができるのは、現実世界に今、生きている人間。そう、私たち創造者クリエイターだけなのよ」

「シミは、オレたちと同じってことか?」


 浩太郎が言った。


「ありそうだな……」


 だが、それはそれで疑問はある。

 シミは自発的に生まれたのか、あるいは何者かによって創造されたのか?

 だとしたら、その目的は?


「そう、我に与えられしは創造の翼!」


 アーミリカがゆっくりと両腕を斜め上に広げた。

 その途端、彼女から立ち上っていた黒い靄がぶわっと広がり、一対の黒い翼となる。


「著者殿よ、もはや、我には汝は不要なのじゃ。もちろん、夫殿もな」


 シミに汚染された闇の淑女は、さらに腕をあげると、頭上で円を描くように両手を回転させる。


「烙撃!」


 浩太郎が叫び、かりんを庇うように彼女を正面から抱きかかえた。

 彰文は両腕で顔を隠す。


 次の瞬間、目の前で紅蓮の炎が炸裂する。

 だが、なぜか思ったほど熱さは感じなかった。


「“赤き淑女の烙撃”はダークエナジーを燃やす。つまり、魔物には効いても、僕たち人間はさほど影響ない……」


 作品中にそんな記述があったことを、彰文は思い出す。


(浩太郎に感謝だな)


 心のなかでつぶやいた。


「ち、ちょっと、離れてよ」


 かりんが顔を赤らめながら、浩太郎を押し退けようとしている。


「彰文さま……」


 そのとき、ライラの苦しそうな声がしたかと思うと、ふわふわと彰文の目の前に落ちてきた。

 彰文はあわてて、彼女を抱き留める。

 彼女の服や肌が焼け焦げていた。

 烙撃は、彼女には効いたようだ。


「お姫さま……抱っこですね……」


 ライラが力なく微笑んだあと、がくりとなる。

 彰文ははっとしたが、胸はゆっくり上下しているし、首筋に手を当てると脈を感じた。意識を失ったようだ。


(きっと大丈夫だ……)


 祈るように心のなかでつぶやき、彰文はライラを離れた場所に寝かせる。

 周囲に視線を向けると、ダルタニアンも地面に膝をつき、苦しそうにしていた。

 人狼のレムスに至っては黒焦げとなり、ぴくりとも動かない。

 魔物である彼には、クリティカルに効いたようだ。


「レムス! 帰ってくれ!」


 浩太郎が悲痛な声をあげ、スマホを人狼に向ける。

 人狼は銀の光と化し、スマホの画面に吸い込まれていった。


「次は、主らの番じゃ……」


 黒い翼を生やしたアーミリカは、見えない階段の最後の一段を降り、地面に立った。

 残忍な笑みを、こちらに向けてくる。


「なんとかしないと……」


 彰文はつぶやく。

 手には汗がじっとりと滲んでいる。


「アーミリカに弱点はないの? 裏設定でもいいから」


 かりんが浩太郎に訊ねた。


「吸血鬼だからな。けっこうあるぞ。太陽の光が嫌い、ニンニクが嫌い、十字架が嫌い。ただ、それで死んだりはしないんだ。ダークエナジーをすべて失うか、心臓を貫くかしないと……」


