『空の代わりには、なれないんだよ』
玲子が製粉所の開発の管理をすることになり外出が増え、海も元々外出が多いので、なるが留守番をすることが増えた。
そのことで電話番や、経理の仕事も少しずつなるに任されるようになった。
同時に海から「会社のホームページを作ってほしい」と言われ、参考書片手に試行錯誤してホームページを作り始めた。
少しずつだが会社に貢献できてきた気がしてなるは嬉しく、また責任も感じながら仕事に打ち込んだ。
反面、海となるの関係はあれから進展しなかった。
海が相変わらず忙しく、週のうち6日はほとんど話せないからだ。
ただ、海は週に一日はオフを作るように心がけてくれ、唯一のオフをなると過ごすようにしてくれた。
なるはそれが嬉しく、ひとまずはそれで我慢しようと思っていた。
玲子も製粉所が忙しくなったことでなると会話する機会が減り、結局海となるが付き合っていることは言えずじまいだった。
海となるが付き合い初めてもうすぐ1ヶ月、暦はもう12月になっていた。
久々にオフィスに海、玲子、なるが揃った。
「こうして三人いるのは久しぶりね」
玲子が微笑んだ。
「そーだな。仕事が順調なのはいいが、せわしないな。まさしく師走だな」
海が答える。
「皆さん忙しそうなので、風邪気をつけてくださいね」
なるも言った。
「なるちゃんも気をつけてね。海が変なウィルス拾ってくるかも」
玲子がふふっと笑って言う。
「なんだそりゃ。お前こそすぐ体調崩すんだから変なウィルス拾ってくるんじゃないぞ」
「ふふっ、ご心配ありがとう」
「心配じゃない、移されちゃたまらんってことだ」
海がつっけんどんな態度で言う。
玲子はふふっと笑った。
なるはヤキモチが顔に出ないように努めた。
最近、ダメだな・・・海の恋人になってから、大分ヤキモチ焼きになった気がする・・・
なるは気持ちの行き場に困り、三人で顔を合わせるのも考えものだと思うようになっていた。
なるがホームページを作っているときに、海に聞いた。
「社長の海の写真、このページに入れようかと思うんだけど・・・」
隣で仕事をしていた海は、なるを見向きもせず言った。
「あー、俺の写真はいらないよ。名前もな」
なるは「え?」と驚いた。
向かいで聞いていた玲子も割って入ってきた。
「そういえば海、前の会社でも名前を載せるなって言ってたけど、どうしてなの?」
なるは「そうなんですか?」と玲子に言う。
「そうなの、不思議よね。社長の名前がないホームページなんて、看板がないみたいじゃない。そんなに頑なに拒否しなくても・・・」
玲子が言うと、海が少し考えて言った。
「・・・いやぁ、まぁ、恥ずかしいじゃん、いいんだよとにかく」
海の返事の歯切れが悪い。なると玲子は顔を合わせて不審がった。
なるはその日も海と玲子の仲睦まじさを横目に帰った。
次の日から大学で定期試験が始まる予定で、海がオフィスに留まらせてくれなかったからだ。
「最近大学の勉強してないんじゃないか?成績落ちたら解雇だからな」と海に脅され、なるはしぶしぶ家に帰って試験勉強を始めた。
確かにアルバイトに精を出しすぎて大学の講義中に居眠りしていることが多く、なるは試験を受けるのが少し怖かった。
・・・せっかく仕事を任せてもらえるようになってきたのに、解雇なんてやだなぁ、でも、成績は確実に落ちそう・・・でも、それより・・・
なるは玲子と海にその夜もヤキモチを焼いていた。
数日後の週末はなると海が付き合い初めてちょうど1ヶ月だった。
なるは1ヶ月記念日に向けて、いつもより念入りにデートの計画をたてた。
海にも「絶対休んでね!」と念を押した。
海は「意気込み半端ないな」と驚いたが、微笑んで「わかったよ」と約束した。
・・・しかし、約束は守られなかった。
前日に、なるは海に断られてしまったのだ。しかも電話で。
前日の夜、なるは食事を用意していた。
ブーーー。なるの携帯電話に海から電話がかかってきた。
「もしもし?」
『あっなる?俺、海だけど』
「どうしたの?」
『・・・ごめん。明日、行けなくなった』
なるの顔が静かに歪んだ。
「・・・忙しいんだ?」
『ああ、製粉所の開発の雲行きがおかしくて、週末ヘルプに行ってこようと思うんだ』
「・・・そっか・・・」
『今日もまだかかりそうなんだ。本当にごめん・・・』
「・・・玲子さんも、一緒なんだ・・・」
なるは静かな声で言った。
『・・・ああ』
海が言いにくそうに答えた。
「・・・わかった。頑張ってね」
なるは静かに電話を切った。
なるに電話を切られて、海はため息をついた。
「なるちゃんと何か約束してたの?」
向かいに座る玲子が言った。
「ああ、まぁな」
海は力なく答える。
「ごめんなさい。私がちゃんと管理できてないばかりに・・・」
玲子が申し訳なさそうに言う。
「仕方ないさ。シュウの気分屋は把握しろって方が難しい」
製粉所の開発は、シュウのやる気がなくなり滞っていた。シュウは「まだやれる、間に合うから大丈夫」と言っており、玲子はそれを信じていたが、今日久しぶりに様子を見に行った海に、雲行きの怪しさを見抜かれたのだった。
「今のうちにテコ入れしておかないと、あとで巻き返せなくなるからな」
そんなわけで、海がエンジニアとして製粉所に赴き、遅延箇所の改修を手伝うことにしたのだった。
・・・わかってる。仕事だって。
なるは自分に言い聞かせていた。
・・・でも、玲子さんと二人きりなんだよ。毎日。
もう一人の自分が言っている。
・・・私は、海の恋人なのに、全然海と一緒にいられない・・・
なるは家で一人、泣いていた。
次の日、なるは1日キッチンに籠り、フランス料理のフルコースのような食事を作った。
海がなるの料理を食べるのが好きなので、奮発して材料を揃えていたのだった。
・・・本当は二人で食べるつもりだったけど・・・
なるは豪勢な食事をダイニングテーブルに並べ、一人泣きながら食べた。
・・・海は玲子さんと一緒。私は一人・・・どっちが恋人なんだろう・・・
『無理して泣くのを我慢しなくていいんだよ。だってここは、お前の家だろ?』
海の言葉を思い出して、なるはさらにわんわん泣いた。
海が帰ってきたのは真夜中だった。
一階は真っ暗だった。
・・・なる、寝ちまったかな・・・
海が一階の電気をつけると、ソファでなるが寝ており、海は少し驚いた。
ダイニングテーブルを見ると、フランス料理かと思うよな豪勢な食事が並んでいた。
こんな食事作ってくれてたのか・・・
海はソファで眠るなるの顔の横に座り、呟いた。
「一緒に食えなくて、ごめんな・・・」
ふとなるの顔を見ると、涙の跡があった。
また、泣かせちまったな・・・
海はなるを抱き抱え、部屋に運んだ。
「ん・・・」
なるを部屋に運びベッドに寝かせたところで、なるが目を覚ました。
「海・・・?」
なるの目の前で海が力なく微笑んでいた。
「ただいま」
海の声を聞いた途端、なるは涙を流した。
「おかえり・・・」
海はそんななるを見て、切なくなった。
「ごめんな・・・明日、どっか行こう」
「いいの・・・?」
「ああ。休み取るよ。だから、今日はとりあえずおやすみ」
「うん、おやすみ・・・」
なるは幸せそうに眠った。
海はなるを一時、愛おしそうに見つめてから、部屋を後にした。
次の日、ソファで寝ていた海がふと目を覚ますと、すぐ横になるが座っていた。
「おはよ・・・どうしたんだ?」
海が言うと、なるが海を見て言った。
「おはよ・・・今日休みって本当・・・?」
海が身体を起こしながら言った。
「本当だよ。これから玲子に電話して、頼んどくよ」
海は時計を見る。8時前だ。
海はその場で携帯電話を取りだし、電話をかけ始めた。
「・・・おはよう玲子。お疲れ。今日なんだけど・・・ああ、悪いが一人で行ってきてくれないか。結果は明後日聞くから。・・・ああそうだ。よろしくな。じゃ」
なるは電話をかける海を見つめていた。
「休み、取れたぞ」
海が微笑む。
なるは、泣き出した。
「えっ、どうしたんだよ?」
海が驚いた。
「ごめんね・・・忙しいのに・・・」
なるが泣きながら言った。
「海に仕事に行ってほしくなくて、ここで座って待っていようと思ったけど、いざ海が休んでくれると、申し訳なくて・・・」
海は微笑んで、なるの頭を撫でながら言った。
「お前は俺の彼女なんだろ?もっと堂々としてろって」
・・・海・・・!
