第12話 魔王さまのくせにガチ落ち込む

 ロックレイク村の外れにある簡素なログハウス。


 ここがユーフェミニアでのフィルの城だ。


 もう日も落ちそうだというのに家には灯りもついていない。


 別にフィルたちがもう寝ているとか、留守をしているというわけではない。


 家の中、フィルはもともと家に置かれていた木製のテーブルについていた。


「もうやだ……死にたい」


 だがめちゃくちゃ凹んでいた。


 テーブルに突っ伏し、か細い声で漏らす。




「ちょっと! お姉ちゃんたちに近づくんじゃないわよ! この不審者!」


 フィルが振り返ると、そこには広場で出会ったヘンリエッタの姿があった。


 鋭く見据えてきているその瞳には敵意の色が宿っている。


 ヘンリエッタは素早く近づくと、


「ほよ?」


 フィルが肩車をしているニアをひったくるように小脇に抱えてからシャノンとの間に割って入ってくる。


「あ。広場の……て、お姉ちゃんってまさかシャノンさんの妹なのか?」


 フィルの問いかけを無視してヘンリエッタが肩越しに話しかける。


「お姉ちゃん。どうしてこいつがここにいるの?」


「もしかしてフィルさんのことですか? ふたりは今日近所のお家に越してきたんですよ。やりましたよエティちゃん、ご近所さんが出来ちゃいました」


 後ろで浮かれているシャノンをよそに、もう一度フィルをキッと睨みつけてくるヘンリエッタ。


「もうっ……ホントお姉ちゃんはお人好しなんだから。顔も怖いし、誰がどう見たってこいつ危ないやつでしょ」


「エティちゃんまでそんなこと言って……。フィルさんはそんな人じゃありませんよ」


「そ、そうだぞ。俺はいたって普通の村人で――」


「嘘ね」


 フィルが弁解しようとするが、一蹴されてしまう。


「だってあたし見たもん、こいつが広場で大男を倒したところ!」


「え――?」


 シャノンが大きく目を見開き、凍り付いたように身体を強張らせる。


「フィルさん、本当なんですか……?」


「え!? いや、あれは、その――」


 不可抗力だったものの一応事実だったので、フィルは言葉に詰まってしまう。


「ほらね、あたしの言ったとおりでしょ! それにね、襲ってきた相手の剣を真っ二つにへし折ったりもしたのよ!」


「フィルさん……?」


「ちょ、待ってください、シャノンさんっ。それはなんつーか、その、誤解で――」


「言い訳無用よ。ほらお姉ちゃん、早く家に戻るよ」


 戸惑いを隠せないでいるシャノンの背中を押して、ヘンリエッタが家へと戻ってしまう。


「いい!? もう家に関わるんじゃないわよ! 何かあったら私があんたを村から追い出してやるわ!」


 ばたんっ。


 家のドアが勢いよく閉められ、フィルとリナリアはぽつんと取り残されてしまうのであった。




 そんなことがあり、フィルは今絶賛落ち込み中だった。


 せっかく村人になれると浮かれていたのに、まさに急転直下だ。


「もうやだ……スライムになりたい」


 ぽつりぽつりと泣き言を漏らしていると、別室からリナリアが顔を覗かせる。


「灯りもつけないでこの人はもうー。何もしてないなら転移魔法陣を創るの手伝ってくださいよー」


「無理。今はそんな気力ない」


「まださっきのこと引きずってるんですかー。一応誤解なんですし、今度解けばいいのではー? 長い目で見て少しずつ信用を勝ち取っていきましょうよー」


「馬鹿野郎っ。シャノンさんのあの顔見たろ? あれは完全に嫌われちまったよ……もう終わりだ」


「メンタル弱すぎですよー」


「うっせ! とにかく傷心の俺は魔法陣を創るなんて手につかないのっ。もっと俺の気持ちをおもんぱかって!」


「めんどくさい魔王ですねー。それじゃあ代わりに……」


 リナリアは顎に人差し指を当てて考えるようしてから続ける。


「お腹空いたのでパン買ってこいやー」


「あとお前はもっと俺を敬えや」


 フィルたちがいつも通りのやり取りをしていると、不意に――。



「フィルちゃん、リナリアちゃん、いますかー?」



 外から声が聞こえた。


 ふたりは顔を見合わせる。


「おい。今の声って」


「アリウス家の三女ですねー」


「ニアだろ。名前で呼べって」


 フィルが玄関へと駆け寄り、ドアを開く。


 すると、そこにはやはりニアの姿があった。


「フィルちゃん、いた。なんでお家にあかりつけてないの?」


「あ、ああ、ちょっとな。それよりどうしたんだ。うちになんて来たりして」


「えー……ようがないと来ちゃだめ?」


「いや、そういうわけじゃないけどな。でも……」


 ――「もう家に近づくんじゃないわよ!」


 先ほどのヘンリエッタの言葉が脳裏に過る。


「あ。そういえばニアお使いたのまれてたの」


 フィルが言いよどんでいると、ニアが思い出したようにぽんと手を打った。



「ごはんのごしょーたいにきました」

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