『秘密』
空の記憶は、空は残念がっていたが、全く問題なかったため、数日後、晴れて退院することになった。
海も無事役目を果たし、シーウェイヴのオフィスに戻ってきた。
戻ってきてすぐは、たまった仕事を片付けるのに必死で、海も玲子もがむしゃらに働いた。
デートはデートらしくクリスマスにしようと二人で話して決め、それまでは今まで通り同僚として接した。
なるは勿論アルバイトには来なかった。海はなるに対する気持ちを、どう消化したら良いかわからなかった。
なるは試験が全て終わり冬季休講に入っていた。久しぶりのだらだらした休みを過ごすと決め、新しいアルバイトも探さなかった。
ただ、海の会社の経費で買ってもらったパソコン関連の参考書があったので、気が向いたら勉強していた。
・・・ホームページ、途中なんだよな、ちょっと、申し訳なかったな・・・
なるにはまだもちろん、シーウェイヴと海に未練があった。
「明日デートなの?」
坂崎が運転する車の後部座席に空と海が乗っている。
海は新しい部屋を見つけるまで実家からオフィスに通うことにしており、空の会社のほうが遠いため、海は途中まで乗せてもらうようにしていた。
「ああ。・・・でも、何か違う気がする」
「はぁ?」
空が呆れる。
「あんなに好きだった子が振り向いてくれたのに何を言ってるんだ」
海が目を見開いて隣に座る空を見る。
「俺は別にそんな・・・!」
「俺にはお見通しなんだ」
空がにひっと笑う。
「お前・・・やっぱり俺に・・・」
海が言いかけたのを遮るように空が言った。
「俺はこんなに祝福してるんだぜ」
空は手をひらひらさせる。
「空・・・」
空が穏やかに言う。
「俺達は玲子を10年も待たせてるんだ。応えてやらなきゃ」
海は俯く。
「まぁな・・・」
その日も海と玲子はオフィスで遅くまで仕事をしていた。
「さて・・・そろそろ帰らないとな」
海が言う。
「私はもう少しやっていくわ」
「車?」
「ええ」
「俺は電車だからな、そろそろ行かないと」
玲子は少し考えて、言った。
「うち、来る?明日そのまま映画に行ってもいいし」
「いや・・・今日は、帰るわ」
「わかったわ。明日、車で迎えに行ってもいい?」
「あぁ、いいけど、なんでだ?」
「坂崎さんがいると、空とデートしてるみたいな気分になっちゃうから・・・」
玲子が申し訳なさそうに言った。
「そっか・・・わかった」
海も申し訳なく思った。
次の日のクリスマスは休日だった。
午後過ぎに玲子は宣言通り車で迎えに来た。
玲子の車が神宮寺家の正門を潜る。
玲子にとって6年ぶりの神宮寺家だった。
自分で運転する車で来るのは初めてね・・・
中庭に車を停め、玲子は車から降りた。
すぐそばに海の後ろ姿を見つけ、玲子は駆けよって声をかけようとした時に、彼が先に振り返った。
「あ・・・」
海・・・じゃない・・・
全く同じ顔なのに、玲子にはわかった気がした。
眼鏡をかけていないからかもしれない。でも私は眼鏡をかけていない海も知ってる。
「玲子・・・」
海と全く同じ顔、同じ声で彼は言った。
「空・・・」
彼は驚く。
「見分けって、つくものなのね・・・」
玲子はそっと微笑んだ。
「玲子!」
二人は声のした方を向いた。
眼鏡をかけている青年が立っていた。
「海!」
玲子は海に駆け寄る。空とすれ違い様に目があった。
「行ってらっしゃい」
空は微笑んだ。
玲子の運転で海と玲子は港町のデートスポットまでやって来た。
「映画、何にするか?」
「じゃあ、これ」
玲子はスプラッタ映画を選択した。
「すごいチョイスだな」
「ふふ」
なるは、ディズニーだったな・・・
海はふっと笑った。
「どうしたの?にやけてるわよ?」
玲子に見つめられ、海は驚いた。
「いや、な、なんでもない、行こうか」
「坂崎ーぃ」
空が屋敷を歩き坂崎を探している。
「はい、いかがいたしましたか?」
坂崎がさささっとやって来た。
「ちょっと、車出してほしいんだけど」
「は、どちらまででしょうか?」
「『なるちゃん』のところ。知ってるんだろ?」
海と玲子は映画を見終わって映画館から出てきた。
海は血に酔っていた。玲子はきゃぴきゃぴしている。
「うっ・・・お前・・・」
「あらぁ海、ちょっと弱すぎるんじゃないの?」
とりあえず休もう、と海は玲子をレストランに連れていった。
レストランでメニューを選んでる時に海はまた思い出した。
『海が私を『妹みたい』って・・・』
・・・なるを、レストランで泣かせちまったんだよな・・・
物思いにふける海を見て、玲子が微笑む。
「悲しい思い出があるのね」
海ははっとした顔で玲子を見た。
「メニュー、頼みましょうか」
