第6話 束の間の安息

「私はクローンなの?」

 イヴは不思議そうにキルエの方を見た。

「今の話が事実かどうかはワカリマセン。タダ、イヴ=サンと非常によく似タ、イヴ・クリムゾンと名乗る女は、そのように言ってイマシタ。ボクは、聞いたことをそのままお伝えしたダケ。聞きたくなかったデスカ?」

 イヴは首を振る。

「聞けてよかったと思う。その話が嘘か本当か確かめたい」

 自分がクローンかもしれないという話を聞かされたのにも関わらず、イヴは少し楽しそうだった。彼女にとっては、自分が誰なのかということより、不死の時間をの方が大事なのかもしれない。

「デハ、予定通り秋寂オータム・ミュート=サンに接触しまショウカ。イヴ=サンの目的のためにハッカーの技術は役立つデショウシ、我々にとっても、その技術は有用ダ」

「うん。それがいい」



 イヴ・クリムゾンは郊外のひび割れた道をバギーで一人走っていた。一度都市部から離れてしまえば、そこは荒れ放題の廃墟ばかりとなる。富裕層にとって必要な場所は、いくらでも整備されているのだが、彼らの世界の外には、もはや秩序など無く、ただ見捨てられた土地が続くばかりである。

 もっとも、組織という枠組みに馴染まないイヴ・クリムゾンにとって、その無秩序な大地は、むしろ安らぎを感じる場所でさえあった。

 何台かのバイクが、徐々にイヴ・クリムゾンに近付いてきていることに彼女は気付いていた。彼女の口元に笑みが浮かぶ。



 爆音を轟かせ、改造バイクに乗る6人の男達は、各々が斧や鉈などを手にイヴ・クリムゾンを取り囲んだ。

「こんなところで、一人お散歩かいお嬢ちゃん」

 リーダー格と思わしき、金髪を逆立てた髭面の男がイヴ・クリムゾンに話しかけてくる。

「俺達ちょうど暇してたんだ。相手してくれよ」

 他のメンバーが下品な笑い声を上げる。それぞれ手にした武器を弄びながら、ニタニタした顔をイヴ・クリムゾンに向けていた。

「私もちょうど暇してたの。アンタ達遊んでくれる?」

 そう言うとイヴ・クリムゾンの赤い瞳が紅蓮に燃え上がった。

「知ってる? 原子ってのは振動してるの。振動が大きくなれば高温になる。私の細胞は振動をコントロールできる。そして……」

 イヴ・クリムゾンの右手が炉から取り出した金属のように赤くなる。

「私の細胞はどんな高温でも壊れない」

 イヴ・クリムゾンはリーダー格の男が持っていた鉈を不意に掴む。掴まれた鉈は飴細工みたいにクニャリと曲がる。一瞬で熱された鉈を男は持っていることができず、悲鳴を上げてその場に落としてしまった。

 別の男が背後からナイフで切りかかってきたが、イヴ・クリムゾンは左手でなんなくそれを受け止め、やはり触れた瞬間、刃は溶けてしまった。

「別に背中を刺してみてもかまわないけど、そんなおもちゃじゃ刺さる前に溶けるわよ」

「バ、バケモノめ! 冗談じゃねぇ」

 男達は慌ててバイクのエンジンをかけると一目散に逃げていった。イヴ・クリムゾンは唾を吐き捨てる。

「つまらないわ」

 混沌によって世の中がある意味でフェアになるのはいい。しかし、そうなると今度は力による優位性が出てくる。さっきのような馬鹿なゴロツキでも、徒党を組めば、それなりの力を持ってしまう。イヴ・クリムゾンはそれが気に入らなかった。力に品が無い、と思うからだ。さらに言えば、どんな馬鹿でも改造してしまえば、一端の力を手にしてしまう。さっきのようなゴロツキでも、何人かが人造人間ボーグだと、さらに厄介だ。

 イヴ・クリムゾンはそこには美学や、あるいは哲学が必要だと思った。思い浮かぶのは、スノーホワイトと旅をしている、あの二人組のこと。彼らは馬鹿ではなさそうだ。特にあの、深紅のハットを被った酔狂な男。そういえば、名前すら聞いていない。

 イヴ・クリムゾンはバギーに跨る。エンジンをかけ、アクセルを踏み込んだ。エンジンは唸りをあげ、砂埃が舞い上がる。荒い運転でハンドルを切ると、イヴ・クリムゾンは元来た道を引き返していった。



 キルエ達は公衆端末を見つけ、ゴトーから渡された例の特殊な端末を接続した。コール音が鳴る。しばらくすると機械音声に変換された声が端末から聞こえた。

秋寂オータム・ミュートだ。ゴトーの旦那かね?」

「ゴトー=サンから貴方を紹介して頂イタ者デス。はじめマシテ、キルエと申シマス」

「キルエ? ……聞き覚えのある名前だ。まぁいい。要件は?」

「実は貴方に会ッテ、直接頼みたいことがありマシテ」

「だからその要件は何だい?」

「ハッカー志望の女の子がいまシテネ。彼女にハッカーのイロハを教えていただきたいのデス」

 しばしの沈黙が流れる。

「……ゴトーの旦那には借りがある。だがまぁ確かに、会ってみないことには何とも言えんね」



 キルエは秋寂オータム・ミュートと落ち合う場所と日時を決め、一行はそちらを目指して旅することとなった。

「追手が来るという話デシタガ、平和なものデスネ」

「何だ。退屈してきたのか」

「そうでもないデスヨ。コレはコレで悪くナイ」

「らしくねぇじゃねぇか」

「ガルチュア=サンこそ、珍しくよく喋りマスネ」

「てめぇのが移っただけだ」

 ガルチュアとキルエが話しているのを、イヴは後ろから眺めていた。確かに二人が雑談しているのは珍しい。

「私がいなかった頃は、よくしゃべってたの?」

 キルエは両掌を挙げて見せた。「まさか」ということらしい。

「もしかするとイヴ=サン、貴女が加わったからかもしれマセンネ」

「どうして?」

「人間は絶えず環境や関係性から影響を受けるものデス。それに貴女が加わるまデハ、これだけ多くの人間と関わることもなかッタ。おそらく、それらが我々に何らかの影響を及ぼしてイル。興味深いことデス」

「難しいことを考えてるのね」

「元々は学者デスカラネ」

「何の?」

「生物、取り分け虫が専門デシタ」

「それでそんな身体になったの?」

「エェマァ。しかし別に人造人間ボーグを造るために研究していたわけではありマセンヨ。もちろん人造人間ボーグになる気もありマセンデシタ。デモマァ、この話はまた今度にしマショウ」

 イヴは続きが聞きたかったらしく、しばらくキルエに視線を送り続けていたが、キルエの方は全く意に返さず、そのまま黙ってしまった。イヴがガルチュアの方を向くと、俺に聞くなという感じで目線を逸らされた。

 いつになく穏やかな時間が流れていた。しかし、物陰には彼らの様子をうかがっている不穏な影があった。何と言っても彼らは追われている身であり、テロリストだ。穏やかな時間もそう長く続くものではなかった。


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イヴは夢から目覚めない 空美々猫 @yumesumudou

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