第二章 レディ・ドラキュラ

第二章 レディ・ドラキュラ①


“栞”をくぐると、そこは夜の公園だった。

 背の低いビルに囲まれた緑地に、遊歩道が設けられ、いくつかの遊具もある。


「現実世界の時間とは違うよな?」


 浩太郎が言う。


「たぶん……」


 彰文はスマホを見てみた。

 午後十時二十二分と表示されている。

 おそらく、この作品世界の時間だろう。


 本の悪魔の言葉が本当なら、彰文も浩太郎も現実世界ではリビングでスマホの画面と向かいあっているはずだ。

 そして時間は悪魔の書架に入ってから、ほとんど経過していない。


「素敵な場所ですねぇ……」


 ライラが周囲を見回しながら、うっとりと言う。


「静かですが、周囲は驚くぐらいビルが建ち並んで、光に溢れていて」

「ライラはこういう場所は?」


 彼女について、なにか手がかりにならないかと思い、彰文は訊ねてみた。


「はい、初めて見ます」

「ここは浩太郎の自宅近くにある公園がモデルだけど……って、そのまんまだね」


 彰文は苦笑した。


「作品には、名前出していないのにな。まあ、俺のなかではここだけど」

「作者が曖昧に書いていても、驚くぐらい補完されるのよ。まあ、今は地図を検索すれば、世界中のあらゆる場所が調べられるしね」


 かりんが遊歩道を歩きだし、浩太郎に顔を向ける。


「ところで、作品を読ませていただいただけれど……」


 その瞬間、浩太郎がうっとうなって、胸を押さえる。

 最近の彼はリアクションがいちいちラノベっぽい。

 真剣に創作しているからだろう。


「こ、コメントはしないでくれ。いろいろ自覚あるんだ」

「そんなつもりはないわ。そもそも上手い下手なんて関係ないもの。私たちは書きたいから書くの。そして書き続けるだけよ……」


 かりんが言う。


「それに、私だって、他人の作品をどうこう言えるレベルじゃない。書いているものだって、三銃士の二次創作だし、歴史考証なんか気にしていないし」

「へぇ、歴史好きかって思った」

「嫌いではないけれど、書きたいのはそこじゃないの……」

「そこじゃないなら、どこなんだよ?」

「どこって……」


 かりんが答に詰まる。

 そしてはぐらかすように、話題をもとにもどした。


「それより、今は、浩太郎くんの作品よ」

「浩太郎でいいぞ。仲間だしな」

「だったら、僕も彰文で」

「そう呼ばせていただくわ。私も、かりんでけっこうよ」


 そう言って、よろしくねと、あらためて挨拶してきた。

 彰文と浩太郎もよろしくと返す。

 なんだか、オンラインゲームみたいだった。


「ここは『レディ・ドラキュラ』の第一話。主人公が魔物に襲われそうになったところを、ヒロインであるアーミリカに助けられるシーンよね?」

「そうなんだけどな……」


 浩太郎が言って、アーミリカをちらりと見る。


「そのアーミリカがここにいていいのかよ? そんなシーンは書いちゃいないが、彼女は今頃、魔界から逃亡してきた魔物を追いかけているはずだろ?」

「作品世界というのは……どう言えばいいのかしら? 案外ふわっとしているのよ」


 かりんが言葉を選びながら答えた。


「ふわっと?」


 浩太郎が首をひねる。


「小説の場合、文章が核になっているのは、もちろん間違いない。だけど、それに作者や読者の想い、他の作品からの影響、現実世界の情報などが雲のように取り巻いている。これは、クリエイター仲間のひとりの推測なのだけれど……」

「原子みたいに?」


 彰文は、そんな印象を抱いた。

 科学系の新書で読んだことがあるのだが、原子というものは原子核の周囲に電子が雲のような状態で存在しているらしい。


「私、文系なのよ……」


 かりんが苦笑した。


「作品世界では、時系列は関係なく、様々な設定や情報がひとかたまりになって存在しているんじゃないかって。本だって、そうよね? 誰かが読んで初めて時間が動き、ストーリーが進んでゆく」

「つまり、僕たちがここに来てから、時間が進みはじめた?」

「そういうこと。それと、私たちも、すでに作品世界に組み込まれている」

「さっぱりわからねぇ」


 浩太郎が首を横に振った。


「どうやら、アーミリカがふたりいるわけじゃなさそうだね。そして、浩太郎はたぶん主人公の役なんだ。『レディ・ドラキュラ』は基本的に主人公の一人称で書かれているし、名前や設定は違うけど、モデルは浩太郎自身だから」

「つまり、魔物に襲われるのは、俺ってことかよ?」

「そうなる……かな」


 確信はないが、そんな気がする。


「うへっ」


 浩太郎が顔をしかめた。


「あの……、わたしは場違いではないでしょうか?」


 ライラが不安そうに言って、翼をたたみ、尻尾をベルトのように腰に巻きつける。


「それを言うなら、ダルタニアンもよ……」


 かりんが苦笑する。


「誰かに見られたら、騒ぎにならない?」


 彰文は心配になり、周囲に誰もいないか確かめてみた。


 幸いなことに人影はない。

 そう言えば、作品でも受験の息抜きで散歩していた中三の主人公は人気のない公園を歩いていた気がする。


「作品世界にいるはずのないものは、認知されないことが多いの。ただ、ここだとどうかしらね? ふたりとも魔物扱いされるかも?」

「すでに、魔物の匂いが漂いはじめておるぞ。もちろん、そのふたりからではない」


 浩太郎のパートナーである闇の淑女アーミリカが目を細めながらつぶやく。


「ま、マジかよ?」

「安心せい、著者殿。我が守ってやるゆえ」

「魔物に襲われたら、どうすりゃいいんだ?」


 浩太郎が焦ったように言う。


「もちろん、倒すしかない。そういう作品だしね。でも、大事なのは、シミがどこに潜んでいるか、見つけだすことよ。誤字や脱字、破綻した論理、過剰な修飾、陳腐なトリック、凡庸なアイデアなんかがヤツらの温床になるらしいけど」

「……全部、思い当たるわ」


 かりんの言葉に、浩太郎が頭を抱えた。


「初めて書いた作品なんだし、しかたないって」


 彰文は慰めの言葉をかける。


「処女作と言ってくれ。そのほうが萌える」

「まったく……」


 かりんが大きなため息をつく。


 近くの茂みが、がさがさと音を立てたのはそのときだった――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

応援した人

応援すると応援コメントも書けます

ビューワー設定

文字サイズ

背景色

フォント

Androidでは正しく
設定できないことがあります。

応援の気持ちを届けよう

カクヨムに登録すると作者に思いを届けられます。ぜひ応援してください。

新規ユーザー登録無料