ジャンル・ウォーズ / 鰤/牙
「あっ、■■■■■さま!」
意識が悪魔の書架に飛んだそのあと、ライラの慌てた声が聞こえた。また紙魚か、今度はどの物語だろう、だなんて思っていると、どうやら状況は少し違うらしい。喧々諤々と言い争う声は聞き覚えがあった。浩太郎と、かりんのものだ。
天に向けてうずたかく螺旋を描く悪魔の書架。
見てみれば、その片隅で今にも掴みかかりそうにしている2人の姿がある。2人の呼んだキャラクターもそこにはいた。ダルタニアンは困った顔で両者の仲裁をしようとしているみたいだったけど、アーミリカは仲裁にそこまで積極的ではないといった様子。
とりあえず、ライラに聞いてみよう。
>いったい、何が起こったの?
「そ、それなんですけど……。2人の些細な行き違いと言いますか……。実はこの争いを収められるのは■■■■■さましかいない、と思いまして……」
どういうことだろう。
そう思っていると、ライラは思い出すように解説を始めてくれた。
===ライラの証言===
はじめは、些細な雑談だったんです。
浩太郎さまもかりんさまもクリエイターですから、物語を書いているときに気をつけていることとか、ちょっとしたポリシーとか。そういった話をしているのは、私も聞いていました。
「例えばさ、」
話もだんだんのってきて、浩太郎さまが相好を崩します。
「かりんがドラキュラをモチーフに小説を書いたらどうなるわけ?」
「そうね……。やっぱりドラキュラ伯爵は少し影があって紳士的な男性になるかしら。主人公をかどわかして、でも主人公はそんな伯爵を悪人だとは思えない……。あ、これ良いわね。メモしておかなくちゃ」
浩太郎さまの代表作はドラキュラ、かりんさまの代表作は三銃士。どちらも明確なモチーフ、元ネタのある作品です。ここで、おふたりの話はこうした作品のモチーフについて波及していきます。
「やっぱりわかりやすいモチーフとして多いのは神話よね」
かりんさまがそのようにおっしゃいました。
「あー、やっぱそうだよな。ラノベ的にやっぱ多いのは、北欧神話とかかな」
「あの『二ーベルングの指輪』だって、言ってしまえば北欧神話の二次創作だものね」
ちなみに、ここでちょうど物語世界から戻ってきたばかりの藤助さまが、
「北欧神話モチーフと言えば、SF作品の『ファフニール・ブラッド』はノリがライトノベルに近い作品だったな」
と言って話に入ってきたのですが、ここの3人の作品語りはものすごく尺をとってしまうので……。とても興味深いお話だったのですけど、ひとまずカットしますね。
さて、神話モチーフの作品、それも、それぞれ自分がお好きなジャンルについて和気あいあいと話をしていた浩太郎さまたちは、北欧神話、日本神話、エジプト神話、あとハワード・フィリップス・ラヴクラフトの作品群について触れたのち、ギリシャ神話の話へと展開していきました。
■■■■■さまもご存知だと思いますけど、たぶん、世界的にもっとも有名な神話のひとつでしょう。このあたりで、だいぶ話はヒートアップしていました。藤助さまは、そこはさすがに評論家なだけあって、一歩引いた視点を持っていらっしゃったと思うのですが……。
「ギリシャ神話モチーフと言えば、俺のおすすめはアレだな。『我が家の世界崩壊スイッチ』。悪魔の書架に載ってる奴で、本とかにはなってないんだけどさ」
浩太郎さまが熱弁を振るいます。
「主人公の家に住み着いた女の子が、町内を騒がせる話。そのZeって子が可愛くってさ!」
「あなた、さっきからまず最初の感想それじゃない……」
「いや、女の子が可愛いのは大事だろ? 途中からバトルっぽい展開になってくんだけど、その話も結構アツいんだって。Zeの正体がわかる展開とかすげーから」
「ゼウスでしょ?」
かりんさまが入れたツッコミに、浩太郎さまは複雑そうな表情を浮かべていました。
「な、なんでわかったんだ……」
「だってギリシャ神話でZeって言ったらゼウスじゃない」
「いや俺も読んでる途中にそうだろうなって思ったけど! 正体よりもその展開がすごいんだって! まぁバカみたいなオチって言えばそうなんだけど……あー、これは言えねーなー! かりんじゃ想像もできないような話なんだけどなー! ちょっとネタバレになるから言えねーわー!」
浩太郎さまとしてはちょっとした反撃のつもりだったのでしょうけど、やっぱりこれにはかりんさまもムッとしていた様子で……。
ここで藤助さまが抑えに入ってくれればよかったのでしょうけど。藤助さまは面倒ごとは御免だと言うようにさらに一歩引いてしまわれたのです。
「ゼウスモチーフのキャラって言えば、私のおすすめは、『天空国幻想記』かしら。割と最近の小説で本にもなってるわよ。事務員の主人公が異世界に行って、そこで事件に巻き込まれるという話よ」
それでもかりんさまは、話のテーマを見失わずに自分のおすすめ作品を語ります。
「ここで、最初に主人公の味方になってくれるのがゼウス王なの。この人がすごくかっこいい人でね。普段は気が抜けたおじさんみたいな人なんだけど……」
「かりんもなんだかんだで男キャラがかっこいいとしか言ってなくね?」
ここが完全に分岐点でしたね。
空気にヒビが入る音、私ははっきりと聞きました。
===以上、ライラの証言===
「そうして、浩太郎さまとかりんさま、互いのジャンルであるライトノベルと乙女小説を代表したかのような激しい舌戦の火ぶたが切って落とされたのです……」
>臨場感あふれる証言をありがとう。
「えへへ、お安い御用です!」
しかし、困ったことになった。まさかのそのような話になっているとは。
耳を澄ませば、確かに2人の口論の内容が聞こえてくる。曰く、『乙女小説に出てくる男キャラはどうしてみんな主人公のことを好きになるのか』、曰く『それはライトノベルについても全く同じことが言えるのではないか』。
なまじ、どちらも自分のジャンルをこよなく愛し、読んでいる作品量が多いから、反証の根拠も弾が尽きない。『例えばこの作品はこういうもので、そちらの指摘はまったくの的外れである』が何度も成立するのだ。物語というのは、とにかく幅が広いものだから。
「まったく、あいつらもガキだな」
いつの間にか、2人の言い争いからこっそり抜け出していた藤助さんが、本を片手にぼやいていた。
>藤助さん。
「どんな物語にも欠点、穴があるのは当然だ。完璧で矛盾のない物語ほど退屈なものはない。そうは思わんか、■■■■■」
藤助さんはSF評論家だ。とにかく辛口の評論で知られている。
一方、クリエイターとしての藤助さんは、自分の辛口の指摘がすべて当てはまるような、穴だらけの作品を書いていたと聞いている。つまり、そういうことだ。
浩太郎の乙女小説に対する指摘も、かりんのライトノベルに対する指摘も、正しい。
そもそも今まで見向きもされなかった主人公が、いきなり色んな男性に、あるいは女性に好意を持たれるのはおかしい。面倒ごとに巻き込まれるのを嫌うライトノベルの主人公は、なぜ自分から面倒ごとに首を突っ込んでいくのか。いかに日本人の容姿が若いとは言え、アラサー独身の女性主人公が異世界で10代に間違われるのは無理がないか。
矛盾が気になるなら読まなければいいけど、矛盾を気にせず読んだら、きっとそれは楽しいものだ。
何より、『我が家の世界崩壊スイッチ』も、『天空国幻想記』も、とても面白い作品だった。
「と、言うわけで■■■■■さま、おふたりの仲裁をお願いできませんか……」
>わかった。任せて。
なんだか猛烈に『>面倒くさい』と言いたくなる衝動が芽生えたけど、それは強引に抑え込んでおく。
浩太郎とかりんの言い争っているところに歩いていく。レディドラキュラ・アーミリカがこちらに気づいて手招きをした。
「おお、■■■■■。著者殿達、なんとかならんか」
なんとかしよう。任せてくれ。
浩太郎とかりんはしばらくヒートアップした状態で言い争いを続けていたが、仲裁を頑張っていたダルタニアンがこちらを指さすと、ようやく気付いたように振り向いた。
「おお、■■■■■。良いところにきたな!」
「■■■■■くん、ちょっと話を聞いてよ!」
どちらも冷静ではないから、こちらが何か言ってもすぐには聞いてもらえそうにないだろう。仕方がないから2人の言い分を聞く。ダルタニアンが申し訳なさそうにこちらに頭を下げていた。
2人はしばらく、互いのジャンルの悪口を言っていた。
