第10話 魔王さまのくせに因縁をつけられる

「おい、聞こえないのか?」


 先ほどまでヘンリエッタと口論していたはずのハムスが、少し離れたところで傍観していたフィルたちのもとへと何故かやってくる。


 そして、鋭く睨みつけてきた。


 ヒト族の常識には疎いフィルだが、その視線に込められたモノは嫌というほど知っていた。


 悪意だ。


 ドラグガリアではひたすら向け続けられた負の感情だ。


「もしかして俺?」


「お前以外いないだろ、この殺人鬼面が。さっきからガン飛ばしてきやがって。ボクが王国の大商人ハムスだってわかってのことか?」


 下から捩じ上げるように見上げて「あぁん?」と威嚇してくる。仮にも商人だというのにこれではまるで輩だ。


 フィルはなぜこんなことになっているのはわからなかった。


 そこでリナリアへと耳打ちしてみる。


(おい。これはどういうことだ)


(あー……おそらくですけど、この男はヘンリエッタという少女との口論で分が悪くなったので、フィル様の人相の悪さを利用して話をすり替えようとしてるんじゃないですかねー)


(はぁ!? それって俺なんも悪くねーじゃん)


(いえいえ。人相は最悪ですよー)


(うるせぇわ! んで、こいつぶん殴っていいのか?)


(フィル様のこれからやろうとしていることを考えると、ここは穏便に済ませたほうがよろしいと思われますよー)


(ぐぬ……そうか。すげー納得いかないが、村人になるためだ。仕方ないな)


 作戦会議終了。


 とりあえずフィルはリナリアの提案に従い、穏便に済ませようと試みる。


「ガンなんて飛ばしてないっす。俺って生まれつきこんな顔なんすよ」


「紛らわしいんだよ、ぶぁーか」


 びきびきっ。


 ハムスの挑発に、フィルは笑顔を保ってはいるもののこめかみに青筋が立つ。


 こ、こいつ殺す――っ。


 はっ!


 いや、待て俺!


 この村で、シャノンさんの近所で暮らすためにここは落ち着くんだっ。


 シャノンさん――。


 そうだ、シャノンさんならこういう時どうするんだろう……。


 たぶんぶっ飛ばしたりはしない、よな。


 一度しか話したことはないがそれだけは何となくわかった。


 彼女のことを考えると、フィルは少しだけ落ち着きを取り戻すことができた。


「ま、紛らわしい顔で申し訳ないっす……」


「ふん。最初から謝ってればいいんだよ、生意気な奴だな。ところでお前見ない顔だな」


 フォローしてくれようとしているのだろう、サックが間に入ってくる。


「この人たちは今日からこの村に住むことになったんですよ」


「ほぅ……新入り、ねぇ。じゃあ挨拶をしなきゃいけないね」


 ハムスが意地の悪そうな笑みを浮かべ、「おい」と後ろで控える大男に合図を送る。


 ずいっ。


 すると、大男が無言でフィルの前へと立ちはだかるようにしてきた。


「ちょ、ちょっとハムスさん。荒事はちょっと……」


「何を勘違いしてるんだ、神父。ボクはただ平和的に挨拶をしようとしてるだけだよ」


「平和的?」


 その言葉にフィルはぴくりと耳が動く。


 平和的……良い響きだな。


 なんだ、このおっさん喧嘩売ってるのかと思ったけど勘違いだったか。


 やっぱりこっちはドラグガリアとは違うな。


「平和的、いいっすね」


「だろ? それじゃあ握手だ」


 ハムスが言うと、大男が手を差し出してくる。


 フィルがその手を握ろうとした、そのとき。


「ちょ、ちょっと待ちなさいよっ」


 ヘンリエッタがその間に割って入った。


「なに素直に握手しようとしてんのよ。こんなのどう考えても罠に決まってるじゃない」


「罠? 握手にどんな罠があるっていうんだよ?」


「た、例えば手を力いっぱい握ってきて怪我させてくるとか……」


「おい、キミ。さっきから変な言いがかりばかりやめてくれないか。剣のことはなかったことにしてやるからさっさとここから去りたまえよ」


「そうだぞ。これは平和的なんだ」


「ちょ、なかったことなんてどの口がいうのよ! て、馬鹿――」


 ヘンリエッタの制止も虚しく、フィルが大男の手を取ってしまう。


 瞬間――。


「フンヌっ」


 気合の入った掛け声とともに、大男の握った腕が肥大化する。


「ひゃっはぁ! 引っかかったぁ! こいつは木剣を軽々へし折るくらいの馬鹿力なんだよ! このボクに生意気な態度を取るから痛い目を見るんだ! その手じゃこれから一週間は何も出来なくなると思うけどいい勉強になったなぁ!」


 興奮気味にまくし立ててくるハムス。




「……?」



 だが、フィルはその意味がわからず首を傾げた。


「あ、あれ……?」


 不思議そうに眼を瞬かせながらハムスが大男を見上げる。


「フ、グ、グ……っ」


 彼は握手を両手に持ち直し、顔を真っ赤にしながら肩を震わせていた。


 そう、実はヘンリエッタの忠告通り、大男は手を潰さんばかりの力で握ってきていた。しかし、フィルにとってはそれはドラゴンが小さい虫に噛まれたくらい些細なことだったのだ。

 

 もちろん痛くも痒くもない。


 おおっ。


 いいな、平和的な握手。


 なんだか少しシャノンさんみたいにふるまえた気がするぞ。


「よろしくっす」


 ぎゅ。


 フィルが少しだけ手に力を入れる。


「グガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアっ」


 大男が苦悶の表情で手を振りほどき、飛び退いてしまう。


 あ――。


 ……しまった、加減間違えちまったか。


 むずいな。


「おい、大丈夫か?」


 フィルが悶絶している大男に気を取られていると、その後ろでハムスが悔しそうに歯噛みする。


「こ、こいつ、ボクを舐めやがって――」


 次の瞬間、ヘンリエッタと口論のきっかけになった自称伝説の剣を抜き、背後から切りかかってきた。


「な――」


「きゃあっ」


 サックとヘンリエッタがこれから起こるであろう惨劇に目を固く閉じた。


 しかし。



 がいん。



 フィルの頭へと振り下ろされた剣の刃がぽっきりと折れる。



『………………!!』



 その異様な光景に大きく目を見開き、唖然とする一同(リナリア以外)。


 今、なんかされたか?


 フィルは自分がどれだけ人間離れしたことをしでかしたのかわかっていなかった。


 それどころか――。


 ……ん? このおっさんいつの間にか何か握ってるぞ?


 もしかしてこの地面に落ちてるのってその破片だよな。


 こんなことに気付けるなんてさすが俺。

 

 振り返ったフィルは落ちている刃を拾い上げ、ハムスへと手渡す。


「これ、落ちたっすよ」


 本人は無自覚だが、凶悪な笑顔を添えて。


 ハムスの顔からさっと血の気が引く。


 そして。


「ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい」


 悲鳴を上げて脱兎のごとく去って行ってしまう。


 その後、リナリアのフォローのおかげでフィルの超人的な行動はなんとか誤魔化すことができたのであった。




  ※※※




 広場に残されたヘンリエッタは去っていくフィルの背中をじっと見据えていた。


 先ほどのハムスとの一件を思い出す。


 一緒にいた女が「剣が粗悪品だったし、腹の部分で叩いたから折れた」て言ってたけど引っかかるわ。


 普通に考えて頭で剣を受けるなんてあり得ないんだけど……。


 そういえばこの村に住むって神父が言ってたわね。


 名前はたしかフィル、だったかしら。



「あいつ……怪しいわね」

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