本当の笑顔

彼は少し前から僕の写真を撮っている。

彼はいつも笑顔だ。

僕達とは肌の色が違う。

僕達とは着ている服も違う。

彼はいろんな人と話したり、握手をしたり、写真を撮ったりする。

彼は違う国から来たと母さんが言っていた。

彼は数日前に僕の家に来た。

家族みんなの写真や、ひとりひとりの写真、僕の写真。

不思議な顔。

困った顔。

怒った顔。

真顔。

照れた顔。

笑った顔。

彼はいろんな人のいろんな顔を撮った。

彼が毎日来ることはなかった。

彼は僕にカメラの使い方を教えてくれた。

僕は丸いボタンを押した。

カシャカシャとカメラから音が鳴った。

僕は笑った。

彼も笑った。

彼は優しかった。

戦争で怖かったが、彼といる時は、そのことを忘れることができた。

でも、彼はここが戦争だからここへ来た。

ここが戦争だからここで写真を撮っている。

戦争は大嫌いだけど、戦争がなくなると、彼もいなくなる。




またどこかで警報が鳴っている。

遠くに煙が見える。

いろんなものが燃えた臭いがする。

今日もどこかで人が人を傷つけている。

どこかで人が人を殺している。

どこかで誰かが泣いている。

どこかで家族を亡くして泣いている。

どこかで・・・。




今日はまだ彼は来ていない。

僕は母さんに用事を頼まれて、出かけた。

家に戻ると、家の前に彼が立っていた。

僕はいつもみたいに笑顔で手を振った。

彼はいつも僕と同じように笑顔で手を振ってくれる。

しかし、今日は違った

彼の顔は笑顔ではなかった。

彼はとても恐い顔をしていた。

僕はゆっくり近寄った。

彼は僕を見つめたまま、顔を横に振った。

僕には意味が分からなかった。

僕は家に入ろうとした。

母さんに頼まれていたものを渡さなきゃ。

すると、彼が僕の腕を掴んだ。

僕は驚いて振り返り彼を見た。

彼は泣いていた。

恐い顔のまま、両方の目から涙だけが流れていた。




近所のおじさんが教えてくれた。

母さんが死んだと。

彼が見つけたと。




彼は毎日僕の所に来てくれた。

僕は毎日が悲しかった。

彼は優しかった。

彼は笑顔だった。




少しして戦争が終わった。

彼は自分の国へ帰ることになった。

僕は悲しかった。

僕は淋しかった。

彼は僕に小さいカメラをくれた。

僕に写真を撮らせてくれていたカメラだった。

最後に2人で写真を撮った。

泣いている僕の写真。

笑顔の彼の写真。

彼と一緒の笑顔の写真。

そして、彼は帰っていった。




僕は勉強をした。

日本語の勉強をした。

そして、時間がかかったけど、日本にやってきた。

彼にお礼を言うため。

彼は僕を悲しみから救ってくれた。

僕はずっと彼に会いたかった。

彼がどこで暮らしているのかなんて分からない。

「ジャパン」「キムラ」「ピクチャー」

手掛かりは村の人が呼んでいたこの言葉。

それと、あの時もらったカメラ。

ずっと大切にしてきた僕の宝物。

最初に僕がレンズを向けたのは、彼だった。

彼と一緒にいろんなものを撮った。

彼がこのカメラを僕にくれてからは写真を撮ることはなかった。

僕にとってこのカメラは写真を撮るものではなく、彼の優しさだから。

この写真に写っている、僕が最初に撮った彼の顔があれば、彼と会える。

僕はそう信じていた。




空港を出て、まずこの写真を現像することにした。

お店の人に説明すると、「古いものなので現像できないかもしれませんよ」と言われた。

それでも僕はお願いした。

もし現像できなかったらどうしよう。

彼の顔は覚えているが、幼かったので記憶が曖昧で自信はない。

緊張しながら待っていた。




「大丈夫でした」とお店の人。

僕は嬉しくて自然と笑みがこぼれた。

彼はいつも笑顔だった。

僕も彼からいっぱい笑顔をもらった。

写真の1枚目。

彼の笑顔がそこにはあった。

写真の右隅に偏った彼の笑顔。

偏りすぎて彼の耳が切れて写っていない。

懐かしさで胸がいっぱいになった。

何枚か幼い頃の僕と、家族、家、彼が写った写真があった。

突然真っ黒な写真が出てきた。

次の写真には母さんが写っている。

とても怯えた表情をしている。

こんな写真撮った覚えはない。

次の写真で僕の顔から笑顔が消えた。

血まみれの母さん。

笑顔の彼。



最後の3枚は。

泣いている僕の写真。

笑顔の彼の写真。

彼と一緒の笑顔の写真。




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シトシト【ショートショート作品集】 ダイナマイトキック @dynamitekick11

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