スローステップ

若狭屋 真夏(九代目)

欲しい物

「なあ、来週の美紀の誕生日なにがほしい?」高木映(たがきえい)は恋人の三島美紀に聞いた。

「ほしいものかぁ~~」と美紀は答えた。

美紀と映が付き合って3年になる。

映と美紀が知り合ったのは大学の映画同好会だった。

映の父は若い時映画監督を目指していたが、途中で挫折して(というか人事によってだが)経理畑を歩いてきた。

映の由来は「映画」だ。映とかいて「シネマ」と読ませたかったらしいが、母は猛反対した。母は「チョイ役」の女優であったが、両親が知り合った時は助監督だった父より女優の母のほうが収入も立場も上だった。

その時の習慣がいまだに父は抜けない。


映画好きは両親からの影響だった。

両親は毎週のように「映画館」に映を連れて行った。

アニメ映画はほとんど見せてくれなくて、大人が見る映画がほとんどだった。(成人映画ではない)

映は映画は見ていなかった、ただ周囲の「大人」達が目の前の映像に時に笑い、時に涙を流す。その姿が面白くって両親についていった。


初めて映画に対して行動を起こしたのは高校生の時だ。

ちいさな「シナリオ大賞」に佳作に選ばれたのだ。もともと「物書き」志願だったため、「おこづかい稼ぎ」のつもりでの応募であったが、賞をもらって一気に映画に引き込まれた。

そして映画同好会に入った。


一方三島美紀の両親は料理人だ。父も母も別々のホテルでシェフをしている。

姉がおり姉も板前をめざし修行の身だ。

家で料理するのは美紀の仕事だったが、味はもちろん、盛り付け方も「注文」が両親や姉から出る。

祖父も板前であったが今は隠居して家事全般を行っている。

美紀は「料理」よりも盛り付け方、すなわち「裏方」に関心を持っていた。

小学6年の時にのこぎりやトンカチを器用に使いこなし「木材から犬小屋をつくった」。今でも実家ではその犬小屋が愛犬ネロの住まいになっている。


高校卒業して大工に弟子入りも考えたが「建築士」を目指して大学に入学した。

つまり映は脚本志望、美紀は大道具志望だった。


裏方は決して表に出てはいけない。スポットライトを浴びるのは主演のみである。

しかし、主演がスポットライトを浴びるとき、「何とも言えない」高揚感を二人は感じていた。

そんな裏方同士が恋に落ちるのに時間はかからなかった。


大学を卒業して映は「雑誌編集者」となり、美紀は「一級建築士」を取得して近所の設計事務所に勤務している。


二人のデートは必ず「映画」にいく。そして喫茶店で映は「脚本」について、美紀は「セット」について語り出す。

本来は平行線で交じり合う事のない話だが、なぜが二人の会話は数点接触する箇所があり、それでもりあがるのである。


まあ「馬が合う」といおうか、実に神様も変な「赤い糸」を結んだものである。

この会話が出たのは映画の話が終わり、お互い手持無沙汰な時間が生まれたときだった。


来週で美紀は24歳の誕生日を迎える。人間急に年を感じることがあるが、実際は日々年を取っていく、ただそれを感じるのが一瞬ということだけだ。

まあ、若い二人にはそういう事は無縁といえよう。

大学を卒業して2年、同い年の映からのプレゼントだ。

「なにがいいのかな?」と美紀は思っている。

去年の誕生日には映は「腕時計」をくれた。

ブランドものではないけれどオーダーメイドの時計だ。目立つことは無いけれど控え目でもほんの少しだけ12の数字の上で小さなダイヤモンドが「主張する」ような、大人な感じがするものだった。

今でも美紀の腕にあって時間を刻んでくれる。

恐らく映は同僚の女性誌の編集者に聞いたのだろう。

正直「物」は要らなかった。毎日忙しく仕事に振り回される日々を送る美紀にとって(英もだが)物は最小限のほうがいい。事実新人の時、仕事で急に上海に行くことが決まって、二日ほど滞在しなければならなかったとき、美紀のカバンには枕とPC、そして目覚まし時計しか入っていなかった。最低限いや、それ以下でもなんとかなる。と思っていたし、事実なんとかなった。

それよりもほしいものが美紀にはあった。

「うーん」と美紀はベッドに横になり考えている。

しかし、枕の上に頭をのせると、まるで催眠術でもかけられたように、美紀のまぶたはとじていった。



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