恋心と花火大会

なるのアルバイトがオフのある日。

なるは家の掃除をしようと考えていた。

海はそれなりにダイニング、リビング、風呂、トイレの掃除はしてくれるが、父母の寝室

となるの部屋、そして自分が生活している父の書斎は掃除をしない。

なるの部屋は入るなと言っているからもちろんだが、父母の寝室は特に制限していない。でも海が父母の寝室に近づかないのは、海なりの気遣いなんだと思う。

そして父の書斎にもあまり近づきたがらないように見える。最初はリビングのソファで寝起きしようとしてたから、さすがに申し訳なく思い書斎に布団を敷きそれを使うようなるが言ったのだが、そこも気を遣っているのだろう。

海は一日中専らリビングのソファで過ごしている。荷物も最低限の衣類と歯ブラシくらいで、いつでも出て行けそうだ。

口ではああ言ってるけど、きっと居座る気なんてないんだろうな。なるはそんな気もしていた。

そりゃそうだ、自分の家じゃなくて居心地悪いだろうし、そのうちくたびれて出て行くだろう。

金持ちの道楽なんだきっと。私も暇だし付き合ってやるか。

なるはそんな風に思うようにした。



海がソファでごろごろ雑誌を読み、その脇をなるが掃除機で掃除している時、ソファの前のテーブルに置いておいたなるの携帯電話が震えた。

「なるー電話鳴ってるぞー」

海が気づいてなるに渡そうと携帯電話を手に取った時、ふとディスプレイに目が行った。

『着信 高田こうじ先輩』と表示されていた。

「あっありがと」となるは言って携帯電話を受け取り、その場で電話に出る。

「あっお疲れ様です、はい今日はシフト入ってなくて。・・・夜ですか?特に予定はないですけど・・・あぁ、花火大会ですか?ありますよね。・・・あっそうなんですか、いいですよ。・・・はい、じゃあ18時にマックの前で。」

なるは電話を切ると、何事もなかったかのように掃除を再開した。

「・・・何?今の電話」

海が読んでいる雑誌から目を反らさずに言った。

「え!?何か言った!?」

なるは掃除機の音で聞き取れず大声で聞き返した。

「何の電話だったんだっつーの!」

なるはソファの横で掃除機のスイッチを切って言った。

「え?さっきの?バイトの先輩が『花火大会のメンバー、シフト代われない子がいて足りなくっちゃったから来てほしい』って」

海は相変わらず雑誌から目を外さないで言った。

「グループデートか~初々しいねぇ~」

なるは少し面倒臭そうに、

「別にそういうのは興味ないんだけどね。付き合いだよ」と言った。

海は少し驚いて雑誌から目を反らしなるを見上げた。

「珍しい奴だな。男女交際興味ないの?」

なるは海を見て、それから宙を見上げて言う。

「男女交際って・・・。まぁ、好きな人ができればしたいけど、いないからなぁ」

「さっきの『高田こうじ先輩』は?」

海が言うと、なるはぼっ!と一瞬でゆでダコになった。

「やっやだ見たの?!さいてー!」

「さいてーって何だよ!見えちゃったもんは仕方ないだろ。それに何ゆでダコになってるんだよ?惚れてんのか?」

「違うわよ!何でもかんでもそう言ってあんたそればっかり考えて他に考えることないの?!こうじ先輩はただの優しい先輩!お兄ちゃんもただの憧れ!どうこうなろうと思ってないの!以上!」

