第6話 魔王さまのくせに童貞疑惑を頑なに否定する
「見ろ、リナリアっ。馴染む、実に馴染むぞ! ふははははははははっ」
フィルは興奮気味に身をひるがえす。
そして、それを見せびらかした。
そう、先日調達した布の服を。
「そうですか? 質素な洋服に凶悪顔がすごく浮いて見えますよー」
同じく布の服にスカート姿のリナリアが気だるそうに指摘してくる。
「なにぃ?」
「まあまあ、それは置いておいて。フィル様、手筈はわかっていますよね」
「ん? ああ……」
軽く流されたのは少し癪だったが、フィルはとりあえず話を進めることにする。
「わかってるよ。とりあえず教会だろ?」
今、フィルたちは転移魔法陣で再びユーフェミニア大陸のロックレイク村付近まで来ていた。
なぜこのようなことになっているかというと、それは数日を遡ることになる。
……。
…………。
………………。
「俺は村人になる」
フィルはリナリアに宣言してみせる。
しかし、言ってみたはいいものの少々問題があった。
こいつが簡単に頷くとは思えないよなぁ。
「……」
フィルの言葉にリナリアは黙ったままだ。
じっと見つめてくる。
「な、なんだよ」
「……」
無言なのが逆に不気味だった。
「先ほどの女の人ですか?」
しばし重々しく口を閉ざしていたリナリアがぽつりと漏らすように言った。
「なんだよ。見てたのかよ」
「ええ、途中から。フィル様と初対面であんなにうち解けている人は初めて見ました」
「そうっ。そうなんだよ。シャノン……さん。うん、シャノンさんがしっくりくるな。そんでシャノンさんて言うんだけどよ。なんか今まで会ったやつらとは違うんだよな」
「一目惚れというやつですか?」
「惚れ――っ」
リナリアの口から出た予想外の言葉に息が詰まった。
フィルは顔が上気するのを感じる。
俺が!?
シャノンさんを!?
「ちょ、おま、ばーかっ。そそそ、そんなんじゃねーっての、ばーかばーかっ」
「この魔王くそ童貞すぎですかー」
「ど、どどど、童貞ちゃうわ! と、とにかくっ!」
ひとつ咳ばらいをしてからフィルは続ける。
「シャノンさんを見てなんかよくわからないけど“これだ”って思ったんだよ。ずっと胸の中でくすぶっていたものの手がかりになるってな」
「手がかり、ですかー」
またしても考えているように少し黙るリナリア。
彼女がおもむろに嘆息する。
「仕方ないですねー」
そして、観念したように肩をすくめた。
「い、いいのか……?」
「そう言いましたけどー」
「何で? こういうときってお前先頭切って邪魔するじゃん」
「失礼な魔王ですねー。私だっていつもフィル様に嫌がらせしたいわけじゃないですよー」
「全部は否定しないんだな、こいつ」
「ただ――」
リナリアはそう前置きしてから続ける。
「フィル様、今回は本気なんですよね? それなら私は尽くすだけですよ」
彼女は否定しなかった。
それどころかフィルのことを慮り、理由も聞くことなく助力を約束してくれる。
余計な言葉はいらなかった。
そこにはただひとつ、揺るぎない信頼があった。
リナリア、お前ってやつは。
でもな……。
少し迷ったが、フィルは思い切って言ってみることにした。
「俺、毎回本気で嫌だったんだけど――」
「いやー、そうなるとこれから忙しくなりますねー」
しかしその訴えは遮られてしまう。
「おいこら、無視するな」
揺るぎない信頼があったと思ったが、どうやらそれは気のせいだったらしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます