第5話 混沌の種、水やり
赤髪の少女は自らをイヴと名乗った。確かに恰好こそ違えど、体型や顔つきはイヴと瓜二つだ。イヴ・クリムゾンはジャケットのポケットから煙草を取り出すと、慣れた手付きで火をつけ煙を吐き出した。
「言っておくけど、私はたぶん貴方達から見れば敵側よ。貴方達が目の敵にしている厚労省管轄の、例の企業連合体に一応所属しているから」
ガルチュアがその言葉に反応する。
「次研連の連中が何のようだ」
ガルチュアはキルエよりさらに殺気立っている。
「ここで騒ぎを起こすのはやめてよね。ただ挨拶に来ただけよ。白雪姫ちゃんが失踪したっていうから興味が湧いてね。それにさっきも言ったでしょ? 一応所属しているって。実際のところは、勝手に動き回ってるだけ。それよりも聞きたいでしょ?
ガルチュアに引き換え、キルエは既にいつもの調子に戻っている。イヴ・クリムゾンの話は面白そうだと判断したようで、濁った眼がニタニタ笑っている。
「エェエェとても興味がありマス。貴女達が一体どういう存在ナノカ、ヨロシケレバお聞かせ願いたいデスネ」
そんなキルエを見て、ガルチュアは興が削がれたと言わんばかりに、また酒を呑み始めた。
◆
「まず基本的なところから説明すると」
イヴ・クリムゾンは近くにあったビールケースを持ってきて腰を下ろした。
「<イヴ>という名前は、ある個体を指しているわけではないわ。<イヴ>は私達の総称であり、プロジェクト自体を指すものでもある」
「私達、というノハ?」
「順を追って説明する。まず
イヴ・クリムゾンは煙草を挟んでいる指でガルチュアの方を指した。ガルチュアの体の異様さは、彼がそういった手術によって造られたことを如実に語っている。
「この方法をとる場合、元になっている人間の方に、その細胞に対する親和性が無いと、細胞を移植した途端、身体が激しい拒否反応を起こして、だいたいの場合は死ぬわ。つまり移植する細胞に適合できた人間だけが、その能力を手に入れることができる」
キルエは人差し指でコツコツと机を叩いている。
「ここまでは貴方達もご存じの通りよ」
「ソレデ?」
「せっかちね。ここからが本題。もし、どんな細胞にも適合する人間がいたとすれば?」
「今は人工的に細胞を作り出すことも可能ダ。つまり理論的には、その個体は人間の考えうる全ての能力を備えることができるデショウネ」
「その通り」
キルエの机を叩く感覚が狭くなる。
「結論から言えば、その個体は実在する。いえ、少なくとも実在していたというべきかしら。その個体をベースに、あらゆるケースの実験が行われた。クローンを使って。その一連の研究の名が<プロジェクト・イヴ>。そして、その研究によって造られたクローンの総称がイヴ。つまり私達」
「一つ聞きたいのデスガ、何故、複数のクローンを作る必要があったのデスカ?」
「理由はいくつかあるけれど、一番は、クローンとして造られた私達は、それぞれ一種類の細胞しか受け入れることができなかったから。それともう一つ……」
「もう一ツ?」
「オリジナルが何らかの理由で、研究素材として扱うことができなかったから」
「死ンダト?」
「わからない。オリジナルについての情報はとても厳重に管理されているの。だから何故、オリジナルに劣るクローンをわざわざ複数作ってまで、オリジナルを研究素材として使わなかったのかはわからないわ」
「ナルホド」
キルエは綿のはみ出したソファの背にもたれかかり、脚を組み直した。
「ナカナカ面白い話デス。ソレデ、何故我々にこの話ヲ? まさかお友達になりたい訳でもないデショウ」
イヴ・クリムゾンは新しい煙草を咥えて火をつける。
「ヒントをあげたのよ。私は個人的に、貴方達の活動に興味があるの」
彼女は煙を吐き出してから更に続ける。
