閑話275・『お嫁さんになるわけねぇだろ死ね』

婚姻、その概念を深く思考する、様々な観点からその概念そのものの位置付けを見る、男女の成人に関わらず性的関係というものは人類の発生以来人間関係の基本的形態である、つまりは遥か過去からこの世に存在して来た。


その概念が成り立つのに必ずしも規範や制度が必要なわけでは無いのだ、世界がその男女の結び付きの成立を許可して承認するのに必要なだけだ、それが婚姻という形態で最も効率良く真価を発揮する、故に遠い過去から人々はそれを求めて来た。


婚姻と呼ばれる概念は世界に承認された男女の結合の形で最も強いものだと思えば良い、しかしだ、この男女の関係性や役割については各文化や各時代の中で独自な意味合いを持つ場合が多く必ずしも単一では無い、異人種を加えればさらに複雑なものになる。


比較する文化で大きく様子を変える、しかしその中でも最も忌み嫌われるのは異種による婚姻だ、だからこそ複雑化する社会では指針が必要となる、一見すると祟木たちもそうだ、エルフライダーと少々特殊な人間、しかし本質を探ればその意味も変わる。


エルフライダーとその一部、同一の存在が結ばれる事を世界や社会も経験していない、成熟した文化には『足跡』が必要だ、自分たちのように、なぁに、親子で婚姻するよりは世界も許してくれるはずさ。


「祟木♪」


「―――――まさか一寝入りした途端に腕と足を固定されてベッドの上とは……予想していなかったな」


「んふふ、可愛い」


ギシッ、キョウがベッドに膝をかける、重みで軋むベッド、天上のシミを数えようにも真新しいソレにはシミ一つ無い、開けっ放しの窓から山桜の花びらが申し訳なさそうに部屋に流れ込んでくる、月は白く透き通っている。


そうだ、仮眠しようとしたらキョウに絵本を音読するように甘えられたのだ、舌足らずで魔性を秘めたその声に眠気を押し殺して対応、革製のソレで固定された両腕は軋みを上げて痛みを伝える、解けない、動けない、イモ虫のようだ。


蛇であればもう少しマシな動きが出来るだろうが足のある生き物は固定されてしまえばこうも見っとも無い肉の塊になる、キョウに見下されている、身長差を考えると何時も見下されているが今回は違う、精神的にも見下される。


エルフを主として様々な分野で功績を得て来たがまさか……見下される事に快感を覚えるとは思わなかった、自身の性癖を知らないまま成長していた、そしてキョウに出会わなかったら知らないまま死んでいた、祟木は大好きな人に支配されたい。


支配はしたくない、支配されたい、見下したくない、見下されたい、大好きな人に。


愛するキョウに。


「痛く無い?」


「……どのような意味合いでこれを?」


「んー、俺の相手をしないで、お仕事してたから」


「してたから?」


「ふざけるんじゃないよ」


馬乗りになるキョウ、太ももでがっちり固定してイモ虫の動きを支配する、左右の違う色合いの煌めく星がゆっくりと細められる、夜空に輝く星よりも怪しく美しく危うい、まるで死を告げるかのように。


キョウの体重は軽い、しかし身長差と年齢差を考えてさらに意識的に『圧』をかけられると口から酸素が―――苦しい、キョウの細い指が伸びて頬を突く、死んだのか?獲物にそう確認する獣のような動作。


「うっ、あ」


「少し頭が良いからって、バカにしないでよね」


「して、ない」


「じゃあ無視しないでよ、お仕事しないでよ」


「か、可愛い要求だね」


「あん?」


綺麗な顔が寄って来る、綺麗すぎる顔が寄って来る、祟木はこの女性の夫になりたい。


なりたいからキスをする。


「ん」


「――――!?」


「お仕置きしてくれるんだろう?未来のお嫁さん」


期待を隠さずに言う、透明な橋は二人の感情を告げている、唾液の橋。


三日月に笑う。


「さあ」


答えは何時も冷酷だ。

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