レイコ

なるは数日だましだましアルバイトのシフトをこなし、新たなシフトが組まれなくなったところで店長に辞意を表明して、アルバイトを辞めた。

辞めてしまえば何のことはない。あんなにしがみついていたのが嘘のようにすっきりした。

海の言う通り、別に私は無理してバイトをすることすもないんだ。

もうすぐ9月。大学も始まるし、それまで束の間の休暇を取ろう。

なるはそんな風に思い、帰宅し自室でのんびり過ごしていた。



「なるーーー!腹減ったーー!」

階下のリビングから海が叫んだ。

もーーー!そんなにお腹空いてるならお金持ちなんだからレストランにでも行って食べてくればいいでしょ!

・・・と思いつつ、なるは階下に降りキッチンに向かい、冷蔵庫にある残り物で簡単なパスタを作って海に出した。

海はむしゃむしゃと食べる。

「まだ夕食には早いんですけど・・・」

「いーじゃないの腹減ったんだから!」

当然のように食べる海を見て、ダイニングテーブルの向かいに座ったなるがため息をつく。

「はぁーー。あんた、『腹減ったーー』って言えばすぐ何でも出てくると思ってるでしょ。有り難みってもんを持ちなさいよ有り難みってもんを」

すかさず海が眼鏡を外そうと・・・

「眼鏡は外さんでよろしい。」

なるが手で止めた。

「普通に感謝しなさい。」

海は少し驚き、ちぇっという顔をしてから言った。

「ごっそさんでしたー!ああ食った食ったー」

そう言うなりリビングのソファに横になり雑誌を読み出した。

あの男は「お兄ちゃんスマイル」を何かの武器のように使ってくるな。

なるはまったく、という顔をして海を見た。

海もあんなだけどそれなりの年齢の男性だし、その笑顔で何人もの女性を捕まえてきたのだろう。

なつき先輩の一件で、海の笑顔がそこそこのモテ要素だということはわかった。

だからって私に使ってもしょうがない。私は海の笑顔がカッコいいからとか惚れちゃうからとかでドキドキしてるんじゃないんだから。

お兄ちゃんに見えちゃいそうだから・・・お兄ちゃんだと思うと緊張しちゃうし。

お兄ちゃんと海は別人として考えたい。

『神宮寺空』としてじゃなく、『神宮寺海』として接したい。最近はそう思っている。

本当は同一人物だとしても・・・。

なるは最近、そんな不思議な気持ちを抱くようになっていた。



夕食の時間になり、海は少し前に食べたばかりなのにまた大盛丼を平らげようとしていた。

そんな海に呆れつつ、なるは聞いた。

「海の会社って、干されちゃった?とこ?」

「うんにゃー、新しいの起こすの」

むしゃむしゃしながら海は言った。

「前の会社を一緒に立ち上げた友達がさ、俺の後に辞めたらしくて、やっぱり俺とやりたいんだってさ」

「へぇー。人望あるんだぁ、意外と」

「一言多いんだよ」

「てへっ」

なるは舌をペロっと出した。

「・・・で、会社を立ち上げることにしたんだ?そこって、私でもできるアルバイトとかあるの?お茶汲みとか?」

「そもそも人がいないからなー、雑用全般やってもらわないと。まずは下積み、まぁ余程能力があるようだったら客先にも連れてってやるよ、まぁそれは大分先だろうけどな」

おおお!なんだか社会人ぽい!

