第8話 魔王さまのくせに早速ボロが出そうになる

 とりあえずフィルたちは倒れた男を礼拝堂の長椅子へと寝かせる。


 すると、すぐに目を覚ました。


「いやー、すみませんね。いきなり失礼なこと言っちゃって……」


「いや、大丈夫っす。俺はああいうのは慣れてるんで」


「あ。やっぱそうだよね! 神父もそうだと思ってたんだよね!」


 などと言って「あっはっは」と笑っている。


 結構いい性格をしていた。


「おっと、自己紹介が遅れましたな。私はこの村で神父をしているサックです。それであなた方はこの村に何か御用で?」


 フィルたちは早速この村に住みたいという旨を伝えると、サックは快く承諾してくれる。


 ……。


 …………。


 ………………。




 簡単な手続きを終え、今は村の空き家へと案内してもらっているところだった。


 サックの教会とその空き家は村の対極に位置しており、村の真ん中を突っ切っている。


「村の外れの家しか用意できなくてごめんね。なにぶん急な話だったもんだから」


「いえいえー。こちらがわがまま言っただけですし、ご厚意感謝しますー」


 道中、サックとリナリアが何気ない会話をしていた。


 フィルはというと、言葉も出ない状態だった。


 なぜならリナリアが今まで見せたこともない眩しい笑顔をしていたからだ。


 な、なんだこれは……。


 つんつん。


 フィルは肘で背中を小突いてから耳打ちしてみる。


(おい。リナリア)


(はい?)


 振り向いた彼女は先ほどの笑顔から一転、いつも通りの無気力な表情へと戻った。


(あっれ? え? え?)


(どうしたんですかー)


(いや、だって、お前さっきまでちょっとおかしくなかったか?)


(おかしい……? あー。これですかー?)


 きゅるん。


 一瞬、リナリアがペロッと舌を出しながら先ほどの笑顔へと変わる。


(そう! それ!)


(これは対こっちの生活用の擬態に決まってるじゃないですかー)


 どうやらそういうことらしい。


(なあ。その愛想って少しくらい俺にも分けられないわけ?)


(無理でーす。フィル様の前ではありのままでいようと思っておりますのでー、私)


(いい感じにしようとしてるけど単にめんどくさいだけだろ)


(はははー)


(おい。否定しろっての)


「ん? どうかしたのかい?」


「いえいえー」


 リナリアが擬態モードでサックとの会話に戻る。


「そう言えばふたりってどういう関係なの? 神父気になるんだけど聞いちゃっていいかな?」


「構いませんよー。フィルさんと私は親戚なんですよー」


「へぇ。その割になんだかあんまり似てないね」


「はいー。凶悪な人相が似なくて本当に良かったと思ってますー」


「あ! それはたしかに!」


 ふたりが共に笑う。


 ふんっ。


 別に慣れてるからいいけどな。


 フィルは少しふてくされながら眺めていた。


 ひとしきり笑った後、サックが向き直ってくる。


「家はだいぶ使ってなかったから汚れてると思うけど、住めることは確かだからね。改築なんかは勝手にしちゃっていいよ」


「うっす」


「何か困ったことがあったら僕でもいいし、ご近所のアリウスさんに聞いてみるといいよ」


「アリウスさん……すか?」


 フィルが神妙な顔で繰り返す。


「うん。三人姉妹で住んでるの」


 ――「ああ! すみませんっ。お名前を尋ねるときはまず自分が名乗らねばですよね! 私はシャノン・アリウス・オレットと申します」


 ふと、先日のシャノンの言葉を思い出す。


 おおっ。


 アリウスってシャノンさんのことじゃねーか!


 つんつん。


 今度はリナリアが指でわき腹を突っついてくる。


(フィル様、もしかしてご近所さんって例の人なんですかー?)


(そ、そうなんだよっ。すげー偶然だな。近くに住んでるのか……嬉しいっちゃ嬉しいがどうしよう、今から緊張してきた)


(だから童貞過ぎですってー)


(うるせっての!)


 リナリアをあしらいながら、フィルは先ほどの事実を反芻する。


 シャノンさんとご近所、か。


 ……。


 …………。


 ………………楽しみだ。


 村人最高かよ!


 わくわくが止まらなかった。


 嬉々としているフィルの横で、サックの顔が曇る。


「あー……それと言いにくくて最後になっちゃって申し訳ないんだけどね。今から案内する家の裏手は山、それをふたつ超えた先くらいにどうもドラゴンが住み着いてるらしいんだよね……」


「そうっすか」


 頭の中がシャノンとご近所だということで一杯だったフィルはさらっと受け流してしまう。


「え? 気にならないの?」


「うっす」


「だ、だってドラゴンだよ?」


「あれ焼いて食うとうま――がふぅ」


 瞬間、わき腹に痛みが走る。


 リナリアの肘がめり込んでいた。


(てめ、何すんだよ!)


(フィル様こそ気を付けてくださいと言ったじゃないですかー)


(はぁ?)


(いいですかー。こちらではドラゴンなんて脅威中の脅威なんですよー)


(ええ!? ドラゴンが!?)


(はいー)


(あんなのがか!?)


(あんなのでもですー。ヒト族はフィル様が思っている以上に脆弱な生き物なんですよー)


(そ、そうだったのか。すまん)


(なのでここでの村人としての模範解答は“怖がる”なんですよー。おわかりですかー?)


(お、おう。……村人ってむずいな)


(それじゃあ仕切り直していきますよー)


「フィルさん! なに言ってるんですかー! ドラゴンですよ、ドラゴン!」


「な、なんだってー。それはこわいなー(棒)」


 迫真の演技をしていたリナリアが、フィルの大根演技をジト目で非難してくる。


「すみませんー。この人、故郷のドラッコっていう動物と勘違いしてたみたいですー」


「そ、そうだよね。あまりに冷静だったから神父びっくりしちゃったよ」


「本当にドラゴンがいるんすか?」


「飛んでるところを見たって相談が何度かあってね。だから王国に申請したら騎士団が来てくれたの。彼らが討伐なり撃退なりしてくれると思うけどやっぱり少し怖いよね。でも空き家はひとつしかないし、どうする? やっぱりこの村に住むのやめるかい?」


「冗談じゃない!」


 速攻で否定するフィル。


 なんであんなクソトカゲなんかのために家を追われなきゃいけないんだっつの!


 しかもシャノンさんの近所なのに!


 シャノンさんの近所なのにぃ!(大事なことなので二回)


 がるるるる、鬼気迫る表情で威嚇するフィルの代わりに、リナリアが補足してくれる。


「ドラゴンは気になりますが、私たちはここに住めないとまた宿なしになってしまいますのでー」


「ま、まあふたりがいいならいいんだけどさ」


 サックも納得してくれたのだろう、「何かあったら神父に相談してね」と付け加えてから案内を続けてくれる。


 三人が広場に差し掛かった、そのとき――。



「ふざけてんじゃないわよっ!」



 大きな声が辺りに響いた。

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