第一章 悪魔の書架④【書籍用改稿版】


「これが、クリエイターの能力……」


 鳳かりんが自らの作品のキャラクターを呼びだすのを見て、浩太郎はごくりと喉を鳴らした。


「俺にも、できるのかな?」


 かりんが自分の作品のキャラクターを召喚したのを目の当たりにして、浩太郎が本の悪魔を振り返る。


「私と契約すればね……」


 悪魔がうなずいた。


「代償など求めない。そもそも、私は君たちに恩恵を与えることができないのだから。しかしながら、ここで得られる体験は、君たちのこれからの創作活動に役立つことだろう。もちろん断るのも自由だ。ペナルティは特にない。ただ、ある意味、もっとも大事なものを失うことになるだろうね。それは、創作に対する意欲というものだ」


 悪魔の言葉に耳を傾けつつ、浩太郎は真剣に考えこんでいる。


 彰文はなにも言えないと思った。

 自分は招かれたわけではないし、悪魔が言うところの創造者クリエイターでもない。


「やってみる」


 やがて浩太郎が吹っ切れたように明るい声をあげた。


「では、契約成立だ」


 悪魔がふたたび手を差し伸べ、浩太郎と握手をかわす。

 

 それから、胸ポケットからスマホを取り出した。

 それを裏返し、かるく指を触れる。青い光が瞬時輝く。


 それから、浩太郎に手渡した。


「これは、俺の?」

「こちらの世界とアクセスするための権限の実体化と思ってくれたまえ。そちらの世界で浩太郎くんが所有しているスマートフォンなるものとリンクさせたがね」

「これを使えば、こっちに来れるんだな?」

「その通り。そして、どの作品世界にも行けるし、君たちのサポートもする」

「よしっ!」


 浩太郎は気合いを入れる。


 そしてスマホを右手に持ち、左手には悪魔から与えられた『レディ・ドラキュラ』の本を持った。


「どのキャラを呼びだすんだ?」


 彰文は訊ねる。


「今、書いている異世界ファンタジーのキャラでもいいんだけどな。なんか、こう、まだ掴みきっていないんだ。だから、やはりアイツにする!」


 そして浩太郎は左手に持っていた本を真上へと放り投げた。


「血の盟約に従いて、来たれ闇の淑女!!」


 本がばさばさと開き、ページがめくれてゆく。

 そのページの一枚一枚が真紅に変わり、蝙蝠となって羽ばたいた。

 そしてその群れのなかから、ひとりの少女が姿を現す。


 白のレオタードのような服に身を包み、黒のショートブーツを履いている。

 マントのように羽織っているのは、作品の主人公の制服だ。

 表が緑、裏地は黒と灰色のチェッカー模様。

 亜麻色の長い髪には、蝙蝠の翼のような飾りがある。


 浩太郎が、コータローのペンネームで悪魔の書架に投稿している『レディ・ドラキュラ』のヒロインだ。

 名前はアーミリカ。

 魔界の名門、吸血鬼ヴラド・ドラキュラ伯爵の令嬢である。


「そなたが著者殿か? お目にかかれて光栄ぞ」


 アーミリカが浩太郎を見て、真っ赤な唇を舌でなぞった。


「やった……」


 浩太郎が自作のキャラと対面し、しばし呆然となる。


「本物のレディだ!」


 そう叫び、アーミリカに飛びついてゆく。


「ち、著者殿!」


 アーミリカが当惑する。

 著者殿という呼び方が新鮮だと、彰文は思う。

 彼女は自分が創られたキャラクターだと理解しているのだ。


「う~ん、甘い香りのなかにほのかに漂う血の匂い。滑らかな肌の感触、想像していたとおりだ!」


 浩太郎は興奮し、アーミリカの全身を遠慮なく撫でまわしている。


 彰文の隣で、かりんがため息をつく。


「いいかげんにせい!」


 ついに我慢の限界に達したらしく、アーミリカは瞬時にして霧となり、離れた場所に瞬間移動する。

 彼女の能力のひとつだ。


「アニメ化とか、舞台化どころじゃないよな? こっちに来たら、本物のレディに会えるわけだ。なんつーか、俄然やる気がでてきたっての! レディは魔界から逃げたり、人間界で新たに生まれた魔物を捕まえるためやってきたって設定だ。シミなんか目じゃないぜ」


 浩太郎の鼻息が荒い。


 作品を書いたことのない彰文には、彼の気持ちはわからなかった。

 だが、その喜びようを見ていると羨ましいと思う。


(僕はただの読者だ。だけど……)


 彰文は心のなかでつぶやく。


 そして本の悪魔を振り返った。


「あの……」

「なんだね?」


 悪魔が彰文に向き直る。


「僕とも契約してくれませんか? 浩太郎を手伝いたいんです」

「ほう?」


 悪魔が意外そうに言い、彰文を値踏みするように仮面をわずかに上下させた。


「君はクリエイターではないはずだが?」

「ですが、作品はたくさん読んでいます。好きなキャラクターも大勢います。想像力はないかもしれませんが、知識で補えるのなら……」

「いいだろう」


 悪魔がふたたびスーツの内ポケットに手を入れる。


 そしてライトパープルのスマホを取り出した。

 彰文が使っているものだった。

 悪魔はその裏面に指で触れようとする。

 だが、なぜか動きを止め、そのまま彰文に手渡してきた。


「呼びだしてみたまえ。君のパートナーとなるべきキャラクターを」


 悪魔がうなずきかけてくる。


 彰文はスマホを片手に持ち、目を閉じた。


 これまで様々な作品で読んできたキャラクターたちが浮かんでは消えてゆく。

 いちばん強くイメージできたのは、古いライトファンタジーのシリーズに登場する森の妖精ハイエルフだった。


(彼女なら、呼び出せるんじゃないか?)