なるは少し楽しみになった。

「・・・まぁでも、無理してやることないんだぞ、俺は大学生は大学で勉強するべきだと思ってるからな」

「・・・なんか海って、ちょいちょい考えが親父臭いよね、保護者ぶってる?」

「ぶっ!」

海が食べてたどんぶり飯を思わず吹き出した。

「一言多い!俺は人生の先輩として当たり前のことを言ってやってるだけだ!」

はーい、となるはまた舌をペロッと出した。




海の会社かぁ・・・。

なるは自室でのんびりしながら考えた。

ふと、パソコンを起動しブラウザを立ち上げ、『神宮寺空』を調べる。

従業員数数万人規模の総合商社の副社長。

神宮寺空の肩書きだ。

海が言っている会社はこれではない。

私を雇おうとするくらいだから嘘ではないんだろう。

なるは空のインタビュー記事の載ったサイトを開いた。

スーツを着て優しく微笑む空の写真が載っている。

小さい私にパソコンを教えてくれた人。

今はその笑顔も遠い世界の人のそれのように思えた。

海とお兄ちゃんが、少しずつ離れていく。

やっぱり本当に、海とお兄ちゃんは別人なのだろうか。

海の中に『お兄ちゃん』を見なくなればなるほど、ずっと『優しい近所のお兄ちゃん』だった空が、なるにとって遠い存在になっていく気がした。

それが切なくて、海とお兄ちゃんを同一人物だと思いたいのかもしれないと、なるは思った。

海がお兄ちゃんだったら、手が届くのに。

『・・・海でもいっかぁ、くらいに思った?』

『俺はごめんだぜ、お前みたいなの』

海の言葉を思い出し、悪いことを考えてしまった気がして、逃げるようにパソコンを消してベッドに潜った。




変なことを考えたせいで眠りが浅くなったのか、なるは真夜中に目が覚めた。

階下でまだ音がする。海がまだリビングにいるようだ。

会うのが何となく気まずく思ったなるは、階段をそっと降りてトイレを目指そうと思い、音をたてずに部屋を出た。

階段に足をかけたところで、海の声がした。

「もしもし。・・・いや、まだ起きてた」

誰かからの電話のようだ。何となく耳をすませる。

「・・・そっか、玲子らしいな」

レイコ?

なるは自分の心臓がバクバクするのがわかった。

「・・・ははっ、デート?そうだな、この前のお詫びをしないとな、奢るよ」

デート?!

「・・・ああ、わかった。明日18時にホテルオーシャンのレストラン、俺の名前で予約取っておくよ」

うわー隣駅にある超高級ホテルなんですけど!

「・・・ああ、また明日、じゃ」

海は電話を切ったようだ。

・・・レイコ。デート。

なるは音をたてないように自室に戻った。

なるは自室でとりあえずすぅーーーはーーぁと深呼吸し、自分を落ち着けようと試みた。

心臓の鼓動が止まらない。

何だか聞いちゃいけないことを聞いてしまったような気がした。




次の日、海はいつもと変わらずリビングのソファで寛ぎながら雑誌を読んでいた。

一日中ごろごろして、特に出掛ける様子もない。

・・・とてもこれからあんな超高級ホテルのレストランで会食するような人には見えない・・・

なるはついつい海をじーっと見つめてしまい、視線に気づいた海と目が合った。

「ん?何かついてる?」

「いっいや!別に」

「ふーん、変なの」

海は雑誌に視線を戻した。

「・・・海って、どんくらいお金持ちなの?」

なるは考えるあまりぽろっと口に出してしまった。

「・・・へ?」

海はきょとんとした顔してなるを見る。

「あっいやぁぁ、ほらそんなプー太郎だけど全然お金に困ってないし、私なんかと全然住む世界が違うなぁーと、あはは」

なるはしどろもどろになる。

「・・・俺自身は持ってないぜ、そんなに」

海はいぶかしがりながらも、答えた。

「お前は俺が親の脛をかじってるとでも思ってるのかもしれないが、俺だってもう26だ、自立した生活してるんだぜ」

「そんなプー太郎なのに?」

なるは正直に聞いた。

「そりゃプーでも貯金くらいあるさ、これまで働き通しだったから使ってる暇なかったんだよ」

・・・まぁ、そっか。『社長』だったんだもんな。

「まぁでも確かにそろそろ何か始めないとなとは思ってたんだよ。・・・あっそうそう、仕事の件で夜、ちょっと出てくるよ」

え?仕事?

「へぇー、誰かに会ってくるの?」

レイコでしょ?デートじゃないの?

「ああ、一緒に会社を立ち上げる友達さ」

え?!それって、女性だったの?!

