バレンタイン戦線異状なし/フラッグノーツ


「なぁ、オマエらはどうするよ?」

「……私は、いつも通りだ。別に何も用意してはいない」

「マジで」

「こちらは既に準備万端ですわ。親愛を込めた、義理で」

「へぇ~、ギリねぇ」

「貴様、やけにつっかかるな」

「まったくですわ。あなたこそ、どうなさるの?」

「柄じゃねぇよ。ヘヘッ」

「「………………」」


 * * *


 バレンタインは、戦争だと思う。

 もちろん、愛を告白する日だとか、大事な人に贈り物をする日だとか、解釈は色々ある。

 けど、我が麗しのブルボニアは、歴史的にお祭り好きでお菓子好きの気風だ。

 そんな国で、お祭りとお菓子が一気に押し寄せてくるイベントが見逃されるはずもなく、おかたい百科魔法全書派の学者から「要出典!」をつきつけられそうな聖人の逸話やらチョコレートの効能やらまでが奇跡のマリアージュを起こすのは当然と言えた。

「せっかくだから、長いほうがいいよね」

 誰が言うともなくそんな雰囲気が醸成されて、今ではめでたくバレンタイン・ウィーク。

 一週間ブッ続けの大イベント、老いも若きもチョコ、チョコ、チョコ!

 盛り上がれ! 売りまくれ! 食いまくれ! 愛を射止めろ!

 だから、バレンタインは……戦争なのだ。


「おうよ! バレンタインは地獄だぜぇー!」

「嬉しそうだよな、アラミス」

「あったりまえだよバカ野郎この野郎! お前の田舎じゃどうだか知らないけどよ、花のパリは今日から当日まで上を下への大騒ぎよ。……あー、それでよ」

「うん、何?」

「えっと、まぁ、ただの質問だけど。オマエ、チョコ食うならどういう味が好きよ」

「チョコ? そうだなぁ……」

「とっとと答え……って、おいっ、避けろっ!」

「は? ぶわっぷっ!」


 熱い!

 甘い!

 前が見えない!


「あーあーあー、ったく、直撃くらいやがって。大丈夫か? ……んっ、旨い! なかなかの上物だな」

「ベチャベチャする……僕は泥水でもかけられたのか?」

「こ~んな甘い泥水があるかよ。チョコの精霊・チョコディーヌのイタズラだ。バレンタイン・ウィークは菓子屋の主人に休暇をもらって、遊びまくるんだよ」

「……なんか、茶色い雪が降ってるんだけど」

「カカオスノーだな。今年は演出魔法のプロを招いて、かなり力入れて降らすってよ!」


 どこもかしこも、まさにチョコレート一色だ。

 誰も彼も楽しそうな笑顔を浮かべてるから、まぁ、いいか。

 今まさに目の前で、銀行からせっせと麻袋を運び出している一団(板チョコ風の被り物で顔を隠している)も、きっと何かの催し物なのだろう。


「さしづめ、あの袋の中身は粒チョコぎっしりってとこかな?」

「おう、あれか? ありゃーお前、えーと……」

「銀行強盗だーっ!」

「「え」」


 顔を見合わせ、走り出す。

 捕物の始まり、銃士隊の出番だ!

 ……紛らわしいよ、このイベント! 


 * * *


 そして、日暮れ時。

 僕とアラミスは2件の強盗、5件の事故、10件の喧嘩、20件の迷子探しに奔走しまくった。

 上への報告を済ませた後、詰め所の食堂に座り込み……やっと憩いの時間が訪れる。


「お手柄だったな、ふたりとも。お茶菓子だ、食べ給えよ」

「ホットチョコが入りましたわ。召し上がれ」


 アトスとヴァローナのねぎらいが身に染みる。

 僕は、もうクタクタだ。


「ありがたいけど、チョコは遠慮しとくよ。今日のドタバタで、一日どころか、一週間分のチョコを摂取した気がする……」

「……そうか」

「あら、そうでしたか。アラミス、何がおかしいんですの?」

「別に~。えっへっへ~」


 まぁ、トラブルは多かったけど、今日が特別なだけだろう。

 明日からは、決まった通りに警備して――


「しかし、初日だけあって、まだおとなしいものだな」

「おうよ。人死にも出なかったしなー」

「けれど、統計上、明日から過激さを増していくのは必至ですわね」


 おい。

 すっごく物騒な会話をしてないか?

 なんで、バレンタインで人が死ぬ?