なるは掃除機を持ってどたばた二階に上がっていった。

「ただの先輩、ねぇ・・・」

海は目を細めて呟いた。



なるはゆでダコが落ち着くまで一心不乱に二階を掃除した。

二階が超絶に綺麗になったところで、ふと手を止めて、ふぅと息を吐いた。

・・・顔に出やすいのかなぁ、私。

こうじ先輩は本名は高田浩二といい、ただのアルバイト先の先輩だというのは本当だ。なるに優しく仕事を教えてくれた尊敬する先輩だと思っている。それ以上の感情はない。

だが両親が亡くなる前に告白されていた。

『里見が頑張ってるの見て、好きになったんだ、付き合ってほしい』

なるはその場で断った。今まで通りの先輩後輩でいたいと。

直後に両親が亡くなり、どたばたしている間に、二人の関係はうやむやになっていた。

シフトも避けられていたのか偶然かわからないが合わなかった。それに関してはなるも正直ほっとしていた。気まずかったからだ。

・・・でも、元通りの関係に戻るために、ちゃんと話さないとだめだよね。

今日の花火大会がちょうど良い機会だと思い、行くことに決めた。




「あっ!里見ちゃ~ん」

待ち合わせ場所についたら、浴衣を来た女性が手を振ってきた。

「なつき先輩!」なるが答える。

彼女は工藤夏希といい、浩二同様、なるのアルバイト先の先輩だ。

なるはこのファストフードのバイトを大学生になった春から初めてまだ4ヶ月しか経っていない。そのうち1ヶ月は両親の件で休んでしまった。

新米な上に大事な研修期間に長期で休んでしまったなるを、アルバイト歴の長い夏希や浩二が優しくフォローしてくれた。

なるは二人を尊敬している。大好きな先輩だ。

だからこうじ先輩とも、元通り仲良くしたいと思っている。

「よっ里見、急に悪いな」

「いえいえけんたろー先輩!花火大会楽しみです」

彼は名前を鈴木健太郎といい、夏希の彼氏だ。

夏希と健太郎、そして浩二は全員同い年の20歳で、アルバイト歴も近いから仲が良い。なるはこの三人に可愛がられていた。

「久しぶり・・・里見」

健太郎の横にいた浩二が言った。

「お久しぶりです・・・」

なるはゆでダコになって答えた。

「里見ちゃんどうしたの?!暑い??今日暑いもんねーー!」

夏希があっけらかんと言った。

「じゃ早速行こ行こ!花火大会始まっちゃう!」

夏希は健太郎の手を引っ張って歩きだした。

「せっかちだな夏希は~」

健太郎もまんざらでもない様子で、二人は手を繋ぎ前を進んでいく。

「行こっか」

浩二が言う。

「はい・・・」

なるは浩二の横をちょこまかついて行くことになった。



なるたちの住む町にある河川敷で開催されるその花火大会は、観客も数万人に及ぶそれなりに大きい花火大会であり、打ち上げ一時間前には会場の河川敷は人でごった返していた。