 彰文はふと思った。


 だが、すぐにこう思い直す。


(呼びだしたことがあるんじゃないか?)


 そんなはずはないし、いつ呼びだしたかの記憶もない。

 それでも、その考えを否定する気になれなかった。


(もしかしたら、僕の記憶は書き換えられているのかもしれない)


 ただの思いつきである。だが、もしそうだとしたら、学校で居眠りしてから、度々襲われる既知感の説明がつく。


「……わたしたちを探し出してくださいね」


 そのとき、誰かが囁いた気がした。


 そしてひとりの少女の姿が脳裏に浮かびあがる。


 赤い髪、ベレー帽、蝙蝠のような翼、そして先端が尖った細長い尻尾――


「ライラ……」


 彰文はつぶやく。

 なぜだか分かる。それが彼女の名前だ。


 彰文は目を開き、なにかを掴みとるように拳を握る。


 次の瞬間、赤い光が溢れ、イメージした少女が、その通りの姿で現れる。

 彼女は胎児のように身体を縮めていたが、大きく手足、そして翼を広げた。


「おおっ!」


 浩太郎が感動したような声をあげる。


「やったな! 彰文!」


 彰文は浩太郎に笑顔でうなずき返してから、ライラと向かいあった。


「……彰文さま!」


 ライラが歓喜の表情を浮かべ、抱きついてくる。


 咄嗟のことだったので、彰文はどう反応していいかわからない。


「えっと、君は?」

「わたしは、あなたの夢魔です!」


 ライラは答え、目を閉じながら、顔を近づけてくる。


「どうか、わたしとキスしてください。ただし、わたしとキスをすれば、彰文さまの大切な人が失われます」


 ライラがまるで呪文のように言う。


「えっ、キスって。それに大切な人が失われるって……」


 彰文はあわててライラを押し退けた。


 だが、そのとき、彼女とキスをしている映像が頭のなかでフラッシュバックする。


(なんだよ、これ?)


 彰文は額を指で押さえた。


「そうか、彰文はそういう趣味か……」


 浩太郎がにやにやする。


「男の子って、ホント、ラノベ好きね」


 かりんがため息をつく。


「彼女が君のパートナーなのかね?」


 悪魔が近寄ってきて、ライラをじっくりと観察する。


「ところで、この少女は、どの作品に登場しているのかね?」


 そう問われ、彰文はしばらく考えてみる。


「ライラは……」


 答えようとして、彰文は混乱した。


 ライラの名前、姿は鮮明に頭のなかにある。だから、呼びだせたのだ。

 だが、ライラがどの作品のキャラクターなのか、どうしても思い出せない。

 読んだ本については、たいてい記憶しているはずなのだが……


「わかりません……」


 彰文は首を横に振る。


「ライラくん、だったかな? 君はどう?」


 悪魔はライラを見た。


「わたしが誰かに創られたキャラクターだということはわかります。ただ、誰が創ったのか、どの作品なのか……」


 小悪魔のような翼と尻尾を持つ赤毛の少女は、悲しそうにうなだれる。


「そして、私にも彼女がどの作品の登場人物なのかわからない……」


 悪魔が楽しげに笑う。


「この世界では、全知であるはずの私にも、未知なるものがあるということだ」


 悪魔が知らないということは、ライラが登場する作品はこの世界に存在しないのかもしれない。

 あるいは、シミに蝕まれ、消えてしまったか。


 だが、彰文はライラのことを知っていた。


(その作品を読んだことがあるということだ。だが、その記憶が失われた。いや、書き換えられた)


 そう思うと、彰文は怒りに似た感情が湧きあがってくる。


 自分にとって、とても大切な作品のような気がしたのだ。それがシミの仕業だとしたら、絶対に許せない。


「契約が成立したみたいだし……」


 かりんがスマホを操作しながら、彰文と浩太郎に呼びかけてきた。


「さっそく、シミ退治に行きましょう」

「おうよ!」


 浩太郎がスマホを構え、変身ヒーローのようなポーズを取る。


「かりんくん、すまないが、ふたりにいろいろ教えてあげてくれたまえ」

「まかせて」


 かりんが悪魔にうなずく。

 そして長方形をした光のゲートを出現させ、彼女はその前に立つ。


「“栞”……」


 彰文は思わずつぶやいた。


「あら、よくわかったわね? 私たちクリエイターは、これをそう呼んでいる。ここから作品世界に入り、ここから出るの。とりあえず、今は『レディ・ドラキュラ』の第一話に入るわね。まずはシミがどこにいるか、突き止めましょう」


 そしてかりんがダルタニアンにエスコートされ、“栞”に入る。


 浩太郎と彰文は、それぞれのパートナーとともに続いた――

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