第二章 レディ・ドラキュラ②【書籍用改稿版】
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茂みをかきわけて姿を現したのは見上げるほどの大男だった。
裸足である。毛むくじゃらで筋肉の盛りあがった脛と腿。アーミー柄のハーフパンツを穿いている。上半身は裸。やはり毛深い。なにかの毛皮をまとっているかのようだ。
そして顔――
「狼?」
大男の顔は、ヒトではなかった。
俺は呆然となり、その場から一歩も動けなくなる。
「人狼ってことかよ……」
とあるゲームが俺の脳裏に浮かぶ。そのゲームは、ひとりの村人が人狼に殺されるところから始まるのだ。
どうやら、俺はその最初のひとりになるらしい。
人狼が右腕を大きく振りあげる。長く鋭い鉤爪が伸びていた。
(これで受験勉強からは解放されるな)
マヌケにも、俺はそんなことを考えた。
目の前で起きていることがあまりにも非現実的なので、俺の脳は理解を拒絶しているのだ。グッジョブである。おかげで恐怖はさほど感じない。
不様な悲鳴をあげながら死ぬより、なにが起きたのか理解できないまま死んでゆくキャラのほうがインパクトがあるというものだ。
そして人狼が腕を振るう。
しかしその腕が俺の頭を吹き飛ばす寸前、俺の視界がいきなり金髪で遮られた。
そして人狼の腕は見えない壁にでも当たったかのように弾きかえされる。
「グガガガガァ!」
人狼が怒りの咆哮をあげた。
「危ないところじゃったのう」
金髪が振り返り、微笑みかけてくる。
少女だった。透き通るような白い肌、真紅の瞳と唇。
「我はアーミリカじゃ」
少女が名乗る。
「闇の淑女と呼ばれておる」
これが俺と彼女との運命的な出会いだった――
『レディ・ドラキュラ』より
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「で、出たっ!」
浩太郎が緊張の声をあげる。
茂みをかきわけ、身長二メートルを超える人型の魔物が姿を現す。
顔は狼、裸の上半身は銀色の体毛に包まれている。だぼっとした迷彩柄のハーフパンツからはふさふさした尻尾が突き出ていた。
人狼である。狼男、狼憑きとも呼ばれる。
(作品の描写どおりだ)
彰文はそんな感想を抱く。
だが、文章で読んだときと違い、実物となって目の前に現れると、まさに魔物というしかなかった。
口は大きく裂け、黄ばんだ牙を剥いている。
長い舌がだらりと垂れ、涎が糸を引きながら滴っている。
冬でもないのに、荒い息をつくたび白い湯気が立ち上る。
動物園に入ったような臭気が鼻をつく。
(リアルすぎるだろ?)
彰文は生唾を呑みこんだ。
浩太郎は自分が創りだした魔物を呆然と見上げている。意図しているかどうかは知らないが、作品の主人公と同じような反応だった。
かりんは慣れているのか、度胸が据わっているのか、平然と人狼を観察している。彼女の隣で、ダルタニアンが優雅に微笑んでいた。
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「久しいな、レムス」
アーミリカと名乗った少女が、人狼に呼びかける。
人狼は身構えつつ、うなり声で応じた。
「おぬしは下がっておれ」
アーミリカが俺を振り返り、微笑みかけてくる。
俺は心臓を射貫かれたような衝撃を受けた。それほど魅力的な笑顔だった。
俺はあわててうなずくと、転がるように滑り台の影に隠れる。
このまま逃げたほうがいいに決まっているが、可憐な少女をバケモノの前に置いたままにはできない。
彼女は俺を助けてくれたのだ。なにがどうなるか、最後まで見届けようと思った。
「魔界に現れた人間界の月を見てしまったそうじゃな? その程度で理性を失うとは、未熟者め! 我がわざわざ出向いてやったのじゃ。おとなしく魔界へ帰れ!」
少女が人狼を叱りつける。
だが、月光に狂った人狼に、彼女の呼びかけは通じない。
ふたたび怒りの咆哮をあげた。
どうやら、戦いは避けられそうになかった――
『レディ・ドラキュラ』より
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「久しいな、レムス」
アーミリカが作品どおりの台詞を言った。