玲子は穏やかな笑顔だった。
「空、お仕事は問題なく復帰できたの?」
レストランで食事をしながら玲子が言った。
「ああ。治ってみたらピンピンしてる。心配かけやがって」
海が呆れた顔で言った。
「・・・どうして事故を起こしたのか、わかったの?」
玲子が言いづらそうに聞いてきた。
海は少し考えて、言った。
「・・・わからない。仕事に疲れたような感じではあった。実際仕事を代わりにやったら俺は三日でバテたよ」
玲子がふふっと笑う。
「それと・・・」
海は言いにくそうに言った。
「縁談があるらしい・・・まだ受けてないみたいだけど」
玲子は俯いて「そう・・・」とだけ言った。
海は続ける。
「空はその縁談、本当は受けたくないんだと思う」
玲子は海を見る。
「でもあいつ、会社のために・・・」
玲子はまた俯いた。
空は坂崎の運転する車でなるの自宅へ向かっていた。
「差し出がましいことですが・・・」
坂崎が運転しながら言う。
「海様に一度了解を取ってからのほうが・・・」
窓の外を見ていた空が坂崎に目をやって言った。
「何で海の了解を取らないといけないんだ?もう海は『なるちゃん』の彼氏じゃないんだろ?」
坂崎は「そうでございますが・・・」と小さく言う。
「一時でも海と付き合った子だぜ。しかも一緒に住んでたっていうし。見てみたいじゃないか」
空はまた窓の外を見る。
「海の彼女は、俺の彼女だ」
空の目が光った。
海と玲子はレストランの食事を終え、港へ向かって歩いていた。
途中、二人は小さなゲームセンターの前を通った。
海はふと目を向け、またなるを思い出していた。
・・・二人で撮ったプリクラ、どうしたっけな・・・
その時、海は病室で空で見ていた写真を思い出した。
あれはプリクラ・・・?
「なぁ、玲子」
「ん?」
玲子は何気なく返事をした。
「空と、プリクラ撮ったことある?」
玲子はふふっと笑う。
「ええ。一回だけあるわ。聞いたことなかった?」
「ああ・・・」
海は前を向いたまま、考えていた。
スーパーで買い物を終えたなるが自宅の前に近づくと、黒光りする車が止まっていた。
これは、坂崎さんの・・・?
車を通りすぎ、自宅に入ろうとドアの前で鍵を探していると、背後からガチャと車のドアが開く音がした。
「なるちゃん!」
突然名前を呼ばれ、なるは驚いて振り向いた。
海にそっくりな青年が笑顔で立っていた。
・・・海・・・?
なるは驚いて声が出ない。
「良かった!インターホン鳴らしたけど出ないから、いつまで待っていようか迷っていたんだ」
そう言う青年の背後には坂崎がいた。坂崎は何故か申し訳なさそうな顔をしている。
海じゃない・・・
なるは雰囲気で感じた。ということは・・・
「空お兄ちゃん・・・?」
空は微笑んだ。
「久しぶり、なるちゃん」
海と玲子は港の桟橋で海を眺めていた。
「眼鏡をかけた海とデートしたのは初めてね」
玲子が言った。
「そうだな・・・」
海が玲子を見て微笑む。
「眼鏡って、そんなに気分が変わるものなの?」
玲子が聞くと、海は海を見て言った。
「小さい頃は、眼鏡がないと、自分は空なのか海なのかわからなくなった」
玲子は驚く。
「おかしいよな?でもそれくらい、俺と空の距離は近かった。・・・近すぎたんだ」
海は海を見つめながら続けた。
「だから俺は家を出た。空もそれを望んでいた」
玲子は海を静かに見つめる。
「でも、空にとっては、それは良くなかったのかもしれない」
海は柵に置く腕に顔を埋めて言った。
「俺が空をあの家に、閉じ込めてしまった」
「海・・・」
玲子が腕に顔を埋めた海を見て言った。
「私達みんな、心の中の『神宮寺空』に振り回されていたのかもしれないわね」
海が静かに顔をあげて玲子を見た。
「玲子・・・」
「連れていきたい場所があるの」
玲子は微笑んでいた。
「なるちゃん、会えなくてごめんね」
なるは空を家に入れ、ダイニングテーブルに座らせてお茶を出した。
「いえ・・・」
空の向かいに座ったなるは、緊張していた。
「海と、付き合ってたんだって?」
なるは空を見た。
「はい・・・」なるは静かに頷いた。
「・・・海、今日玲子と、ドライブに行ったみたい」
なるは俯いた。
クリスマスにドライブか・・・、完全にデートだ・・・
「なるちゃんは、どうして海と別れちゃったの?」
なるが空を驚いて見た。
「海のこと、そんなに好きじゃなかった?」
なるは首をぶんぶん振った。
「じゃあ、どうして・・・」
空は優しく聞いた。
なるは少し考えて、言った。
「私が、子供だったんです・・・」
空は目を少し見開いた。