「すごい人だね~!」

夏希がはしゃぐ。

「これ・・・場所取れるんですか・・・」

なるが不安になって言った。

「里見ー!この俺にまっかせなさーい!」

健太郎が胸を張って言うと、河川敷から離れだした。

「あれ?打ち上げ場所から離れてってますけど・・・」

「ちょーっと花火は小さくなっちゃうけど、絶好の花火スポットがあるんだよ~」

夏希が笑顔で言う。

なるは不思議に思いながら、三人について行った。


夏希と健太郎が先陣を切って前方の人混みを掻き分けている間、なるは歩きながら浩二と話していた。

「里見、ご両親の件、何て言ったらいいか・・・大変だったね」

浩二が言う。

「ご心配かけちゃってすみません・・・、もうだいぶ元気になりました」

なるはたはっと笑いながら言った。

「それなら良かった・・・。今は、ご実家に一人暮らしなの?」

「あ・・・」

なるは困った。なんて言えばいいんだろう。

見ず知らずの人と二人暮らしで家政婦ばりに働かされているとは言えない。

「・・・まぁ、そうです」

「そっか・・・何かと物騒だから気をつけてね」

なるは少し罪悪感を感じた。


「浩二、里見とはぐれないようにしろよー」

健太郎が前から後ろを振り返りニヤニヤしながら言った。

「あ、ああ」

浩二が気まずそうに返した。

「里見、今だけちょっと、手・・・繋いでいいかな?はぐれないように」

なるは戸惑った。

はぐれないように・・・か、いいのかな、それなら・・・

「・・・わかりました・・・」

二人は手を繋いで歩き出した。


河川敷から少し歩き、とある神社についた。

「この神社、すごい木が多くて見辛そうなんだけど、ところどころ木の切れ目から見えるスポットさえ見つければ、レジャーシート敷いてのんびり観れるんだぜ!」

健太郎が胸を張る。

「人も少ないし、そばにコンビニあって便利だし、超穴場スポットなのーー!去年健太郎と来て見つけたんだー!」

ねー、と、夏希と健太郎が見つめ合う。この二人はラブラブだ。

四人は夏希と健太郎の先導で場所取りをしてから、近くのコンビニへ向かった。

「つまみ~♪ビール♪」

「私甘い缶チューハイがいいな~」

健太郎と夏希がお酒コーナーを物色する。浩二もお酒を選びながら、横のソフトドリンクコーナーでお茶のペットボトルを取ろうとしたなるを横目で見た。

「里見、チューハイでも飲むか?」

浩二がなるに350mlの果実酒を渡そうとする。

なるは驚いて断った。

「いや!私はいいです!」

未成年だもん、こうじ先輩そんな簡単に進めちゃだめでしょ。

大学でも多かったんだよなぁ、サークルの新歓コンパでお酒勧めてくる先輩。そういうの面倒臭くて結局サークルも入るの止めちゃった。

こうじ先輩もそういうこと気にならないタイプなんだなぁ。

なるは少し浩二に幻滅した。



コンビニでは各自の飲み物とお菓子を買った。

さらに健太郎と夏希は皆で飲めるようにウォッカの原酒とジンジャーエールの2リットルペットボトル、コップを買い、「ジンジャーエールは里見ちゃんも飲んでいいからね」と言って渡してくれた。

神社に戻ると、まばらながら人が集まっていた。やはり穴場は穴場で知ってる人が集まるようだ。

でも本会場の喧騒とは裏腹に静かな会場で、住宅街のど真ん中で明かりも少なく、確かにのんびり花火大会を楽しめそうな場所のようだった。

四人はひとまず手持ちの飲み物で乾杯した。

「里見ちゃん、そういえばこの前、バイトがラストの時、帰りのコンビニで超かっこいい男の人と喋ってなかった?私後からお店出て後ろから偶然見かけてさー。二人で歩き出したし、何あれデートだったの~??彼氏??」

夏希が興味津々に聞いてきて、なるは、はて?と考えた。

なつき先輩とシフトが被ってラストまでの日だから、4、5日前かな?

「・・・あー」

思い出した。海が「このコンビニでないと売ってないアイスがある」とか言ってわざわざ来てた日だ。

なんだかんだ言って迎えに来てくれたのかと思ったけど、昨日否定されたんだっけ。

「違います、昔近所に住んでたお兄ちゃんで、なんか最近戻ってきたみたいで、話してただけです」

嘘はそんなには言ってない。うん。

「まじ~彼氏じゃないんだ~♪じゃ夏希アタックしちゃおうかな~」

「なんだと?!夏希!俺じゃだめなのか?!」

健太郎が焦って夏希を見る。

「健太郎大好きだけど~ちょっと物足りない~」

「何ぃぃ!?激しい男になってやるーー!」

健太郎が立ち上がり何やら叫ぼうとした瞬間、花火が上がった。

トドーン!

「わっ!きれーい!」

夏希が健太郎そっちのけではしゃぐ。

健太郎は立ち上がったままなぜか花火に向かって吠えている。

なるは花火を見ながら、ふと思った。

ふーん。海って『超かっこいい』のか。あんなデリカシーない男なのに。やっぱり人は見かけで判断しちゃだめね。

そんななるを、浩二は複雑な表情で見つめていた。



花火大会が始まり、四人は花火を干渉しながら引き続きおしゃべりしていた。

なる以外の三人はお酒の勢いもあって、どんどんざっくばらんになり、夏希が「店長超むかつくー」と愚痴をこぼしたり、健太郎が「あの主婦まじうぜぇ」とパート主婦をけなしたりし始めた。

皆大変なんだなー。一人素面のなるは冷静に分析した。

でも私は店長もパート主婦さんもいい人だと思うし、何よりたまにお客さんがありがとうとか言ってくれると嬉しくてやりがいある仕事だから、特に不満はないけどなぁ。私が新人だからわからないだけかなぁ。

そんな風に思って聞いてると、浩二が言った。

「バイトなんて安い金で働かされてんだから、適当にやっちゃえばいいんだよ」

夏希と健太郎は「そうだよねー」と言いながら同調していたが、なるは驚いた。

自分が尊敬していた先輩たちからそんな言葉を聞くとは。

本心ではないのだろう。きっと仕事のストレスとお酒の力でちょっと羽目をはずしちゃってるだけだ。なんだかんだ皆仕事は一生懸命やってるし、なるへのフォローも完璧だった。