そして、本能に導かれたように人狼の前に立ちはだかる。
「僕たちは、どうすればいい?」
彰文はかりんに訊ねた。
「ここは吸血鬼の彼女と主人公の浩太郎くんに任せましょう」
「俺にかよ! 任せるのかよ!」
浩太郎がうろたえる。
「戦うのは、アーミリカでしょ。あなたは彼女が実力を出せるよう、応援してあげればいいの。彼女にどんな能力があって、どう勝つか思い描く。ここはあなたが創った世界なのだから、その通りになるわ。あの人狼が、シミに蝕まれていないかぎりね」
かりんが浩太郎を励ますように言う。
「アイツがシミだったら、どうすんだよ?」
「そのときには、私たちも加勢して退治する。でも、大丈夫、そんな気配はないから」
「我にまかせておればよい」
アーミリカが言うなり、地面をとんと蹴り、ふわりと空中に浮かんだ。
人狼レムスがそれに反応し、力強く跳躍した。顎を大きく開き、吸血鬼の少女を牙で捕らえようとする。
アーミリカは空中に見えない床があるかのように側転し、飛びかかってきた人狼の牙を紙一重でかわした。
そしてすれ違いざま、人狼の首筋に手刀を叩き入れる。その瞬間、赤い閃光が走った。
「ブラッドドレイン!」
浩太郎が興奮ぎみに叫ぶ。
「アーミリカは触れただけで、相手のダークエナジーを吸収する。そして自分のエナジーに変えられるんだぜ!」
「そんな設定だったね」
彰文はうなずいた。
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世界にはダークエナジーが満ちている。
その影響を受け、魔物は誕生するのだ。
『レディ・ドラキュラ』より
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『レディ・ドラキュラ』の作品世界では、人間界に満ちる〝ダークエナジー〟を吸収して、様々なモノが魔物に変異する。
太古より魔物と人間とは争いが絶えなかったが、あるとき〝魔王〟と呼ばれた存在が、自らを犠牲にし、〝魔界〟を創造したという。
それ以来、魔物は魔界で暮らすようになった。
そのあたりの設定はシリーズが進むごとに徐々に明らかになるのだが、今は中断しているので、核心のところはわからない。
魔物どうしの戦いは、ダークエナジーの削りあいだ。エナジーがある程度まで減ると魔物は能力を失い、ゼロになると消滅する。
浩太郎が言ったとおり、吸血鬼一族であるアーミリカは、相手のエナジーを吸い取り、自分のエナジーにする能力を持っていた。
攻撃と回復を同時に行うわけだから、ゲーム的に考えれば、かなりチートである。
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少女は優雅な動きで人狼を翻弄している。
「レムスよ、それほどまでに我と踊りたいか?」
高らかに笑いながら、手刀や蹴りを人狼に見舞う。
その度に、赤い閃光が走った。
だが、人狼はまったく衰えた様子を見せない。それどころか、怒りを増し、その動きがどんどん速く、激しくなってくる。
「猛々しいのう……」
余裕の笑みを浮かべていた少女の表情に焦りのようなものが見えた。
そして、ついに爪の一撃が、彼女の右腕をかすめた。
「痛っ」
青白い肌に三筋の傷が走り、真っ赤な血が流れ出す――
『レディ・ドラキュラ』より
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アーミリカと人狼との戦いは、作品どおりに進んだ。
ただ、文章で読んだときとは、迫力がまるで違う。補完され、リアリティが増しているというレベルではなかった。
ハリウッド映画さながらのアクション。
人狼の唸り、アーミリカの息遣い。
人狼の起こす地響きや宙を舞うアーミリカが巻き起こす風。
獣の臭いと甘い香り。
口のなかが渇き、酸っぱくなってくる感触。
まさに五感のすべてで、魔物どうしの戦いが再現されている。
「これ……俺の作品だよな?」
浩太郎が呆然とつぶやく。
「ああ……」
彰文も同じようにうなずいた。
(小説を読んだら、このぐらいに脳内再生しないといけないんだな)
そのためには小説だけでなく、マンガや映画をはじめ、あらゆるジャンルの娯楽、芸術を見て、感性や想像力を磨く必要があるのだろう。
「でもよ、本当に大丈夫なんだろうな?」
浩太郎がかりんに訊ねる。
アーミリカが心配なのだろう。彼の視線はパートナーに向けられたままだった。応援するスポーツ選手の試合を見守るファンのようだ。
いや、彼の場合はコーチや監督の心情かもしれない。
「そのはずよ。作品世界では基本的にストーリーどおりに物事が進んでゆく。そういう力が働いているらしいの。私たちは〝修正力〟と呼んでいるけど」
「その理屈はわかるけど、ちょっと戦いが長くないかな?」
彰文も違和感を感じていた。
浩太郎が第一話で書いた戦闘シーンはちょっと物足りないと思うぐらいにあっさりと終わっている。だが、吸血鬼の令嬢と人狼の戦いは、延々と続いていた。
「もちろん、完全に同じではないけれど……」
かりんが言葉を濁す。彼女もおかしいと思っているのかもしれない。
それからしばらくたっても、やはり戦いは終わらなかった。そして、アーミリカは苦戦しつづけている。
今や、人狼の攻撃をかわすのが精一杯で、相手からエナジーを奪うことすらできなくなっていた。
「猛々しいのう……」
アーミリカが先程と同じ台詞を繰り返す。
「やっぱり、おかしい……」
彰文は確信を抱いた。
「まるで同じシーンを繰り返し読んでいるみたいだ」
「そうね、ストーリーが進んでいないのかもしれない……」
かりんがうなずく。
「ストーリーが進行するには〝トリガー〟が必要になるときがあるの。台詞だったり、行動だったりね。たとえば『浦島太郎』で、子供たちに虐められている亀を助けなかったとしたら、物語は進まないでしょ?」
「なるほど……」
作品世界には、独自の法則があるということだ。
「なにがトリガーなんだろう?」
彰文は作品を思い返してみる。
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人狼は無尽蔵の体力を持っているようだった。
アーミリカという少女は、人狼の猛攻をかわし続けている。
だが、もはや反撃する余裕はないように見えた。
「なにか、できねぇのかよ?」
焦りを覚えながら、俺は周囲を見回す。
だが、あんなバケモノ相手に、ただの人間にできることなどあるはずがなかった。
祈るような気持ちで、俺は空を見上げた。
満月が煌々と輝いている。
人狼といえば満月だ。
あの人狼は、月を見て狂ったと少女も言っていた。
だが、よく見ると、厚い雲が湧いており、月はそこに隠れようとしている。
「そう言えば、夜半から天気が崩れると言ってたな」
天気予報はよく外れるという印象があるが、実はだいたい当たるものだ。外れたときの印象が強く残るだけである。
「その満月を隠せっ!」
俺は生まれて初めて、雲を応援した。
『レディ・ドラキュラ』より
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彰文は夜空を見上げてみた。
そこには、大きな満月が煌々と輝いている。雲は湧いているが、動いているように見えない。
「浩太郎! 月だ!」
彰文は大声で浩太郎に呼びかけた。
「月? 今はそれどころじゃねぇだろ! アーミリカがピンチなんだぜ?」
「だからだよ! いいから、月を見ろ! そうしないと、ストーリーが進まないんだ」
「そ、そう言えば、たしか、主人公は……」
浩太郎があわてて夜空を見上げ、南の空に輝く満月を探し出す。
「よしっ、雲がかかってきた!」
浩太郎が夜空を見上げたのがトリガーだったらしく、厚い雲が月を隠してゆく。
これが作品の修正力というものなのかと、彰文は思う。
しばらくすると、月は完全に見えなくなった。
途端に人狼の動きが鈍くなる。
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「古来より、月光は狂気をもたらすとされる。そしてダークエナジーの供給源でもあるのじゃ。とくに人狼にとっては無尽蔵のエナジータンクが空に浮かんでいるようなもの。おかげで、苦労をさせられたわ」
アーミリカが苦笑しながら言った。
『レディ・ドラキュラ』より
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「観念せい!」
アーミリカは空中に見えない床があるように、体操選手さながらの動きで跳躍し、回転しつつ、人狼に攻撃を加える。