「海の優しさ、すごい感じてたのに、ううん、感じれば感じるほど、もっと欲しいと思った」
なるは俯く。
「最初は海といられるだけで楽しくて幸せだったのに、勝手に辛くなっちゃったんです」
空は静かになるを見つめる。
「このままじゃ海のこと、全然想えない子になっちゃうと思って・・・」
なるは俯きながら涙を流した。
「なるちゃん・・・」
「いい子でいたかっただけなんです・・・」
なるは俯いたまま、それきり話さなくなった。
空はなるを静かに見つめていた。
玲子の運転する車は、海の見える公園の駐車場に止まり、玲子は浜辺へ海を連れていく。
浜辺は夕焼け色に染まっていた。
二人はしばし無言で浜辺を歩いた。
・・・なると来たかった浜辺だ・・・
海は夕焼けになるを映した。
また絶対来るつもりだった。なると。
どうして俺は、迷ってしまったんだ。
わかりきっていたことだったのに。
海は決心して、玲子を見た。
「玲子・・・俺・・・」
海の言葉が続くより先に玲子が海を見て言った。
「空とは、ほとんど手も繋いだことがなくて」
ふふっと玲子は笑う。
「まぁ、いつも近くに坂崎さんがいたし、会う頻度も、そんなに多くなかったし」
玲子は海より二、三歩前を歩く。
「もちろんそんなこと関係なく、私は空を好きだったから、問題なかった」
海は後ろから玲子を背中を見る。
「ただ一度だけ、この浜辺に連れてきてくれた時」
玲子が立ち止まる。海も二、三歩後ろで立ち止まった。
「空と・・・キスしたの」
海が玲子を見つめる目に動揺が浮かぶ。
玲子は静かに振り返って海を見た。
「あの時の空は、どっち・・・?」
玲子は真っ直ぐ海を見つめる。
海は玲子から目を離せなかった。
「なるちゃん、美味しいよ!」
なると空は鍋をつついていた。
なるは空の前でいきなり泣いてしまい、空に宥めてもらったお詫びに、鍋を披露したのだった。
「いやぁ、野菜切って入れただけなので・・・」
なるは恐縮している。
「お鍋って、憧れだったんだよね」
空が微笑む。
「やったことないんですか?」
なるが驚いて聞く。
「うん」
空はもぐもぐ鍋の具材を食べている。
・・・本当にお兄ちゃんがいるんだ・・・
なるは微笑んで空の食べ姿を見つめた。
空が気づいてなるを見る。
二人の目が合った。
なるは恥ずかしくなって俯く。
空が微笑んで言った。
「なるちゃん、本当に美味しいよ」
なるは空を見る。
空は優しく微笑んでいた。
あ・・・お兄ちゃんスマイル・・・
なるは不思議な感覚に陥った。
お兄ちゃんスマイルをしている海に見えたのだ。
坂崎は海と空の部屋の片付けをしていた。
坂崎は空をなるの家に連れていった後、空に屋敷に戻るよう言われてしまったのだった。
・・・空様・・・
坂崎はこの6年、どんどん殻に閉じこもっていく空に何もできなかった無力な自分を責めていた。
「空!空ー!」
階下から声がする。海だ。
坂崎は急いで階下に降り、慌ただしく空を探す海を見つけた。
「お帰りなさいませ、海様。空様はお出かけになられています」
海は坂崎につかみかかるかというくらい近づいて聞いた。
「どこに?!」
「なる様のお宅でございますが・・・」
海の目が大きく見開く。
「坂崎!車を出すんだ!」
「本当に本当に美味しかったよなるちゃん、ごちそうさま」
空は鍋を平らげ、にこにこと手を合わせた。
「喜んでもらえて良かったです」
なるが微笑む。
空は空になった鍋を見て、目を細めた。
「海は、この食卓が好きだったんだね」
「・・・?」
なるはきょとんとした。
空は優しく言う。
「この団欒、僕達の憧れだったんだよ」
「・・・?」
空は微笑んでいる。
「なるちゃん、僕が海の代わりになっちゃ、だめかな?」
なるは驚いた。
空は穏やかな笑みを浮かべている。
「それって、どういう・・・」
なるは驚きが隠せない。
「なるちゃんと、過ごしたいんだ、ここで」
空は静かにゆっくり伝えた。
なるは空を見つめた。
空の優しい笑顔。憧れてたお兄ちゃん。そして・・・
海にそっくりな人。
『なるーー!腹減ったーー!』
『なるを傷つける奴は許さない』
『寂しさなら俺が埋めてやるから』
『じゃあ、なってよ、彼女』
『俺、お前と飯食いたいんだよ』
『なるは、今でも空が好き?』
なるは、空を見つめながら涙をぽろぽろ流した。
「なるちゃん・・・!?」
空が戸惑う。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
なるは空を見つめながら泣きながら謝る。
私、海じゃないとだめなんだ・・・
なるは、空を忘れられなかった玲子の気持ちが、少しわかった気がした。
その時。
ばたん!
