第11話 魔王さまのくせにシャノンとの再会を果たす
道中、行商のハムスに絡まれるという些細な(?)問題はあったものの、その後は何事もなく新居へと案内してもらうことができた。
――「それじゃあ何か困ったことがあったら神父に相談してね」
そう言ってサックは去っていった。
そしていきなりだがフィルは、
「く……っ」
大きな問題に直面していた。
そう、ご近所であるアリウス家――もといシャノンへのご挨拶という問題に。
フィルは今、リナリアとともにアリウス家のドアの前まで来ていた。
ドアをノック、もしくは呼びかければ誰か住人が出てくるだろう。
魔王じゃなくても簡単なことだ。
フィルは拳を握りしめ、恐る恐るドアへと手を伸ばした。
だが。
「やっぱり出来ねぇ!」
寸でのところで、その拳をもう片方の手で抑え込んでしまう。
「またですかー? 何回やるんですか、このくだりー」
「だ、だってドアをノックしたら誰か出てくるかもしれないじゃん!?」
「そのためのノックですからねー」
「それで出てくるのがシャノンさんかもしれないじゃん!?」
「それはラッキーじゃないですかー」
「馬鹿野郎が!」
「はいー?」
小首を傾げるリナリアに、フィルは胸を張って言ってみせる。
「シャノンさんが出てきたらな……俺は緊張して何を話したらいいかわかんなくなる!」
「で、でたー、くそ面倒くさい童貞奴ー」
「ぐお、お、お……俺はどうしたらいいんだ」
フィルは頭を抱え、膝から崩れ落ちた。
魔大陸で今まで数えきれないほどの死線を潜り抜けてきた彼だが、これほどのプレッシャーを感じたのは生まれて初めてだった。
「やっぱり今日は帰る……なんかお腹痛くなってきた気がするし」
「ちょ、ちょ、ちょ、本気で言ってるんですかー? て、フィルさん」
踵を返したフィルをリナリアが引き止めてきた。
「ん?」
フィルは振り返って彼女の視線を追ってみる。
アリウス家のドアが少しだけ開いていた。
少しくせっ毛なブラウンのショートボブ。
木の実のように円らな瞳。
ヒト族で3、4歳くらいだろうか、少しだけ開いたドアの向こう側から幼い少女がじっとこっちを見つめてきていた。
「……」
「……」
フィルと少女の目が合う。
「…………」
「…………」
めちゃ目が合いまくる。
少女はなぜかフィルのことを凝視していた。
ぐむ……。
なんだこりゃ。
どうすればいいんだ?
「や、やあ」
まるで壊れかけの水車のようにギリギリと手を上げて挨拶してみる。
フィルとしては努めて警戒されないようふるまってみたのだが、彼にはそれを台無しにして余りある人相の悪さがあった。
「――っ」
少女がびくりと身体を強張らせる。
怯えてしまっているのだろう、その大きな瞳にみるみる涙が溜まっていった。
初対面で、しかも幼い少女に怖がられないなど、フィルには土台無理な話だった。
「ですよねー」
「呑気にしてんなっ。何とかしてくれ」
少女が今にも泣きだしそうにしていると、そのとき――。
「ニアちゃん~。どうかしましたか~? もしかしてお客さんですか?」
おもむろに家のドアが開いた。
透き通った碧眼。
流れるようなプラチナブロンドのロングヘア。
印象的な大きいリボン。
家の中から現れたのはシャノンだった。
幼い少女の視線を追って、彼女が顔をあげる。
そして、フィルとシャノンの視線が交差した。
瞬間、まるで心臓を鷲掴みにされたような衝撃がフィルを襲う。
顔が上気していくのが自分でもわかる。
うお……っ。
シャノンさんが目の前にいる――。
フィルの心の中に「やっと会えた」という高揚感が広がった。
しかし、それと同時に「一度、それも数言しか会話を交わしていない自分のことなど覚えていないのではないか」という不安も滲みだしてくる。
「あ、その……」
口がまるで自分のものではないみたいに上手く話せなかった。
すると。
「まあっ!」
シャノンが両手を合わせ感嘆の声をあげた。
「これはこれは! いつぞやに湖でお会いしましたよね! あのときはニアちゃんを置いてきちゃったのでお話が途中になってしまってすみませんでした。あ、ニアちゃんってこの子のことなんです。可愛いと思いませんか? 自慢じゃないですが自慢の妹なんですっ。どっちなんだって指摘はなしの方向でお願いしますね。それでですね、話は戻りますがあの後ニアちゃんと湖に戻ってみても姿が見当たらなかったので、ずぶ濡れでしたし風邪でも引いてなければいいけどと心配していたんですよ」
そして、最初のときと同じく矢継ぎ早に話してくる。
「お、覚えててくれたんすか? 少ししか話してないのに」
「……? はい」
そう頷き、不思議そうに小首を傾げる。
