「アルバイトなんて辞めちまえばいい」

数日後のある日。

「いらっしゃいませー!」

なるは今日もアルバイトに精を出していた。

「きゃー!」

客席から悲鳴がした。

「いかがいたしましたか?!」

夏希が応対に走る。

「虫よ!虫が入っていたのよ!」



「・・・それが私が商品を出したお客さんだったからさー、それからお店の皆の目が冷たくて・・・なつき先輩とけんたろー先輩は庇ってくれたんだけど。ちゃんと確認したと思ったんだけど気をつけないとなぁ、はぁ」

アルバイトから帰った後、ダイニングで食事を取りながらなるは海に愚痴をこぼした。

「そんなバイト辞めちゃえばいいのに」

海はあっさり言う。

「そんな!まだ4ヶ月しか働いてないのに!ちゃんと続けないと!」

「偉い!その心掛けは社会人になってから必ず活きる!だから今は取り敢えず辞めよう!」

海は褒めながら辞職を促す。

・・・何で海はそんなに辞めろって言うのかなぁ。

「海こそそろそろ働いたら?いくらお金持ちでも、社会経験は必要でしょ?」

社長経験のある人に言える立場じゃないけど・・・と薄々思いながらも、埓が開かないので言ってみた。

「そおねー涼しくなったら考えよっかなー」

海は気のない返事をする。

今はお盆だ。まだまだ残暑が厳しい。

「・・・そういえば、お兄ちゃんがウチに来たのも、10年前のこの時期だったな」

「ふーん」

海は興味が無さそうに答える。

「夕方にパソコンを教えてもらって、皆で夕食を食べるの!このテーブルで!」

なるがまさに今食事をしているテーブルを指差す。

「へぇー」

「両親は趣味のサーフィンの話して、私は小学校の話かな・・・。お兄ちゃんってどんな話にもふむふむ笑顔で聞いてくれて、何だか話してる方も楽しくなっちゃうの!お兄ちゃんってすごい聞き上手だよね!」

「ほぉー」

「・・・もう、興味無くてももうちょっと興味あるふりくらいできないの?まったく」

すると海は眼鏡を外してなるに微笑んだ。

「なるちゃんの話、とっても楽しいよ」

なるはぼっ!とゆでダコになる。

「もう!お兄ちゃんの真似は禁止!デザートに梨を剥こうかと思ったけどおあずけね!」

「ええええ!だってなるが『興味あるふり』しろって言うからーー」

「眼鏡外せなんて言ってません!ごちそうさま!」

なるは食器を持ってそそくさとキッチンへ引き上げた。


・・・ちょいちょいお兄ちゃんの真似を入れてくるの、あれ本当に困る。

ゆでダコが冷めるまでひたすら食器を洗い続けながら、なるは思った。

なるにだて眼鏡だとバレてから、海は「お兄ちゃん作戦」をする時に眼鏡を外すようになった。

眼鏡かけてたってそっくり(そりゃそうだ双子だもん)なのに、眼鏡外してやられたらお兄ちゃんにしか見えない。

もしお兄ちゃんに会えたら、お礼の気持ちと、文通途切れさせちゃってごめんねって気持ちと、いろいろ伝えたいと思ってるけど、多分何より嬉しくて、気持ちが溢れちゃう気がする。

海がお兄ちゃんに見えちゃうと、お兄ちゃんに会う前に気持ちが溢れちゃいそうで・・・本当に困るんだから、もーっ!