 浩太郎が答える。


「アーミリカより強いキャラを呼びだすしかないよ」


 彰文は作品を思い返しながら言った。


「誰かいたっけ?」


 浩太郎が怪訝そうに返してくる。


「魔界を創造したという“魔王”はどう? 間違いなくこの世界で最強のはずだ」

「設定しかねぇよ。将来、出すかどうかも決めてないんだ。呼びだすなんて無理だ」

「じゃあ、アーミリカの父親は? 闇の伯爵ヴラド・ドラキュラ」

「そうか! ドラキュラ伯爵は、アーミリカより強い。俺はそう設定している。ただ、作品にそう書いてたっけ?」

「十六話で、アーミリカが父親をひどく恐れている描写があった。誰が読んでも、アーミリカより伯爵のほうが強いって思うさ」


 その思いは、修正力となって働くはずだ。


「よしっ!」


 浩太郎は気合いの声をあげ、スマホを構えた。

 そして強く目を閉じる。

 集中しているのだろう、瞼がぴくぴくし、唇もなにかをつぶやくように動いていた。


 しかし――


「ダメだ……」


 浩太郎が目を開いて、荒く息を吐いた。


「ぜんぜんイメージできねぇ。どう書いたかすら、思い出せない」

「あなた、著者でしょ?」


 かりんが責めるように言う。


「滅多に登場しないキャラなんだぜ?」

「まあ……そうね……」


 かりんも思いあたるところがあるのか、それ以上は追及しなかった。

 作者にもよるだろうが、書いた作品の細部まで覚えているとは思えない。

 むしろ作者より、読者のほうが覚えていることもある。


「僕がやってみる……」


 彰文はスマホを構えた。

 確証はないが、できる気がする。


「読み直したばかりだし、今ならドラキュラ伯爵のことをはっきりと思い出せる」


 自分がいい読者かどうかはわからない。

 だが、作品に没入するタイプなのは確かである。

 子供の頃から、気に入った作品の世界に入りたいと思っていた。

 まさか、それが叶う日が来るとは想像もしなかったが。


「任せた! 作者としては複雑だけどな」


 浩太郎が声をかけてくる。


「世に出した時点で、作品はもう作者だけのものじゃないんだよ」


 彰文は浩太郎にうなずきかえすと、目を閉じ、精神を集中した。

 そしてドラキュラ伯爵が出てくる場面を思い出す。


 伯爵が最初に登場するのは、『レディ・ドラキュラ』の第十六話である。

 アーミリカが魔界に帰り、人間界での出来事を父親に報告するのだ。


 かなり緊張する場面だが、伯爵はあっさりと娘と主人公の結婚を認める。

 アーミリカが拍子抜けするぐらいだった。

 ただ、このとき伯爵はなにか思惑らしきものを臭わせている。

 ただ、その伏線は更新が止まっているため、回収されていない。


(闇の伯爵ヴラド・ドラキュラ。魔界の名門にして、魔界を統べる枢機卿のひとり。幾多の分身を影武者としている。アーミリカの父親。彼女の母親が誰かは不明。魔界警察の要請を受け、月光に狂った狼男レムスを捕縛するべく、娘を人間界に送りだした……)


 彰文は伯爵の設定を思い返す。

 続けて、容姿を思い描いた。


(赤い装飾の入った甲冑。蝙蝠の羽根のように広がる黒いマント。髪は黒く、オールバック。肌は青く、瞳は赤い。鋭く長く伸びた犬歯。耳の先端は尖っている……)


 浩太郎はネットにあがっている画像を見て、容姿を描写することが多い。

 なので、ソースはわかる。

 とある映画のポスターから、イメージしたのだ。


 彰文は魔界に赴き、伯爵と謁見している自分を想像してみる。

 古風な城の広間。

 赤い絨毯が敷かれ、正面には無骨な玉座が置かれていた。

 そこに座る甲冑姿の男。


(僕の召喚に応じてくれませんか?)


 浩太郎は心のなかで恭しく一礼し、伯爵に呼びかける。


(この世界を救うためです。あなたは境界の守護者を自認されている。魔界と人間界の境界を侵すものを、文字通り闇に葬ってこられた)


 シミとなったアーミリカは今、作品世界の境界を破壊しようとしている。


(あなたの娘を救うためでもあるのです。どうか、僕に力を貸してください)


 彰文はかっと目を開く。


「よかろう……」


 アーミリカと主人公の結婚を認めたときの台詞が、脳裏に響いたような気がした。

 彰文は、浩太郎を真似、スマホを頭上に突きあげる。


「出でよ、闇の伯爵ヴラド・ドラキュラ!」


 次の瞬間、スマホの画面から漆黒の蝙蝠が無数に飛びだした。


「何事じゃ?」


 アーミリカが目を見張る。


「異物に侵されし、我が娘よ」


 どこからか朗々とした声が響き、黒い蝙蝠の群れがひとつにまとまり、黒いマントとなった。

 それが、ばさりと一回転したかと思うと、甲冑姿の伯爵が姿を現す。


「おお! すげぇ!」


 浩太郎が他人事のように感動する。


「父上……」


 アーミリカが驚きの声をもらした。


「なるほど、おまえには異物が混じっておるようだ。そして、それはこの世界にあってはならぬもの」


 ヴラドはそう言いながら、足を動かすことなく、地面を滑るように、アーミリカに近づいてゆく。


 その両眼が赤く輝いていた。

 まるでなにかのビームが出ているように、アーミリカを捕らえている。

 アーミリカは硬直したように動けない。

 瞳だけが、小刻みに震えている。

 ヴラドはアーミリカの父親であると同時に、彼女を吸血鬼に変えた主人でもある。

 血の盟約は、吸血鬼において絶対だった。


「消え去るがよい!」


 ヴラドは娘の肩をがっしり掴むと、首筋に牙を立てようと顔を近づけてゆく。

 だが、その瞬間――


「消えるのは、我ではない!」


 そう叫びながら、アーミリカが鋭く手刀を突きだした。

 それは伯爵の甲冑を、さらには胸をあっさりと貫通する。


「そんな……」


 彰文は瞬時、息を呑んだ。

 ヴラドは無言のまま塵となる。

 タイミングよく吹いた夜風が、それを散らしていった。


「新たなる力により、我は自由を得た。血の盟約などに縛られておらぬ」


 アーミリカが高笑いをあげる。


「……残念だな。闇の伯爵は、それぐらいじゃ死なないよ」


 彰文は一瞬考えてから、アーミリカに言った。


「なんじゃと?」


 闇の淑女が怒りの視線を向けてくる。


「キミだって、知っているだろう? 闇の伯爵には、何人もの分身がいるんだよ」


 作品に、そういう記述があるのだ。


「今、消えたのは分身だ。そうでしょう?」


 彰文は周囲を見回しながら、呼びかけるように言う。

 そしてヴラドが復活する姿を強くイメージした。


 塵がいずこからか集まり、ふたたび実体化するはずだ。

 ずっと後の回で、そういうシーンがある。


「然り……」


 ヴラドの声がふたたび朗々と響いた。

 そして彰文が想像したとおり、黒い塵が集まり、ふたたび伯爵は実体化する。


(想像が創造になるって、こういうことか……)