なるは嬉しくてわんわん泣いた。
「おおおい余計泣いたぞ?!なぜだ?!」
海が驚く。
「ごめぇぇんぅぅ嬉しくてついぃぃぃ」
なるが泣きながら言うと、海がそっとなるを抱き寄せた。
「・・・!」
なるが海の胸のなかで驚いてゆでダコになる。
「よしよし」
海はなるの頭をぽんぽんと軽く叩いた。
・・・ん?
なるは海を見上げた。少し泣き止んでいる。
「・・・また子供扱いした?」
「あ、バレた?」
海はなるを抱き寄せたまま、にっと笑った。
「ばかぁぁっ」
なるは海をぽこぽこ叩いた。
「あははは、痛ぇって」
海はなるの元気が戻って、少しほっとした。
「美味かったよ、フランス料理」
朝食を食べながら、海が言った。
「食べてくれたの?」
なるが驚いて聞く。
「ああ。一緒に食えなくてごめんな」
海が言うと、なるは微笑んだ。
「ううん、食べてもらえてよかった」
海はなるが強がってるのがわかり、逆に切なくなった。
「製粉所の開発が終わったら少し落ち着くから、まとまった休みを取るよ」
海は言った。
「そしたら、旅行にでも行くか」
「・・・うん・・・」
なるはぎこちなく微笑んだ。あまり嬉しそうに見えない。
「嫌か?」
海が聞く。なるは「ううん・・・」と首を振った。
「でも・・・またキャンセルになるかなと思って・・・」
悲しそうに言うなるを見て、海は心が痛んだ。
「ごめんな・・・今度は絶対休むから」
海が言うと、なるは少し考えてから口を開いた。
「ううん・・・それより、玲子さんに、話してほしい」
海はなるを見つめた。
「・・・ああ。そうだな。明日言うよ」
海は決心した。
その日は一日中、海はなるの相手をした。
なるが「ゲーセンに行きたい」と行ったので、駅前のゲーセンに行った。
一通りゲームを楽しんだ後、プリクラを撮った。
「うわー、俺プリクラって初めて」
「そうなの?」
なるは驚く。
「男は撮らないだろ」
「彼女とかと撮るでしょ?」
「・・・」
海が沈黙した。
「・・・撮らない奴もいるだろ」
なるはドキドキしながら聞いた。
「海、彼女いたことあるんだ?」
玲子さんと知り合う前かな・・・
海はまた少し沈黙してから、言葉を選ぶように言った。
「・・・いや、ない、と思う」
「何それ」
「まぁ昔のことはいいじゃないか。次、どこ行こうか?」
海がすかさず話をそらした。
・・・まぁ、海はもう26歳だもんね、いろいろあったんだろうな・・・
海の過去にまでヤキモチを焼いてしまうなるだった。
次は近くの河川敷を歩いた。
夏に花火大会があった河川敷だ。
「冬の河川敷は寒ぃな~」
海はコートの襟をたてて凍えた。
「花火大会の時は、海に助けてもらったね」
なるはふと思い出して言った。
「そうだな、まさかこうなるとは思ってなかったけどな」
海がふっと笑う。
「そうだね」
なるも笑った。
・・・確かにこんなに海を好きになっちゃうなんて、思わなかったな・・・
なるはあの日を思い出して、はっと気づいた。
「そういえばあの日、海、眼鏡してなかったね・・・」
海は「あ、ああ」と言った。
「玲子と、来てたんだよ」
やっぱり・・・
「玲子さんとデートしてたんだ・・・」
なるは泣きそうになった。
「何で、来てたと思う?」
海が聞いてきた。
「え・・・?」
なるには質問の意図がわからなかった。
「お前の後、つけてたんだよ」
なるはかなり驚いて目を見張った。
「玲子から仕事に誘われてて、その日も電話が来たんだ。だから、仕事の話をするからって、玲子と待ち合わせたんだよ。18時にマックの前で」
・・・私がこうじ先輩達と待ち合わせた場所だ!
なるは驚きが隠せない。
「まだお前を玲子に紹介する前だったから、どうしたものかと思ったけど、それとなくお前たちの後をつけながら、玲子と花火大会に向かったんだ」
海はバツが悪そうに続けた。
「花火大会に男一人で行ったらそれこそ怪しいだろ?だから、玲子がいたら丁度いいかなと思ってさ。河川敷でお前らの後ろでのんびり花火でも見物するかと思ってたら、お前らが河川敷から離れ出したから不思議に思った。その時『こうじ先輩』の顔見て、何か怪しいなと思ったら、玲子を置いて追いかけちまったんだよ。結局神社についたら一人だった」
なるは海を驚いた顔で見つめた。
「玲子にはその後、『レディを置いていくなんて』て怒られたっけ」
海はふっと笑った。
「俺はロリコンの上にストーカーなわけだ。『こうじ先輩』に負けない立派な犯罪者だな」
海は自虐的に言ってまた笑った。
「海・・・どうしてそんなことしたの・・・?」
なるは驚いた顔のまま聞いた。
「何でだろうな・・・」
海が遠い目をした。
「お前のことになると、何でも心配になるんだよ」
海はなるを見た。なるは驚いた顔をしたままだ。
「・・・引いた、よな・・・?もうしないよ、悪かった」
なるは不安そうな海を見て、思わず海の腕にしがみついた。
「ううん・・・ちょっとびっくりしたけど、結果的に助けてもらったし、気にしてない」
・・・海は出会ってからずっと、私を守ってくれてた。きっとそこに、私は惹かれたんだな・・・
「海はどうしてそんなに私を・・・?お兄ちゃんに押し付けられただけなのに」
なるの言葉に驚いた海は、前を向いてしばらく考えてから、言った。
「なるは、今でも空が好き?」
なるがまた驚いて海を見る。
「なるにとっても、俺は・・・空の代わり?」
なるは目を見張った。
『なるにとっても』・・・玲子さんのことを言ってるんだ・・・
海は前を向いたまま続けた。
「俺はいつでもどこでも『空の代わり』だった。物心ついてからずっとそうだったから、それが当たり前だと思ってたし、それでいいと思ってた」
『いつでもどこでも』・・・?
なるは不思議に思ったが、海が続ける。
「でも、なぜかお前の前にいると、俺は海なんだ、わかってほしいと思った」
『海はどうしてそんなに、お兄ちゃんになろうとするの?本当は自分を見てほしいのに』
海はなるの言葉を思い出していた。
「・・・そして、なるならわかってくれるんじゃないかと思った」
『私はわかるよ。海は海でお兄ちゃんじゃないって』
海は静かに続けた。
「俺は26にもなって、自分の気持ちに気づかなかったんだ。・・・いや、薄々気づいていたけど、見ないようにしていたのかもしれない。お前が、それに気づかせてくれた気がしたんだ」
海は、なるがしがみついているほうの腕を、少しきつく絞めた。
「俺は空みたいに万能じゃないし、優しくもない。今は年も上で仕事のレベルも違うから、多少は良く見えるかもしれないが、お前が憧れるようなデキた人間じゃないんだ。・・・まぁ、わかってるかもしれないけど」
なるは海を見上げた。
「空の代わりには、なれないんだよ。それでも、いいか?」
なるは海を見上げながら、涙を流した。
「お兄ちゃんの代わりだなんて思ってないよ」
海はなるを見る。
「海が私のご飯が好きなところとか、私の頭をすぐくしゃくしゃにするところとか、ちょっとデリカシーのないところとか、やたらと心配性なところとか・・・」
なるが腕を組んだまま立ち止まって海を見た。
「海と一緒に住んでから過ごした日々が、好きだから。だからお兄ちゃんの代わりじゃないの」
「なる・・・」
海は立ち止まったまま、なるを見つめた。
「また、泣いた」
海はふっと笑って、なるの頬に手を当ててなるの涙を拭いた。
「だってぇ・・・」
なるが言いかけた時、海の唇が、そっとなるの額に触れた。
「・・・!」
なるは頭のなかでぴゅーっと音がした。
「瞬間ゆでダコ」
海がぷっと笑ってそう言いながら、前を向いて歩き出した。
「だ、だって海が急に・・・そんなこと・・・!」
なるはゆでダコのまま、海の腕にしがみついて一緒に歩く。
「これからしますって言ってすることか?バカかお前は」
海が言葉と裏腹にけらけら笑いながら言う。
「そうじゃないけど・・・!」
なるは恥ずかしさで俯いた。
「寒いから帰ろうぜ。飯だ飯」
海が言うと、なるは俯いたまま言った。
「海ったらそればっかり」