なるは割れんばかりに皿を洗った。



「いらっしゃいませー!」

なるは次の日もアルバイトに精を出していた。

昨日の今日だから、気をつけないとな・・・

いつも以上に慎重に仕事をするように努めた。

「ご注文はお決まりで・・・ん?!」

「よっ」

なるのレジの前に海が来た。

「何しに来たのよ!(ヒソヒソ)」

「え?飯食いに」

当たり前だろと言わんばかりに海が答える。

「・・・。店内でお召し上がりでしょうか?」

「そうでーす」

「~~~~っ!」

「このセットくださーい」

「・・・350円です。少々お待ちください・・・」

なるは気まずく思いながらも商品を用意し、海の前に出すと、海はなるの後ろのバックエリアを観察しているようだった。

「あの・・・お金ください」

「あっ、わりぃわりぃ。どーもー」

海は代金を払って商品を受け取り客席に向かった。


客席についた海がチキンナゲットの入った小箱の蓋をかすかに開けると、小さな虫の死骸が入っていた。

「・・・」

海が何事もなかったように蓋を閉じようとすると、側で客席を整えていた夏希に見つかってしまった。

「まさか、虫が入っていましたか・・・?」

海は驚いて夏希を見た。

「申し訳ありません!実は彼女、昨日も同じ事がありまして。彼女は頑張り屋なので、いつか絶対わかってくれます。それまで私が厳しく指導していきますので、今回はどうかご内密に・・・」

夏希が申し訳なさそうに言うと、海は眼鏡を外して微笑んで言った。

「僕は全然構いませんよ。彼女、僕の知り合いなんです。良ければ穏便に済ませていただければ・・・。」

夏希が満面の笑みで言った。

「ありがとうございます!では・・・」

夏希は深くお辞儀をして去っていった。

海は眼鏡を戻して、ふぅとため息をついた。




「・・・海・・・ごめんね」

「へ?何が?」

なるはアルバイトから帰るなり謝り、海は風呂上がりでタオルを頭からかぶり手でかきむしりながら聞いた。

「今日、私が出した商品にまた虫が入っていたでしょ?なつき先輩が教えてくれて。『今日はお知り合いの方だったから良かったけど、次はもう庇えないよ』って言われちゃった・・・何でなんだろう、すごい気をつけてたのに・・・」

「だからもう辞めちゃえって」

海は軽い口調で言う。

「そんな簡単に辞められないよ」

なるはきっぱり言う。

「えー辞められるぜ、俺社長辞めたし」

「海とは住む世界が違うんです」

「そうか?一緒に住んでるじゃん」

「それとこれとは話が違うの!」

なるは言い捨てると自室に戻るために階段をかけ上がった。

「大丈夫かな、あいつ・・・」

なるが上がった階段を見て海は呟いた。




海の予感は的中した。

次の日もなるの接客した客の商品に虫が入っており、しかも悪いことにその客は一昨日の客と同じ客だった。

二度目だった客は大怒りで、本部に訴えると言い出した。

本部は多数の店舗を統括している上位部署だ。本部に直接訴えられると店舗全体の評価に影響してしまう。

それだけは何とか避けたい店長が菓子折を持って客に土下座し、今回だけはと客の赦しをもらって店に帰ってきた。

店長の怒りは冷めやらず、なるはフロアから裏の事務所に下げられ、1時間近く説教をくらった。なるはひたすら謝り続けた。

でもどうしてもわからなかった。

あんなに気をつけてるのに、何で起こってしまうんだろう。

なるは自己不信になりそうだった。



その日のなるはラストまでのシフトだったが、後半は先輩アルバイトから「信用できない」と言われレジに立たせてもらえず、ひたすら客席の窓拭きをさせられてしまった。

閉店後の清掃時間になり、引き続き客席の掃除をしながら、なるは落ち込んでいた。

なつき先輩にも見捨てられちゃうし、もうだめなんだなきっと・・・。せっかく皆に育ててもらったのに、恩を仇で返しちゃった・・・そこが一番申し訳ないな・・・。

海、今日迎えに来てくれてるのかな。こんな愚痴っぽい日に迎えにきてもらっちゃったら、海きっとつまらないだろうな・・・。

もういろんな人に申し訳ないや・・・。


なるがそんな事を思いながら掃除をしていると、ペーパータオルが足りなくなっていることがわかった。

補充品は裏の事務所の倉庫にある。いつもなら一緒に働く同僚(今日はけんたろー先輩だ)に一言言って事務所に向かうが、今日は誰とも話す気になれず、こっそり事務所に向かった。



なるが事務所のドアを開けようとした時、

「超うける!」

きゃはははと笑う夏希の声が聞こえた。

・・・なつき先輩、まだいるんだ、けんたろー先輩を待ってるのかな。

事務所でバイト仲間を待つのはよくある光景だ。いつもなら軽く挨拶してそのまま倉庫に向かえば済むのだが、今日のなるは夏希に合わせる顔がなくドアを開けるのを躊躇していた。

するとバイト仲間と思われるもう一人の女性の声がした。

「夏希名演技だったね!『もう私には庇えないよ・・・』とか言っちゃってさ!里見超泣きそうな顔してたじゃん!」

・・・ん?どういうこと?

なるに動揺が走る。

「まーあたしが里見にキレちゃっても良かったんだけどー、あのクレーマー本部に言うとか言い出したからさー。本部に言われると店長ビビるじゃん?店長のこともムカついてたしちょうどいいやと思ってさー!『いっせきにちょー』ってやつ?!」

「夏希まじ超頭いいんですけど!」

二人はきゃはきゃは笑っている。

・・・なつき先輩が仕組んでたってこと??

「あっでも夏希、今里見フロアにいるんでしょ?今こっち来たら話聞こえちゃうんじゃない?」

バイト仲間がしーっと言いながら言う。なるはぎくりとした。

夏希が「大丈夫!」と言う。

「里見が事務所来そうだったら健太郎に内線かけるように言ってあるから!健太郎ってあたしにベタぼれだからー、『浩二が里見に振られた上に里見に悪口言われた』って言ったらころっと信じちゃって、『里見って性格悪いんだなー』とか言って、きゃははは!」

「そう言えば浩二って大丈夫なの?何かこの前家の前で里見と男に何か言われて帰ってきたら超へこんでたじゃん。窓から見てたけど何の話してたんだろうね?」

・・・あ!この人たちあの日こうじ先輩のアパートにいたんだ!

なるは海と二人で浩二のアパートに行ったことを思い出した。

夏希がはぁーと大袈裟にため息をついて言う。

「何か浩二振られたっぽいんだけど詳しくは教えてくれなかったねー、まぁでもしょうがないからあたしが慰めてやったら『やっぱり夏希だな』とか言い出しちゃってさ!男って馬鹿だね~~」

「なんだ大丈夫なんじゃん!浩二の敵討ちだーとか言って始めたのにね」

「まー元々里見って偉そうでちょっとムカついてたから、ちょうどよかったかな~~!きゃははは!」

あっでもでもー、と夏希が続ける。

「里見の知り合いの男がまじ超かっこよくて!昨日店に来たんだけど、眼鏡取って微笑んだ顔がまじヤバかった!!惚れそうってか惚れたって感じ!また会いたいな~~」

「じゃあ夏希、里見辞めたら困るじゃん」

バイト仲間が指摘すると、夏希がわざとらしくきゃあっと驚いた。

「そっか!ヤバい明日は里見に優しくしないと!」

そう言うときゃはははと二人で笑った。

・・・怒り通り越して呆れた・・・

なるは何だか力が抜けたような気がして、補充品は諦め、そのままフロアへ戻り淡々と仕事をこなした。


一通り作業が終わってなるが健太郎に報告すると、「里見、人の気持ちを無下に扱っちゃいかんぞ」となぜか15分ほど訓示をたれられた。

・・・けんたろー先輩はきっと純朴なんだ。なつき先輩のことを信じてるわけだから。

なるは「でも人を見る目は養った方がいいですよ」という言葉を喉元で堪え、訓示を聞き続けた。

・・・まぁ、人の事言えないなぁ。私も。

なるは訓示を聞きながら思った。

海は気づいていたんだろうか。だからあんなに辞めろって言ったのかなぁ。

帰ったら聞いてみようと思った。


なると健太郎が店舗を施錠して事務所に戻ると、夏希とバイト仲間の姿はなかった。

・・・あれ。帰っちゃったのかな。

けんたろー先輩を見ると、同じことを思ったのか、きょろきょろ探すような仕草をしている。

・・・まぁいいや。今日は帰ろう。

はぁ、となるはため息をついて女子更衣室に向かい着替え始めた。

着替え終わると、なるの私物の鞄の中に入っている携帯電話がバイブで揺れた。

・・・あ、海だ。

念のためなると海は携帯電話番号の交換をしてあるため、海からの着信だとわかったなるは電話に出た。

『よっ、初めてだな、電話』

「そうだね、どうしたの?」

『『けんたろー先輩』って、いる?』

「いるけど、どうして?」

『これから面白い話聞かせてやるよ、二人で聞いてな』

なるは理解できないまま、女子更衣室から出て、同じく着替えが終わり帰ろうとしていた健太郎を呼び寄せた。

「何だか聞いて欲しい話があるみたいで、聞いてもらっていいですか?」

「お、おう、何だ?」

二人はなるの携帯電話の受話器に耳を澄ませた。

『はい!買ってきたよ!コーヒー』

ん?なつき先輩の声?