 彰文は思った。

 ヴラドには分身がいる。

 だから、今のヴラドは分身だと、彰文は勝手に決めた。

 この作品世界では、それは起こりうることである。

 そして、それは起こった。


(かりんが、自分たちがスーパーヒーローだと言ったのはわかる)


 こちらの世界の法則を完全にマスターすれば、超人どころか、神のような力を振るえるような気がする。

 だから、本の悪魔は、自分たちをクリエイターと呼んだのかもしれない。

 その言葉には“創造主”という意味もあるから……


 ヴラドはふたたびアーミリカと対峙していた。

 アーミリカは黒い翼を大きく広げ、両手を真上に掲げる。

 ヴラドもマントをはねのけて、同じ姿勢を取った。

 烙撃を放とうとしているのである。

 ダークエナジーを燃やしつくす闇の炎だ。


「伯爵が勝つ」


 彰文は自らにそう言い聞かせる。

 こちらの世界では、強い思いこそが、大切だという気がしたから。


 そして真紅と漆黒のふたつの炎が、互いを焼きつくさんと、同時に燃えあがる。

 だが、その効果は対照的だった。


 赤い炎に包まれながら、ヴラドは平然としている。

 一方、アーミリカは黒い炎のなかで苦悶していた。

 ダークエナジーの差だろう。

 やがてアーミリカはゆっくりと地面に倒れる。


「くっ、我はまたこの世界に囚われるのか……」


 夜空を仰ぎながら、アーミリカが悔しそうにうめいた。

 そのまま、黒い蒸気を発しながらゆっくりと消滅してゆく。

 シミの本体は、姿を現さなかった。

 彼女はシミを受け入れ、同化していたのかもしれない。


「レディ……」


 浩太郎がアーミリカが消えてゆくのを呆然と見届けた。


「あんなことを聞くと、作品を書いていいのかって思うよな……」

「そうかな?」


 彰文は浩太郎に声をかける


「作品のキャラクターは、たしかに作品世界から出られない。だけど、作品の書き手や読者を通じて、アカシックレコードと繋がっているんだ。囚われているわけじゃない」

「魔物は魔界に、人間は人間界に、すべてはあるべき世界に存在すべきだ。貴公らも、この世界から疾く去るがよい」


 伯爵が警告を与えてきた。


「シミを退治すれば、すぐに帰ります。お力添え、ありがとうございました」


 彰文は丁寧に礼を言う。

 闇の伯爵は尊大にうなずくと、マントを翻し、蝙蝠の群れとなり去っていった。


「俺が作ったキャラクターながら、迫力あんな……」


 遠ざかってゆく蝙蝠の群れを見送りながら、浩太郎がつぶやく。


「いや、作品を読んでいて、大物感はあったよ。イメージどおりだな」

「俺は、もうちょい剽軽なオヤジだと思って書いていたんだぜ?」


 浩太郎は不満そうだった。


「僕はそう読まなかったということだよ。だから、あのイメージで現れた。同じキャラクターでも、読む人によって印象は違うものさ」

「反省会は帰ってからにして。まだシミの核は残っているのだから」


 かりんが言った。

 彼女の脇には、ダルタニアンが控えていた。

 治療を終えたらしく、元気そうに見える。


(ライラは?)


 彰文が振り返ると、彼女は上体を起こし、目をこすっていた。


「大丈夫?」


 急いで走り寄ってみる。


「平気……みたいです。すこし寝たら、回復しました」


 ライラが笑顔で答えた。

 たしかに、肌や服まで元通りになっている。


(夢魔だからかな?)


 さっきは必殺技のようなものを使っていたし、ライラにも、様々な能力があるようだ。

 彼女が登場しているのは、そういう作品なのだろうか?


「アーミリカを呼びだしてみたいんだけど、大丈夫かな?」


 浩太郎がかりんに訊ねる。


「大丈夫だと思う。やってみて」

「よしっ!」


 浩太郎はスマホを構え、本来のパートナーを呼びだした。

 そしてアーミリカが姿を現す。


「レディ……」


 浩太郎が感極まった顔で、アーミリカを見つめる。


「著者殿、どうしたのじゃ?」


 アーミリカが怪訝そうに言う。

 どうやら、彼女にはシミに冒されていた記憶はないようだ。


「よかった。ホント、よかった……」


 浩太郎がそう言って、アーミリカに抱きつこうとする。


「著者殿!」


 アーミリカがあわてて瞬間移動した。


「さあ、もうひと仕事よ……」


 かりんが浩太郎を励ますように背中を叩く。


「シミの核を消滅させましょう」

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