本人たちからすれば、些細な矛盾点の指摘だったのかもしれない。
でもしばらくしていれば、悪口の弾は尽きてくる。そうだろう。浩太郎は乙女小説を、かりんはライトノベルをあまり読まない。想像と憶測とレッテルだけで話をするのには限界がある。
それでも、気持ちが収まらない。喧嘩は続くわけだ。
だから2人は、自分の戦える弾を使い始める。いかに相手のジャンルの作品に矛盾があるかではなく、自分のジャンルの作品が素晴らしいかを、語り始めた。
「誰だって日常とはちょっと外れたところに憧れがあるだろ? 俺たちが今いるのはまさにそこだけどさ、そういうところに連れて行ってくれるのが、本来はライトノベルなんだよ! 手軽に違う世界にいけるのが良いところなんだって!」
「どんな場所でもどんな状況でも、理想の恋をしてみたいと思うものじゃない? でも、人生って一度きりだし、運命の出会いなんてそんなたくさんあるものでもないでしょう? だから私は乙女小説を読みたいと思ってるし書きたいと思ってるの」
「『我が家の家庭崩壊スイッチ』だって、アレだって日常の中にちょっと不思議が混ざってくるような話でさ。そんな中でZeと絆を育んでいく良い話なんだって。いや、確かに主人公が面倒ごとに自分から突っ込んでいくのは違和感あるけど、でも当時の俺はそんなの気にしないで夢中で読んでて……」
「ゼウス王だって、ただかっこいいだけの人じゃないのよ。へらへらしててだらしなくて……。心の中のつらい思い出を隠すために、そうふるまっているだけなの。そういう風にキャラクターがいろんな角度から描かれてるのが、『天空国幻想記』の良いところで……。もうっ、なんでほかの人は読んでくれないのかしら……」
そろそろ息があがってきた様子の2人に、ひとまずこう尋ねる。
>気は済んだ?
「………」
「………」
浩太郎とかりんは、互いに気まずそうに顔を見合わせる。
「……いや、悪ぃ、かりん。ライトノベルをバカにされたような気がしたのがちょっと悔しくって……。でもそう思ったってことは、俺が一番ラノベの矛盾点を気にしてたのかなぁ」
「それは私も同じよ。ごめんなさいね、浩太郎くん」
嵐は去ったようだ。ダルタニアンがほっと胸をなでおろしているのが見えた。
「でも、めちゃくちゃ良い作品なんだよ。さっき俺が言った奴。ウェブサイトの方の『悪魔の書架』にあるからさ、毛嫌いせずに読んでみてくれよ」
「あなたがそんなに他人の作品を推すなんて珍しいわね。まぁ、覚えておくわ」
果たして仲裁の役に立ったのかは、よくわからないけど。それでも、どちらの作品もしっかり読んだことがある身としては、どちらの言い分もよくわかる。ライラのところまで歩いて戻ると、『さすがです、■■■■■さま!』と、テンションをあげて喜んでいた。
「あっ、藤助。途中でいなくなったと思ったらこんなところにいたのかよ!」
浩太郎が、藤助さんの姿を見つけて非難がましい声をあげる。
「子供の喧嘩に付き合っていられないなと思っただけだ」
「だぁもう。そりゃ悪かったって……」
ばつが悪そうに頭を掻く浩太郎。それに一瞥もくれず、藤助さんは手に持っていた一冊の本を書架に戻した。
タイトルは『アステロイドの白馬』。これも、ギリシャ神話をモチーフにしたSF小説だ。
かりんもかりんできまりが悪いらしい。目を逸らしながら頬を搔いている。
「でも、そうね。ちょっとさっきは子供だったわ」
これにて一件落着というところか。するとライラは、にっこりと笑って藤助さんに向かってこう言った。
「藤助さまもお好きなジャンルがあるのに、とっても大人なんですね!」
「ふん」
ライラの言葉に、藤助さんは勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「争うまでもなくSFが至高だ。ライトノベルと乙女小説のどちらかが優れているかなどに、興味はないな」
「えっ」
ここが完全に分岐点だった。
さっきライラが聞いたという空気のひび割れる音が、後ろの方で2つ、確かに聞こえた。
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