「?!」
玄関のドアが勢いよく開いて閉まった音だった。
なると空は音に驚いて振り返った。
玄関からどたどた音がして、海が入ってきた。
海は空となるを見た。
なるが泣いてる・・・?!
海は思わず空につかみかかった。
「お、おい・・・?!」
空は後ろにあるソファに倒される。
「海?!」
なるが驚いて立ち上がる。
「お前、なるに何をした!?」
海は空の胸ぐらをつかんだまま大きな声を出して言った。
「う・・・苦しいよ・・・海」
空が海の腕にタップする。
「海!やめて!」
なるも動揺して声が大きくなる。
「何もしてないよ・・・まだ」
海が目を見開く。
「まだって何だよ!お前何考えてるんだよ!?」
空はうー・・・と苦しそうにしている。
なるは思わず海に近寄って海の腕を引っ張ったが、海の力が強すぎてびくともしない。
「海!やめてってば!私が海を思い出して泣いちゃっただけなの!」
海がなるの声で我に返った。
海の手の力が弱まり、空を締め付ける手が外れた。
空はけほけほ言っている。
海はなるを見る。海は我を忘れた自分に自分で驚いていた。
なるも海を見て言った。
「どうしたの・・・?何かいつもと違うよ・・・?」
「なる・・・」
海はいきなりなるをひょいと抱え上げた。
「え?!」
なるは軽々持ち上げられてぱたぱたする。
海はそのままなるを抱きしめた。
「え?!え??!」
なるはぱたぱたしながらゆでダコになる。
「ただいま・・・」
海はそのままなるを抱きしめ続けた。
空はソファに倒れたまま驚いた顔でその光景を眺めていた。
「か、海・・・」
なるはしばらく抱きしめられ続けたが、さすがに恥ずかしくなって海の肩をぽんぽん叩いた。
「あの、下ろしてもらって、少し説明をしていただきたいのですが・・・」
海は、はっとした顔をして、「あっごめん」と言ってなるを下ろした。
「あ、ありがとう」
なるは何となく下ろしてもらったことに礼を言った。
「あの・・・どうして、こんな状況になったのでしょうか・・・?」
なるは海と空を交互に見ながら言った。
「あっ、お前、玲子とのデートどうしたんだよ?」
空が思い出したように言った。
「もう帰ってきたよ。そしたら坂崎がお前がなるの家に行ったって言うから来た」
海が空に冷たい目を向ける。
「お前、何するつもりだったんだ」
「まぁまぁ海くん、そんな怒らないで」
空が額に汗をかきながらへらへら笑う。
・・・何だかお兄ちゃん、さっきまでと全然雰囲気が違う・・・
なるは不思議に思った。
「いやぁ普通に『なるちゃん』に会いに来ただけなんだよ、ほら、『俺』は『なるちゃん』を『お前』に任せきりだったわけだろ?」
空は頭をかきながらへらへら笑って言った。
「・・・」
海は少し考えている。
「お前こそ、玲子とのデート、どうだったんだよ?こんな早く帰ってきちゃって良かったのか?」
空が微笑みに変えて言った。
「・・・」
海はしばし沈黙し、静かに言った。
「・・・俺達は何もしてないさ」
空は「ん?」という顔をした。
「何もな」
海は無表情のまま言った。
「・・・玲子、気づいてたよ」
空は言葉の意味がつかめずきょとんとしていたが、少しして驚いた表情に変わっていった。
「お前も持ってたんだな、『秘密』を」
海は少し微笑んだ。
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