「でもデー・・・」

なるははっと口をつぐんだ。

「ん?」

「いやっ、いやいや何でもない!」

レイコ・・・一体どういう存在なんだろう・・・。

謎が尚更深まってしまったなるであった。



海が出掛けていった後、なるは一人で夕食を食べた。

海が来てからは必ず夕食に海がいたので、一人で取る夕食は数週間ぶりだった。

今頃海はレイコと超豪華なディナーを食べてるのかな・・・。

目の前に並ぶ焼き魚とレタスサラダとワカメの味噌汁を見て、なるは寂しさも相まって海と自分の世界の違いを痛感していた。

海といるとこうして、これからも世界の違いを痛感し続けていくのだろうか。

お兄ちゃんに届かないのと同じように。

でも海はお兄ちゃんと違って、こんなに毎日一緒にいてくれて、困ったときは助けてくれて、私が本当に辛かったとき、一緒にいてくれて・・・。

それでもやっぱり、届かないのかなぁ。

『お前って惚れっぽいのなー今度は健全な奴にしろよ』

ばかやろー惚れてなんかないんだから。

なるは心のなかで精一杯強がってみた。



ガチャ。

「・・・なる?」

海が帰ると、なるがダイニングテーブルで突っ伏して寝息をたてていた。

テーブルの上には剥かれた梨がサランラップに包まれておいてある。海の分だろう。

海がふと見ると、なるの顔には涙が伝った跡があった。

「なる・・・」

ブーーーー。

海の携帯電話が鳴る。

『海?玲子よ。今日はありがとう』

「ああ・・・」

『また一緒に仕事できることになって嬉しいわ。手続きが済んだらまた連絡するわね』

「ああ。よろしく頼む」

『ふふ、今日もお急ぎだったわね。余程恋しいお家をお持ちなのね』

「・・・」

海はなるの顔の涙の跡に触れる。

なるが「レイコって誰・・・」と言う。

「?!」

海が驚く。寝言のようだ。

お前・・・俺の電話を・・・

『どうしたの?海?』

「いや・・・」

『かわいいルームメイトさんによろしくね』

「今度紹介するよ」

『楽しみだわ。妬いちゃうかもしれないわね』

「何言ってるんだよ」

『ふふ。お休みなさい』

電話は切れた。



・・・ん・・・。

なるは目を覚ました。

あれ・・・?私、寝ちゃってたんだ。

夕食後、一人梨を食べていたら寂しくて涙が出た。わんわん泣いてたらそのまま泣きつかれて眠ってしまったようだ。

ふと見ると、海にと剥いておいた梨の皿は空っぽになっており、視線を上げると、ダイニングテーブルの向かいに海が座っていた。

「ただいま」

海がにやっとする。

「俺の有り難み、わかっちゃった?」

「・・・!?な、何よ?!」

なるはゆでダコになった。

「なるって結構寂しがりなんだな。強がっちゃって」

うーー、となるはゆでダコのまま唸る。

海はふっと笑って言った。

「嘘だよ。梨、ありがとう。今日は中華で胃もたれしそうだったから助かったよ」

意外に素直な海の反応になるは驚いてゆでダコのまま海を見た。

「今日会ってたのはな、有栖川玲子っていって、大学時代に知り合った同級生さ。会社を立ち上げるにあたって玲子には面倒な部分を任せるから、少し奮発して奢ってやったんだ」

海が続ける。

「あと、お前の契約条件も、決めてきたから。玲子が書類を用意したら、サインしてくれな」



数日後、玲子から海に連絡が来た。

書類が揃い、なるにサインをしてほしいので二人で来てほしいとのこと。

今回は超高級ホテルではなく、ごくごく一般的な喫茶店での待ち合わせだった。

待ち合わせ場所に向かう道すがら、海はなるに玲子の素性を教えてくれた。

「有栖川家は昔の皇族の流れを汲む旧華族で、玲子はそこの一人娘なんだ。旧華族と言っても今は一般家庭だから、金持ちとそうじゃない家とピンキリだが、玲子の親父が事業を成功させて、自力で現在の富を築いたんだよ。その親父がそれはそれは玲子を可愛がっていてな、困るとすぐ金出してくれんだぜ」