「混迷の時代を経て、今の社会は新たな秩序の元、再び安定しつつある。富める者と貧しい者。社会を動かす者と、社会から締め出された者。階層の断絶による二分化が、この社会を停滞させているわ。でもそれってつまらない。革新は常に
「我々がトリックスターに成り得ルト?」
「そう。システムを揺るがすイレギュラー。
キルエは肩を竦めた。ガルチュアはまるで無関心のように酒を煽り続けている。
「随分酔狂なお方デスネ。その口ぶりダト、他にも我々のような連中とつるんでるんじゃありマセンカ?」
「えぇ、友達は多い方よ。でも、私はなんだか貴方達がすごく気に入っちゃった。だからもう一つヒントをあげる。白雪姫ちゃんに備わってる細胞は、あの研究所が極秘で開発していたもの。貴方達があそこを塵に変えてしまって、研究データも失われた。彼女の能力が何なのかは私も知らないけど、きっと狙われることになる。ちゃんと守ってあげてね、小人さん」
「ご忠告ドウモ。あと一つだけ質問させてクダサイ。何故、最初に自分が次研連に所属していることを明かしたのデスカ? 我々を刺激してしまうことはわかっていたハズデスガ」
「貴方達にとって有益な情報が渡せる立場にいることの開示ってとこかしら。それと、黙っていて後々バレたら面倒でしょ?」
「ナルホド」
イヴ・クリムゾンは煙草を灰皿に押し付けると、ビールケースから腰を上げた。
「じゃあそろそろ行くわ。もう一人のお友達がご機嫌斜めなようだから」
ガルチュアは無言で酒を呑んでいたが、腕の骨がミシミシと軋んでいた。イヴ・クリムゾンは勘定をしに、店の入り口へ向かいかけたが、ふと立ち止まってキルエ達の方を向いた。
「そうそう。貴方達と一緒にいる白雪姫ちゃん。名前はスノーホワイトよ。研究員達は他のイヴと区別するために、そう呼んでいたわ。私はクリムゾン。あの子はスノーホワイト。覚えといてよね」
そう言い残すと、イヴ・クリムゾンは手をヒラヒラさせて喧騒の中に消えていった。
◆
「よく喋る女だ」
ガルチュアはやはり気に入らなかったようだ。
「マァマァ。いくつか有益な情報も手に入ったことデスシ、ヨシとしまショウ。それにしテモ、クローンとはネ。もしかするとイヴ=サンが貴方に話した記憶は彼女のものではないかもしれマセンネ」
「そうかもな」
「マァ、どのみち我々の目的は変わりマセンガ」
「さっきのことは嬢ちゃんに話すのか?」
「エェ。その後のことは彼女が自分で考えて決めればイイ」
◆
翌日、イヴはゴトーに連れられ帰ってきた。イヴが髪を掻き揚げると、耳のすぐ後ろにUSBポートが覗いている。
「驚いたぜ。普通は術後しばらくのあいだは、意識が戻らねぇはずなんだが、嬢ちゃんは終わった途端目覚めやがった。すげぇ回復力してやがるぜ」
キルエとガルチュアがもう驚くことはなかったが、やはりイヴの自己再生能力は驚異的だった。
「これで嬢ちゃんは、ネットの中に感覚ごとダイブできるってわけだ。俺の役目はここまでだ。こいつぁ貸しにしといてやる。あとはテメェらでなんとかしな」
「いろいろと助かりマシタヨ、ゴトー=サン。サテ、どうしマスカ、イヴ=サン」
違和感があるのか、イヴは耳の後ろのUSBポートを弄っている。
「ハッカーさんに会いたい」
「おう、そうだったな。奴の名は
ゴトーは懐から小さな端末を取り出すとイヴに渡した。
「何?」
「ハッカーってのは用心深い連中ばっかりだからな。通常回線でコンタクトをとるこたぁまずできねぇ。コイツは
「ありがとう」
イヴはぎこちなくお辞儀をした。
「チッ、こういうのは慣れないぜ。さっさと行っちまいな」
イヴはまたペコリとお辞儀をして、キルエの服の裾を引っ張った。
「行こ」
ゴトーは酒を呑むからと言って、店に残った。三人は勘定を済ますと店を後にしたのだった。
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