第二章 レディ・ドラキュラ④


 翌日、彰文が“悪魔の書架”に入ったのは、約束の時間の五分前だった。


「彰文さま!」


 ポータルに入ると、ライラが泣きそうな顔をしながら駆け寄ってくる。

 帰る作品がないので、ずっとここで待っていたのだ。


「心細かったです」


 そう言って、ライラは彰文に抱きつこうとする。


「ち、ちょっと……」


 彰文は彼女の肩を掴んで、それを阻止した。

 ライラのことが嫌いなわけではない。

 むしろ、その逆で呼びだしたときから、なぜか強く惹かれている。

 彼女に触れると、変な気になりそうで恐いのだ。


(サキュバス……)


 そんな言葉を思い出す。コミックやラノベで、そしてゲームにもよく出てくる。

 女性の姿をした夢魔であり、淫魔だ。


 作品の設定にもよるが、一般的には悪魔だから、ライラの外見は説明がつく。

 ただ、彼女には妖艶なイメージはない。

 どことなく妹っぽいし、元気で健気な印象を受けた。


(まるで真逆だな)


 彰文はふと思い、そしてはっとなる。

 誰と真逆なのか、わからなかったからだ。例の既知感である。


「早いのね」


 そのとき、かりんの声がした。

 声のほうを振り返ると、彼女は昨日と同じように白いテーブルで、優雅に紅茶を飲んでいる。

 傍らには、本が一冊置かれていた。

 『レディ・ドラキュラ』だった。

 作品世界に入る前に、チェックしていたのだろう。


 彰文も、全話に目を通してきた。

 おかげで、昨夜はほとんど寝ていない。


「そういえば、『白蘭の三銃士』も読ませてもらったけど……」

「ひと晩で?」


 かりんが驚く。


「どうだったかしら? 私たちのジャンルには、男性の読者はまずいないから、よければ感想を聞かせてくださらない?」


 席を立って、近づいてくる。


「たしかに共感できないところはあったけど、原作をうまく使いながら、オリジナルの物語にしているよね。ヒロインが密偵で、名前や姿を変え、ダルタニアンだけじゃなく、アトス、ポルトス、アラミスの恋人にもなるという発想がすごいよ。ヒロインの視点から、ダルタニアンと三銃士が、とても魅力的に描かれているし、これは女性の読者なら喜ぶだろうな、って……」


 彰文は一気に語ったが、かりんが固まっているのに気づいて、言葉を切った。


「もしかして、的外れだった?」


 心配になり、訊ねてみる。


「ううん、ちゃんと読んでくれていて、すごく嬉しい」


 かりんが笑みを浮かべ、嬉しそうに両手を合わせた。


「いや、作品が面白かったからだよ。途中でやめられなかった……」


 彰文は照れながら言う。


「あと、これはなんとなくだけど、作者はヒロインより、王妃のほうに感情移入している気がしたかな? 本当の恋さえ知らず政略結婚でフランス王に嫁いだものの、夫とは不仲で、自由すら奪われている。ダルタニアンや三銃士らとともに宰相派の陰謀と戦うヒロインに感謝しながらも、羨ましく思っている気持ちが、とても強く伝わってきたから」

「びっくりだわ……」


 かりんがそう言ったきり、しばらく言葉を失った。


「わかる人には、わかるものなのね」

「やっぱり、そうなんだ?」


 彰文はほっとする。

 もちろん、当たっていなくてもいいのだが、作者の意図を汲みとれたというのは読者として嬉しいものだ。


「ええ、『白蘭の三銃士』は王妃がヒロインとダルタニアンたちとの関係に憧れる物語よ」

「すまん! 遅くなった……」


 浩太郎の声がして、彰文とかりんのあいだに唐突に姿を現す。


「ん? もしかして、邪魔をしたか?」

「なにを言ってるのよ!」


 かりんが怒りの声をあげた。


「彼女の作品の話をしてたんだよ」

「うはっ、もう読んだのかよ!」


 浩太郎が呆れたように言って、かりんを振り返った。


「彰文、いい読者だろ? こっちが書きたいこと、きっちり読み取ってくれるし、アドバイスも的確なんだぜ。『白蘭の三銃士』なら、俺も第一話だけ読んだけどな。そこで寝ちまって……」

「眠くなるような作品で悪かったわね! 私だって、我慢して、あなたの作品を読んであげているのよ!」

「いや、ホント申し訳ない。ただ、シミを退治するまで、お願いだから付き合ってくれ。昨日だって冷や冷やだったんだ。かりんと彰文がいなかったら、ぜってー逃げだしてたわ」


 浩太郎が素直に謝る。

 そういう反応は予期していなかったのか、かりんが困ったような表情になった。


「わ、わかってるわよ」


 そのとき、本の悪魔の笑い声が響く。


「すっかり意気投合したようだね」


 本の悪魔が、靴音をリズミカルに響かせ、歩いてくる。


「どこがよ?」


 かりんが悪魔を睨みつけた。


「新しいクリエイターをふたりも迎えられて、本当に嬉しく思うよ。シミによる汚染は、少しずつではあるものの、確実に広がっている。今は大きな影響がないとはいえ、たとえひとかけらであっても、人類の叡智が失われるのを、私は望まない。苦労をかけるが、三人ともよろしく頼むよ」

「頑張りますよ」


 彰文は悪魔の言葉に、ゆっくりとうなずく。


 同感だった。ここにある知識や情報は、先人たちの、そして現在を生きる人間すべての記憶であり、記録なのである。

 どんなものであれ、失われていいはずがない。


「では、入りましょうか? 今日は二話から、どんどん話を進めてゆくわよ」


 かりんが浩太郎と彰文に声をかけてくる。


「おうよ! ぜってー見つけだしてやるっての」


 浩太郎が意気込みながら、スマホをかまえた。

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