その一撃ごとに、赤い閃光が走り、人狼からダークエナジーを吸い取っていった。
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ついに、人狼は地面に倒れ、なぜか犬の姿になる。
そして服従のポーズを取り、子犬のように鼻を鳴らした。
『レディ・ドラキュラ』より
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「やった……」
浩太郎がようやく安堵の息をつく。
そして闇の淑女こと、アーミリカに感動の視線を向ける。
吸血鬼の令嬢は浩太郎を振り返ると、腰に手を当て、くいっとポーズを決めた。
「あ~、たしか、助けてくれてありがとうだっけ?」
浩太郎が作品で主人公が言っていた台詞を思い出しながら言う。
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「た、助けてくれて、あ、ありがとう」
俺は少女に言った。
想像を絶した戦闘を見たあとなので、興奮のあまり声が震えている。
「礼には及ばぬ。これは我の使命じゃ」
少女が犬の姿になった人狼に首輪をつけながら言う。
真っ黒な制服を身に着けた骸骨がふたり、忽然と現れ、人狼を連行してゆく。
『レディ・ドラキュラ』より
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「待てよ?」
浩太郎はそうつぶやくと、恐る恐る彰文を振り返る。
「このあと、主人公はアーミリカが怪我をしているのに気がつくんだよな?」
「そういえば……」
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少女は右腕に怪我をしている。
出血は続いているし、傷口はどす黒く変色していた。
「毒……」
俺は息を呑む。
狼なら、狂犬病にかかる可能性もある。
「す、すぐ手当をしないと……」
だが、気が焦るだけで、どうすればいいか、思いつかない。
俺は唯一、頭に浮かんだ考えを実行した。
少女の腕を掴むと、傷口に口を当てたのである。
俺の行動を、彼女はまったく予期していなかったらしい。
「な、なにをするのじゃ……」
少女は狼狽の声をあげる。
俺はかまわず血を吸い、地面に吐き出した。それを何度か繰り返す。
「あっ……」
少女が小さく喘ぐ。
そのとき、俺は知らなかったのだ。
アーミリカという名の少女が、吸血鬼であることも。
他人に血を吸われた吸血鬼は、その相手に絶対の忠誠を誓わねばならないことも。
それゆえ吸血鬼どうしが結婚するときの誓いの儀式とされていることも――
『レディ・ドラキュラ』より
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主人公に血を吸われてしまったアーミリカは、最初、主人公を殺そうとする。
だが、それは魔界の掟に反する。
しかたなく、主人公の嫁になると決め、同居をはじめるのだ。
こうして『レディ・ドラキュラ』シリーズははじまる。
「も、もしかして、アレをやらないといけないのかよ?」
浩太郎の顔がひきつっている。
さっき、月を見るのを忘れてしまったために、アーミリカが苦戦しつづけたわけだから、彼がそう思うのは当然だった。
「どうなんだろう?」
彰文に判断がつくわけがなく、かりんを振り返ってみる。
「そういう作品なんでしょ?」
かりんが平然と言った。
「ま、マジか?」
浩太郎がふたたびアーミリカを振り返る。
「ち、著者殿!」
アーミリカがあわてて霧となり、瞬間移動で遠ざかった。
「わ、我は夫を持つ身ぞ」
「わかってるって! だけど、今は俺がその夫――主人公の代役らしいから……」
浩太郎は救いを求めるように、ふたたび彰文に向き直る。
「でも、まずいよな? アーミリカは俺が書いたキャラクターで、娘というか、分身というか、そういうもんだろ? い、いや、もちろん、嫌いなわけじゃない。つーか、俺の理想がかなり入っているから……」
浩太郎は『レディ・ドラキュラ』に出てくる本物の主人公のように動転していた。
それを見て、かりんが口に手を当てて笑いだす。
