閑話344・『咳き込み回路』

咳き込んでいるとおろおろした灰色狐が幽鬼のような表情で俺を見詰めている。


キツネ耳は折れてぺたんと……自慢の灰色の尾はだらーんと力無く垂れ下がる、な、何なんだぜ。


なるべくそちらを見ないようにしながら絵本を読む、病人は黙って心身の回復を待つだけ、そもそも病人ですら無い。


エルフライダーの日常。


「こほ」


読んでいた絵本から顔を上げる、エルフを食い過ぎたのかエルフを食べて無いからなのか自分の体に起きた異変に首を傾げる。


この発作は突発的なものでさらに言えば永遠に付き合っていく類のものだ、だから焦ることも無いし動揺する事も無い……俺は。


俺はな。


「ぁぁぁ」


「な、なんっすか」


ついつい口調が乱れてしまう、幽鬼のような表情をした灰色狐がゾンビのような足取りで近付いて来る。


ぶっちゃけ怖い、整った顔をしているのがさらにまた怖い。俺は絵本を置いて近付いて来た灰色狐を持ち上げて太ももの上に置く。


何の抵抗も無いし軽いので一瞬の作業。


「こほっ」


「あぁああ、キョウ、儂が代わってやれれば」


「え、何を?」


「咳き込む事をじゃ」


「……そんなに大した事じゃねぇぜ」


子供特有のミルクの匂いと高い体温、それを感じつつお腹に腕を絡ませる、逃がすつもりは無い、この喋る懐炉は俺のものなんだぜ。


ずっと始めから。


「こほっ」


「可哀想に、可哀想に」


「けほっ」


「―――――――」


俺の咳でこいつ死ぬんじゃね?苦笑してしまう。


どうせエルフを食えば治る、いや、直るが正しいか―――壊れかけだもの。


「けほっけほっ」


「あああああ」


「うるさいな、黙って懐炉になってろ―――なおるから、心配するな」


「う、うん」


お前が悲しむ事は無いんだぜ。

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