なるが健太郎を見ると、健太郎も驚いた表情をしている。

『ありがとう。けんたろーくんにはいいの?』

『いいのいいの!あいつ超馬鹿だから絶対バレないから!』

『でもなつきちゃんはけんたろーくんのこと好きなんでしょ?』

『全然!すぐ奢ってくれるからちょうどいいなと思ってるだけ!』

・・・。けんたろー先輩・・・。

なるが恐る恐る健太郎を見ると、健太郎は無表情だった。

海ぃぃ、やりすぎだよーー・・・

海はまだまだ夏希から悪態を引き出そうとしていたが、いたたまれなくなったなるは電話を切った。

「お、お先に失礼します・・・」

なるが逃げるように帰ろうとした時、

「里見・・・ごめんな・・・」

背後にいる健太郎がなるに言った。

「俺、夏希から里見が浩二の悪口言ってるって聞いて、正直信じられなかったけど、夏希が嘘なんてつくわけないと思ってたから、里見を疑ってしまった・・・」

なるは振り返って首と手をぶんぶん振った。

「いえいえ!けんたろー先輩がなつき先輩を信じるのは間違ってませんから!それに私けんたろー先輩には何もされてませんし!」

「いや・・・」

健太郎は言い出しにくそうに言った。

「虫の件・・・里見じゃない確信があったのに言い出せなかった・・・夏希だと信じたくなくて・・・本当にすまん」

「けんたろー先輩・・・」

なるは健太郎に同情した。

「お互い人を見る目を養いましょうね」という言葉は心に留めて、なるは別のことを話した。

「花火大会でけんたろー先輩がうざいって言ってた主婦さん、嫌われるの承知で言ってくれてるいい人ですよ。大事にしたいですね」

「里見・・・」

ちょっと偉そうだったかな、これが嫌われるのかと、なるは心の中でくすっと笑った。



海と夏希は、例のコンビニにいた。

健太郎に夏希から『今日は先帰るね』とメールがあり、いつもならこのメールがあると健太郎はまっすぐ家に帰ってしまうので、このコンビニは通らないはずだった。

だが今日は健太郎がなるに「連れていってくれないか」と言うので、なるは健太郎をつれてやってきた。

「あっ、なる!」

海が爽やかな笑顔で言う。

「お、お疲れさまです・・・」

なるは気まずい声で言う。

「健太郎・・・なんでここに・・・」

夏希は驚いたようだが、気を取り直して健太郎に抱きついた。

「今ねー里見ちゃんのお友達さんとおしゃべりしてたの!面白い人だよ!」

健太郎は夏希が絡ませた腕をほどいて静かに言った。

「夏希・・・別れよう」

夏希が先ほどの数倍驚いた。

「え?どうしたの??」

「今二人がしていた会話、聞いてたんだ」

夏希がさらに数百倍驚き、振り向いて海を見た。

海は笑顔で手に持った自分の携帯電話を振る。

「通話切るの忘れちゃったみたい♪」

「?!」

夏希が健太郎へ向き直し必死に弁解する。

「ああああれは!浩二から誘ってきて・・・!」

ん?何だ?

