クリスマスの夜
なるは何が何だかわからないので、「とりあえず二人ともどうぞ」とソファに座らせ、お茶を出した。
「わ、私は食器を片付けているので、お二人で積もる話しちゃって下さい、ははは」
なるはささっとキッチンへ下がった。
「なる」
海に呼び止められてなるは「ん?」と振り返る。
「ちゃんと説明するから、ちょっと待ってて」
なるは「うん・・・」と言って食器を洗い始めた。
・・・何が何なんだろう。海、玲子さんとデートしてきたんじゃないの・・・?
なるはさっき海に抱きしめられたことを思い出した。
途端にぼっとゆでダコになる。
なぜ?!なぜあんなことに??!
なるは必死に皿を洗いだした。
・・・海、「ただいま」って言ってた・・・
なるは、話し込んでいる二人を見つめた。
「お前、玲子のこと、やっぱりまだ好きだったんだな」
海が言う。
「何言ってんだよ、ははは」
空がへらへら返す。
「お前が病室で見てたプリクラ、あれも『秘密』だったんだな」
空がうっ、という顔をした。
「玲子、言ってたよ・・・」
海は浜辺の会話を思い出して空に伝えた。
「・・・それは、空だ。俺じゃない」
夕日を横目に海と玲子が見つめあっていた。
「・・・良かったわ。なるちゃんとライバルにならなくて済む」
玲子が微笑む。
「俺、知らなかったよ。プリクラも、キスしたことも・・・」
海が言うと玲子は微笑んだまま言った。
「海と私は、何もしてないのね?」
「ああ。何もしない約束だったんだ」
「約束・・・?」
玲子が聞く。海が静かに答える。
「将来玲子を傷つけたくないから、二人だって分かるまでは何もしないと空と約束してたんだよ」
玲子は、ふーんと言って海に背を向け、歩き出した。
「ごめん、玲子・・・」
海も玲子の後ろからついていく。
「でも、ちょっとすっきりした」
海が玲子の背を見つめる。
「空と海のどちらかを選べない私が悪いわけじゃなかったってことよね・・・」
玲子は俯いているようだ。
「ああ。選べないさ。両方だったんだから」
海はそう言ってから、
「本当に、本当にすまなかった・・・」
また玲子に謝った。
「でも、二人とも、架空の『神宮寺空』を演じてたんでしょう?」
玲子は立ち止まって、横で沈んでいく夕日を眺めた。
「ああ、一人の『神宮寺空』になるように・・・あれは、作られた存在だ」
海は申し訳なさそうに言った。
「私は、空でも海でもない、別の誰かと付き合ってたのね・・・」
玲子は振り返った。
「そこに、気持ちはなかったのかしら・・・」
なるが食器を洗い終わり、ソファに座って話を聞こうとした。
空と海がふとなるを見る。
「あっ、私いないほうがいいですか?だったら部屋戻りますのでごゆっくり、ははは」
なるはぎこちない笑顔を作って立ち上がった。
海はなるの腕を掴んでそのまま自分の隣に座らせた。
「なるにも、聞いてほしいんだ。だからそこにいて」
海は優しく言った。
「・・・?」
なるはわけがわからないまま、ソファに座った。
「・・・俺は確かに、玲子に惹かれてた」
海は静かに話し出した。空を見ている。
空も海を見ている。なるには空が少し怯えているように見えた。
「・・・でもそれは空、お前が玲子を好きだったからだよ」
空は少し驚いた表情をした。
「俺達はずっと二人で一人だった。お前の気持ちに、共鳴したんだ」
海は静かに目を落とした。
「でも、約束を破る気はなかった。所詮は『空の代わり』だ」
海はちらっとなるを見た。
「それで、構わなかったんだよ」
なるはきょとんとしている。
海はもう一度空を見て言った。
「お前は本当の空として、玲子を好きだったんだろ?」
空は目を見張る。
「玲子と、幸せになりたいと思ったんだろ?」
空は視線を落とした。
「だったらどうして、急に別れたりしたんだ・・・」
空は床の一点を見つめ、何も言わない。
しばし沈黙が流れた。
「・・・もっと、欲しくなっちゃったんですね・・・?」
空が驚いて顔を上げた。
海も耳を疑う。なるだ。
「海との関係も壊したくない、でも玲子さんが好き。そんな気持ちになっちゃったんじゃないですか?」
海はなるを見てから、空を見た。
空の目が大きく開いている。
「空・・・」
海が静かに空を見つめた。
空はソファの背に深くもたれて言った。
