ヒーローになりたかっただけなんです

あいはな

俺は最近ついてない

 俺は最近ついてない。

 公園のベンチで昼食をとっていたら、野良犬におしっこをかけられたり。

 電車通勤していたら、両手でつり革を握っていたにもかかわらず、隣の女性に痴漢と勘違いされたり。


 そしてついに今日、会社をクビになった。

 もう俺はこれからどうすればいいんだ。

 いっそもう、天国へ旅立ってしまおうか。


 俺は今渋谷のスクランブル交差点で青信号を待っている。ここで今飛び出して車にひかれてしまおうかと思ったが、そんな勇気のある一歩は踏み出せなかった。

 青信号になり、周りにいる人の流れにのって交差点を横断する。


 人助けとか、そんなかっこいいことでもすれば、良いことがあるだろうか。

 ヒーローになれば、こんな状況も脱却できるだろうか。


 そんなことを考えながら、スクランブル交差点のちょうど真ん中あたりを歩いたその時、俺の視界は白い光に包まれた。


 何もない白い空間。どこまでも真っ白だ。

 俺は死んだのかと錯覚していると、目の前にまばゆく輝く光の球が現れる。

 すると頭の中に声が響く。


「ヒーローになりたいか?」


 突然の声に俺は動じなかった。

 案外冷静でいられる。

 最近ついてないことばかりだったから、常人の反応ができなくなったのだろう。

 そしてその問いに悩むこともない。

 俺は迷うことなくその光に対して答えた。


「俺はヒーローになりたい」

「いいだろう。その願い叶えてやろう! 今現実に戻してやる。かわいい声で『心を込めて』、イケボで『変身っ!』と叫べ。そうすればお前の願いが叶うだろう。さらばだ」


 次の瞬間、俺はスクランブル交差点の真ん中に立っていた。

 俺はすぐさま叫んだ。


「……心を込めて(←かわいい声で)、変身っ!(←イケボで)」


 突然叫んだ俺に視線が集まる中、俺の身体が光に包まれていく。

 歓喜の瞬間に俺は高揚していた。

 これから俺はヒーローになる。

 活躍して知名度も上がれば、彼女いない歴=年齢の俺にも、ついに彼女ができるかもしれない。

 まずは俺のかっこいい姿を晒しておかないとな。

 俺は両手を腰にあて、仁王立ちした。

 やがて光が消えていき、俺の全貌があらわになる。


 ふふんとドヤ顔をかましていた俺の耳に入ってきたのは想像していたキャーキャーではなく、黄色い悲鳴だった。

 それに続くように、周りのサラリーマンや中高生たちが俺を見て騒ぎ始める。


「お前、なんて格好しているんだ!」

「早く警察呼べ!」

「変態だああああああああ! 写メ撮ろ」


 なぜそんなことを言う?

 俺はヒーローだぞ。変態じゃない。

 俺は疑問に思い、自分の身体を見た。

 俺は絶句して、頭を抱える。

 ヒーローである俺の格好は、ブリーフ一枚に肩甲骨あたりまでしかない短めのマントだった。


 本当だ。変態じゃん。


「ち、ちがう!俺は……」

「――おいアイツ、ブリーフでブリーフィングしてやがるぞ!」


 ブリーフでブリーフィングだとっ⁉

 そんなシャレがあってたまるか!


 俺はゆっくりと自分が身につけているブリーフを見た。

 前には『変』、後ろには『態』の文字。


 ブリーフィングしてるぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!


 俺がなりたかったのは変態じゃない。ヒーローだ。どんな間違いをすればこうなるんだ。


 俺は変態の文字を隠そうと両手をブリーフにやった。俺の脳が違和感を覚える。

ないのだ。

 あるはずのものが。


 ついてないぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!


 どこにいったんだ、俺の息子よ!

 放浪の旅をされちゃ困る!

 カムバァァァァァァック!


 俺はすぐに警察に取り囲まれ、手錠をかけられる。抵抗する気も起こらなかった。

 そのまま警察署に連行され、動機を聞かれる。

 俺は一辺倒にこう答えた。


「……ついてないんです。何もかもが……」

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