誕生日の5日前

映は悩んでいる。もちろん「プレゼント」の事だ。

去年のプレゼントは同期入社で研修中に仲良くなった中島猛がおしえてくれたものだ。

「女ってのはこういう「ちょっとだけ」目立つものが好きなんだ」と中島はいった。今回も中島に聞こうと携帯に電話した。

「あ、高木か?」

「おう中島、元気か?。。。ところで今年は何贈ったらいいんだろうな?」

「お前また俺に考えさせる気か?」中島はあきれている。

「悪いが今年は忙しい」中島は逃げる気満々だ

「見捨てないでくれよ」

「いや、今パリにいるんだ」

「え?」と映はおどろいた。

「今年のトレンドを調査する人がインフルエンザになってしまって、代わりにおれがパリに行くことになってしまってな。悪い」

「フランス製の香水とか送ってくれよ」

「日本にも売ってるだろう、それよりも、、、俺は。。。眠い。。。。。」

バタンという音がして電話は切れた。


映は途方に暮れた。知らないうちに国際電話をかけ友人の安眠を妨害する暴挙に出た挙句何の成果も得られないとは。。。


映だって美紀が「物を持たない人物」であることは知っている。

しかし、「物」以外のプレゼントなんて考えられるだろうか?

まさか肩たたき券なんて送ってもなぁと考えていた時である美紀から電話が来た。

「あ、美紀」

「映おつかれさま。今日はちょっと相談したいことがあって、これから大丈夫?」

美紀の相談というのは映は初めて聞いた。

美紀は祖父に育てられたといっていい。祖父はバリバリの江戸っ子でその薫陶を受けたのだから「男らしい」ところがある。

その美紀の相談とは何であろうか?映の眉間にはさらにしわが寄る。

「わかったよ。今外にいるからすぐ行けるよ」

「ありがとう。」


映はすぐさまいつもの喫茶店に向かった。



二人が映画を見終わったあと寄る喫茶店はコーヒー、ケーキだけではなく「上等の料理や酒」も出す店だ。

マスターは大学時代から二人とも知っているが、店長の個人情報は誰も知らなかった。

年齢不詳、顔を見ると彫が深く国籍も不詳な「謎の人物」だ。

店に時々外国人がやってきて、日本語ではない言葉で話したりしている。

学生の時は皆「スパイがマスターの正体」と思ってやまなかった。

店のつくりも「多国籍」的であり、そこが美紀のお気に入りで卒業しても相変わらず通っている。


店に入ると美紀はいつもの場所に座っていた。

凄く深刻な顔をしてる。

「もしかして別に好きな人が。。。」と映の脳裏をよぎる。

美紀は映をみつけると手を振った。

すこしだけ「ほっと」する。


「相談ってなに?」

「あのね。。。誕生日のプレゼントの事なんだけど。。。」

(も、もしかして結婚指輪がほしいのか????)映は動揺する。

「ほしいものがあるの」

「う、、うん」

「いらっしゃい」とマスターの渋い声がした。

「これ、おれからのサービスだよ、いいウイスキーが手に入ったんだ。40年物。。。」といってマスターが水割りを二人に差し出した。

「あと、ポトフ」二人ともこれが大好物だった。

美紀の顔が緩むが映の顔は堅い。

「じゃあ、。ごゆっくり」といって奥の外国人と話し始める。


ごくごくと映は「水割り」をのんだ。

(とりあえず、酒だ、酒で心の傷を治すんだ)映はそう思った。

酒のみとしてはいささかもったいないことをした。


「で、ほしいものって?」

「う、うん」

「あのね。。。。」

「私のほしいものって、、、」

「う、うん」(ひょっとしてあかちゃん?無理無理俺まだ駆け出しだし。。)映の暴走は止まらない。

「デートの時。。。」

「映って歩くスピードが速いじゃん」

「う。。うん」

「私と同じスピードで。。。手をつないで歩いてほしいの」

というと美紀は頬が火照る。

「え」

「それだけ。。。。。?」

「それだけ」

「な、なんだ。そんなの簡単だよ」

「よかった」

(そういえば今まで手をつないで歩いたことってなかったよな。。。)と映は思った。

「じゃあ、食べよ」

「う、うん」

とポトフを二人して食べ始めた。

「マスター」

映はマスターを呼んだ


「どうしたの?」

「さっきのウイスキー。。。まだありますか?」

「あるけど、、、?」

「さっき一気に飲んじゃったんで、味わえなかったんですよ。お金は払いますから飲ませてください」


「わかったよ。でも一杯7千円だけどね」

「え」


店を二人で出たあと、映と美紀は初めて手をつないで歩いた。

(なるほど、美紀にはこんな風に世界が見えていたのか)と映は思った。

秋がやがて冬になっていく。

映の財布は冬よりも寒い状態だった。

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スローステップ 若狭屋 真夏(九代目) @wakasaya

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