でも、先輩だからって無心に尊敬するのも何か違うんだなと、なるは実感した。




「ふにゃ~、夏希ねむーい」

夏希はだいぶ酔ったのか、健太郎にしなだれかかってふにゃふにゃしだした。

「夏希ぃ」

健太郎も相当酔っていて知らぬうちに前後不覚になっていたようで、二人はお互いを支えきれずレジャーシートの上で寝転がり抱き合って寝始めた。

「・・・困った二人だな。ごめんな、里見」

浩二が謝った。なるは困った顔をしつつも

「いえ・・・」と返事した。

二人が寝転がったことでレジャーシートが少し乱れたため、浩二が「少し片付けよっか」と言い、二人で食べカスやビールの缶、こぼしそうな飲み物を片付けた。


一通り片付けが終わり、浩二がなるにジンジャーエールを注ぎ直して渡してくれた時、浩二がおもむろに言い出した。

「里見、さっきの話なんだけど・・・里見がコンビニで話してた男って、本当に彼氏じゃないの?」

なるは驚いて言った。

「え?!」

浩二が続ける。

「実は俺も、別の日に二人が歩いてるの見たんだ、何だか二人で里見の家に向かっているように見えて・・・」

ば、ばれてる!?

「もしかして、一緒に住んでるの?」

なるはあたふたして、どう取り繕うか迷ったが、観念して言った。

「・・・はい。一人暮らしって嘘ついてごめんなさい。でも彼氏じゃないのは本当です。ルームシェアというか・・・女一人じゃ危ないだろうって、昔近所に住んでたよしみで・・・」

浩二は少し驚いたが、気を取り直して言った。

「そっか・・・」

なるはいたたまれなくて浩二から渡されたジンジャーエールを飲み干した。

・・・ん?何だろ、さっきと味が違う?

浩二は話を続ける。

「じゃ、俺もそのルームシェア、一緒にできないかな?」

なるは驚いて浩二を見た。

「俺、里見のこと、まだ諦めきれないんだ」

そう言うと浩二はなるを抱きしめた。

なるはさらに驚き、ゆでダコになる。

「こうじ・・・先輩・・・」

何だか喉が熱い、声がうまく出ない。

目の前もゆらゆらしているように見える。周りを見回すと、暗くてよくわからないが何だか皆花火大会そっちのけでイチャイチャしてるように見える。

夏希と健太郎も気がつくとイチャイチャし始めていた。

ちょっとこれは・・・となるは浩二を突き放そうとするが、身体に力が入らず、逆に浩二に押し倒されてしまった。

「好きなんだよ、里見・・・」

「いやっ・・・」

なるは必死に抵抗しようとするが、動くほど頭がふらふらして身体から力が抜けていく。

どうしよう・・・!海・・・助けて・・・!

浩二の顔がなるの首元に近づいていった、その時だった。

「はーい。もうおしまーい」

浩二は後ろから何者かに頭を掴まれ、なるから無理やり引き剥がされた。

「?!」

不意を突かれた浩二は後ろに倒れ込む。

なるは朦朧としながら見上げた。

そこにはあの顔があった。でも、眼鏡はしていなかった。

お兄ちゃん・・・?

なるはそのまま意識を失った。



「おい!なる!大丈夫か?」

海はなるを抱えて言った。

「・・・眠ってるだけか。驚かせやがって」

なるはすうと寝息を立てている。

アルコールで眠くなったようだ。

海はなるをそのままレジャーシートに寝かせ、振り返って浩二を見据えた。

「健全なグループ交際かと思って応援するつもりだったが、未成年に酒飲ませちゃいけないだろう?しかも本人が気づかないように仕込むなんて。さらに寝込みを襲うっつったらこれ強姦だぜ、お前、立派な犯罪だってわかってんのか?」

浩二は起き上がりながら言った。

「お前こそ里見の何なんだよ、お前が里見の家に住んでるの知ってるんだぞ。どうせ家で里見を弄んでんだろう、里見だってまんざらじゃないんだ、軽い女なんだろ」

海は起き上がりかけていた浩二を蹴り飛ばしまた倒した。

「俺が何者かお前に言う必要はない」

海は眠っているなるを抱きかかえその場を去っていった。


ブーーーー。

海の携帯電話のバイブが鳴る。

まだ家路の途中で、海はなるを抱えたままだ。

なるを落とさないように気をつけつつ、海は器用に電話に出た。

「もしもし」

『海?急にいなくなってどうしたの?』

「ああすまん玲子、ちょっと用事ができた」

『何それ。レディを花火大会に誘っておいて置いて行くなんて、余程重大な用事ができたのね』

「まぁ、そんなとこだ」

『この貸しは、近いうちに返してね』

「・・・ああ、わかってる」

『本当に、待ってるから』

そう言うと、相手は電話を切った。



海はそのままなるの自宅に戻り、なるをソファに寝かせた。

「おい、水飲め、水だけは飲むんだ」

なるの頬を叩き水を飲むように促す。

なるは寝ぼけながら何杯か水を飲みソファで寝息を立てて寝始めた。

「吐いたりもしてないみたいだし、大丈夫か・・・お前、酒に強くて良かったな。」

海はほっと肩を撫で下ろした。

「『お前こそ里見の何なんだよ』か・・・」

海はなるの横で遠い目で呟いた。



なるは夢を見た。

なるは夢の中で暴漢に襲われている。

助けて!海!

誰かがなるの手を掴んで引き離す。

手の主・・・お兄ちゃんが微笑む。

ありがとう・・・お兄ちゃん・・・

お兄ちゃん・・・?

本当にお兄ちゃんなの・・・それとも海・・・?

お兄ちゃん・・・海・・・どっちなの・・・?



なるが朝日を顔に受けて目を覚ますと、そこは我が家のリビングだった。

ソファで寝ていたようだ。横に海が座った姿勢のまま寝ている。

海・・・眼鏡してない・・・かけ忘れたのだろうか。やっぱり眼鏡なんてかけなくても平気なんだ。

こうじ先輩から助けてくれたのは、海だったんだ。というか、海がお兄ちゃん・・・?

『だーかーらー!俺は空じゃないっつーの』

なるはくすっと笑った。

お兄ちゃんと海のこと、まだ全然わからないけど、「今目の前にいる人」が私を助けてくれた。

まずはそれだけを信じてみよう。

なるは目の前の寝顔を見て思った。



「なるーーー!まだ起きないのかーー」

ソファから自室に戻ったなるは、また寝てしまっていたらしい。

海がなるの部屋に入ってきて、言う。

「もう昼だぞーーー飯ーー」

「だからノックぐらい・・・!」

と、なるが言いかけて海を見ると、海は眼鏡をかけたいつもの海だった。

「あれ・・・眼鏡・・・」

海はなるが何を言いたいか気づいてはっとした。

「あ、ああ・・・昨日はかけ忘れちまって・・・」

「何で海ってだて眼鏡してるの?」

海はぎくっとした。

「何でだて眼鏡って・・・」

「いやわかるでしょ、眼鏡なくても全然不自由そうじゃないし」

「そっか・・・まぁ、おしゃれさ」

「ふーん・・・その割にはあまり流行って感じの眼鏡じゃないけどね、ファッションセンスないんでしょ」

「うるせー!どうでもいいから早く飯作れ飯!」

海が逃げるようになるの部屋から出ていった。




「・・・お酒入りのジンジャーエールだったの?!」

なるは納豆を混ぜながら驚いて海に聞いた。

「そう。あれが『高田こうじ先輩』だろ?もはや犯罪者だなありゃ」

確かに・・・驚きだ。

「まぁ、なるがそんなギャルっぽい見た目してるから許されると勘違いしたんじゃねーの?男って馬鹿だからさ、気をつけたほうがいいぜ」

海は浩二が具体的に何と言っていたかは言わないでそれとなく諭した。

「ギャルってそんな・・・ちょっと髪染めたくらいで」

「いやーそれ金髪でしょ。あと服装の露出度も高い。そんな短パン履かなくていいし。あとサンダルも厚底過ぎ。どーせチビなのは直らないんだから開き直ってチビとして生きればいいんだよ」

チビにはなるもカチンときて言い返した。

「チビって!言い方があるでしょ!何でそんな父親みたいなこと海に言われなきゃいけないのよ!」

なるに言われて海は浩二に言われた言葉を思い出した。

『お前こそ里見の何なんだよ』

海はそれをかき消すように言った。

「まぁとにかくお前にも隙があるってことだよ!この前痴漢に襲われてたのだって俺がいなきゃ・・・」

と言いかけて海がはっと口をつぐんだ。

「海?」

なるが不思議に思って聞く。海が叫んだ。

「アイツ!!」




海がいきなり「『高田こうじ先輩』の家に連れて行け」というので、なるは浩二の住むアパートへ案内することになった。

「皆は実家だけど、こうじ先輩だけ一人暮らしだから、バイト仲間のたまり場になってて、私も連れてってもらったことあるんだ」

「『高田こうじ先輩』は車持ってるのか?」

何でそんなこと聞くんだろうと思いつつ、なるは答えた。

「あぁ、そういえば春に免許取って早速買ったんだって話してた気がする」

海は何かを確信しながら言った。

「俺、その車の車種当ててやるよ。黒のワゴンRだ」



浩二の住むアパートのそばについた海は、周辺を見渡した。

「あった、決まりだな」

アパートの前にあるアパート居住者用駐車場と見られる場所に、黒のワゴンRが止まっていた。

ちょうどそこに、アパートから浩二が出てきて鉢合わせてしまった。

わあ!気まずい!!気まずすぎる!

なるは動揺を隠せず、またゆでダコになった。

浩二はなると海に気づき、驚いて立ち止まった。

海が冷たい声で話し出す。

「お前だったんだな、道理で顔見たとき嫌な予感がしたんだ」

「?!」

浩二は何かを恐れるように後退りする。

「どうしたの?海?」

状況が理解できていないなるは気まずさも感じつつ海に聞いた。

「なる、前お前を襲った犯人は、通りすがりの痴漢じゃなくてお前目当てのストーカーだったってことさ」

「え?!それってどういう・・・」

海は駐車場に止まっている黒のワゴンRを指して言った。

「コイツ、お前の車だろ、『高田こうじ先輩』?」

浩二は苦虫を噛み潰したような顔をした。

「俺は後ろから見てたんだ、この車が近づいていくのを。ナンバー覚えて伝える暇がなかったから、通報した時車種だけ伝えたけど、まぁ俺らも逃げちまったし、まんまと逃げおおせたってわけだな」

浩二は「ちっ」と言って二人から目を反らした。

「え・・・それって・・・」

あの、海に初めて助けてもらった時の暴漢が、こうじ先輩ってこと・・・!?

なるは驚いてそれ以上声がでない。

浩二は何かを閃いたようで、二人を見て言った。

「そりゃ、昨日は悪かったよ。酒も入ってたし、ついな・・・。あと確かにそいつは俺の車だ。でも何だ?里見を襲った犯人?ストーカー?何を言いたいのか良くわからないな。何か証拠でもあるのか?」

確かに証拠はない。だがなるには昨日のことに関する軽すぎる弁明を聞いて目の前の男の価値がわかったような気がした。

「証拠なんてないさ。お前をどうこうするつもりもないから安心しろよ。ただ・・・」

海は冷たい目のまま静かに言った。

「これ以上なるに近づいたら命はないと思え」

海の気迫に負け、浩二はひるんだが、必死に抵抗する。

「お、お前は里見の彼氏でも何でもないんだろ?!俺が里見を好きで何が悪いんだよ!」

何という開き直りだ。なるは驚きが隠せない。

なるは海を見た。海は浩二を真っ直ぐ見据えて言った。

「お前がなるを好きなのが悪いんじゃない。なるを傷つける奴は許さないってだけだ」

「海・・・」

海はなるの肩を抱き「行くぞ」と言って踵を返した。

なるもそのまま海に肩を抱かれながら二人は二度と浩二の方を振り向かないで去っていった。




「そう言えば、海は昨日どこで私達のこと気づいたの?」

帰り道でなるが聞いた。

「・・・花火大会をやる河川敷。お前らが会場と反対の方に歩いてたから何でだろうと思ってさ。そしたら横にアイツがいて、顔見て何だか嫌な予感がしたから追っかけた」

なるが笑う。

「顔見て嫌な予感がするなんて、すごい勘だね」

海が言う。

「まぁ多分、記憶のどっかにあの痴漢の顔が残ってたんだろ、その時は気づかなかったけど。まぁ、そのまま何もなければ健全なグループ交際なわけで、それはそれで後で冷やかしてやろうかと思ってさ。『男女交際に興味のないなるちゃん』を」

海はにやっとしてなるを見た。

「だから別に興味のあるないじゃなくてそういう人がいれば・・・」

『なるを傷つける奴は許さないってだけだ』

海の言葉を思い出して、なるはぼっ!とゆでダコになった。

「なんだ?また誰かいるのか?お前って惚れっぽいのなー今度は健全な奴にしろよ」

海がうへぇって顔して言った。

「うるさい!いません!だからそういう話ばかりしないでよ!」

なるは振り払うように海をぽかすか殴った。

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