姉が奔放で俺がヤバい

八雲みつる

第1話お前一体誰なんだ!?

ガチャ

俺は玄関の扉を開けた。東京に来て何年目になるだろう。一人暮らしにも慣れたが、誰もいない部屋に向かって挨拶する事だけは忘れない。何故なら、俺は部屋に挨拶をしているのだ。小学生の頃、サッカー教室に通っていた。その時、相手チームはもちろん、グラウンドにも挨拶をしていた。『場』に対しての挨拶、これは重要な事だと俺は考えている。


「ただいまー」


「あ、おかえりー」


「……。え?」


見知らぬ女が俺の部屋のベッドに座っていた。俺が肩から下げた鞄を落とし、唖然とした。警察?不法侵入?誰だ?一体。


「ん?」


「ど……、なたですか?」


「お姉ちゃんだよ!まあなんでもいいじゃん。あ、買い置きのポップコーンもらったよ。あと晩御飯はお肉がいい!」


姉と言い切ったその女、俺の幻覚や幻聴ではなさそうだ。動いているし、俺の買い置きのポップコーンをポイポイと口に放り込んでいる。え?晩飯?俺、作るの?さておき、気になることが一つ。


「ええと……。なんで俺のTシャツ着てんすか?」


「いや、この愛って文字が気に入って。直江兼続?」


女は俺がサービスエリアでテンションが上って思わず買ってしまった直江兼続の『愛』とピンクラメでデカデカと書かれたTシャルを着ていた。


「そうですけど、自分の服は?」


「お洗濯した!」


「ハア……。そうですか……」


警察を呼ぼうか、と考えた。しかし理性を欲求が止めた。見たところかなりの美人である。多少頭がおかしくても、欲望には逆らえない。見たところ胸も大きい。ゴクリ、と唾を飲んで胸を見た。


「あ、Fカップだよ!」


事も無さ気に胸を両手で寄せ、ウインクした。俺は安々と陥落した。



俺はフライパンに熱を入れながら考えていた。誰だ、あの女は。というか鍵はどうした?このアパートは警備ガバガバか?確かに美人ではある。年も俺よりちょっと上かな?お姉ちゃん?あまり俺とは似ていないような……。というか俺に姉なんていない。意味がわからなさ過ぎる。とりあえず飯を食わせて名前を聞いてみよう。


「できた!?」


女は急に俺の手元を覗き込んできた。


「うわ!急に覗き込まないで!火使ってるから危ないですよ!え!?ていうかデカっ!」


俺の身長は185センチある。男の中でもまあ大きい方だ。しかし、俺より遥かにデカい。目線が10センチほど違う。


「失礼だなあ!気にしてるんだからねこれでも!192センチ!バレーやってたら伸びちゃったの。お、ところでこれいい匂い!これはなんだい?」


手足が長い。髪も長い。それにいい匂いがする。シャンプーは白のツバキ?俺と同じ、同じ?


「牛肉で下茹でしたアスパラを巻いたんですよ。こっちはモヤシとウェイパーの即席中華スープです」


「ほうほう。やるねぇ……」


「戸愚呂(弟)のマネですか?似てないです」


「つれないねぇ……」




「「いただきます」」


「で、なんで俺の部屋にいるんですか?そしてとりあえず名前は?」


「なんか鍵開いてたから!」


確かに俺は鍵をかけ忘れる事がよくある。今日もそうだったかな?いや、鍵を開けたような……。どうだったかな。


「名前は八雲、下は梓だよ、みつる君」


背筋が寒くなった。何故俺の名前を?表札なんてないぞ。俺は酸素不足の金魚の様に口をパクパクさせていた。


「は……?なんで俺の名前知ってんの……?」


新手の詐欺?泥棒?逡巡する。


「さて、どうしてだろうねぇ。ねえ、もやしちょっと茹で過ぎじゃない?私、もうちょっとシャキシャキ感あったほうが好きだなー」


「そしてあずさって名前、少し引っかかるんですけど……」


梓、その名前には聞き覚えがあった。それは母の口から聞いたものだけれど。


「こまけぇこたぁいいんだよ!まあお姉ちゃんと思ってくれい!」


「納得いかない!」



俺は食器を洗いながら考える。どうしてこんなことに。いいのか?これでいいのか?泥棒なら逃げるよな?詐欺なら何か売ろうとするよな?梓と名乗った女はテレビを見て「あははー」と笑っている。笑っていると思ったら急に背後に立っていた。


「スーパーカップもらうよー」


「っ!俺のチョコミントがっ!?」


「ねーこれ歯磨き粉の味するよねー」


「それがいいんだろうこの野郎」


「野郎じゃねーし!女だし!」


「う、うるせえ!」


俺のチョコミントアイスを取られてしまった。飯前にポップコーンも食ってなかったか?コイツ。オツムに行く栄養素が全部胸に行ってしまったのか?