やばいっ。
それだけでもすげぇ嬉しすぎる……っ。
フィルが感激していると、
「あっ!」
驚いたように彼女が両手で口を覆った。
「そう言えばまだお名前も聞いてなかったですね。私、話し出すとどうも止まらないところがあって……妹にもよく注意されてるんです。あ、その妹っていうのはニアちゃんとは別の子なんですけど」
しゅん、という音が聞こえてきそうなくらい肩を落とすシャノン。
「今更になって申し訳ないのですが、お名前お伺いしてもいいですか?」
おずおずと尋ねてきた。
「もちろんっす。俺はフィル・オーランドで、こっちは親戚のリナリアです」
「初めましてー」
一歩後ろに控えるようにしていたリナリアが、猫かぶり状態でぺこりと頭を下げる。
「フィルさんとリナリアさん、ですね。リナリアさんは初めてお会いしますよね。私はシャノン・アリウス・オレットと申します」
「シャノンちゃーん」
改めて自己紹介をしていると、ニアと呼ばれた幼い少女がシャノンに抱きつき、彼女の後ろへと隠れるように回り込む。
そして、シャノンのスカートを握りしめながらフィルを窺ってくる。
「わっとっと。どうしたんですか、ニアちゃん?」
「あのひと、こわいの」
ずびし。
フィルのことを指さしてくる。
「いぃ!?」
言われ慣れていたことだったが、今はシャノンの前だ。
かなりテンパってしまう。
「すみません。うちは両親がいないせいか、ニアちゃんって男性の方にはちょっと人見知りしちゃうんです」
シャノンが膝を折り、ニアの頭に優しく手を置く。
「ニアちゃん。人にそんなことを言ったらめ、ですよ」
「えー。だってー」
「それにフィルさんは怖い人じゃないですよ。ね、フィルさん?」
「も、もちろんっす」
ドラグガリアでは暴虐の王と呼ばれているが。
そもそも人ではないのだが。
フィルには危害を加えるつもりなんて毛頭ないので、とりあえずそこら辺は考えないでおく。
「ほらっ。フィルさんもああ言ってますよ、ニアちゃん」
「むー……」
シャノンが説得してくれるが、まだ納得していないようだ。
「あ、そうです! この子、頭をぽんぽんってされるのが好きなんです。ここはフィルさん、仲良くなるためにもやっちゃっいましょう。ささ、どうぞどうぞ」
そう言って後ろに隠れているニアをずいずいっと押し出してくる。
「え? は、はい」
フィルは促されるまま、手を伸ばした。
ぽんぽん。
優しく撫でてみる。
「……(むふー)」
目を細め、大きく息をつくニア。
「おおっとこれは好感触! 初対面の男性でここまでニアちゃんが心を許すのは初めてです」
「マジっすか?」
「はいっ。まじですまじです」
「フィルちゃん、かたぐるましてー」
ついつい。
ニアがフィルの服の裾を引いてくる。
「おねだりでましたーっ。フィルさん、おめでとうございます。フィルさんには“ニアちゃんとのマブダチ“の称号が進呈されます。正直これには私も嫉妬を禁じえませんっ」
どうやら懐かれてしまったらしい。
フィルがニアを肩車していると、シャノンが尋ねてくる。
「それでおふたりはうちにどういったご用件だったんですか?」
「実は私たちこの村に越してきまして、今日からそこの空き家だったところに住まわせてもらうことになったんですよー。それでとりあえず近隣のお家に挨拶でもと思いましてー」
「まあまあまあ! そうだったんですか! それはわざわざありがとうございます。もちろん大・大・大歓迎です~。この辺って村の外れじゃないですか。だから住んでる人も全然いないんですよね。私、かねがねご近所さんがいたらいいなーって思ってたんです」
にこり。
シャノンが屈託のない笑顔をこちらに向ける。
「フィルさん、リナリアさん、これから仲良くしてくださいね」
そして、深々と頭をさげた。
「俺らこそよろしくお願いします」
「ですねー」
こうしてフィルはロックレイク村に住むことになり、成り行きでシャノンとも再会を果たすことが出来た。
おおっ。
これで俺もシャノンさんとご近所なのかっ。
しかもこっちではドラグガリアと違って平穏に暮らせるわけだし――……。
おいおい、村人最高かよ!
なんか俺、すげーわくわくしてきた!
フィルはこれからの生活に浮かれていた。
しかし、そのとき。
「ちょっと! お姉ちゃんたちに近づくんじゃないわよ、不審者!」
背後からその理想を打ち壊すような怒鳴り声がぶつけられる。
フィルは声のほうへと振り返った。
すると、広場で出会ったヘンリエッタがこちらを鋭く睨みつけていた。
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