第一章 悪魔の書架③【書籍用改稿版】
彰文と浩太郎は、声のほうを振り返る。
すこし離れた場所に、いつのまにか、白いテーブルが出現していた。
ひとりの少女が席に着き、優雅にティーカップを手にしている。
年齢は自分たちとほぼ同じだろう。
名前は忘れたが、どこかの名門の女子校の制服に身を包んでいる。
しなやかにウェーブのかかる髪を、左右の耳の辺りで赤いリボンでまとめている。
くりっとした目、細く筋の通った鼻、自然な色の小さな唇。
ありきたりだが“お嬢さま”という言葉しか思い浮かばなかった。
「へぇ~っ」
浩太郎も同じ感想を抱いたのか、奇声を発しながら、少女をじろじろ眺めている。
「待たせてしまったね……」
悪魔が少女に一礼する。
少女がティーカップをソーサーにもどし、ふわりと立ち上がる。
そして彰文たちのもとへ歩いてきた。
「鳳かりんと申します」
微笑みながら挨拶してくる。
彰文と浩太郎は戸惑いながら挨拶を返した。
「で、あんたは何者なんだ?」
浩太郎が訊ねる。
「本の悪魔と契約し、シミ退治をしているクリエイターのひとりよ……」
鳳かりんと名乗った少女が答えた。
「私の作品も、シミに侵入されたの。悪魔に招かれて、話を聞いて、すぐ引き受けたわ。だって、私の作品を穢されたくないもの」
「それは俺だって……」
浩太郎がうなずく。
「けど、危険なんだろ? 自分の作品を守るために、命を賭けるってのかよ?」
「作家って、そういうものなのではなくって?」
かりんがさらりと言う。
「いや、おかしいだろ? それ?」
浩太郎がもどかしそうに髪をかきむしった。
「あなた、わかってる? シミは作品を蝕み、最後には消滅させる。今はまだシミの汚染は投稿作品だけに限られているそう。だけど、ベストセラーになっているような名作や長く愛されてきた古典が、シミに侵されたらどうなると思う? 神話、伝説、宗教、技術、知識といった人類の叡智の根幹が消え去ったとしたら?」
かりんが浩太郎を静かに見つめる。
彰文はぞっとした。
人類の歴史は大きく書き換わることになり、文明そのものが存在しなくなるかもしれない。
「そりゃあ、大変なことになるだろうな。よくわからねぇけど。それにしたって、人類の叡智がどうとかって言われても、俺には背負えねぇよ。俺はアメコミのスーパーヒーローじゃねぇんだから!」
浩太郎が声を震わせながら反論する。
「いいえ……」
かりんが否定した。
「私たちは、まさにスーパーヒーローなのよ……」
そして続ける。
「だって、ここでは想像は創造になるから」
その言葉を聞いた瞬間、彰文はまた強い既知感を覚えた。
同じ言葉をたしかに聞いたことがある。
だが、誰からなのか、思い出せない。
かりんはスマホを取り出すと、愛おしそうにキスをした。
その瞬間、画面から赤い光が溢れだし、花びらのように渦を巻く。
そしてひとりの男が出現した。
スペインの闘牛士が着るようなタイトな青い服に身を包み、赤い羽根飾りのついた帽子をかぶっている。
腰にはレイピアを差していた。
男はかりんに向かってひざまずくと、うやうやしく彼女の手を取る。
そして静かに口づけし、英語ではない外国語を口にした。
「ようこそ、“白の銃士”ダルタニアン……」
かりんが男に微笑みかえす。
そして浩太郎を振り返り、得意そうに続けた。
「彼は私の作品、『白蘭の三銃士』の主人公。どう? これが、私たちの能力よ」
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