「マジで何なんスか……」


「ねえー、なんでいい年して女児向けの本持ってんの?」


「ウワオーッ!本棚を見るな!」


「あ、なんだ同人か。なんだっけ?プリとかなんとか?」


「oh spell miss」


「プリキュア」


「ぷりきゅあ」


「very good!」


「なんでコピペ風?」


「とにかく本棚のことはほっといてくださいよ、もう本当に頼みますから」


「ふっふ、わかったよ……。ふっふ。」


その笑みからは不穏なものが感じられた。


「お、まともなのあるじゃん。『年上ノ彼女』」


と彼女が本を手にした。


「ああ、甘詰さんすね」


あまりまともではないが、まあ成年コミックではないので俺の本棚の中では比較的まともと言える。


「それにしても本棚少しなんとかしなよ。まともな本が一割未満って」


「うるせえなあ!小説は別の棚なの!ていうか、おおたたけし先生こそ俺の聖書(バイブル)なんですけど!」


「年上好きで幼女趣味ってなんなの」


「いいじゃないですか別に!怒りますよいい加減」


「あーゴメンゴメン。お、ゲノム揃ってんじゃん」


「まともでしょ?」


「……。それはおいといて、実家のときから増えてないねぇ」


「そりゃ置き場も困るし金も、って。なんで実家知ってんの?え?」


「ふっふ、なんでだろうねぇ……。しらないねぇ……」


「それはもしやマサルさんネタ!?」


「ふーなかなかソウルフルだったな。あたしの開発した【梓ガリレイ】は」


(あじゅしゃガリレイ!?興味ぶかぁーい!)


いやそれは、まあいい。


「そうじゃなくて、なんで実家の俺知ってんの?」


「それに梓って名前も思い当たる節が・・・」


「だから言ったじゃん、姉だと思えってさ」


「……」


とりあえず俺は風呂に入ることにした。頭の整理をするためだ。こういう時は落ち着いて素数を数えるんだ…。1…、1…、1…。ダメだ、状況が特殊すぎて素数すら頭に浮かべることができない。

そもそも俺の部屋に来るのはこんな女じゃなくてもっとこうああ女神様のベルダンディさんとか、ラブやんの天使長とか、そういうのが来るはず。おかしい。普通過ぎる。何故、ばかりが頭を占領して風呂に入った気がしない。


「背中流そっかー?」


「!?結構です!じっとしててください!」


風呂から上がり、面と向かい合う。


「さあ、そろそろ帰ってもいいんじゃないんですか?」


「だって、帰るところ無いもん。お金もそれほどもっちゃいねえ」


「今度は吉幾三か。仕方ねえ。泊めますよ。泊めりゃいいんでしょ」


「さすが!話がわかるね!」


「んで、どこで寝るんすか?」


「え?布団あんじゃん」


「これしかないっす」


「だから一緒に寝たらいいんじゃないかなーと思うよ」


「却下」


「な、何故!!」


「なんでいけると思っちゃったんだよ!『あ、そうですね』って言うと思った!?」


「うん」


「思っちゃったのかよ!読みが甘いよ!マックスコーヒーくらい甘いよ!」


「えー、じゃあどうしよう」


「とにかく一緒はダメです」


「じゃあ駅のとこのホテル泊まるよ」


「ホテルサンライズだっけ?」


「お金は?」


「持ってない!」


「わかりましたよ……。じゃあ俺寝袋で寝るんで……」


「寝袋?二人じゃ狭くない?」


「そこから離れろよ!梓さんは布団使ってください…」


「はーい」


「おやすみみつる」


「はいはい、おやすみなさい梓さん」


「つれないねぇ。『おやすみおねぇちゃん!』くらい言えないの?」


「あーもう。おやすみおねぇちゃん!」


「はいおやすみー!」


何なんだこの女は。お姉ちゃんか……。欲しい欲しいとは思っていたけど、まさかこんな形で姉(らしきもの)ができるなんて。

とにかく寝てしまおう。もしかしたら俺は夢を見ているのかもしれない。モテない俺が生み出した一種の幻想かもしれない。精神科医の出番もいよいよ近づいているのかもしれない。俺は寝袋の中で寝返りを打つ。姉と名乗った梓という女は寝息を立てている。

俺の生活は一体どうなってしまうのだろうか。

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