海は指で丸を作ってイッヒッヒと悪そうな顔をした。

「そこ・・・」

なるは呆れた顔をして言った。

海は「冗談だよ」と笑って続けた。

「ま、でも実際前の会社を起こすとき、出資の形で資金を援助してもらってな。何とか前の会社は軌道に乗せたから、恩は返せたかな」

・・・やっぱり会社を起こすって、お金が必要なのねぇ。

なるは無知な頭で理解に努めた。

「今回もいくらかは頼らないといけない。玲子には頭が上がらないんだよ」

海はははっと笑った。

大人って大変なんだ。

なるは漠然と理解した。

「・・・でも玲子はただのお嬢様じゃないぜ。親父の血筋かもしれないが、数字に強くてな」

なるは海を見た。心の何かが少しちくっとした。

海も微笑みながらなるを見る。

「あと親父にベタベタに甘やかされたけど、自立してる。芯のあるしっかりした奴だよ。お前と一緒だな」

なるは思わぬところで自分への評価を聞き驚いた。

海、そんなふうに思ってくれてたんだ。

褒められたようでなるは少し嬉しかった。



喫茶店に着くと、玲子は先に着いていたようで、客席から「海!」と声がした。

海が振り返り、応対していた店員に軽く会釈して声の主に近づいていき、なるもちょこまかとついていく。

「待たせたな」海が言う。

「いいえ、私もついたばかりよ」玲子が微笑む。

なるがついつい玲子をじーっと見つめてしまい、玲子が気づいて、「こんにちは」と声をかけてきた。

なるは急なフリに驚き、思わず人見知りの子供のように海の後ろに隠れた。

「ははっ、お前珍しく人見知りしてんのな」

海が笑う。

「こ、こんにちは・・・」

なるは何とか挨拶した。

「ふふ、いきなり連れてこられたらびっくりしちゃうわよね。有栖川玲子です、名字じゃ堅苦しいので玲子って呼んでね。よろしく」

玲子が手を差し出す。なるも差し出して握手をした。

「よろしくお願いします・・・」

・・・うわぁ。すごいすべすべな手。髪もさらさらで綺麗だし、背も私より全然高くてスタイルもいいや・・・。

身長152cmにサンダルのなるが軽く見上げてしまうので、パンプスのヒール分を除いても玲子の身長は160cmはあるだろう。髪は肩にかかるくらいのストレートヘアで、染めていないようで黒髪のキューティクルが光に反射して映える。