「今すぐ作品世界から、出ればいいのよ。そしたら、無理にストーリーを進めなくていいでしょ? たぶん、このシーンにシミはいない。今日はこれぐらいにして、明日からは他のシーンに入ってみましょ」
「そ、それを早く言えっての!」
浩太郎が怒りを爆発させた。
「ごめんなさい。どんな反応をするか見たかったのよ。ラノベ系の作者って、自分のキャラクターをすごく愛しているって聞いたことがあったから」
「それは作者によると思うよ」
彰文はため息をつく。
かりんに悪気はないのだろうが、浩太郎はチャラそうな見た目と違い、実は純情なのだ。
「それを言うなら、かりんはどうなんだよ? 自分のキャラと結婚したいとか思ってるのかよ?」
浩太郎が顔を真っ赤にしながら問いかける。
「ダルタニアン?」
かりんはちらりと側に控えていたパートナーを見た。
ダルタニアンは静かに微笑んで、一礼を返す。
「彼は私にとって、理想の王子様よ」
浩太郎に向き直ってから、かりんが真顔で言う。
「こんな人と恋愛できたらと思いながら書いたわ。でもね、ダルタニアンには作品のなかに恋人がいるし……」
かりんはそう言ってから、悪戯っぽく微笑んだ。
「それにアトスも、ポルトスも、アラミスも、私にとって理想の王子様だから」
「なんだよ、それ?」
浩太郎が顔をしかめる。
「物語の世界には素敵な王子様がいくらでもいるし、私自身、たくさんの王子様を書いてゆきたいのよ。でも、それが本物の恋愛でないのはわかってるってこと」
「なんだよ、それ……」
浩太郎が疲れたような声で、同じ言葉を繰り返した。
「キャラを作れるというのが、凄いと思うよ」
彰文はふたりに声をかける。
「それは書かないだけだろ? 彰文は俺よりたくさん小説を読んでいるから、すぐ書けるっての」
浩太郎が不満そうに返してきた。
彼は事あるごとに、彰文にも小説を書くよう勧めてくる。
「それはどうかな……」
彰文は笑いながら首を横に振る。
「小説を読んで感動すると、僕は次の小説を読みたいって思うんだ。そこで書いてみたいってならないから、きっと作家じゃないんだよ」
彰文にとって、小説は読むものであって書くものではないのだ。
「そんなもんか?」
「そんなもんだよ」
そのとき、ライラがひょいと視界のなかに入ってきた。
「彰文さまには、わたしがいるじゃないですか?」
ライラが不満そうに言う。
「そうだったね……」
彰文はうなずいた。
「ライラは僕が創ったキャラクターじゃない。だけど、パートナーとして呼びだせたんだから、きっとなにか繋がりがあるんだよ。まずは、それをあきらかにしないと」
「さあ、今日は出ましょう。あまり長くいると、作品世界に影響が出ることもあるから。私たちがシミと同じことをしたら、本末転倒だもの」
かりんがそう言って〝栞〟――光のゲートにもどりはじめた。
「我は、ここに残るぞ……」
アーミリカが浩太郎に告げる。
「ああ、ここはおまえの世界だものな」
浩太郎がうなずく。
「それなりに楽しかったぞ、著者殿。いつでも呼びだしてくれてよい」
アーミリカはそう言って、真紅の蝙蝠に変身して飛び去っていった。
「ダルタニアンもご苦労さま。三銃士たちによろしくね」
かりんが声をかけると、白の銃士は舞台挨拶をするように一礼した。そして薔薇の花びらのような光を渦巻かせながら消えてゆく。
「彰文さま……」
ライラがそっと身を寄せてくる。
「どうかした?」
「いえ、わたしには帰る作品がないな、って……」
ライラが寂しそうに笑う。
(そうだった……)
彰文は胸が締めつけられる気がした。
どの作品かの記憶もなく、彰文はライラを召喚したのである。
全知であるはずの本の悪魔ですら、彼女の作品のことは知らなかった。
(ライラが登場する作品は、僕の記憶のなかにしかないはずだ。だけど、それを思い出せない……)
彼女の存在が、ひどく儚く感じられる。
「一緒に探し出そう……」
彰文は励ますようにライラに声をかけた。
「それは僕にとっても、きっと大切なことだと思うんだ」
「彰文さま……」
ライラが目を潤ませながらうなずく。
どうすれば、彼女の作品を探し出せるかはわからない。
しかし、手がかりは、こちらの世界にしかないはずだった。
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