第7話 魔王さまのくせに入村許可を取りに行く
――回想が終わり、時間は現在へと戻る。
そんなわけでリナリアの協力のもと、フィルはヒト族に扮してロックレイク村付近までやってきていた。
目的はもちろんシャノンと同じ村に住むためだ。
ちなみにドラグガリア大陸での魔王としての立場を放り投げるわけではない。それはリナリアから(主に後処理がめんどいという理由で)反対されたので、魔王と村人の二重生活ということで手を打つことにしていた。
リナリアは普段の素行はあんな感じだが、仕事はすべてそつなく熟す。
彼女が調べたところやはりドラグガリアとユーフェミニアでは色々と違っていることがわかった。
――「いいですか、フィル様。正体は絶対にばれてはいけませんよー」
一番大きかったのはこの点だった。
ユーフェミニア大陸にも多くの種族はいるのだが、その交流にはあまり盛んではない。そのため他種族がいるだけで大きな問題になってしまうのだ。まあ、幸いなことにリナリアも普段のフィルも一見してヒト族とあまり違いはなかった。そこで服装をこちらの生活に合わせるだけで事足りた。
「ああ、そうだ。言い忘れてた」
山道を歩いていたフィルがぽんと手を打つ。
「なんですか、フィル様ー?」
「それだ、それ。俺たちはこれから村人になるんだ。それなのに様付けってのはおかしいんじゃないか?」
「んー。たしかにそうかもですねー」
「それじゃこっちでは俺のことは別の呼び方にしろ」
「別の呼び方、ですか。でもなんとお呼びすればー?」
「色々あるんじゃないか? 呼び捨てとか“さん”付けとかさ」
「でも……いいんですかー?」
崇拝するフィルの軽視にあたってしまうと思ったのだろうか、リナリアは逡巡したように尋ねてくる。
「別に構わないっての」
そう言ってみせるが彼女はまだ納得していないように「うーん」と唸っていた。
「俺のほうから頼んでるんだ。何が問題なんだよ」
「いえ……」
リナリアが神妙な表情で向き直る。
「それだと私ただの無礼者になっちゃいませんかねー?」
「だったら態度のほうを改めろや」
ふたりが取り留めのないことを言い合いながら山を下ると、小さな村が見えてきた。
リナリアの調べではここがロックレイク村らしい。
人口三百人ほどの小さな村、それがこのロックレイクだ。
この小さな村を前にフィルは心躍らせていた。
おおっ。
この村にシャノンさんが住んでいるのか……っ。
「くくく。時は満ちた……この俺が村人になる時がな!」
「偉そうに言うことじゃないですけどねー」
ロックレイクにたどり着いたふたりは早速、目的の教会へと訪れることにした。
何故かというとそれにはちょっとした理由がある。ドラグガリアにもなくはないのだが、ユーフェミニアでは宗教が習俗として強く根付いていた。そして、その宗教施設である教会は大都市はもちろん大抵の村にもあるため、地域の管理を任されることが多かった。
ロックレイクも御多分に漏れずその形式を取っている。そこでフィルたちは居住許可を得るためにまず教会を訪れたのだ。
「この意匠は最大宗派の皇道教ですねー」
「そんなことはいいからさっさと話をつけに行こうぜ。俺は早く村人がしたい」
「ちょい待ちですー。フィル様ー」
「呼び方」
「あーはいはい。じゃあフィルさんで」
「はい、は一回でいいっつの」
「そんなことよりくれぐれも行動にはお気を付けください。貴方が常識だと思ってることはドラグガリアでも割と非常識ですからねー」
「相変わらずムカつくことを言いやがるな、お前は」
「でもお心当たりありますよねー」
「そ、それは……っ」
たしかにリナリアの言う通り、フィルには思い当たる節はある。
否、ありまくりだった。
「で、でも俺は村人になるためにきただけなんだぞ。別に何か事を起こそうってわけじゃないんだ、それなら楽勝だろ」
「……だといいんですけどねー」
「お? あそこにいるのってこの教会の神父じゃないか?」
フィルは庭先に恰幅の良い男の背中を見つける。
「俺が話をつけてきてやる。俺がいかに人畜無害な村人かというところをお前はその目に焼き付けることになるのだ。おーい、すんませーん」
小走りで駆け寄りながら声をかけると、男がゆっくりと振り返った。
そして。
「ひぃっ。顔こわ!」
フィルに驚いた男が後ずさり、足を滑らせて後頭部を地面へと強打。
そのまま昏倒してしまった。
「……」
「……」
男を見下ろすふたりの間に気まずい沈黙が落ちる。
「だから言ったじゃないですかー」
「俺のせいじゃなくね!?」
もしかしたら村人ってむずいのかもしれない……。
フィルの村人計画は前途多難なのであった。
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