やや暗めのブラウンのシャツに、グレーのスーツを合わせている。スーツのスカートはスリットが深めで、すらっと伸びる脚を引き立てている。

ヒールは3、4cm程度だろうか、低めのパンプスを履いているが、それでもバランスが良いのは元々のスタイルが抜群だからだろう。

・・・なんという完璧さ。名前負けしてない。ザ・才女って感じ。私とは大違いだ・・・。

なるは挨拶するのが恥ずかしくなるくらい恐縮した。

海が縮こまるなるにせっつく。

「おい、ちゃんと自己紹介しろよ。玲子、こいつが前話した里見なる。・・・空がパソコンを教えてた奴だ」

なるは玲子の表情が一瞬曇ったように感じたが、玲子は笑顔で挨拶してきた。

「里見さん、よろしくね」

気のせい・・・?なるは少し気になったが、すぐに玲子に捲し立てられた。

「早速、契約の手続きを始めましょう!」



「・・・これで一通りの説明は終わりよ。何か質問はあるかしら?」

「いえ、特には・・・」

「では、ここと、ここと、ここにサインをお願いね」

玲子がてきぱきと手続きを進めていく。

なるが全てにサインし、玲子が確認し終わると、海が「よっしゃ!これで終わりだな!」と威勢よく言った。

「わー俺こーいう手続き面倒でなー」

「海がやらないから私ばかりやる羽目になるんでしょう。ま、この時間は会社が発足したらきっちり経費でいただきます」

「ちゃっかりしてんなー玲子は」

玲子と海のやりとりを見て、なるは心のどこかがちくちくちくちくするのがわかった。

お似合いだ・・・お似合いすぎる。

海の口調こそいつもみたいにちゃらんぽらんだけど、二人が並んでると何か絵になる。

美男美女かぁ。悔しいけどそういうことなんだなぁ。

なるは海が少し遠く感じ、半ばやけっぱちになって聞いた。

「お二人は、恋人同士なんですか?」



「・・・へ?」

海が驚いてなるを見た。

「今のやりとりをどう見ればそうなるわけ?」

「いやぁ、お似合いだなぁと・・・」

「はぁ?」

海が呆れた声を出すと、玲子がくすくすと笑って言った。

「海と私はただの友人よ。安心してね」

「いやっその、そういう意味じゃなくて・・・」

なるはゆでダコになった。

それを見た玲子はまたくすくすと笑った。

なるはやってしまった・・・と思いつつ、少しほっとした自分に気づいた。

玲子はくすくす笑い続けていたが、ふと真顔に戻り、少し考えてから言った。

「それに私、神宮寺空の婚約者だったのよ」

「玲子・・・!」

海がなぜか焦って玲子を見る。

なるは驚いてゆでダコのまま玲子を二度見した。

「あら、言っちゃいけなかったかしら?昔のことだし、良いかと思って」

なるは口をパクパクさせている。

「・・・と言っても、親同士が決めた政略結婚。空にはその気がなかったみたいだけどね」

玲子はふっと目を細めて微笑んだ。

・・・玲子さんはお兄ちゃんのこと、好きだったのかな・・・。

なるがちらっと海を見ると、海は悲しそうな目で玲子を見つめていた。

海・・・?

なるは不思議な三角関係を感じていた。



アルバイトのシフトは海に任せるから、二人で出勤してきてねと玲子に茶化され、ゆでダコになりながらなるは玲子と別れた。

帰り道、なるは海に聞いた。

「玲子さんがお兄ちゃんの婚約者って、海は隠すつもりだったの?」

海は気まずそうに、あ、ああと言った。

「だってお前、ショック受けるかと思って」

あ、そういうことかー。

海は私がお兄ちゃんを好きだと思ってたんだっけ。まぁ、好きなんだけど・・・。

「そっかー、ショック、受けなかったな」

「なに?!」

海は驚いた。なるは続ける。

「やっぱりただの憧れだったんだよ。普通に玲子さんとお兄ちゃん、お似合いだなぁと思った」

海と玲子さんがお似合いに見えたように・・・そう思うと心がちくちくした。

「それより、海に謝らないといけないことがあったの」

海は「ん?」と言ってなるを見る。

「私、実は海はお兄ちゃんじゃないかと思ってた・・・。海、お兄ちゃんって言うと怒るのに、信じてなかった」

海はふっと笑った。

「だろーと思ってたよ、人の言うこと信じなさい」

なるは素直に謝った。

「ごめん・・・」

玲子という第三者が現れて、さすがにここまでくると疑う余地もないような気がした。

本当は、お兄ちゃん本人に会いたいけど・・・。

「お兄ちゃんに会える日、来るのかな」

なるがふと言うと、海は少し考えて、言った。

「会えなかったら、俺が『お兄ちゃん』になってやるよ」

「・・・え?」

なるは耳を疑った。

「どーせ顔一緒だし変わらないだろ?元からそのつもりだったし」

なんとまぁ簡単に何を言う。別人ではないか。

「俺をお兄ちゃんだと思って、ほら抱きついてきんしゃい、前みたいに」

海が立ち止まってわざとらしく手を広げる。

「・・・無理です!」

なるはぴしゃりと言った。

「海は海なの!ワケわからないこと言わないでよ!」

なるが素通りして進んで行く後ろを、海は「ちぇー」と言って追いついた。

なるが海を見ると、海はなぜか嬉しそうだった。



帰宅してなるが風呂に入っている間、海はリビングで寛いでいた。

携帯電話が鳴る。玲子からだ。

「もしもし、今日はありがとな」

『それは何に対してかしら?私が空の婚約者だったって話したことかしらね?』

「・・・ああ、そうだな」

『それが一番海の『存在』を証明するのにいいかと思って。でしょ?』

「・・・ああ、でも言うつもりじゃなかった」

『私に気を使ってくれてたのかしら』

「ああ。あと、なるにもな」

『彼女は大丈夫よ。わかってるんでしょ?』

「・・・」

『ちょっと、妬いちゃったな』

「・・・」

『手続きが全部済んだらまた連絡するわね。お休みなさい』

ガチャッと電話は切れた。

海はソファに深々と座り直し、深く息をして目を閉じた。

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