「・・・どうしたらいいか、わからなくなっちゃったんだよ・・・」
空は目を閉じて深呼吸した。
「逃げ出したくなったんだ、全てから・・・」
「どうして・・・」
海が空を見つめる。
空は目を閉じたまま言った。
「俺はお前なしじゃ完璧な『神宮寺空』を作れない・・・なのに俺、お前との約束、やぶっちゃったんだよ・・・」
「そんな・・・あれは架空の存在で・・・」
「俺は空だ、『神宮寺空』だよ」
空は目を開いて海を見た。
「これからもずっと、『神宮寺空』のままなんだ」
海が息を飲む。
「お前がいないと完璧になれないのに、玲子が欲しくなっちゃったんだよ・・・」
「それならそう言ってくれれば・・・!」
海が身を乗り出すと空が穏やかに言った。
「俺達ずっと、二人で一人だったじゃないか・・・俺は、そうじゃないと生きていけないんだよ・・・」
「空・・・」
「でも、お前はそうじゃない」
空が続ける。
「お前には『海』として生きる道がある。俺から『空』を取ると何もないけど」
海は悲しそうな目で空を見る。
「お前は、幸せに暮らせよ・・・」
空の瞳は穏やかだったが、深い悲しみを称えていた。
それきり空が話さなくなってしまったので、海はひとまず空を帰すことにした。
外で坂崎が待っていたので、海は真っ白になった空を乗せて連れて帰ってもらうことにした。
「海様はいかがいたしますか」
坂崎が聞く。
「今日は・・・なると少し話したい」
海が恥ずかしそうに言った。
「かしこまりました」
坂崎は微笑んだ。
「坂崎・・・、くれぐれも、空を頼む」
「海様・・・。かしこまりました」
坂崎は強い瞳で返し、空を車に乗せた。
車が去った後、海はなるの待つ家へ帰っていった。
「二人で交代で空になるんだ」
「どうやって?」
「簡単さ。眼鏡を交代でつければいい」
「どうしてそんなことするの?」
「だってお前、家にいてばかりじゃつまらないだろ?海・・・」
「・・・海?」
なるが鍋を持って覗きこんでいる。
「あっ、ごめん、ちょっと昔のこと思い出してた」
「・・・?」
なるが鍋をカセットコンロに置いて火をかける。
「やった!鍋!俺昼飯食ってから何も食べてないんだよ!」
海が喜ぶ。
「私はお兄ちゃんと食べちゃったから、全部食べていいよ」
なるが海の勢いに少し驚きながらも微笑みながら言った。
「いただきます!」
「え?!まだできてないってば」
はははと笑いながらまだできていない鍋をつつこうとする海をなるが慌てて止める。
海は幸せを実感していた。
鍋の最中は他愛のない話をしていた。
さっきまでの空と海との不可解な状況も、海がついさっきまで玲子さんとデートしてたはずであることも、つい一週間前にフラれているはずであることも、なるはとりあえず置いておいた。
・・・ちゃんと説明してくれるって言ってたし、待ってればいいんだよね?
なるは幸せそうな海を見て、少しだけ信じてみることにした。
「ごちそーさま!」
海は元気よく手を合わせた。
「お、おお、良かったです」
なるは勢いに押されつつ答え、鍋をキッチンに運ぶ。
「一緒に洗うよ」
海もキッチンに来て手伝った。
・・・ひゃぁああ。久々の至近距離・・・
なるはゆでダコになりながら洗い物をした。
海はそんななるを見て微笑んだ。
洗い物が一通り終わると、二人はソファに座った。
「さて・・・そろそろ話さないとな」
海が静かに言う。
なるは息を飲んだ。
「その前に・・・」
海がなるを見て恐る恐る言う。
「俺・・・またここに住みたいんだ」
なるが驚く。
「だめかな?」
なるは驚きながら言った。
「あの、私とあなたはもう・・・」
「なる、俺・・・」
海がなるを真剣な眼差しで見る。
「なるが好きだ」
なるはぴゅーとゆでダコになった。
「もう一度、俺の彼女になってほしい」
「え、ええ・・・」
「だめ、か・・・?」
なるは目が回るくらい頭に血が昇った。
「ひぃやあああ」
「な、なる?!」
なるはソファに倒れこんだ。
海はなるをソファに寝かせて、頭を濡れタオルで冷やした。
「お前、大丈夫か??」
海が心配そうに覗きこむ。
「だ、大丈夫です・・・」
なるは小さく返した。
「そんな沸騰しなくても・・・」
海が言うと、なるがうっすら目を開け海を見て言った。
「だって、夢みたいだったから・・・」
まさか、夢・・・?!