「ゆでダコさんの飯食いたいんだもん」
なるは「うーーっ」と唸りながら、嬉しさを感じていた。
二人は腕を組んだまま、河川敷を歩いた。
一日が終わって、なるは自室のベッドで今日を振り返っていた。
海のキスを思い出す度になるはベッドの中でゆでダコになってしまうので、一人抑えるのに必死だった。
『空の代わりには、なれないんだよ』
なるはふと海の言葉を思い出した。
あの言葉は、きっと玲子にも言っているんだとなるにはわかった。
私は、お兄ちゃんの代わりだなんて思ってないよ、海・・・
これからも、ずっと・・・
自分が玲子に勝てる唯一のことのような気がして、なるは決意を新たにした。
次の日は平日だったが、大学は試験が終わった講義が順次冬季休講に入っており、講義のない日だった。
なるは海と一緒に、午前中からオフィスに向かった。
オフィスには既に玲子がいた。
「おはよう。・・・あら、今日はなるちゃんも一緒なのね、冬休み?」
「はい!お仕事頑張ります!」
なるが玲子に勢い良く敬礼をして返事をした。
「試験の結果次第だな」
海が釘を刺す。
「う・・・た、多分大丈夫」
なるがへらへら言うと、海がなるをじろっと見た。
「結果、隠すんじゃないぞ」
なるが「ふぁぁい」と力なく言うと、玲子がくすくす笑った。
「海、それじゃお父さんよ」
・・・あ・・・
なるは海を見る。海がふっと笑った。
「それじゃだめだなぁ、だって俺は・・・」
そう言いかけた時、海が「うっ・・・」と頭を抱えた。
「・・・?」
なるが怪訝そうな顔で海を見た。玲子も気がついて海に目を向ける。
海は「ドタン!」とそのまま床に倒れた。
「・・・海?!」
横にいたなるが海を起こす。玲子も席から立ち上がり海に近づいた。
海は苦しそうな顔をしている。
「海?!大丈夫?!!」
なるが不安そうな声で言った。
「救急車呼ぶわ!」
玲子が自分のスマートフォンを手に取って電話をかけようとすると、海が言った。
「大丈夫だ・・・多分これは俺じゃない・・・」
「え・・・?」
なると玲子は目を合わせた。
海は来客用のソファに横になって一休みすることにした。
なると玲子が心配そうに見つめている。
海は二人に静かに笑みを浮かべて言った。
「・・・これは多分、空だ」
なると玲子が同時に驚く。
「双子って不思議なもんで、相手が怪我したりすると、一緒に痛みを感じたりするんだよ。今までも空が怪我したりすると同じことがあった」
海は宙を見て、少し考えてから言った。
「でも、こんなに大きいのは初めてだ・・・」
海はそれきり、考え込んでしまった。
暫く休憩した後、海は仕事を始めた。
なると玲子は心配したが、「俺は平気だから」と微笑んだ。
でも海に元気がないように見えた。空が心配なのだろう。
なると玲子はどうしたらよいかわからず、一先ず仕事を片付けることにした。
なるはちらと玲子を見た。玲子も元気がない。
海とお兄ちゃんにそんな繋がりがあったなんて・・・お兄ちゃん、どうしたんだろう・・・
思わず近づいた空との距離に、なるは戸惑っていた。
それから暫く、三人はそれぞれ仕事を進めていた。
海と玲子は製粉所の件で会話をしている。
海となるが付き合っていることを言うタイミングをまた逃したことに、なるは少し悲しくなったが、今は言えないような気がして仕事に集中していた。
朝イチに海が倒れて以降は、特に問題なく一日が過ぎていった。
ただいつもは忙しなく外出する海も、その日は外出を取り止めたようで、一日オフィスで仕事をしていた。
玲子も海を心配してか、製粉所に行くことなく仕事を進めていた。
なるもそんな二人を見て、終始無言で仕事を続けた。
三人がそれぞれいつもと違う雰囲気を感じながら仕事をしていた、そんな夕方のことだった。
ブーーー。
海の携帯電話が鳴った。
ディスプレイをちらっと見た海の顔が強ばるのを、なるは隣で感じた。
「・・・もしもし」
海が電話に出る。
「・・・ああ・・・何となくわかったよ・・・」
なるは隣で聞き耳をたてた。
「・・・ああ、マンションは引き払った。・・・これから?・・・わかったよ。場所、わかるんだろう?」
じゃ、と言って海は電話を切った。
なると玲子は固唾を飲んで海を見つめていた。
そんな二人を見て、海が微笑んだ。
「俺の出番が、来ちまったらしい」
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