第13話 魔王さまのくせに夕食にお呼ばれする・前編
ニアの身振り手振りを交えた言葉を解読するのに苦戦したものの、今晩の食事に誘われていることがわかった。
今、フィルたちはアリウス家へと向かっているところだ。
「ごーごー」
「おうよ」
肩に乗るニアがキャッキャと楽しそうな笑い声をあげている。どうやらフィルの肩車を気に入ったらしい。
程なくして目的地へと到着する。
玄関先にはシャノンの姿があり、フィルたちを見つけると駆け寄ってきた。
「しゃ、シャノンさん――」
「先ほどはすみませんでしたっ」
そして、フィルの言葉を遮るようにしながらいきなり頭を下げてくる。
「ええ!? ど、どうしたんすか!?」
「あのあとエティちゃんに詳しく話を聞いてみたんです。そうしたら広場でのことはあの子の誤解だったみたいで……」
どうやらそういうことらしい。
「推定無罪なだけだけどね」
いつの間にか玄関の扉に寄りかかるようにしていたヘンリエッタが、不満そうに「ふん」と鼻を鳴らす。
「すぐに尻尾を掴んでみせるから」
そう言い残して家の中へと消えていった。
「エティちゃんっ。すみません……あの子って少し勝気なところがあるんです」
少しか……?
とは思ったもののフィルは黙っておく。
「私は逆なんですけどね。実は私、物騒なことが本当に苦手なんです。さっきもエティちゃんがいきなりあんなことを言うから驚いてしまいまして……」
シャノンは申し訳なさそうに顔を伏せてる。
――「フィルさん……本当なんですか?」
先ほどの強張った彼女の顔が脳裏を過ぎた。
物騒なことは苦手、か。
シャノンさんみたいに考える人もいるのか。
なるほど……考えもしなかった。
もしかしたらそこに俺の中にくすぶる“何か”の手掛かりがあるのかもしれない。
……決めたぞ。
それにシャノンさんのあんな顔、もう見たくないしな。
「大丈夫っすよ」
「え?」
不思議そうに見上げてくるシャノンにフィルは続ける。
「俺も嫌いですからね。だからシャノンさんの心配するようなことなんて起こしませんよ」
ぐっと拳を握りしめて言ってみせた。
これは自分への誓いでもあった。
「フィルさん……ありがとうございます」
その言葉に少し元気を取り戻したのか、シャノンがふっと微笑んだ。
そのとき。
きゅるるるる。
フィルの頭上から奇妙な音がする。
「シャノンちゃん、おなかすいたー」
肩車をしているニアが力なく訴えてくる。
どうやら先ほどのは彼女のお腹が鳴った音らしい。
「そ、そうでした! フィルさんたちをお呼びしたのはお夕食のためでした! す、すみません、こんなところで長々と立ち話をしてしまって! すぐにご用意しますのでお家の中でごくつろぎください」
「え? 夕食の用意ってシャノンさんがするんすか?」
「はいっ。腕によりをかけて作らせてもらってますっ」
ぐいっと腕まくりをして気合を入れてみせるシャノン。
シャノンさんの手作り料理……。
おおっ。
飯食うだけなのになんかすげー楽しみなんだけど!
「何かお手伝いすることありますかー?」
「ありがとうございます、リナリアさん。でもあと少しなので大丈夫ですよっ。ささ、中へどうぞどうぞ」
こうしてフィルたちはシャノンに促されるまま食卓で待つことにした。
期待に胸を膨らませて食卓に着いたフィル。
だが。
そんな気持ちは爪の先ほどまで萎んでしまっていた。
なぜなら案内された食卓にはヘンリエッタが先についていたからだ。
もちろん警戒心全開だ。
ぐお……っ。
そんな彼女にフィルは少し気圧されてしまう。
なんでこいつはこんなに喧嘩腰なんだよ。
だ、だが問題ないぜ。
さっきシャノンさんを心配させないって誓ったからな。
こいつとだって上手く付き合ってみせるぜ。
あからさまに敵意むき出しのヘンリエッタに、フィルは思い切って話しかけてみる。
「よ、よう、エティ、ちゃん」
「はぁ!?」
だが、まるで親の仇みたいに睨みつけられてしまう。
「あんたにそんな風に呼ばれる筋合いないんだけど」
「す、すまん。じゃあなんて呼べばいい?」
「呼ぶ必要がないわ」
「いや、でもそれは困るだろ。ご近所なんだから」
「近所付き合いするつもりなーし」
「ぐむ……っ」
歩み寄ろうとするが取り付く島もない。
くそ、近所付き合いってこんなにむずいのかよ。
意気込んでみたものの、早速手詰まりだった。
しかし。
「エティちゃん……なんでそんなこと言うんですか」
シャノンの瞳が大きく揺らぐ。
なんと彼女がものっっっすごく悲しそうな顔をしていた。
「ちょ、ちょっとお姉ちゃん、泣かないでよっ」
「だ、だって――……」
「わかった、わかったから!」
観念したように大きくため息をつくヘンリエッタ。
「……ヘンリエッタって呼んで」
「お? いいのか?」
「……ええ」
不承不承といった感じで頷く。
おおっ。
こいつ……じゃなかったヘンリエッタが言うこと聞くなんてすげーな。
さすがシャノンさんだぜ。
フィルは改めて自分にはない力を持つシャノンに感動してしまう。
こうしてどうにかこの場は事なきを得た。
「それではお料理を用意してきますので、しばしのご歓談をお楽しみくださいねっ」
一段落したところでシャノンは笑顔で部屋を後にした。
「……」
「……」
だが、その後は歓談など全くできるわけもなく、フィルとヘンリエッタの間を気まずい沈黙が支配していた。
「この子はじょせふぃーぬっていってー、シャノンちゃんが名前つけてくれたの。それでつおい」
「へー。そうなんですかー。まあクマですから強いですよねー」
同性だからだろうか、ニアが自分の持っているぬいぐるみの設定をリナリア(猫かぶり状態)へと熱弁する。
「でー、こっちはごりあて。エティちゃんが名前つけたの」
「わー。女の子なのにごつい名前ー」
「それでじょせふぃーぬよりつおい」
「ニアちゃんのぬいぐるみは武闘派ばかりですねー」
そんなやり取りだけが部屋にあった。
い、息が詰まる……
げ、限界だ。
おもむろに立ち上がったフィルにリナリアが尋ねてくる。
「どこに行かれるんですー?」
「ちょっと外の空気に当たってくるわ。もし戻る前に料理ができたら呼んでくれ」
そう言づけてから逃げるように家の外へと飛び出した。
「……ふぅ」
張り詰めた空間から解放されたフィルは大きく息をついた。
「ヘンリエッタか……やっぱあいつ苦手だわ」
がさり。
そのとき、ふとアリウス家の裏手側から物音がした。
ん……?
何とはなしに音のほうへと向かってみる。
すると、裏手には見覚えのある後姿があった。
あれってシャノンさんじゃん。
お、そうだ。
あっちに戻っても気まずいだけだし、何か手伝えることねーかな。
「シャノンさん」
「え――」
フィルが呼びかけてみると、彼女がゆっくりと振り返る。
「な――」
そんな彼女にフィルは息を呑んだ。
なんと彼女の手には大きな鉈が握られていた。
魔王さまはくそ童貞 箱野郎 @hakoyarou
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。魔王さまはくそ童貞の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます