第9話 魔王さまのくせに強気な美少女と出会う

「ふざけてんじゃないわよっ!」


 広場であがった大きな声にフィルたちはその方向へと振り向く。


 ふたつに結った燃えるように赤い髪のツインテール。


 意志の強そうな切れ長の双眸。


 服からのぞく適度に引き締まった健康そうな四肢。


 年のころはシャノンよりも少し下だろうか、そこには怒りを顕わにする少女がいた。


 おそらく先ほどの怒声はこの少女なのだろう。


 彼女の視線の先にはホビット族を彷彿させる低身長の男の姿があった。後ろに筋骨隆々の男を従え、少女とは対照的に下卑た笑みを浮かべている。


「ハムスさんとヘンリエッタちゃん!? た、大変だ!」


 サックの顔がさっと青くなる。


「神父。知り合いなんすか?」


「うん。ハムスさんっていって王国で商いをやってる人。こんな小さな村にも行商に来てくれて助かってるんだけど、ちょっと性格に難があってね……。で、あっちの女の子はさっきも――て、呑気に説明してる場合じゃなかった! なんかトラブルでもあったのかも! ちょっと見てくるね!」


 慌てて駆け寄るサックに、フィルたちは何となくそれに付いていく。


「へ、ヘンリエッタちゃん。大きな声なんて出してどうかしたのかい?」


「あ! 神父! ちょっと聞いてよ、こいつったら――」


「し~んぷ~。丁度いいところに来てくれたよ」


 ヘンリエッタと呼ばれた少女の言葉を遮り、ハムスがねっとりとした口調で割り込んでくる。


「この子がどうかしましたか?」


「どうもこうもないよ~」


 そう言ってハムスが一本の剣を取り出す。


「これは王国の英雄アルベルトが炎竜を討伐した際に使った伝説の剣なんだ。ボクの店の看板商品でもある。それなのにこれを見てくれたまえ」


 剣の柄には鷹の意匠が施されているのだが、翼の部分が少し欠けてしまっていた。


「この娘がどうしてもって言うから貸してやったんだけど、こともあろうに壊してしまったんだよ!」


「ええ!? ほ、本当かいヘンリエッタちゃん!?」


「違っ! ――わないけど………………だってカッコよかったからつい振ってみたくなっちゃったんだもん」


 ばつが悪そうにごにょごにょと口ごもるヘンリエッタ。


 どうやらそういうことらしい。


「ほら聞いただろ? どうしてくれるんだい?」


 言質を取ったと言わんばかりにハムスがふんぞり返る。


「あの、子供のやったことと大目に見てくれませんかね。この子も反省していますし。ね、ヘンリエッタちゃん?」


「ぐ、むむむ……っ」


 ぺこぺこと頭を下げるサックに促され、ヘンリエッタも渋々それに続く。


「神父~。それは出来ない相談だね。さっきも言ったようにこれはボクの店の看板商品なんだ。そうだね、5万リンはくだらない代物だよ」


「5万リン!? そんな! 王国でも一等地を買えるほどの値段じゃないですか!?」


「伝説の剣だよ~。そのくらいはするさ」


「しかしそれだけのお金弁償するなんてこの子はもちろん、村中からかき集めたって……」


「まあキミたちに弁償が無理なことは百も承知さ。ボクも鬼じゃない。それに何より付き合いの長い神父の頼みだ」


 ハムスがぴっと人差し指を立てて続ける。


「ひとつ交換条件を出させてもらうよ。それでこの件はなかったことにしてあげるよ」


「交換条件、ですか……?」


 サックが尋ねると、ハムスがなぜか頬を赤く染める。


 そしておずおずと口を開いた、


「ほら、その子の姉、彼女との交際を取り持ってほしいんだ……」



 ぷつん。



 なにやら奇妙な音がする。



「ふざっけんじゃないわよ!」



 次の瞬間、ヘンリエッタが怒号が大爆発する。


「お姉ちゃんと付き合う? あんたとお姉ちゃんが釣り合うわけないでしょ!? そんなことは鏡を見てから言いなさいよ! いえ、言うことさえ許されないわね!」


「な――」


 彼女の勢いに気おされ、ハムスが後ずさる。


「まったく! 人が大人しくしてたらつけ上がるんだから」


「ヘンリエッタちゃんは大人しくしてなかったと思うんだけど……さっきも怒鳴ってたし」


 ぎろり。


 ヘンリエッタがサックを鋭い視線で射貫く。


「神父はどっちの味方なの?」


「え!? ちょ、ちょっと難しい質問だなぁ。神父、ちょっとわからないかも」


「……ちっ。日和見主義ね」


 吐き捨てるように言ってからヘンリエッタがハムスへと向き直る。


「やっとあんたの魂胆がわかったわ。あんた最初からお姉ちゃんが目当てだったのね? その交換条件を突きつけるために、あたしを嵌める気満々だったんでしょ?」


 ぎくり。


 ハムスの肩が跳ねる。


「図星ね」


「な、何のことだ……っ」


「大体おかしいと思ってたのよ。別にどこかをぶつけたわけでもないのに折れちゃうんだもの。それに――」


 ヘンリエッタが例の剣を手に取り、柄の部分が見えるように突き出す。


「ここ! なんか糊でくっ付けたような跡があるじゃない。きっとこの柄の部分は最初から折れてたんだわ!」


「あー。たしかに」


「神父まで何を言うんだ! い、言いがかりは止めないかっ」


「今考えてみればアルベルト様の剣だっていうのも疑わしいわね。そんな大それたものをあんたんとこみたいな弱小商店が扱えるわけないもの」


「じゃ、弱小商店だと!?」


「あら? 違うのかしら? 王国の大商人ならこんな村まで商売しにくる必要ないでしょ?」


「そ、それは……っ」


 ハムスが悔しそうに下唇を噛みしめながら言いよどむ。


「――――――っ」


「――――――っ」


 そこからヘンリエッタとハムスの罵詈雑言入り混じる大口論が繰り広げられた。


 そんな中、フィルとリナリアはというと――。


「……」


「……」


 完全に蚊帳の外だった。


 まあふたりはこのいざこざに興味も関心もなかったので、お構いなしなのだが。


 あー、神父はやく家まで案内してくれないかなー。


 フィルにいたっては目の前のことなんて全く気に留めず、こんなことを考えている始末だ。


「くっ……言わせておけば――ん?」


 旗色の悪いハムスが視線を泳がせる。


 そして、何かに気付いたようにハッとした。


「おい、お前!」


「……」


 ぼへー、と佇むフィル。


「そこのお前だよ、悪人面のお前!」


 語気を強めてハムスが指さした。


 フィルのことを。



「ん? もしかして俺?」

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