なるは頬をつねった。超痛い。
海はそれを見てははっと笑った。
「何自分でつねってるんだよ」
「だって・・・」
「夢じゃないよ」
海が微笑む。
なるは久々に10年前の空を見た。
なるが落ち着いて起き上がると、海は返答を求めてきた。
「それで、お返事がほしいのですが・・・」
海も緊張しているようだ。
なるはドキドキしながら言った。
「よ、よろしくお願いします・・・」
「なる!」
海はぱぁっと笑顔になりなるを抱きしめた。
「ええええあえ」
なるはまたゆでダコになってへなっと身体中の力が抜けた。
「わぁぁなるが軟体動物に!」
・・・今日だけで三回くらい死にそう・・・・
なるは嬉しさを実感する暇もなかった。
またなるを落ち着かせたところで、海が話を始めた。
「さっきも話したけど、玲子への気持ち、ちゃんと整理つけてきたから」
なるは海を見る。海が微笑む。
「もう、不安に思わなくていいんだ」
「海・・・」
「なるのおかげだよ。辛い思いさせてごめん」
なるは涙目になった。
「もう、心配かけないようにするから」
「海ぃぃぃ・・・」
海は微笑んでから、少し真面目な顔に戻して、話を続けた。
「・・・前に、俺は空の影武者で、存在を隠すために外に出なかったって言ったろ?本当は俺、外に出てたんだよ、空として」
「俺らは愛人の子だった。神宮寺家に引き取られても、母親は継母で俺らを毛嫌いし、親父も仕事にしか興味のない人間だったから、可愛がられることはなかった。親戚中が敵に見えたし、実際あいつらは本家の金に群がるハイエナだったから、命すら狙われる始末で、俺ら双子は、お互いしか信じられる人間がいなかった」
なるは固唾を飲んで海を見ている。
「物心ついた頃、俺らはお互いの立場の違いに気づいた。空は毎日外に出て友達と遊んだりしてるのに、俺は外に出させてもらえない。さらに俺はことあるごとに『空になれ』と言われる。空も不思議だったらしい。どうして海が自分になるのかと」
海は遠い目をしていた。
「今思えば、その頃から『神宮寺空』という存在が、何か別のもののような感覚がお互いあったのかもしれない。例えるならそう・・・俺らのチーム名みたいな。そんな感覚で、ある日空が言ってきたんだ」
「二人で交代で空になるんだ」
なるは驚いた。海が続ける。
「空は眼鏡さえ交代でつければバレないと言ってきた。実際やってみたら全然バレなかった。俺らは面白くなって、毎日交代した」
「慣れてきて、家庭教師にそれは空じゃないと言われることか癪にさわるようになってきた。だって俺らは毎日交代で空をやってたんだ。違うわけがないんだから。仕方ないから『神宮寺空』のキャラ設定をすることにした」
「物静かで人当たりがよくて、いつも微笑んでる。人の話をよく聞いて、優しいんだ。そんな典型的な優等生の設定にした」
お兄ちゃん・・・
なるはお兄ちゃんの雰囲気を思い出していた。
「そうすると、全てがうまくまわった。家庭教師に怒られることもなく、俺も外で友達を作れた。空は空で『神宮寺空』として受けていた英才教育に疲れていたから、『海』になって一休みできるとほっとすると言っていたよ」
海が遠い目をする。なるは海を見る。
「でも今思うと、空は自分の存在を俺に差し出してくれてたんだ。そのせいで、あいつの心を壊してしまったのかもしれない」
『俺はお前なしじゃ完璧な『神宮寺空』を作れない・・・』
なるは空の言葉を思い出した。
「高校生の頃、親父が玲子との縁談を持ってきた」
海は話を続ける。
「俺らは交代するようになってから、いくつか約束をしていたんだ」
海は俯きながら指をたてる。
「一つは、ぴったり平等に毎日交代する」
「もう一つは、お互い空で経験したことを共有すること。秘密を持たない。『神宮寺空』がどちらかの経験で一人歩きしないためだ」
なるは海を見つめて聞いている。
「玲子との付き合いも例外じゃなかった。俺が空になっている時に玲子との見合いがある時は、俺が会った」
なるは目を見張った。
海が申し訳なさそうになるを見て言った。
「俺は『神宮寺空』として、高校生の頃から玲子と会っていたんだ」
なるは静かに話を聞き続けた。