なるは海の横についてひそひそ聞いた。

「誘うって何?」

「え?最後まで聞いてないの?」

「全然聞いてないよ!けんたろー先輩が可哀想になっちゃって、最初のほうだけ・・・」

海はにやっとして言った。

「じゃあ墓穴掘っちまったわけだ。まぁ俺らには関係ないし、帰ろうぜ」



夏希と健太郎が一触即発の雰囲気になったのを尻目に、なると海はそおっと去り、家路を急いだ。

帰り道で海がなると健太郎が聞いていなかった部分を教えてくれた。

「二股?!」

「そ。『なつき先輩』と『こうじ先輩』もこっそり付き合ってたみたいだぜ。だけど『こうじ先輩』がお前がアルバイトで入ってきた途端お前に惚れちゃったもんだから、逆恨みしたんだなありゃ」

「はぁー、『男女交際』、興味なくなりそう・・・」

なるは軽くうんざりした。

「ほらな、辞めちゃえばいいんだよそんな所」

なるはそうだ、と思い聞いてみた。

「海はいつから知ってたの?」

「え?何を?」

「なつき先輩が私のこと・・・」

あんな先輩でも一度は尊敬した人だった手前、なるは少し切なくなってそれ以上は言えなかった。

「うーん、『なつき先輩』がお前をどうこうってのは知らないけど、虫の件に加担してると思ったのは、昨日俺が店に行った時かな」

「どうして?」

「ナゲットの箱、お前が中身確認したあと、すり替えられてたんだよ」

「うそ?!」

気づかなかった。だから海はずっと後ろを観察してたんだ。

「本当。俺すり替えた瞬間見たもん。お前はレジ打ちに必死で全然気づいてなかった」

そうなんだ・・・気にしてるつもりでも、やっぱりわからないもんなんだなぁ。

なるは少し勉強になった。

「わざわざすり替えたから、虫が入ってるのかなぁと思って席で確認したら、案の定入ってた。それで俺、何も言わず閉じようとしたんだ。そしたら『なつき先輩』が急に話しかけてきて大事になった」

なつき先輩は海が確認するのを客席を回るふりしてチェックしてたんだ・・・恐ろしい。

「すり替えたのは『なつき先輩』じゃなかったんだけど、あの人もすり替えてるの見てたんだ、俺はそこまで知ってた。ナゲットは小箱だから中がどうなってるかわからないし、すり替えてることを見たこと自体は、中に虫が入ってることを知ってるかには繋がらない」

海は続ける。

「ただ、こっそり閉じようとした俺にわざわざ話しかけてきて白々しく『虫が入っていましたか?』なんて言うから、ああコイツ知ってたんだなと」

「じゃあ昨日言ってくれれば・・・」

「お前聞く耳持つか?全部状況証拠さ、お前の心が動かなきゃ意味がない」

なるはうっ、と思った。

「そしたら今日俺がコンビニでアイス買ってたら話しかけてきてさ。『実はこのコンビニでお見掛けしたことがあったんですぅ』なんて言って。さすがに虫の件は口を割らなそうだったが、他はほいほい出てきたからこりゃ面白いと思ってお前に電話したわけ」

なつき先輩は今日は私がラストだったから、海があのコンビニにいるかもと思って行ったんだろう。そして案の定いたから話しかけたんだ。

そこで海はきっと「お兄ちゃんスマイル」を使ったのだろう。私以外にも効果てきめんなんだな。

なるは思った。なんと恐ろしい「お兄ちゃんスマイル」・・・。

いやいやそうじゃない、となるは気を取り直して聞いた。

「じゃあ海はどうしてそんなにずっと辞めろ辞めろって言ってたの?なつき先輩のこと知ってたからじゃないの?」

「それは・・・」

海が少し間を置く。

「・・・必要ないと思ったからさ」

「え?」

なるは横にいる海を見る。海は前を向いたまま続ける。

「バイトを始めた理由は知らないが、俺と知り合った時のお前はバイトをすることで寂しさから逃げてた。フラフラになるまでやって、痴漢にも遭った」

「海・・・」

「どうしても金が足りないというならわかるが、幸いお前は金には困ってない。仮に困ってたとしても俺が援助すればいい。社会勉強するためならそんなに朝から晩までやる必要ないし、大学の勉強をしたほうが本分としては正しい」

海は静かに続けた。

「寂しさなら俺が埋めてやるから、アルバイトなんて辞めちまえばいい、と思った」

なるは少し驚いた表情をした。

「元々そう思っていたが、この数日で決心がついた。お前はあのバイトは辞めたほうがいい。どうしても社会勉強したいなら、もっと良い場所を紹介してやる」

「どこ・・・?」

「俺の会社さ」

海がなるを見て微笑んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る