第6話 束の間の安息
「私はクローンなの?」
イヴは不思議そうにキルエの方を見た。
「今の話が事実かどうかはワカリマセン。タダ、イヴ=サンと非常によく似タ、イヴ・クリムゾンと名乗る女は、そのように言ってイマシタ。ボクは、聞いたことをそのままお伝えしたダケ。聞きたくなかったデスカ?」
イヴは首を振る。
「聞けてよかったと思う。その話が嘘か本当か確かめたい」
自分がクローンかもしれないという話を聞かされたのにも関わらず、イヴは少し楽しそうだった。彼女にとっては、自分が誰なのかということより、不死の時間をどうやって過ごすかの方が大事なのかもしれない。
「デハ、予定通り
「うん。それがいい」
◆
イヴ・クリムゾンは郊外のひび割れた道をバギーで一人走っていた。一度都市部から離れてしまえば、そこは荒れ放題の廃墟ばかりとなる。富裕層にとって必要な場所は、いくらでも整備されているのだが、彼らの世界の外には、もはや秩序など無く、ただ見捨てられた土地が続くばかりである。
もっとも、組織という枠組みに馴染まないイヴ・クリムゾンにとって、その無秩序な大地は、むしろ安らぎを感じる場所でさえあった。
何台かのバイクが、徐々にイヴ・クリムゾンに近付いてきていることに彼女は気付いていた。彼女の口元に笑みが浮かぶ。
◆
爆音を轟かせ、改造バイクに乗る6人の男達は、各々が斧や鉈などを手にイヴ・クリムゾンを取り囲んだ。
「こんなところで、一人お散歩かいお嬢ちゃん」
リーダー格と思わしき、金髪を逆立てた髭面の男がイヴ・クリムゾンに話しかけてくる。
「俺達ちょうど暇してたんだ。相手してくれよ」
他のメンバーが下品な笑い声を上げる。それぞれ手にした武器を弄びながら、ニタニタした顔をイヴ・クリムゾンに向けていた。
「私もちょうど暇してたの。アンタ達遊んでくれる?」
そう言うとイヴ・クリムゾンの赤い瞳が紅蓮に燃え上がった。
「知ってる? 原子ってのは振動してるの。振動が大きくなれば高温になる。私の細胞は振動をコントロールできる。そして……」
イヴ・クリムゾンの右手が炉から取り出した金属のように赤くなる。
「私の細胞はどんな高温でも壊れない」
イヴ・クリムゾンはリーダー格の男が持っていた鉈を不意に掴む。掴まれた鉈は飴細工みたいにクニャリと曲がる。一瞬で熱された鉈を男は持っていることができず、悲鳴を上げてその場に落としてしまった。
別の男が背後からナイフで切りかかってきたが、イヴ・クリムゾンは左手でなんなくそれを受け止め、やはり触れた瞬間、刃は溶けてしまった。
「別に背中を刺してみてもかまわないけど、そんなおもちゃじゃ刺さる前に溶けるわよ」
「バ、バケモノめ! 冗談じゃねぇ」
男達は慌ててバイクのエンジンをかけると一目散に逃げていった。イヴ・クリムゾンは唾を吐き捨てる。
「つまらないわ」
混沌によって世の中がある意味でフェアになるのはいい。しかし、そうなると今度は力による優位性が出てくる。さっきのような馬鹿なゴロツキでも、徒党を組めば、それなりの力を持ってしまう。イヴ・クリムゾンはそれが気に入らなかった。力に品が無い、と思うからだ。さらに言えば、どんな馬鹿でも改造してしまえば、一端の力を手にしてしまう。さっきのようなゴロツキでも、何人かが
イヴ・クリムゾンはそこには美学や、あるいは哲学が必要だと思った。思い浮かぶのは、スノーホワイトと旅をしている、あの二人組のこと。彼らは馬鹿ではなさそうだ。特にあの、深紅のハットを被った酔狂な男。そういえば、名前すら聞いていない。
イヴ・クリムゾンはバギーに跨る。エンジンをかけ、アクセルを踏み込んだ。エンジンは唸りをあげ、砂埃が舞い上がる。荒い運転でハンドルを切ると、イヴ・クリムゾンは元来た道を引き返していった。
◆
キルエ達は公衆端末を見つけ、ゴトーから渡された例の特殊な端末を接続した。コール音が鳴る。しばらくすると機械音声に変換された声が端末から聞こえた。
「
「ゴトー=サンから貴方を紹介して頂イタ者デス。はじめマシテ、キルエと申シマス」
「キルエ? ……聞き覚えのある名前だ。まぁいい。要件は?」
「実は貴方に会ッテ、直接頼みたいことがありマシテ」
「だからその要件は何だい?」
「ハッカー志望の女の子がいまシテネ。彼女にハッカーのイロハを教えていただきたいのデス」
しばしの沈黙が流れる。
「……ゴトーの旦那には借りがある。だがまぁ確かに、会ってみないことには何とも言えんね」
◆
キルエは
「追手が来るという話デシタガ、平和なものデスネ」
「何だ。退屈してきたのか」
「そうでもないデスヨ。コレはコレで悪くナイ」
「らしくねぇじゃねぇか」
「ガルチュア=サンこそ、珍しくよく喋りマスネ」
「てめぇのが移っただけだ」
ガルチュアとキルエが話しているのを、イヴは後ろから眺めていた。確かに二人が雑談しているのは珍しい。
「私がいなかった頃は、よくしゃべってたの?」
キルエは両掌を挙げて見せた。「まさか」ということらしい。
「もしかするとイヴ=サン、貴女が加わったからかもしれマセンネ」
「どうして?」
「人間は絶えず環境や関係性から影響を受けるものデス。それに貴女が加わるまデハ、これだけ多くの人間と関わることもなかッタ。おそらく、それらが我々に何らかの影響を及ぼしてイル。興味深いことデス」
「難しいことを考えてるのね」
「元々は学者デスカラネ」
「何の?」
「生物、取り分け虫が専門デシタ」
「それでそんな身体になったの?」
「エェマァ。しかし別に
イヴは続きが聞きたかったらしく、しばらくキルエに視線を送り続けていたが、キルエの方は全く意に返さず、そのまま黙ってしまった。イヴがガルチュアの方を向くと、俺に聞くなという感じで目線を逸らされた。
いつになく穏やかな時間が流れていた。しかし、物陰には彼らの様子をうかがっている不穏な影があった。何と言っても彼らは追われている身であり、テロリストだ。穏やかな時間もそう長く続くものではなかった。
イヴは夢から目覚めない 空美々猫 @yumesumudou
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。イヴは夢から目覚めないの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます