出会い
メールはまるで数年のブランクを取り戻すかのような早さで返ってきた。
なるは驚き嬉しい反面、緊張に震えながら本文を開いた。
『メールありがとう。なるちゃんがとても心配です。
でもごめん、今は会えないんだ。
その代わりと言っては何だけど、ここの社長に会うといい。
力を貸してくれると思うよ。・・・
』
メールの下には住所と、社名と思わしき名前が記されていた。
・・・社長?会社?
そういえば空お兄ちゃんは、大きな財閥の人だったんだっけ・・・知り合いを紹介してくれてるのかな・・・。
千鶴と栄作が話すのを聞いて、なるも大人になってからは幾分理解していた。
・・・それってもしかして・・・
なるははっと思いだし、送信メールを読み返した。
『私には身寄りがありません。』
もしかしてこれで、援助を求めてると思われた・・・?
空は自分が財閥の人間だと里見家が気づいているのを知っている。でも空はその話をしたがらなかった。
お金持ちの周りにはお金を求めてハイエナのように人が寄ってくると、千鶴の大好きな昼ドラでよくあった展開だ。
実際はどうかわからないし、空がそう思ったかどうかもわからなかったが、どうもその社長に会う気にはなれず、なるはそのままパソコンを閉じた。
私はただ、空お兄ちゃんに会いたかっただけなんだけどな・・・でもやっぱり迷惑だったよね。
そう思ったなるは、もうメールを送るのは止めようと決めた。
それから数日間、なるはアルバイトにかまけて過ごした。
なるはファストフードの接客のアルバイトをしているが、両親の件で急にアルバイトを休むことになったこともあり、お詫びも兼ねて毎日朝から晩までシフトを入れた。
そのほうがひとりぼっちを感じなくて済む。なるには好都合だった。大学が夏休みで休講中なので、アルバイトでもしてないとあの家に一人で一日中過ごさなくてはならない。今のなるにはそのほうが辛かった。
ただどんなにシフトを入れても、夜帰れば家には一人。なるは両親の寝室のダブルベッドで、両親を想いながら眠れない日々を過ごした。
その日もなるは夜遅くまでアルバイトをして、自宅に帰る途中だった。
自宅周辺は閑静な住宅街で人気が少ない。とは言え普段なら気にならない慣れた道なのだが、深夜であることと、なる自身が疲労でふらふらだったことが、付け入る隙を与えたのかも知れない。
なるは自宅のすぐ側で暴漢に襲われた。
なるは背後から抱え込まれ、口には手を当てられ声も出せなかった。
必死にもがくが疲労と睡眠不足で体力が落ちていることもあり力がうまく入らない。
暴漢は車に連れ込もうとしているようだ。なるは足で踏ん張って耐えてみるが、引きずり込まれて行く。
車に乗せられちゃったらきっと逃げられない、どうしよう、どうしよう・・・!
なるが無我夢中でもがいていると、「ガン!」という音ともに急に暴漢の力が抜けて手がほどけた。
ほどけるのが突然過ぎて逆に勢い余ってしまい、なるは前のめりに倒れた。
地面に倒れそうななるを、今度はしなやかな腕が抱え込んだ。
「大丈夫か?!」腕の主が言う。
なるが顔を上げると、そこには10年振りに見るあの顔があった。当時掛けていなかった眼鏡を掛けていて確信が持てないが、この青年は・・・
「く・・・・」なるは驚いて声がでない。
「とりあえず逃げるぞ!」
なるは手を捕まれ、二人は一目散に走った。
なるの自宅の前を通ったが、なるの手を掴む青年のスピードは落ちることなく自宅を通りすぎ、前に続く夜道を二人で走っていった。
しばらく駆け抜けた後、青年は周りを見渡し確認してから止まった。
「さすがにこんだけ走ればまけたか・・・」
なるはぜえはあ言いながら、彼を見つめた。
目の前の青年は、10年前と変わらないポロシャツにジーパンという出で立ちで、体格もさほど変わっていなかった。ただ、10年前にはかすかに残っていたあどけなさはもうなくなっていた。
それはそうだ、10年前に高校生だったのだから現在は若く見積もっても20代半ばだ。
「すみません、後ろで先に警察に通報してたんで助けるのが少し遅れました、でももう大丈夫でしょう、じゃ」
青年は自らを急かすように早口で言うとそそくさと立ち去った。
「ああああの!」
なるは叫んだ。
青年は止まらない。もちろん振り向かない。助けてくれた割には逃げるように去ろうとしていた。
なるは急いで追いかけて、青年の腕を掴んだ。
青年は驚いて振り向き、二人は見つめ合った。
「・・・」
「・・・離してもらえますか」
無愛想に、はね付けるように彼は言った。
私のことわかってないのかな、それともお兄ちゃんじゃないのだろうか。
確かに10年前のなるは小学生で、あれから10cmは背が伸び、髪も当時は真っ黒なおかっぱだったが、今は染めて大分茶色(かなり色が抜けて金髪に近い)でショートカットだ。
なるは掴んだ腕を離して言った。
「すみません、あなたに似ている人を知っていたので・・・」
本人かわからなかったので、お兄ちゃんと言うには気が引けた。
「・・・!?」
青年はなぜか驚き、改めてなるを見つめた。
「まさか・・・」
青年は何かを躊躇っているようだが、意を決したように口を開いた。
「『なるちゃん』・・・」
あっ!答えてくれた!
・・・やっぱり空お兄ちゃんなんだ!会いに来てくれたんだ!
「空お兄ちゃん!」
嬉しくなったなるは、思わず青年に抱きついた。
青年は多少面食らったが、冷静に手をなるの肩にかけ、なるを自分から引き離した。
そして申し訳なさそうに目を伏せて言った。
「悪いが、俺は空じゃない」
家まで送るよ、と青年は言い、なるの自宅まで歩きながら話すことになった。
「双子?!」
「そう。俺は神宮寺海。『海』って書いて『カイ』だ。空は、俺の双子の兄貴さ」
「かい・・・さんですか・・・」
海が続ける。
「空から聞いたことがあったよ、パソコンを教えてるって。その時『なるちゃん』っていう素直でかわいい小学生の子がいるって聞いたけど、まさかそんなギャルに成長してるとは思わなかった」
「ぎゃっ、ギャルじゃないもん・・・」
なるは否定した。
そりゃちょっと髪は染めすぎちゃったけど、中身はごくごく普通の大学一年生だもん。見た目で判断しないでほしいわ。てかギャルって死語だし・・・
と、思っては見たものの、言い出せなかった。
「空お兄・・・空さんは、引っ越したって聞きましたけど・・・」
「ああ、引っ越したよ、俺もね。今はここには住んでない」
海はそれ以上は言わなかった。
海も空と同様、自分の話をしたがらないようだ。
不思議な双子だ・・・となるは思った。
曲がり角になるたびに、海はなるに先導を求めた。
そうだ、この人はお兄ちゃんじゃない。だからウチに来たことがないわけで、場所がわからないんだ。
顔は空だから、なるはついつい空だと思って話をしようとしてしまう。
何だか調子狂うな・・・
なるはまだまだ慣れそうになかった。
「それで『なるちゃん』は空が好きなのか?」
海は明らかに白々しくなるの名前を呼んで聞いてきた。
「ひぇっ?!」
なるは素っ頓狂な声をあげた。
「だってさっき、空だと思って抱きついてきたんだろ?」
「!!」
そうだった。嬉しさのあまり・・・。
なるは思い出して顔をゆでダコのように赤くした。
「おおお、ゆでダコだぜ」
海が茶化す。
「そそそそんなことないです」
否定するほどさらに赤くなる。
「あはは、お前面白いな」
あたふたするなるを見て、海はくしゃっと笑った。
・・・あっ。同じ。
海の笑顔の中に、10年前の空を見た。
タイピングの上達を喜んでくれた空。夕食の時になるの話を聞いて笑ってくれた空。
双子だもんな、そりゃ同じだよなあ。
でも別人なのか・・・。
「・・・海でもいっかぁ、くらいに思った?」
はっとしてなるが海を見つめ直すと、海はすっかり笑顔を消し、むしろうんざりしているような顔をしていた。
「俺はごめんだぜ、お前みたいなの」
・・・?!
なるは一気に何かが覚めていく気がした。
何を言ってるんだこの男は。勝手になるの気持ちを推測してうんざりして、振ったつもりででもいるのだろうか。
お兄ちゃんはそんな自分勝手なことしない。小さいなるの話を、ちゃんと最後まで聞いてくれた。
この男はお兄ちゃんと同じ顔してるけど、全然違う。
「・・・お言葉を返すようですが」
なるは低い声で冷たく言った。
「私はあなたでいっか、なんて少しも思ってないし、そもそも空さんのことだって小さい頃のちょっとした憧れであって、今さらどうこうなろうと思ってたわけじゃないです。それを勝手に推測して振った気でいるなんて、ちょっと自己中なんじゃないですか」
海は少し驚いた表情を見せたが、不敵に笑って「どうかな?」と言うと、なるの腕を掴み引き寄せ、顔を近づけてきて言った。
「なるちゃん・・・会いたかった」
なるはドキリとした。
だめだ。脳ミソが混乱する。
お兄ちゃんじゃないのに、顔はそっくりな別人なのに、言われて喜んでる。
10年会わなかった憧れの人が、目の前にいるような錯覚に陥りそうになる。別人なのに。
なるは思わず海を突き飛ばした。
「痴漢から助けてくれてありがとうございました。ここまでで大丈夫です。さよなら!」
なるは踵を返し走り出した。
「おい!空の話聞きたくないのかよ?!」
なるはぴたっと止まった。
後ろで海がふっと笑ったように感じた。
・・・釣られてしまった。相手の思う通りに。それが悔しい。
二人はなるの自宅に着き、なるは海をリビングに通した。
「両親はいないの、先月死んじゃったから。一人暮らしなんだから、襲ってきたりしないでよね」
なるは念のため牽制した。
「・・・そーいうことまとめて言う?お前みたいなおチビちゃんには興味ないって言いづらくなるだろ?」
・・・言ってるし。しかもおチビちゃんて何よ。わざわざ言わなくたっていいじゃない。
なるの身長は152cmだ。10年前から10cmは伸びたが、平均身長には届かなかった。海は175cmはあるだろう。外ではサンダルを履いて底上げしているが、家に入るとバレてしまうのは仕方がない。
「口の減らない人ですね」
なるは海に麦茶を差し出しながら、精一杯の皮肉を言った。
「どーも」
海は全く意に返さず、麦茶を一口飲んだ。
なるは努めて冷静に海を見て言った。
「で、空さんの何を教えてくれるんですか?」
もうこうなったらヤケだ。空に興味があることはバレてるんだから、聞けるだけ聞いてしまおう。
「何が知りたい?」
海は逆に聞いてきた。
「え・・・」
そう言われると戸惑う。空は初恋の人で今でも大事な思い出だけど、ずっと空のいない人生を送ってきたし、送れていた。
それがどうしてこんなことに・・・そっか!メール!
「ちょっと来て!」
なるは海を自分の部屋に連れていった。
海はなるの部屋に連れて来られた途端「何々?誘ってんの?」と茶化したが、なるは完全に無視してパソコンを立ち上げ、メーラを起動した。
「私と空さんが文通してたことって知ってますか?これ、私が空さんに送ったメールなんです」
『突然ごめんなさい。里見なるです。
両親が亡くなりました。私には身寄りがありません。
空お兄ちゃんに会いたいです。
』
「・・・そしてこれが空さんから来たお返事です」
『メールありがとう。なるちゃんがとても心配です。
でもごめん、今は会えないんだ。
その代わりと言っては何だけど、ここの社長に会うといい。
力を貸してくれると思うよ。・・・』
海は何かを考えているようだ。無言でメール本文を見つめている。
「私、ひとりぼっちが寂しくて、ふと空さんに会いたくなっただけなんです。多分話を聞いてほしくて・・・。空お兄ちゃんは、小学生の私の話、優しく聞いてくれたから・・・」
海はふと本文から目を上げてなるを見た。なるはメール本文を見つめながら続ける。
「でも『身寄りがない』なんて言ったから、まるでお金をせびってるように受け取られたかなと思って、だから知り合いの社長さんを紹介して援助しようとしてくれたのかなとか思って、送ってから後悔したんです」
海はもう一度本文を見返し、少し考えてから言った。
「空はお金をせびったとは思ってないと思うぜ」
「どうしてわかるの?空さんから聞いたの?」
「いや、聞いてない。ただ、この社長、金持ってないもん」
なるは目をぱちくりさせた。
「社長がお金を持ってないってどうして・・・」
海は無邪気な声を出して言った。
「この会社の社長、俺だもん」
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