「どうした、ぽかんとして。……ああ、君は、『パリのバレンタイン』は初めてだったか。気を引き締めて取り掛かってくれ給えよ。うっかりすると、死ぬぞ」

「死ぬっ!?」


「腕のいい蘇生魔法師を待機させるから、もしものことがあっても大丈夫ですわよ」

「いやいやいやいやいやっ! なにそれっ!」


「あー、でもなー。復活すんのって、死ぬほど痛ぇんだぜー。フヒヒッ♪アタシも何度か経験あるけど、優しくリードしてやるよ」

「そんな初体験は望んでないっ!」


 スナック感覚で物騒なことを言う3人。

 いやそりゃ確かに銃士は命を張るのも仕事だけどさ、なんでバレンタインなんかで若い命を散らさなきゃならないの!

 キミらもなんかこの3バカに言ってやれよ……と振り返った先では、並み居る銃士たちが和気あいあいと「今年は骨折くらいで済むといいなー。ははは」「俺、今回のバレンタインでチョコもらったらプロポーズするんだ」「うわ、死ぬわー」「高い保険入ってるから、何があっても平気だし!」などと話してる。

 バカだった!

「いいか、諸君! 結果的に、バレンタインに於ける死者が0であればよいのだ。一般市民はもちろん、隊員には、たとえ死んでも必ず蘇ってもらう!」

「「「おうっっっっっ! ひとりは、チョコのために! チョコは、みんなのために!」」」


 * * *


 深夜。

 僕は銃士寮を抜け出していた。

 これから一週間の雲隠れ、パリを離れてどこか適当な潜伏場所を――


「こんばんは! お散歩ですか!」


 いきなり見つかった。


「しゃ、シャルロット……。こんな夜に、キミこそ何してんの?」

「にひひ~、明日からのバレンタインを考えてたら、ドキドキして寝られなくって」

「ああ、そりゃドキドキするよね……相当、危ないらしいし」

「ええ! まさに、銃士隊の出番ですよ!」

「……そう、かな? こんなイベントに、僕らが身を張る必要はないんじゃないかな」

「あれ? お嫌いですか、バレンタイン(楽しいのに)」

「嫌いじゃないけどさ、パリのそれは、ちょっと過激すぎるかなって」

「あはは、確かにさすがパリですよね。お菓子のことでこんなお祭りになるなんて。チヨコレエトの美味しさを考えたら、当然でしょうけど♪」


 にっこにこ。

 シャルロットは、笑っている。

 いつもは愛嬌のある小動物みたいなのに、今はちょっと別人っぽい。

 きっと、月の光のせいだろう。


「でも、何より……みんな、必死なんですよ。好きな人に想いを伝えたくて」

「…………」

「パリはいっぱい人がいて、うっかりすると埋もれちゃう。田舎から出てきた身には、よぉ~くわかります。だから、思いっ切り声を上げて、最高のチヨコレエトを、一番の人に渡すんだと思います。そして、そんな人たちを守るのが銃士隊の喜びかなって」

「…………」

「……あの、どうしちゃいました?」

「ははっ。参った。一本取られた」

「??? そ、そうですか、そうですよね! よーくわかります!(わかんない)」

「明日から、頑張ろう。シャルロット」

「はいっ! シャルロット・ダルタニアン、押して参ります!」

「ふぅ、気が抜けたら、なんか腹減ったな……夕飯、ちゃんと食べればよかった」

「じゃあ、これっ!」


 シャルロットがポケットから取り出したのは、チョコレート・バー。

 彼女のお気に入りだ。

 半分ほど齧られている。


「……ま、いっか。いただきます」


 うんざりするほど食べたチョコの味。

 だけど、ほんの少しだけ、胸の奥にしみる感じがした。


 * * *


「バカ野郎この野郎、オマエ、昨日の晩、シャルロットのチョコ食ったな!?」

「しかも、半分こ、か。ふむ。一本の菓子も平等に分け合う絆。麗しいことだ」

「まぁ、私のホットチョコレートなどでは、敵いませんわね……ふふふ♪」


 みょ、妙に3人からの当たりがキツイ。

 しかも、いつもと違って隊列の最前列に配置されてるんですけど!?

 抗議する間もなく、大通りを殺到してくる市民の群れ。

 超高級チョコの時限セールを求めてのことだ。


「シャルロット。アレも、キミが守りたい人たち?」

「か、覚悟は決めてます!(決まってない!)」

「やれやれ。でも、まぁ、やるか。バレンタインは……戦争だからね!」


 そして、アトスの号令が響き渡る。


「行くぞっ、チョコ豚ども! ハッピー・バレンタイン!」

「「「ハッピー・バレンタイーーーーーン!」」」


(完)

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