第二章 レディ・ドラキュラ⑤【書籍用改稿版】

 翌日、彰文が〝悪魔の書架〟に入ったのは、約束の時間の五分前だった。


「彰文さま!」


 ポータルに入ると、ライラが嬉しそうな顔をしながら駆け寄ってくる。


「昨日は嬉しかったです」


 そう言って、ライラは彰文に抱きつこうとする。


「ち、ちょっと……」


 彰文は彼女の肩を掴んで、それを阻止した。


「もしかして、夢で会ったこと?」


 彰文はライラに訊ねる。


 やはり、あれは現実でもあったのだ。

 ここでのことを、現実というならばだが……


「昨日の部屋は?」

「わたしは夢魔ですから。ひとりでいるときは、あそこで眠っています」

「そうなんだ……」


 もちろん、ライラは現実世界には存在しない。


 ただ、彰文にとって、この夢魔の少女は、それこそ大切な存在になりつつある。


「早いのね」


 そのとき、かりんが声をかけてきた。


 声のほうを振り返ると、彼女は昨日と同じように白いテーブルで、優雅に紅茶を飲んでいる。


 傍らには、本が一冊置かれていた。『レディ・ドラキュラ』である。


 作品世界に入る前に、チェックしていたのだろう。

 彰文も全話に目を通してきた。おかげで、昨夜はほとんど寝ていない。


「そういえば、『白蘭の三銃士』も読ませてもらったけど……」


 寝ていないのは、そのせいでもある。


「ひと晩で?」


 かりんが驚く。


「どうだったかしら? 私たちのジャンルには男性読者はまずいないから、よければ感想を聞かせてくれない?」


 かりんが席を立って、近づいてくる。


「原作をうまく使いながら、オリジナルの物語にしてるよね。ヒロインが密偵で、名前や姿を変え、ダルタニアンだけじゃなく、アトス、ポルトス、アラミスの恋人にもなるという発想がすごいよ。ヒロインの視点から、ダルタニアンと三銃士が、とても魅力的に描かれているし、これは女性の読者なら喜ぶだろうな、って……」


 彰文は一気に語ったが、かりんが固まっているのに気づいて、言葉を切った。


「もしかして、的外れだった?」


 心配になり、訊ねてみる。


「ううん、ちゃんと読んでくれていて、すごく嬉しい」


 かりんが笑みを浮かべ、嬉しそうに両手を合わせた。


「いや、作品が面白かったからだよ。途中でやめられなかった……」


 彰文は照れながら言う。


「あと、これはなんとなくだけど、作者はヒロインより、王妃のほうに感情移入している気がしたかな? 本当の恋さえ知らず政略結婚でフランス王に嫁いだものの、夫とは不仲で、自由すら奪われている。ダルタニアンや三銃士らとともに宰相派の陰謀と戦うヒロインに感謝しながらも、羨ましく思っている気がしたんだ」

「びっくりだわ……」


 かりんがそう言ったきり、しばらく言葉を失った。


「わかる人には、わかるものなのね」

「やっぱり?」


 彰文はほっとする。作者の意図を汲みとれたというのは読者として嬉しいものだ。


「ええ、『白蘭の三銃士』は王妃がヒロインとダルタニアンたちとの関係に憧れる物語。シミを退治するため、作品世界に入ったとき、私は王妃になった」

「浩太郎が『レディ・ドラキュラ』の主人公になったみたいに?」


 彰文が問うと、かりんが苦笑まじりにうなずく。


「私はヒロインの視点で書いていたつもりだったのにね。でも、彰文くんの言うとおり、感情移入していたのは王妃のほうだったみたい」

「すまん! 遅くなった……」


 そのとき、浩太郎の声がして、彰文とかりんのあいだに唐突に姿を現した。


「ん? もしかして、邪魔だったか?」


 浩太郎は彰文とかりんが向かいあっているのに気づいて言う。


「なにを言ってるのよ!」


 かりんが怒りの声をあげた。


「まったくですよ!」


 ライラが浩太郎の膝の裏に蹴りを入れる。


「うわっ!」


 浩太郎の膝がかくんとなり、転びかけた。


「なにすんだよ!」


 立ち直ってから、ライラに抗議する。


「今のは、浩太郎が悪い。かりんの作品の話をしてたんだよ」


 彰文は苦笑した。


「うはっ、もう読んだのかよ!」


 浩太郎が呆れたように言って、かりんを振り返る。


「彰文、いい読者だろ? こっちが書きたいこと、きっちり読み取ってくれるし、アドバイスも的確なんだぜ。『白蘭の三銃士』なら、俺も第一話だけ読んだけどな。そこで寝ちまって……」


 浩太郎が頭をかきながら言う。


「眠くなるような作品で悪かったわね! 私だって、我慢して、あなたの作品を読んであげているのよ!」


 かりんの怒りが増す。


 浩太郎は思ったことをそのまま言う。

 それは良いところでもあるが、言葉を選び間違えることもしばしばだった。


「いや、ホント申し訳ない。ただ、シミを退治するまで、お願いだから付き合ってくれって。昨日だって、冷や冷やだったんだ。かりんと彰文がいなかったら、ぜってー逃げだしてたわ」


 浩太郎が素直に謝る。


 そういう反応は予期していなかったのか、かりんが困ったような表情になった。


「わ、わかってるわよ」


 そのとき、本の悪魔の笑い声が響いた。


「すっかり意気投合したようだね」


 本の悪魔が、靴音をリズミカルに響かせ、歩いてくる。


「どこがよ?」


 かりんが悪魔を睨みつけた。


「新しいクリエイターをふたりも迎えられて、本当に嬉しく思うよ。シミによる汚染は、すこしずつではあるものの、確実に広がっている。今は大きな影響がないとはいえ、たとえひとかけらであっても、人類の叡智が失われるのを、私は望まない。苦労をかけるが、三人ともよろしく頼むよ」

「頑張ります」


 彰文は悪魔の言葉に、ゆっくりとうなずく。


 同感だった。


 ここにある知識や情報は、先人たちの、そして現在を生きる人間すべての記憶であり、記録なのである。

 どんなものであれ、失われていいはずがない。


「では、入りましょうか? 今日は二話から、どんどん話を進めてゆくわよ」


 かりんが浩太郎と彰文に声をかけてくる。


「おうよ! ぜってー見つけだしてやるっての」


 浩太郎が意気込みながら、スマホをかまえた。

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