閑話264・ 『五月のコーン』

周囲の視線を気にする俺と周囲の視線を気にしない灰色狐、お似合いと言えばお似合いで、噛み合って無いと言えば噛み合って無い。


宿泊に使っている安宿から出て太陽の日差しを感じる………街の者はとうに働いている、怠惰に昼まで寝床にこもるのは旅疲れの冒険者ぐらいだ。


「もっと母の近くに寄るのじゃ」


「いや、物理的に無理」


「もっと夫の近くに寄るのじゃ」


「い、いや、論理的に無理っ」


襟首より短い位置にきっちりと切り揃えられたサイドの髪が揺れる、前髪も同じようにきっちりと切り揃えられていて几帳面さを強調しているようで気に食わない…子供に似合う『おかっぱ』のはずなのにな。


肌の色はやや褐色に寄ったものだ、こいつの肌にはシミ一つない、若さからか漆器のような艶やかさがある、服装は東の方で着られている『東方服』(とうほうふく)、服の脇からスリットにかけて幾つか紐を結ぶ部分が存在している。


そして脇に近い部分は斜めに紐が取り付けられていて特徴的だ、幾つかの紐は解けていて柔肌が見えるのはコイツの怠惰さ故だろう、黒の布地に蝶々の刺繍が良く映える……草履で足を掻きながら色気の無い平らな体を楽しそうに揺らす――観察されている。


夫になるのか?う、うーん。


「親子であんまりイチャイチャするとバカにされるぜ、しかもみんな働いている」


「ええじゃろう、キョウ」


「良くねーわ」


「ははははっ」


「笑う所なくね?!」


薄暗い空に漂う雲のような色合いの髪を揺らして母は笑う、特別何かがあるような街では無い、寂れても無いし活気があるわけでも無い、中庸で凡庸、しかしその地に住む人は朝早くから汗を流している。


そこを観察するようにして歩きまわるのは失礼なような気がする。


「デートで娘を口説くのは楽しいのじゃ」


「やだやだ、外様はその土地の人に遠慮すべきだぜ」


「ふふん、金を落とすのじゃから堂々としてれば良い」


「あ、その考え方グロリアっぽい」


「ど、どうして頬を赤らめるのじゃ?!」


「あー、うるせー、自分でもわかんねーよ」


「……あの小娘っ」


「子狐が吠えるんじゃねーぜ」


特徴的な舌足らずな……なのに大人びた雰囲気と凜として咲く華を彷彿とさせる艶やかな声、しかし俺といる時は妙にテンションが高く折角のソレも台無しだぜ。


周囲の視線を感じて溜息を吐き出す。


仕方ない。


「で、何処に連れてってくれるんだ……で、デートだろ」


「お、おぉ、おぉおおお」


「うるさいって」


五月狐め。

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