「俺らは玲子に惹かれた。厳密には、玲子に惹かれていく空に同調して、俺も玲子を意識し始めた。でも玲子は俺らを双子だと知らない。そこでもう一つ約束をしたんだ」
海は指をたてた。
「俺らが双子だといつか明かすまで、玲子に触れないと。俺らは、玲子を混乱させたくなかった」
『お前も持ってたんだな、『秘密』を』
なるは海の言葉を思い出した。
「でもあいつ、玲子とキスしてたんだよ。俺は知らなかった。あいつが持ってた『秘密』だ」
海はふっと笑った。
「でも空を責めてるんじゃないんだ。だって俺も持ってたんだから、『秘密』を・・・」
「そこに、気持ちはなかったのかしら・・・」
浜辺で玲子が言う。
海が玲子を見つめ、少し考えてから言った。
「空は玲子を好きだったよ。俺は空の気持ちを自分の気持ちと錯覚してた」
玲子は静かに海を見つめる。
「俺と空は、身体だけじゃなく、心も繋がってたんだ」
「海・・・」
「ごめん・・・」
海は謝った。玲子は微笑む。
「海は、自分の気持ちに気づいたのね」
海も少し微笑んでから、夕日を見た。
「俺はもしかすると、10年前から待っていたのかもしれない・・・」
玲子は微笑んだまま言った。
「じゃあ、私と一緒ね」
海ははっとした顔で玲子を見た。そのままふっと笑う。
「そうだな・・・」
「それって・・・」
海の回想を聞いて、なるは驚いた顔で海を見た。
海は微笑んでいる。
10年前って・・・
なるの記憶が繋がる。
『『カイ』と『なる』・・・いい名前ですね』
『大丈夫だよ、なるちゃん。ほら、もう自分の名前だって書けるんだ』
海の微笑み。10年前のお兄ちゃんと変わらない。
そんな・・・まさか・・・
なるは言葉が出ない。
「10年前に一回だけ、1ヶ月くらい交代しなかったことがあるんだ。実家で親戚中が集まる騒動があって、俺は念のためバレないように海のまま実の母親の家に隠された」
海が微笑んでいる。
「でも、外に出る時は空のふりをするようきつく言われていた。そんな時に、近所のゴミ捨て場で、お前のお母さんに話しかけられて、仲良くなった」
なるは驚いたまま、海を見つめる。
「そして、この家に招待された」
海の微笑みがなるに眩しく映る。
「お兄・・・」
なるが目を見張る。
「お前が10年前に会ったのは、俺なんだよ。それが、俺の『秘密』だ」
「なぁ、坂崎・・・」
坂崎の運転する車で帰宅していた空が、おもむろに呟いた。
「はい、空様」
坂崎は運転しながら答える。
「あの海に、連れてってくれないか・・・」
「空様、もう夜も更けておりますし・・・」
坂崎が心配そうに言う。
空がふっと鼻で笑って言った。
「大丈夫だよ、海に飛び込んだりはしないさ」
「・・・」
坂崎は静かに聞く。
「あの浜辺から見える夜景が好きなんだよ。空に包まれているような気がして。ほら、俺、『空』だろ?」
空が最後の言葉に少し侮蔑を入れたのを感じつつ、坂崎は「かしこまりました」と言って海の見える公園へ車を走らせた。
「じゃあ、8月にきたメールは・・・」
なるが驚いたまま聞く。
「俺の自作自演だよ」
海は頭を掻いた。
「俺の会社の住所を書けば、来てくれるかと思ったんだが、誤解させちまったみたいで、悪かったな」
海は申し訳なさそうに言った。
「しかも俺、その後会社辞めちまったもんだから、俺のいない会社にお前が来ても困るし、どうしたもんかと、ふとお前の家のそばを歩いていたんだ」
なるは驚きで口をパクパクさせている。
「まさかその日に再会するとは思わなかったんだがな」
海はたはっと笑う。
「でも、海、道知らなそうだったし・・・」
「まぁ10年ぶりだし、あんまり自信がなかったのと、知ってたらおかしいだろ?空じゃないんだから」
なるは驚いた。
「知らないふりしてたんだ・・・」
海はまた申し訳なさそうな顔をした。
なるは改めて海をまじまじと見た。
まさか海がお兄ちゃんだったなんて・・・
「そりゃ、一度は疑ったけど・・・」
「ごめんな。『海』でいたかったんだ、再会してからは」
海は頭を掻きながら謝った。
「でも、言ったら言ったで、正直ほっとした。結局あの時の俺も、やっぱり俺だったんだな」
海はそう言うと、少し手を開いて微笑んだ。
「久しぶり、なるちゃん」
お兄ちゃん・・・!
なるは思わず海に抱きついた。
海もなるを受け止めて抱きしめた。
なると海はソファで寄り添いながら話を続けた。
「俺はなるとなるのご両親と過ごしたことを、空には言わなかった。・・・言えなかったんだ。空を裏切ってしまったような気がして」
海は少し悲しそうな目をして言った。
『この団欒、僕達の憧れだったんだよ』
なるは空の言葉を思い出した。
海はなるの頭をくしゃっと撫でて言った。
「なる・・・お前は俺と空が唯一共有しなかった存在だったんだよ」
海・・・
なるは海を見た。海は悲しそうだった。
「空は、それが許せなかったのかもしれない。だから、ここに来たのかな・・・」
海は俯いた。なるは思わず海を抱きしめた。
空は真っ暗の浜辺で海を見つめていた。
背後にぴったり坂崎がついている。
空は病室の光景を思い出していた。
「・・・俺、お前に話してない『秘密』があるんだ・・・」
海が項垂れて言う。
「『秘密』・・・?」
空は心に浮かんだ動揺を隠して言った。
「10年前、1ヶ月交代しなかったこと、あったろ?あの時出会った家族がいたんだ・・・」
「家族・・・」
海が項垂れたまま続ける。
「俺らの8つ下の一人っ子の女の子がいる家族なんだ。二週間くらい夕食をご馳走になった」
「どうしてまた・・・」
「団欒が、楽しかったんだ・・・ごめん・・・言えなかった・・・」
空は海を見つめていた。海は項垂れて空と目を合わさなかった。
「・・・その女の子と、8月に再会したんだ。両親が亡くなって、身寄りがなくなってしまったんだ。マンション引き払ったのは、その子の家に住んでたからだ」
空は驚く。
「少し前に告白されて、付き合うことにした。でも結局、自分の気持ちと向き合ってって言われて、フラれちゃったけど」
海は項垂れたまま乾いた笑いを浮かべた。
「なるちゃんて言うんだよ。小さくてかわいい子だよ」
海が愛おしそうに言うその声を、空は初めて耳にした気がした。
「10年前は空として会ったから、今の俺とは別人だと思ってる。だからお前に会いたがってるけど、会わせないつもりだった」
空は目を細めて海を見つめ続けた。
「玲子と向き合うことで、彼女が離れていくのが辛いんだ・・・」
「海・・・お前・・・玲子の気持ちはどうするんだよ・・・」
空は怯えていた。
「玲子とは向き合うよ・・・そのつもりなんだ・・・でも・・・」
海は何か気づいたように顔をあげた。
「そう思わせてくれたのもやっぱり、なるだったんだ・・・」
海と空の目が合う。海は空の怯えた目を見て驚いて言った。
「お前・・・何で怯えてるんだ・・・?」
空は我に返って「いや・・・」と言って海から目をそらした。
「でも、玲子のことも好きなんだろ?その気持ちも受け止めないと」
空がいつもの笑顔に戻っていった。
「ああ・・・」
海は答えた。
「・・・空様、あまり長居をすると風邪を引いてしまいます」
空の背後から坂崎が言い、空ははっと我にかえった。
『海との関係も壊したくない。でも玲子さんが好き。そんな気持ちになっちゃったんじゃないですか?』
『お前は本当の空として、玲子を好きだったんだろ?』
空の頭になると海の言葉が浮かぶ。
「・・・本当の、俺・・・?」
空は呟いた。
空はそれきり、無言で駐車場へ向かった。
坂崎も静かについていった。
「何だか・・・夢みたい」
海の告白がひと通り終わり、ソファで海の横にちょこんと座っていたなるが、おもむろに呟いた。
「ん?夢じゃないぜ」
海は軽い調子で言った。
「でも・・・なんか・・・」
なるはゆでダコになって言葉が続かない。
「おおおどうした?!またふやけるぞ?」
海が驚く。
「海が、何回も抱きしめてくれるし・・・何だか前より愛情を感じるというか・・・」
なるは言いながらますます沸騰した。
海はソファに寄りかかりながらなるを見て微笑む。
「そうだなぁ、離れてる間に愛情が深まったのかもな」
海はゆでダコになったなるの頬をそっと手で撫でた。
「今の俺は、なるちゃんにメロメロだぜ」
なるは「ひょえええ」と言ってソファの背に倒れた。
「おおおお、今度は溶けた?!」
海はそう言ってあはははと笑った。
二人のクリスマスの夜は、真っ赤ななると笑顔の海の作る幸せな空気の中、更けていった。
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